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第553話

Author: ちょうもも
正雄は深いため息をつき、手を振った。

「もういい......それにしても、お前だって伶の性格は知ってるだろうに、なぜあいつを刺激するんだ!」

琴乃は涙声で訴える。

「わ、私は史弥を止めたんです......でも正雄様もご存じでしょう?悠良と史弥の関係を......正雄様もどうか伶に言って聞かせてください!

史弥の元妻なんて......もし世間に知れたら、史弥の面子どころか、正雄様の顔まで潰れてしまいます。白川家が代々築いてきた名誉を、たった一人の悠良のせいで台無しにするわけにはいきません!」

もちろん正雄もそれはわかっている。

だがどうしようもないのだ。

彼は一生を通して、何事も自分の掌中に収めてきた。

白川家の誰もが彼を中心に動いてきた。

だが、伶だけは違う。

生まれつき骨の髄まで反骨の男。

どんな手を使っても効き目はなく、変えることなどできない。だからこそ、二人の関係はここまで拗れてしまった。

片方でも歩み寄れば、多少は違っていたかもしれないのに――

琴乃の言葉は確かに正雄の胸を突いた。

だが彼は不機嫌そうに琴乃を一瞥した。

「お前が言ってることぐらい、私がわかってないと思うのか?今日も見ただろう、あの伶の頑固さを。お前は賢いんだろう?だったら何とかしてみせろ」

その一言で琴乃は言葉を失った。

広間にいる誰もが知っている。

伶はまるで岩の塊のように、手のつけようがない男だと。

それに今の彼の実力を考えれば、白川家に頼る必要などない。

だが白川家の方は違う。

将来、伶に頼らざるを得ない場面が必ず来る。

そんな中、叔母が琴乃を宥めるように口を開いた。

「まず病院へ行って、史弥の様子を確かめてきなさい。命に別状がなければいいだけど......伶だって、さすがにそこまで手加減を知らないわけじゃないでしょう」

琴乃は口を尖らせ、冷たく鼻を鳴らす。

「それはどうかしら。今の彼の頭の中に悠良しかないのよ。史弥のことなんて甥だとも思ってないわ」

正雄はうんざりしたように手を振った。

「もういい、ここでごちゃごちゃ言うな。さっさと行ってこい。何かあればすぐ電話しろ」

「わかりました」

琴乃も正雄の苛立ちを感じ取り、それ以上は口にしなかった。

悠良と伶が車に乗り込むと、光紀が後ろからついてきた。

伶が振り返り、冷ややか
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