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第110話

Author: ぽかぽか
浅井は、一刻も早くこの場を離れたかった。しかし――杉田が彼女の手をぐっと引き止め、わざとらしく言う。「ちょっと、どこ行くの?彼氏なんでしょ?なのに、目の前で堂々と浮気相手とイチャつくなんて、許せないわ!私たち親友なんだから、ここはみなみのために、しっかり怒ってあげないとね?」

「杉田の言う通り。ほら、一緒に行って、ちゃんと話をつけようよ」

福山と杉田は互いに目配せをする。彼女たちの表情には、明らかに「修羅場を見たい」という期待が滲んでいた。

浅井は、必死に首を振った。今、あそこに行くわけにはいかない!

一方、冬城が近づくと周りの空気が一気に重くなったが、真奈は全く気付いていないようだった。「あれ、浅井じゃない?司、どうして浅井さんと一緒じゃないの?顔色があまりよくないみたいだけど」

冬城の表情は険しかった。

こんな時に、浅井のことを気にかけろと言うのか?

幸江は冬城に対する態度が悪かった。佐藤も言った。「へえ、冬城総裁ってば、他の女と腕を組んで入場してたけど。奥様を変えたのかと思ったわ。奥様もね、冬城総裁もここにいるのに、奥様は一人でいるとは」

口調は軽いが、言葉の端々には皮肉が滲んでいる。

真奈は、微笑んだまま。まるでわざと冬城に恥をかかせるかのように、一切フォローを入れるつもりはない。

その態度に、冬城の表情はさらに冷たくなる。次の瞬間、彼は不満げに真奈の腕を引き寄せ、彼女をぐっと自分のそばに寄せた。「真奈は俺の妻だ。冬城家の奥様が変わることは、絶対にない」

真奈は眉をひそめ、周囲の者たちは誰一人として言葉を発せなかった。

真奈さえも、冬城のその発言には強引さを感じた。

彼女には冬城家の奥様を一生続けるつもりなどなかった。

「みなみ!みなみ、どうしたの?」

突然、遠くから聞こえた杉田の叫び声がこちらの注意を引いた。

冬城が振り返ると、浅井が杉田の腕の中に倒れ込み、顔は真っ青になっていた。

冬城は傍らの真奈のことも構わず、素早く歩み寄り、浅井を抱き上げた。「中井!医者を呼んでくれ!急いで!」

「はい、総裁」

中井は冬城の腕の中の浅井を深い目で見つめた。

真奈は思わず冷笑した。

早くも遅くもなく、よりによってこのタイミングで倒れる。

現場で事情を知っている人々は、中井でさえもおかしいと気づいたが、冬城だけが心配で混乱してい
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