ログイン夢を追う彼女と、それを見守る彼。二人の距離が、少しずつ変わっていく——。 中学三年の春、結城沙友里は「アイドルにならないかって言われた」と打ち明けた。 笑わずにその夢を肯定したのは、漫画家志望の桐谷直哉――彼女の最初の味方だった。 だが沙友里のデビューとともに、二人の距離は少しずつ変わっていく。 スキャンダルの噂が広がる中、直哉は彼女を守るため、自ら距離を取ることを選ぶ。 それでも、想いは消えなかった。 触れられなくても、離れていても、同じ未来を信じていたから。 離れていくはずの二人が、それでも手放さなかった恋の行方とは――。 「手を繋ぐことができなくなっても」 ——それでも心は、ずっと繋がっていたいと願う。
もっと見る序幕 プロローグ
僕の彼女は——アイドルになった。
ステージに立ち、スポットライトの光を浴びている。その姿は、息を止めてしまうほど綺麗だった。眩いほどの笑顔。
僕と彼女の間には何もない。
それなのに、目は合わない。
近いのに遠い距離。
会場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。照明の熱、人の体温、スピーカーから響く低音。全部が混ざり合って、胸の奥を揺らしてくる。
僕は客席にいる。そして、彼女はステージの上だ。
名前を呼ぶ声が重なり、波になる。ペンライトが揺れ、光が跳ねる。
その光と歓声の中で、
ライトを浴びた彼女は、知っているはずの顔なのに、どこか、僕の知らない場所に立っているように見えた。
恋人なのに、隣にいない。
恋人なのに、名前を呼べない。
恋人なのに、触れられない。
曲の合間、沙友里は客席を見渡す。視線がゆっくりと流れていく。
……今、目が合いそうだった。そんな気がしただけで、心臓が一拍遅れて跳ねた。
きっと気のせいだ。でも、合ったと信じたくなるくらいには、僕は彼女を見ている。
遠いのは数メートルの距離じゃない。契約と、ルールと、無数の視線が作った距離だ。一度引かれた線は、簡単には消えてくれない。
僕は、膝の上で手を握りしめる。
あの手の感触をまだ覚えている。温度も、指の癖も、離すときの一瞬の迷いも。
——それでも。今は伸ばせない。
伸ばした瞬間、彼女の未来を壊してしまうから。
僕はここにいる。最前じゃない、端の席で。ただの観客として彼女を見ている。
歌が終わり、拍手が響く。沙友里は深くお辞儀をして最後に笑った。僕に向けた笑顔じゃない。それでも、その笑顔を見逃さないように、目に焼きつける。
沙友里に伝えたい言葉がある。でも、今は飲み込むしかない。
暗転したステージを見つめながら、僕は静かに息を吐く。距離だけが、確実に、開いていく。
僕は、握りしめた手をゆっくり開いた——
第六幕 また手を取り合って ライブ会場は、あの夜と同じ匂いがした。照明の熱、人の波、胸の奥まで響く低音。——結局、来てしまった。 最前列じゃない、目立たない席。それでも、ここからならちゃんと見える。 ステージに光が落ちる。歓声が上がり、一番前の列に沙友里が立っていた。 以前見た、あの夜と同じ構図。僕は客席で、沙友里はステージの上。 歌い出した瞬間、会場の空気が一気に持ち上がる。あの頃より、ずっと堂々としている。声も、表情も、動きも。——アイドルなんだ。 そう思ったら、目を離せなくなった。これが沙友里の目指した世界だった。 曲の途中、沙友里がふっと客席を見る。ライトが揺れる。視線が流れる。……今。&
第五幕 伸ばせなかった手 最初に見たのは、ニュースでも記事でもなかった。 SNSから流れてくる噂だった。写真はぼやけていて、夜の街で、二人並んで歩いているように見えた。 だが、僕は見間違えない——沙友里だった。 沙友里と、知らない男。「○○と一緒だったらしい」「仲良さそうだった」「距離、近くない?」 確かなことは、何ひとつ書いていない。でも沙友里は、今をときめくアイドルグループのフロントメンバー。拡散するには十分だった。 僕は、スマホの画面を閉じた。
第四幕 距離のかたち 春が終わり、夏が来て、気づけば季節がひとつ進んでいた。高校一年の終わりが近づく頃には、沙友里の生活は、完全にアイドルのそれになっていた。 レッスン、収録、イベント。 予定は前日に送られてきて、変更は当日の朝に知らされる。『今日は帰れないかも』『ごめん、明日も朝早い』 それだけで、一週間が過ぎていく。僕は慣れたふりをしていた。待つことにも、短い返事にも。 会える日は月に数えるほど。しかも、人目を避けてほんの短時間。「……久しぶり」 そう言って笑う沙友里は、前より少しだけ遠慮がちだった。話したいことはたくさんあるのに、時間がそれを許してくれない。「大丈夫?」
第三幕 デビュー 高校に入って、まだ春の匂いが残っている頃。新しい制服にも、ようやく慣れ始めたばかりの時期。 グループとしてのデビューが決まったと聞かされたのは、いつもの帰り道だった。「今日ね、話があって」 沙友里は、歩きながらそう言った。声は落ち着いているのに、指先だけが少し落ち着きなく動いている。「……私たちのデビュー、決まった」 一瞬、僕は言葉が出なかった。胸の奥で、何かがほどける音がした気がする。「おめでとう」 それだけ言うのに、少し時間がかかった。沙友里は、ほっとしたように笑う。「ありがとう」 嬉しいはずなのに、その笑顔はどこか慎重だった。「でもね」