Share

第1031話

Author: 似水
綾人はかおるの手をしっかりと握り、そのまま会場を後にした。

一方その頃、部屋の中では、直美がようやく伊藤と流歌を引き離していた。情事に溺れた伊藤は理性を失い、今なお流歌の上から離れようとしない。

意識が少し戻った流歌は、現在の状況に気づくと目を見開き、布団をかぶって叫び出した。

「どうして、どうしてこんなことに……?なんで私がここにいるの?この部屋にいるはずだったのは、かおるのはずじゃなかったの?なんで、私なの……なんで私がっ!」

身体に残る感覚が、すべてを物語っていた。

朦朧とした伊藤の様子からも、ふたりがどれだけ激しく交わっていたのか、そして、それを多くの人に見られていたであろうことも、容易に想像がついた。

本来なら、この芝居はかおるに仕掛けるはずだったのに……どこで、どう狂ったのか!

直美は取り乱す流歌を抱きしめ、必死に宥めようとした。

「落ち着いて、流歌ちゃん。あなたの身体に負担をかけちゃだめ。大丈夫、お母さんがついてるわ。この件は、私がどうにかするから」

「うっ……うぅぅ……!」

流歌は泣き崩れ、自分の人生が音を立てて崩れ落ちていくのを悟っていた。

もう二度と綾人と並んで歩く未来なんて、ありえない。

そこへ貴志が冷たく言い放った。

「見ろ……これがお前たちのやったことだ!今日の件、完璧に収拾がつかない限り――海外追放だ。二度とこの地を踏むな!」

そう吐き捨てて、貴志は踵を返した。

これほど面目を潰された日はない。

小さな騒動であれば黙認できたが、今回は違う。街中に知れ渡る大醜聞となり、月宮家は完全に笑い者にされた。

この母娘は……本当にどうしようもない!

直美はその一言に凍りついた。

これまで好き勝手に動けたのは、すべて貴志の庇護があってこそ。だが今、その後ろ盾は完全に失われた。もう、かおるを狙うこともできない。

混乱する直美の頭に残された唯一の策、それは縁組だった。

流歌を伊藤に嫁がせ、この一件を両家の内輪の痴話として幕を引くしかない。せめて表面上だけでも、体面を保たねばならない。

その頃、宴の会場では、あちこちでざわめきが起きていた。誰もがさっきの出来事を興奮気味に語り、噂は瞬く間に広がっていく。

綾人はかおるの手を引き、月宮家の屋敷をあとにした。

車に乗り込むと、彼はかおるの手を強く握りしめ、沈痛な表情
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • 離婚後、恋の始まり   第1031話

    綾人はかおるの手をしっかりと握り、そのまま会場を後にした。一方その頃、部屋の中では、直美がようやく伊藤と流歌を引き離していた。情事に溺れた伊藤は理性を失い、今なお流歌の上から離れようとしない。意識が少し戻った流歌は、現在の状況に気づくと目を見開き、布団をかぶって叫び出した。「どうして、どうしてこんなことに……?なんで私がここにいるの?この部屋にいるはずだったのは、かおるのはずじゃなかったの?なんで、私なの……なんで私がっ!」身体に残る感覚が、すべてを物語っていた。朦朧とした伊藤の様子からも、ふたりがどれだけ激しく交わっていたのか、そして、それを多くの人に見られていたであろうことも、容易に想像がついた。本来なら、この芝居はかおるに仕掛けるはずだったのに……どこで、どう狂ったのか!直美は取り乱す流歌を抱きしめ、必死に宥めようとした。「落ち着いて、流歌ちゃん。あなたの身体に負担をかけちゃだめ。大丈夫、お母さんがついてるわ。この件は、私がどうにかするから」「うっ……うぅぅ……!」流歌は泣き崩れ、自分の人生が音を立てて崩れ落ちていくのを悟っていた。もう二度と綾人と並んで歩く未来なんて、ありえない。そこへ貴志が冷たく言い放った。「見ろ……これがお前たちのやったことだ!今日の件、完璧に収拾がつかない限り――海外追放だ。二度とこの地を踏むな!」そう吐き捨てて、貴志は踵を返した。これほど面目を潰された日はない。小さな騒動であれば黙認できたが、今回は違う。街中に知れ渡る大醜聞となり、月宮家は完全に笑い者にされた。この母娘は……本当にどうしようもない!直美はその一言に凍りついた。これまで好き勝手に動けたのは、すべて貴志の庇護があってこそ。だが今、その後ろ盾は完全に失われた。もう、かおるを狙うこともできない。混乱する直美の頭に残された唯一の策、それは縁組だった。流歌を伊藤に嫁がせ、この一件を両家の内輪の痴話として幕を引くしかない。せめて表面上だけでも、体面を保たねばならない。その頃、宴の会場では、あちこちでざわめきが起きていた。誰もがさっきの出来事を興奮気味に語り、噂は瞬く間に広がっていく。綾人はかおるの手を引き、月宮家の屋敷をあとにした。車に乗り込むと、彼はかおるの手を強く握りしめ、沈痛な表情

  • 離婚後、恋の始まり   第1030話

    メイドはその光景を見て、完全に呆然としていた。どうして……どうしてこうなったの?この部屋にいたのは、確かにかおるだったはず。かおるを運び込み、家庭医が足に湿布を貼るところまで、確かにこの目で見届けた。あの湿布は、一分以上貼れば薬剤が皮膚から吸収され、徐々に全身へと回る設計だった。意識は鈍り、体も動かせなくなるはずだった。なのに、どうして今……ベッドの上にいるのは、流歌?全てが、狂っていた。メイドは顔を青ざめさせ、事の顛末が露見したと悟った。自分に待ち受ける運命がどれほど過酷なものか、今や逃げる以外に選択肢はないと理解していた。彼女は静かに、誰にも気づかれないように後ずさりし、こっそりとその場を離れようとした。「どこへ行く?」背後から、低く艶のある、けれど冷ややかな声が響いた。振り返ると、綾人が扉の前に立っていた。スーツの肩が壁に触れるほどに体を寄せ、彼の長身が完全に通路を塞いでいた。もはや、誰も彼の背後を抜け出すことはできない。「わ、私は……」メイドは言葉に詰まり、声が途切れた。今、この状況で、何をどう説明すればいいのか。何を言っても意味がないと、彼女自身が誰より理解していた。綾人は無表情のまま、集まった人々の顔を一人ひとり見回した。そして低く問いかけた。「……かおるがここにいるとか、男が部屋に入ったとか、いろいろ聞いたが。で、かおるはどこだ?」一同は顔を見合わせ、この茶番劇のような状況に呆れ返った。誰もが気づきはじめていた。育ちの良い彼女たちが、そんな幼稚な策略に気づかないわけがない。まさに『盗人の昼寝』じゃないか!直美は、人々が出ていったらすぐに流歌を連れ出す算段だった。しかし、綾人がこうも堂々と入口を塞ぐとは、完全に想定外だった。「多分、彼女の見間違いよ。綾人、お願い、どいて。そんなところに立ってないで、早く――」直美の声には焦りがにじんでいた。だが綾人は、ベッドの上を一瞥し、薄く笑みを浮かべた。「なるほど……流歌が急いで帰りたがっていた理由が、ようやくわかった。恋人がいたんだな。ふたり、ずいぶん仲が良さそうじゃないか」そして口元に皮肉な笑みを刻んだまま、ゆっくりと身体をずらした。ようやく、皆が一人、また一人と出口へと向かい始めた。そのとき。「あれ、みんなどうし

  • 離婚後、恋の始まり   第1029話

    「綾人さん、これだけ大きな騒ぎになったのよ?ちゃんと確かめないと。もしかしたら、誰かがあなたの奥さんを陥れようとしてるのかもしれないわ」「そうそう、私たちも奥さんに会ったことあるけど、美人だし、頭も切れるし、そんな軽率なことをするような人じゃなかったもの」「このドアを開けましょう?誤解されたままだなんて、かおるさんが可哀想だわ」「……」次々に飛び交う「心配」の声。けれどその目は、一様に好奇心に輝き、内心を隠そうともしていなかった。そのとき、貴志がゆっくりと階段を上がってくる。周りのざわめきを耳にして、彼の顔色が曇った。「……これは、誰が言い出したことだ?」メイドがおずおずと手を挙げる。「わ、私です……」「本当に見たのか?」貴志の声は低く、鋼のように冷たかった。メイドは恐れながらも、小さく頷いた。「はい……確かに、見ました」「この子の顔を見る限り、嘘には見えないわ」「本当に、そういうことがあったのかもね……寂しさに負けたのかしら?だって今日は流歌さんの誕生日パーティーよ?」「綾人さんほどのいい男を裏切るなんて、信じられない……この女、正気なのかしら」「……」ざわざわと、静かに広がる悪意のささやき。離れた場所からも、まるで芝居の幕が上がるのを待つ観客のような目が注がれていた。「綾人、どうするの……?」直美が困ったような声で問いかけた。だが綾人の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。冷静そのものの声で言った。「……実際に何が起きてるのか、確かめたい」その言葉に、直美の目が一瞬だけ光った。「でも、ドアは内側から鍵がかかっていて開かないのよ……」綾人はすぐにメイドに視線を向けた。「予備の鍵を持ってこい」その声に、メイドはびくりと身を縮めた。なぜか、背筋を冷たいものが走った。怒ってる……綾人様は、怒っている。きっと、若奥様が裏切ったと思って……!心の中で、密かに安堵が生まれた。これで、あの人が終わりだ。このドアさえ開けば……かおるのすべては、確実に潰れる。メイドは鍵を取りに行き、すぐに戻ってきた。「鍵、お持ちしました」ガチャリ――鍵が回る音がしたそのとき、メイドが不意に首を傾げた。「……あれ?おかしいですね。部屋の明かりが……私が出た時には消してなかったの

  • 離婚後、恋の始まり   第1028話

    「どうしたの?」直美はドアノブに手をかけた夫人の動きを見て、すぐに眉をひそめた。そして傍らに控えていた先ほどのメイドを呼びつけ、鋭い声で問いただした。「かおるはこの部屋にいるのよね?」メイドは少し戸惑いながらもうなずき、「はい、若奥様をお連れしました」と答えた。直美の表情が険しくなった。「なのに、なぜドアが開かないの?」その言葉に、メイドの顔に途端に焦りの色が浮かび、視線が定まらず泳ぎはじめた。「若奥様の……お休みの邪魔をしない方がよいかと……体調が戻れば、すぐにお出になられるはずです」「なぜそんなに後ろめたい顔をしているの?」「どうして中で付き添っていないの?」他の令嬢が問いかけると、直美の眼差しがさらに鋭くなった。「なぜ隠すの?はっきり言いなさい。何が起きたの?」その語調に押されたメイドは、驚いたように目を見開き、青ざめた顔で口を開いた。「奥、奥様……わたしにも本当にわかりません。ただ……若奥様に部屋を出るよう言われ、私も心配で……だから少し離れたところから様子を見守っていたんです。でも、でも、その後、男の方が部屋に入っていかれて……鍵が……奥様、私は何も知りません。本当に……!」彼女の証言が終わるや否や、周囲の夫人や令嬢たちがざわめき出した。「……男の人が?」「それってつまり、かおるさんが――?」「信じられない。あの子、そんなふうには見えなかったのに……」「綾人さんの奥さんなのに、まさか……」ささやき声が次々と立ち上る。好奇心と嫌悪、疑念と興奮が入り混じった視線が、扉の向こうへと向けられていた。直美は顔を強ばらせたまま、メイドを鋭く見つめた。「嘘をついてるなら、絶対に許さない」メイドは首を必死に振り、「嘘じゃありません。確かに、男の方が入るのを見たんです」と繰り返した。すると一人の夫人が声を上げた。「でも、本当にそうだったのかしら?見間違いということもあるでしょう?まずは中を確認してみないと。ねえ、間違っていたら、大変なことになるわよ」「そうよ、扉を開けて確認すれば、それで済む話」そうは言いながらも、その目には探るような興味が光っていた。直美は笑顔を崩さずに言った。「ええ、きっと誤解よ。かおるはまじめで、綾人にも深く愛されているの。そんなことをする子

  • 離婚後、恋の始まり   第1027話

    そう言うと、メイドはサッとスイートルームを出て、入口の外で見張りに立った。かおるは唇を引き結び、瞳に冷ややかな光を宿した。しばらく静かに部屋の空気を感じていたが、ふと立ち上がろうとした瞬間、ぐらりと世界が揺れた。かおるは眉をひそめ、「誰か……!」と声を上げた。声を聞きつけて、先ほどのメイドが近づいてきたが、部屋には入らず、ドア越しに訊ねた。「奥様、何かご用でしょうか?」「体の調子が変なの……家庭医を呼んで」その訴えに、メイドの目がわずかにきらりと光った。「承知しました。少々お待ちくださいませ。すぐにお呼びいたします」そう言って、足音を残して廊下へと去っていった。かおるはゆっくりとベッドの縁に腰を下ろし、身体の感覚を探るように手足を動かした。どこかおかしい。だが、意識ははっきりしている。歩けるはずだ。立ち上がり、バルコニーへと向かった。ドアを開けると、夜風が吹き込んできて、肺に新鮮な空気が満ちた。その瞬間、身体の重さがすっと軽くなるのを感じた。やっぱり、あの湿布。何か仕込まれてたのね。そのとき、低く抑えた声が背後から聞こえた。「かおるさん」振り向くと、隣室の窓の縁に立つ人影。黒いスーツに身を包んだ徹だった。夜の闇に溶け込むようなその姿に、かおるは息を呑む。「どうやってそこに……?」問いかけると同時に、徹は答えもせず身軽にバルコニーへ跳び移り、ポケットから小さな薬瓶を取り出して差し出した。見覚えのあるその瓶に、かおるの目が細められる。以前、体調を崩した時にも彼がくれたものだった。瓶を受け取ると、かおるは中の薬を一粒口に含み、深く呼吸を二度繰り返した。すると、身体にまとわりついていた倦怠感が、潮が引くように消えていった。「やっぱり、効くわね」かおるは感心したように笑みを浮かべ、瓶を返そうとした。だが徹は受け取らず、「持っておけ。お前はトラブルを呼び寄せる体質らしい」と言った。はあ?その言い方……私が面倒くさいってこと!?いいわよ、この仕返し絶対忘れないから!雅之にチクってやるんだからね!その瞬間、部屋の明かりがふっと消えた。電源が落ちたのだ。室内が闇に包まれた。かおるの目が鋭く光った。「……始まったわね。あいつらの計画が」徹はすぐにカーテンの影へ身を隠し、かおる

  • 離婚後、恋の始まり   第1026話

    かおるの視線が湿布に落ち、軽く頷いた。「ええ、貼ってちょうだい」家庭医は無言で膝をつき、彼女の足首に湿布を貼ると、「しばらく安静に」とだけ言い残して、部屋をあとにした。かおるはソファに身を預けながら、ちらとメイドに目を向けた。「出てって。少し休みたいの」だがメイドはその場から動かず、静かに答えた。「奥様、私はここにおりますので、何かあればすぐにお呼びください」その一言に、かおるの眉がわずかに動いた。……何それ。まさか、見張らせてる?逃げ出さないように?それとも――明確な意図までは読めなかったが、いずれにせよ、不快だった。だが、かおるはすぐに表情を整え、柔らかい声で返した。「いいわ。そこに立ってて。行かないで」ベッドに直行して体を横たえ、スマホを手に取り、綾人にメッセージを送った。かおる:【まだ来ないの?】かおる:【さっき面白いことがあったの。来てなかったから、十億円損したわよ】綾人:【それは残念。埋め合わせ、してくれる?】かおる:【やっと返事きた。どうしてたの?】綾人:【父と会社で会議だった。今、帰る】かおる:【足止めされてたのね。やっぱり今夜は私に何かするつもりなんでしょ?】綾人:【すぐ着く。怖がらないで】かおる:【怖がってなんかいない。むしろ嵐が激しくなるのを楽しみにしてる】綾人:【ほんと、いたずらっ子だな】短いやり取りが終わるころには、ずっと胸の奥に渦巻いていた不安が、少しだけ和らいでいた。綾人が無事なら、それでいい。足首のあたりがじんわりと熱を帯びてきた。最初から大した怪我じゃない。かおるはゆっくりと起き上がり、そのまま湿布を剥がした。この湿布、何か仕掛けがある気がする。剥がした瞬間、それを見ていたメイドが声を上げた。「奥様、どうして剥がされたんですか?足首の治療のためのものですのに」「貼ってると気持ち悪くなるの。鬱陶しいわ」かおるが気怠げに答えると、メイドは眉をひそめた。「でも、それでは足が治りませんよ?このあとのパーティーにも出られなくなるかと」その言い草に、かおるの瞳がすっと細められた。「こっちにいらっしゃい」ベッドのヘッドボードにもたれながら、指をすっと招いた。メイドは一瞬たじろいだように身体をこわばらせた。

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status