手を繋ぐことができなくなっても ——アイドルになった君へ——

手を繋ぐことができなくなっても ——アイドルになった君へ——

last updateLast Updated : 2026-02-24
Language: Japanese
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夢を追う彼女と、それを見守る彼。二人の距離が、少しずつ変わっていく——。 中学三年の春、結城沙友里は「アイドルにならないかって言われた」と打ち明けた。 笑わずにその夢を肯定したのは、漫画家志望の桐谷直哉――彼女の最初の味方だった。 だが沙友里のデビューとともに、二人の距離は少しずつ変わっていく。 直哉は彼女を守るため、自ら距離を取ることを選ぶ。 それでも、想いは消えなかった。 触れられなくても、離れていても、同じ未来を信じていたから。 離れていくはずの二人が、それでも手放さなかった恋の行方とは――。 「手を繋ぐことができなくなっても」 ——それでも心は、ずっと繋がっていたいと願う。

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Chapter 1

序幕 プロローグ

序幕 プロローグ 

 僕の彼女は——アイドルになった。

 ステージに立ち、スポットライトの光を浴びている。その姿は、息を止めてしまうほど綺麗だった。眩いほどの笑顔。

 僕と彼女の間には何もない。

 それなのに、目は合わない。

 近いのに遠い距離。

 会場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。照明の熱、人の体温、スピーカーから響く低音。全部が混ざり合って、胸の奥を揺らしてくる。

 僕は客席にいる。そして、彼女はステージの上だ。

 名前を呼ぶ声が重なり、波になる。ペンライトが揺れ、光が跳ねる。

 その光と歓声の中で、沙友里さゆりは笑っていた。

 ライトを浴びた彼女は、知っているはずの顔なのに、どこか、僕の知らない場所に立っているように見えた。

 恋人なのに、隣にいない。

 恋人なのに、名前を呼べない。

 恋人なのに、触れられない。

 曲の合間、沙友里は客席を見渡す。視線がゆっくりと流れていく。

……今、目が合いそうだった。そんな気がしただけで、心臓が一拍遅れて跳ねた。

 きっと気のせいだ。でも、合ったと信じたくなるくらいには、僕は彼女を見ている。

 遠いのは数メートルの距離じゃない。契約と、ルールと、無数の視線が作った距離だ。一度引かれた線は、簡単には消えてくれない。

 僕は、膝の上で手を握りしめる。

 あの手の感触をまだ覚えている。温度も、指の癖も、離すときの一瞬の迷いも。

——それでも。今は伸ばせない。

 伸ばした瞬間、彼女の未来を壊してしまうから。

 僕はここにいる。最前じゃない、端の席で。ただの観客として彼女を見ている。

 歌が終わり、拍手が響く。沙友里は深くお辞儀をして最後に笑った。僕に向けた笑顔じゃない。それでも、その笑顔を見逃さないように、目に焼きつける。

 沙友里に伝えたい言葉がある。でも、今は飲み込むしかない。

 暗転したステージを見つめながら、僕は静かに息を吐く。距離だけが、確実に、開いていく。

 僕は、握りしめた手をゆっくり開いた——

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