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第1248話

Author: 似水
優子はなぜ、突然電話をかけてきたのだろう。

舞子は訝しみながらも、わずかな警戒を含んで応答した。

「もしもし」

受話口からは、笑みを帯びた優子の声が響いてきた。

「舞子ちゃん、今どこにいるの?ずいぶん会ってないわよね。今日休みだから、一緒に買い物でもどうかと思って」

「今、外にいるから……ちょっと都合が悪いかな」

舞子がそう答えると、優子の声の調子が一気に沈んだ。

「舞子ちゃん、私、何か悪いことでもした?だって私たち姉妹でしょ。もし気に障ることがあったなら言ってほしいの。ちゃんと直すから。だから、そんなによそよそしくしないで」

重苦しい空気に、舞子は耐えきれなくなった。少し考えたのち、口を開いた。

「……気にしないで。今どこにいるの?私から行くから」

「場所を送るわ。そのまま来て」

優子の声は途端に明るさを取り戻した。

「わかった」

電話を切り、舞子は車内で送られてきた住所を確認した。繁華街にあるカフェだった。

店に入ると、窓際の席に座る優子の姿がすぐに目に入った。

「舞子ちゃん、来てくれたのね。道、混んでなかった?」

「ううん」

舞子は首を振り、彼女の向かいに腰を下ろす。

「カフェラテを頼んでおいたわ。ゆっくりしていいから」

優子が穏やかに言い、舞子は淡々と頷いてカップを手に取った。

「賢司さんとはうまくいってる?あの人、冷たそうに見えるけど、いじめられたりしてない?」

「ないわ。ちゃんとやってる」

舞子はきっぱりと答えた。

優子は深く頷き、真剣な眼差しを向ける。

「それなら安心した。私、賢司さんのそばで仕事をしてるからよくわかるの。彼はすごく責任感の強い人よ」

舞子は社交辞令のように問い返した。

「仕事には慣れた?」

「ええ、順調よ。今は秘書をしていて、社長からいろんなことを学ばせてもらってる。本当に勉強になるわ」

「それならよかった」

舞子は静かに言った。

二人のあいだに流れる空気は、和やかというには程遠く、表面的な穏やかさを辛うじて保っているだけだった。

舞子が誘いに応じたのも、優子が何を考えているのかを見極めたい一心からだった。

やがて十分ほど経った頃、優子が「外をぶらつかない?」と提案した。

舞子は頷き、二人はショッピングモールへ足を運んだ。

午後も遅くなり、買い物を終えると夕食の時間に
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