LOGIN世間では黒澤と真奈の離婚は時間の問題だと大騒ぎになっていたが、真奈はそれでもなおMグループの社長の座に居座っていた。「どきなさい」屋敷の中から執事が現れて声をかけると、門番のボディーガードたちは速やかに道を開けた。執事は真奈の前に歩み寄ると、恭しく告げた。「瀬川さん、旦那様が長らくお待ちです」真奈は、福本宏明が白石を救い出してくれたことを知っていた。本来なら海外に到着してすぐに訪ねるべきだったが、不測の事態を避けるため、まずは現地にある福本信広や光明会の勢力を削ぐことを優先したのだ。福本宏明に対して、真奈は少なからず後ろめたさを感じていた。恩人が人を助けてくれたというのに、自分はその息子に罠を仕掛けたのだから。真奈は執事に従って屋敷の中へと入った。案の定、福本宏明は居間で待ち構えていた。真奈が何から切り出すべきか迷っていると、福本宏明は彼女に視線を向け、先に口を開いた。「瀬川さん、そう気まずそうな顔をするな。お前が何を聞きに来たのかは分かっている」「ご存じだったのですか?」真奈は驚いた。福本宏明は続く。「光明会のことは、二十年も前から知っている。というより、俺は二十年前、光明会の中核を担うメンバーの一人だったのだからな」福本宏明の口から出た言葉に、真奈は衝撃を隠せなかった。彼が光明会と何らかの関わりがあることや、内情を知っている可能性は考えていたが、まさか二十年前の主要メンバーだったとは思いもしなかったのだ。「この秘密は墓場まで持っていくつもりだったが、やはり隠し通せるものではなかったようだな」福本宏明は真奈を見つめ、静かに語り始めた。「光明会は百年以上前から存在し、数世代にわたって影響を及ぼしてきた組織だ。お前たちも多少の事情は知っているだろう。光明会は絶えず人材を募集し、富豪を引き入れ、また新たな富豪を創り出しながら、際限なく利益を貪り続けてきた。二十数年前、福本家は大きな危機に直面した。途方に暮れていた俺に接触してきたのが光明会だった。当時の俺は意気揚々としていた。悪魔に魂を売り渡すことが、後にどのような報いをもたらすかなど、考えもしなかったのだよ……陽子の母親が亡くなるまで」語る福本宏明の瞳には、積み重ねた歳月の重みが滲んでいた。「二十数年前、光明会は目先の危機を救ってくれただけでなく、福本
福本陽子の問いかけに対し、福本信広は静かに答えた。「ああ。今日は、大勢の人を殺した」それを聞いた瞬間、福本陽子の心は凍りついた。楠木家のあの人たちは、やはりすべて兄が手にかけたのだ。「お兄さん、これからは、もう人を殺さないでくれない?」福本陽子はうつむき、甘えるような口調で言った。いつもなら、こうして彼女がねだれば、兄がその願いを無下にするようなことはなかった。しかし福本信広は、いつもの溺愛ぶりを引っ込め、真剣な眼差しで言った。「陽子、ここは食うか食われるかの世界だ。お前が殺さなきゃ、向こうが殺しに来る。俺がこうするのも、家の人間を生き残らせるためだ。俺が背負ってるのは、福本家の社員とお前らのためなんだ」そう言い終えると、福本信広は少し後悔したように話題を変えた。「しばらくはどこへも行かず、海外で大人しくしていなさい。他人の命はどうでもいいが、せめて妹のお前だけは、俺が守り抜いてみせる」その言葉に、福本陽子の顔には微かな困惑が浮かんだ。福本家の勢力は海外では既に絶大で、何不自由なく振る舞えるはずだ。それなのに、福本家の安全を脅かす存在が他にいるというのか。もしかして、真奈が口にしたあの光明会は、既にそれほど強大なのか?真奈が言っていた「光明会」という組織は、それほどまでに強大だというのだろうか。海外M&Rの店内。真奈は海外における福本信広の勢力を粛清し、韓夜はこの数日間で光明会のメンバーから聞き出した機密資料を彼女に手渡した。真奈がそのリストを照合すると、メンバーには業界のエリートや芸能界の重鎮、さらには多くの実業家が含まれており、その顔ぶれは非常に幅広かった。中には成金のような者までいた。海外で金と権力を持つ者は、多かれ少なかれ光明会と接点を持っているようだった。そう考えると、真奈の眉間には自然と皺が寄った。「この人たちが会に入った時期だけど、ほとんどが二十年ほど前に集中しているわね。間違いないかしら?」傍らにいた韓夜がうなずいた。「整理したところ、七割以上が入会から二十年前後経過しています。そして、彼らが成功し始めたのも二十年前からです。ここ数年で加入した者も少なくありませんが、社会的地位は古参のメンバーには遠く及びません」真奈は尋ねた。「つまり、二十年前が光明会にとって最も活発に人材を勧誘して
福本陽子はその光景を見て、胸が締め付けられるような思いがした。自分のせいでなければ、これらの使用人たちは死なずに済んだはずなのに。「福本陽子さん、外に車を用意させました。あの運転手について行けば、お兄さんに会えます」そう言い終えると、陶子は繰り返し念を押した。「私があなたを匿っていたことは、決してお兄さんに知られないようにしてください。さもないと、私や瀬川さんが大変なことになりますから」福本陽子も、真奈に迷惑をかけるわけにはいかないと思い、すぐさま頷いた。屋敷の外では、すでに運転手が福本陽子を待っていた。陶子は福本陽子の背中を見送ると、それまでの心配そうな表情を一変させ、冷淡な無表情に戻った。彼女はゆっくりと屋敷へ戻り、無惨に荒れ果てた室内を見渡しながら、ゆったりとソファに腰を下ろした。鼻を突く強烈な血の臭いも、彼女には一切影響がないようだった。それどころか、彼女は優雅な手つきで赤ワインを口に運んだ。しばらくして、陶子はグラスを手に立ち上がった。レトロなレコードプレーヤーに歩み寄り、優雅な旋律の一枚をかけると、ホールで曲を口ずさみながら華麗なワルツを踊り始めた。何かに抱かれているかのようなその足取りは、心底楽しそうだった。やがて、黒いマントを羽織った男たちが地下室から音もなく現れ、現場の血痕や死体を片付け始めた。陶子のダンスは終わらない。一曲が鳴り終わる頃には、現場は跡形もなく清掃されていた。すべての骸は、汚れと秘密に満ちた地下室へと運び去られた。深夜。福本信広はゴールデンホテルの入り口に立ち、煙草を深く吸い込んだ。そして、半分ほど残ったままの煙草を地面に投げ捨てた。彼の周囲には誰もいない。やがて遠くから一台の車が止まり、福本陽子が降りてこちらへ駆け寄ってくる。福本信広の険しい表情は、ようやくわずかに和らいだ。「お兄さん!」福本陽子は急いで福本信広の元へ走り寄った。彼に力いっぱい抱きついた瞬間、福本陽子の鼻を、血の臭いが掠めた。それは濃厚で、払いのけられないものだった。今日楠木家で嗅いだ匂いと全く同じだ。福本信広が怒って、彼女が二日間どこへ行っていたのか尋ねるだろうと思っていたが、福本信広は何も聞かなかった。ただ、いつものように彼女にこう言った。「帰ろう」福本陽子は逆らう
福本陽子は一人、真っ暗なワインセラーに閉じ込められていた。階上からは、絶え間なく銃声が響いてくる。外の様子を確かめようと焦ったが、重い扉には外から鍵がかけられており、びくともしなかった。どれほどの時間が過ぎたのか、ようやく外が静まり返った。だが、その静寂がかえって福本陽子の不安をかき立てた。不意に、鉄の扉が軋んだ音を立てた。福本陽子はすぐに隅に身を隠し、得体の知れない誰かが入ってくるのではないかと身を強張らせた。しかし、すぐに陶子の声が届いた。「福本さん、私です」陶子の声はひどく低く、どこか怯えているようにも聞こえた。相手が陶子だと分かり、福本陽子は恐る恐る物陰から顔を出した。「外はどうなっているの?」福本陽子の声は震えていた。先ほど、何発もの銃声を聞いていた。陶子が駆け寄り、福本陽子の体を支えながら小声で言った。「あなたのお兄さんが……屋敷の人間を……皆殺しにしたわ」語る陶子の声もまた、恐怖と悲しみに震えているようだった。福本陽子はぽかんとした。「お兄さんが……」「でも、安心してください。お兄さんの手下はまだここを見つけていませんわ。今のところは安全です」陶子は福本陽子の手をぎゅっと握りしめて続けた。「でも、もうここにはいられません。お兄さんは、本当にあなたのことが心配ですよ。彼があなたを見つけ出せなければ、もっと多くの人が犠牲になるかもしれません……今すぐお兄さんの元へ戻って、『道に迷っていただけ』だと言えば、彼もあなたを責めたりはしないはずですよ」兄が多くの人間を殺したという事実に、福本陽子の頭は真っ白になった。いつも自分には優しく、冷酷な一面など微塵も見せなかった兄が。けれど、先ほどの銃声は……「あなたは……大丈夫なの?」福本陽子は、陶子の服が血に染まっていることに気づいた。陶子は首を振った。「私は平気です。一応は楠木家の当主ですから、あなたのお兄さんだって、私を殺すような真似はしないでしょう。ですが……もしこのままあなたが見つからなければ、彼が次に何をするのか、私にも想像がつかないです」陶子の言葉に、福本陽子は激しく葛藤した。真奈からも、いずれは兄の元へ戻るよう示唆されていた。けれど、まだ陶子が光明会の人間かどうか確証を掴めていない。このまま立ち去るのは、任務失
福本信広は陶子の前に歩み寄り、銃口をその顎に押し当てた。「ここまでハッキリ言わせるつもりか?光明会の中核メンバーは、楠木達朗のような老いぼれじゃない。お前だ」福本信広はとっくに陶子の正体を見抜いていた。陶子は完璧に素性を偽装していたが、同じく光明会の中核にいる福本信広の目は欺けなかった。「確か十年前、お前を見かけたことがある」福本信広は銃身で陶子の左頬を軽く叩いた。「俺は一度見た人間は忘れない。お前はあの老いぼれの養女だな。千面役者とか自称してたんじゃなかったか?正体が公になれば、どうなるか分かっているな?」それを聞くと、陶子の冷ややかで無害そうだった表情が様変わりした。彼女は口元を歪め、ゆっくりと笑みを浮かべた。「福本信広、私に手を出すべきじゃなかったわ。あなたは一線を越えたのよ」「妹がどこにいるかだけ答えろ」福本信広の銃口が、ついに陶子の胸元に突きつけられた。「分かってるだろ、俺は気が短い。今日はもう何人も殺した。お前が一人増えたところで、何も変わらない」「私を殺せば、光明会が黙っていないわ。光明会に追われた人間の末路がどうなるか、あなたも知っているでしょう?」陶子は薄笑いを浮かべた。「福本家の地位が高いのは認めるけれど、あなたも分かっているはずよ。福本家の栄華もここまでだって。この世に永遠の富なんてないわ。私に引き金を引く前に、家族や自分の行く末を考えなさい。きっと正しい判断ができるはずよ。ここまで積み上げてきたものを、すべて無にしたくはないでしょう?」その言葉に、福本信広が銃を握る手がわずかに緩んだ。陶子はその動揺を逃さなかった。彼女は福本信広の腕に手を添えると、その銃口を背後にいた楠木家の使用人たちへと向けさせた。「妹さんの居場所なんて、本当に知らないわ。でも、私の正体を暴いたからには、いくつかの厄介事は片付けてもらうわよ」陶子の声には、抗いがたい誘惑の響きがあった。彼女の視線が、怯える使用人たちに注がれる。福本信広は微かに眉をひそめた。だが陶子は、躊躇なく彼の指の上から引き金を引いた。日頃から顔を合わせている使用人たちがどれほど絶望の眼差しを向けようと、彼女には関係のないことだった。「やめて!お嬢様!お嬢様、殺さないで!」「殺さないでお嬢様!お願いします!お願い……」屋敷の中
「主?お前らのような馬鹿どもだけが、そんな得体の知れないものを信じるんだ」福本信広の声には、剥き出しの軽蔑が滲んでいた。「そんなに主とやらを崇拝しているんなら、まずはお前らを送ってやる。その後に主も地獄へ送って、下で仲良くやれ」福本信広の命令で、背後に控えていた者たちが光明会のメンバーへの狙撃を開始した。ほんの数分のうちに、そこは屍の山と血の海に変わった。福本信広は眼前の惨状にも眉ひとつ動かさず、周囲が静寂に包まれるのを待ってから、部下が歩み寄って報告した。「福本社長、すべて片付けました」「我々の者を連れて、すぐに楠木家に向かえ」「はっ」部下たちは瞬く間に現場を清掃し、福本信広に続いて車に乗り込んだ。十数台の黒い高級車が、一斉に楠木家へと走り出した。この日、洛城中心部の大通りは車のクラクションで埋め尽くされていた。人々は何が起きたのか分からなかったが、洛城ではこういう光景も別に珍しくない。面倒に巻き込まれたくなくて、皆がさっと道を空け、一筋の通り道を作った。楠木家の門前は完全に包囲されていた。二階の自室で寝支度をしていた福本陽子は、外から聞こえるクラクションの音に胸を締め付けられるような予感に襲われた。間もなく、陶子が福本陽子の部屋のドアを勢いよく開けた。「何があったの?」陶子の緊張した様子を見て、福本陽子の心にも不安が広がった。「あなたの兄の手下が来ました!ここに隠れるのは得策じゃありません。私についてきて!」あまりの事態に福本陽子の頭は真っ白になった。気づいた時には、陶子に手を引かれ地下室へと向かっていた。福本陽子は小さなワインセラーの奥に匿われた。陶子は自身の寝間着の乱れを整えると、毅然とした態度で階上へと戻っていった。その頃、楠木家のボディガードたちはすでに福本信広の手下たちに包囲され、抵抗する術を失っていた。福本信広の部下が、楠木家の扉を激しく叩いた。だが、福本信広はそのやり方がまどろっこしいと感じたようだ。自ら前に出ると、一切の躊躇なくドアの鍵穴に銃口を突きつけた。「バン」という音がした。楠木家の正面玄関が開け放たれた。福本家の手下たちが、次々と中へ入ってきた。陶子は努めて冷静を装いながら、福本信広の前へと歩み出た。「そちらの旦那様、お目にかかった覚えはありません
真奈は必死で冬城のポケットから携帯を取り出し、意識を保ちながら救急の119番に電話をかけた。その直後、意識が遠のいて気を失った。翌日、真奈はぼんやりと目を覚まし、そばで中井が忙しく立ち働いているのが見えた。かすれた小さな声で尋ねた。「冬城は?」真奈の声を聞いて、中井の顔に一瞬喜びが浮かんだ。「奥様、お水をお飲みになりますか?」真奈は首を振った。「冬城……冬城はどこ?」「総裁は……」中井は言いづらそうに言った。「総裁は重傷を負って、今ICUに入院しています」それを聞いて真奈は体を起こそうとしたが、中井は急いで彼女の腕を押さえた。「奥様!先生が仰るには、奥様も重傷です。今は
「冬城!どうして……」「もう離婚という言葉は聞きたくない。俺が許さない限り、お前は永遠に俺の妻だ」「あなたに何の権利が……」「この海城では俺の言葉が法だからだ。俺が反対する限り、離婚など認めない」「あなた……」真奈が言い終わる前に、冬城は離婚協議書をゴミ箱に放り込み、階段を上がっていった。真奈は冬城の背中を怒りの眼差しで見送った。おかしい。なぜ離婚を拒むのか。前世では彼女が泣きながら離婚を止めようとしたのに、冬城は容赦なかった。今度は彼女から離婚を切り出し、ここまで揉めているのに、逆に離婚を拒むなんて。真奈はゴミ箱の中の離婚協議書を見つめた。確かに冬城の
「奥様は終始一言も発しませんでしたが、幸江社長がとても怒っていたそうです」中井は少し間を置いて言った。「現場にいた我々の者の話では、浅井さんの同級生二人は浅井さんのために抗議して、奥様が浅井さんの彼氏を誘惑したと言い出したそうです」冬城は唇を引き結んだ。浅井は学校での付き合いが限られているはずだ。彼氏がいるという話は聞いたことがない。「この件を詳しく調べろ。学校の方も調査しろ」冬城は真奈がA大学で何をしているのか、普段はほとんど気にしていなかった。彼女自身も目立つことを嫌い、冬城おばあさんにすら存在を気づかれないようにしていた。だが、援交女などというデマがそう簡単に出るとは
真奈は、落ち着かない様子の浅井を一瞥して、微笑みながら尋ねた。「浅井さん、他に何か付け加えることは?」浅井は我に返り、内心は動揺していたが、表面上は平静を装った。「い、いいえ……ありません」「では、調査をお願いします。必要でしたら、このホテルの監視カメラ映像はすべて確認していただいて結構です」そう言うと、真奈は冬城の腕の中に身を寄せている浅井をさりげなく見遣った。浅井の目が泳ぐのを見て、真奈は何か怪しいことがあるに違いないと確信した。すぐに警察はホテルの監視カメラ映像を取り寄せた。映像には、まず中井が浅井を部屋に案内し、着替えのためにドアを閉めて退室する様子が映っていた