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第299話
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離婚後、恋の始まり 第921話
翌日。陽の光が部屋に差し込み、聡はうっすらと目を開けた。そして、自分がまるでタコのように星野にしがみついていることに気がついた。昨夜の記憶が潮のように押し寄せ、聡の目に冷たい光がよぎる。彼女は身を翻し、仰向けになった。星野が目を覚まし、彼女を一瞥して言った。「昨夜は……誰かにわざとハメられたの」星野は小さく頷いた。「僕はあなたの味方です」聡のまつ毛がかすかに震え、ふいに尋ねた。「どうして？」「えっ？」星野は一瞬きょとんとした。聡は真剣なまなざしで彼を見つめた。「昨夜、なんで帰らなかったの？なんで味方になってくれるの？」星野の表情が少し曇り、しばらくしてから口を開いた。「……帰らないでって、言われましたから」聡は一瞬目を見開き、次の瞬間、ふっと笑い出した。そしてそのまま体を起こし、星野の腹部にまたがった。「君、嘘ついてる」指先が彼の胸に触れた。「あの時、もうやめてって言ったよね？それなのに、なんで離れてくれなかったの？」ふたりとも裸のままで、聡の大胆な動きにより布団が滑り落ち、白い肌が大きく露わになった。肌に咲いた赤い痕は、まるで点々と咲く梅のようで、胸の上下に合わせて揺れている。星野は息を詰まらせ、視線が否応なく彼女の裸体に吸い寄せられた。喉仏が上下に動き、かすれた声で言った。「嘘なんか、ついてません」聡は何かを感じ取ったのか、ゆっくりと身をかがめ、まるで男を惑わす狐のように、優しく彼の体に触れてきた。星野は思わず目を強く閉じた。「降りてください」けれど、聡は降りなかった。鼻先が彼の頬をかすめ、囁くように言った。「好きって認めるの、そんなに難しいの？」星野は黙ったままだ。頭の中がぐちゃぐちゃで、昨夜からずっと落ち着かない。自分でもなぜか、うまく説明ができなかった。部屋にはしばらく静寂が流れた。聡は彼が何も言わないのを見て、急に興味を失ったように言った。「……もういいや」そう言って彼の体から降りると、そのままベッドを下りようとした。しかし、急に腰に強い力が加わり、次の瞬間、ベッドに押し倒された。「ちょっ……」聡は驚き、体をひねろうとしたが、星野の力が強すぎて、完全に押さえ込まれてしまい、ベッドにうつ伏せにされて抗うこともできなかった。
離婚後、恋の始まり 第920話
聡は心の中で必死に拒んでいた。けれど、体にはまったく力が入らない。どうしよう？まさか、本当に今日、ここで終わっちゃうの？目を開けた聡は男を見た。はっきりとは見えなかったが、その目つきは氷のように冷たく鋭くて、まるで毒に濡れた刃みたいにゾッとする寒気を放っていた。男の動きが止まった。この目……殺意、だ。でも、それがどうしたっていうの？どうせ気持ちよくなれば、結局しがみついてくるくせに。男は聡の視線に何の反応も見せず、服に手をかけて脱がそうとした。「ピンポーン」突然、ドアベルの音が部屋に鳴り響いた。男は一瞬動きを止めた。こんな時間に……誰だ？「誰だよ？」舌打ちしながら、苛立った表情で立ち上がった。もう少しで獲物を手に入るところだったのに邪魔が入るなんて！けれど、玄関からは何の音もしない。男はドアスコープを覗いたが、そこには誰の姿も映っていなかった。どういうことだ？踵を返そうとしたその時、またしてもドアベルが鳴った。ふざけんなよ！こっちは大事なところなんだ、警告してやる！そう思ってドアを開け、怒鳴りつけようとした。その瞬間、拳風が顔面を直撃した！反応する間もなく、男は一発殴られた。殴られた勢いでよろけ、呆然としながら顔を上げると、鋭い目をした若い男が部屋に入ってきた。「てめぇ……よくも殴りやがったな！」怒りを露わにして相手を睨みつけた。星野は堂々と部屋に踏み入り、ベッドに横たわる聡を見た瞬間、顔が険しくなった。そして冷えた声で言い放った。「今すぐこの部屋から出て行ってください。さもないと警察を呼びます。薬物を使用して女性に暴行を加えようとした……もし体内から薬物反応が出れば、あなたにとって非常に不利になります」男の顔が歪んだ。女一人のために自分の名を汚すわけにはいかない。「……覚えてろよ」吐き捨てるように言い、上着をつかんで出て行った。星野はベッドに近づき、聡を見下ろしながら声をかけた。「聡さん、ご気分は大丈夫ですか？」……この声、聞き覚えがある。「星野くん……？」か細く、力のない声が返ってきた。甘くとろんとした声に、星野の体が反射的に緊張した。「はい、僕です。病院へお連れします」そう答えると、星野は聡を抱き上げて、部屋の外へ向かった。
離婚後、恋の始まり 第919話
桜井が最初に聡からの連絡を受け取った。彼らは皆、聡が特別に作った救助プログラムをスマホにインストールしていて、ボタンを押すだけで現在地がすぐに共有される仕組みだった。桜井は今、空港にいた。救助メッセージを見て、思わず眉をひそめた。聡がトラブルに巻き込まれた！けれど、自分は今すぐ海外へ飛ばなければならない。社長から新しく任された重要な任務を、急いで片付けなければいけないのだ。少し考え込んだあと、ふと何かを思いついたように、すぐに電話をかけ始めた。「もしもし、こんにちは」電話口からは、透き通るような心地よい男性の声が返ってきた。「こんにちは、星野さん。私は雅之様の秘書をしております桜井です。以前、お目にかかったことがあります」星野は少し考えてからその人物を思い出し、すぐに不安を感じた。「桜井さん、何かあったんですか？」桜井は急いで続けた。「今から位置情報を送ります。その場所へ行って、聡を探してください。彼女が何かトラブルに巻き込まれたようなんです。私の位置からは遠すぎて、間に合いそうにありません」星野は画面を見ながら眉をひそめた。「彼女に何があったんですか？」「それが、私にも詳しいことは分かりません。ただ、とにかく急いで現場に向かってください」そう言って、桜井は電話を切ると同時に位置情報を送信した。星野が向かうことに疑いの余地はなかった。以前、聡と星野が一緒に雅之と里香のプロポーズ現場にいたことを思い出し、二人がかなり親しい関係に違いないと考えていたのだ。空港では搭乗アナウンスが流れ、桜井はスマホをポケットにしまい、保安検査場へと向かっていった。一方、星野は移動し続ける位置情報をじっと見つめていたが、アイコンはずっと同じ場所に留まったままだった。もし聡が本当にトラブルに巻き込まれていたとしたら、このスタジオで二番目に多くの持ち株を持つ彼が、すべてを引き継ぐことになるだろう。何の制限もなく、思うままに行動できるはずだ。コンピューターのスクリーンが放つ青白い光が、彼の端正な顔を照らす。その瞳は深い黒に染まり、まるで墨のようだった。車が止まったときには、聡はもうほとんど意識を失いかけていた。二人の男に両側から抱えられるようにしてホテルの中へ運び込まれ、視界はかすんでいた。頭の中では――桜井、こ
離婚後、恋の始まり 第918話
無駄に身勝手で、自由奔放。人を呆れさせるくせに、それでもどこか圧倒的な無力感を感じさせる。星野は、椅子にもたれて気怠そうにしている女をしばらく見つめたあと、ようやく口を開いた。「四割、いただきます」「やだ、三割だけ」聡の声は気だるげだったが、その言い分には微塵の揺らぎもなかった。星野は深くため息をついた。そんな彼を見ながら、聡は口元を少し持ち上げて言った。「それとも、前に言ったみたいにさ、あたしと結婚する？そうすれば共同財産ってことになるし、割合なんて考えなくて済むよ」「契約書を作りましょう」星野は淡々と答えた。聡の眉がぴくりと動いた。これは、やっぱり結婚する気なんてないってこと？ちっ……こんなおいしい話蹴るなんて、マジでバカじゃないの？聡は法務に電話して契約書の準備を指示し、そのあと二人で署名を交わした。これで星野はスタジオの株主、そして執行責任者になったわけだ。嬉しそうに笑みを浮かべた聡は、彼の襟元をつかみ、ぐっと力を込めて引き寄せた。「何をするんですか？」星野は眉をひそめ、不思議そうに彼女を見た。そのまま彼に軽くキスをして、「よろしくね」と言い残し、手を放して立ち去っていった。星野はオフィスに立ち尽くしたまま、何だか策略にハマったような気がして眉間をつまんだが、それ以上考えるのはやめた。このスタジオは彼にとって、所詮ただの踏み台でしかなかったからだ。スタジオの件が片付いた聡は、前から考えていた計画に取り掛かることにした。最初の目的を見失わず、ちょっと羽を伸ばすつもりだった。そんなとき、一人のクライアントから電話がかかってきた。「夜、会って仕事の話をしたい」とのことだ。聡は微笑んでこう答えた。「今はスタジオ、星野くんが担当してるの。何かあったら、彼に直接相談して」ところが、相手は渋い声で返してきた。「これまでずっと君とやり取りしてきたのに、よく知らない星野とかいう人には頼れないよ」聡は少し考え込んだ。まあ、それもそうかも。「分かった。じゃあ、夜に会いましょ」手元の案件を星野に少しずつ引き継がせるには、移行期間が必要だと判断したのだった。夕方、レストラン。聡はクライアントと様々な話をして、いくつかの懸案事項を解決し、最後に星野の連絡先を伝えて別れた。
離婚後、恋の始まり 第917話
「は？」聡はメッセージの内容を見て、まるで何かの冗談でも目にしたかのように笑った。希嗣？母親？幼い頃からホームで育ち、その後、雅之に見初められて育成された。両親を探したこともあったが、当時のネット環境はまだ遅れていて、見つけることはできなかった。そのうち諦めてしまった。それなのに、こんなタイミングで急に誰かが現れて、自分の母親だと名乗ってきた？聡はじっとメッセージを見つめ、しばらく黙り込んでから立ち上がり、寝室を出てもう一つの部屋へと向かった。その部屋は防音性が高く、パソコン設備も最新だった。パソコンを起動し、すぐに番号の検索と位置情報の特定を始めた。細い指がキーボードの上でリズミカルに動き、モニターにはすぐに彼女が欲しかった情報が映し出された。資料を見つめていると、中に一枚の三人家族の写真があった。男は質素な格好で、女は顔が泥で汚れていたが、うっすらと整った顔立ちが見えた。若い頃はきっと美人だったのだろうと想像できた。その二人の間に、少年が一人、カメラに向かって傲慢な表情を浮かべていた。男と女の質素な姿とは対照的に、少年はブランド物の服とスニーカーを身に着け、髪もきちんと整えられていて、まるで栄養が行き届きすぎたようなふっくらした体型をしていた。「チッ……」聡はさらにスクロールし、その家族の情報をすべて読み取った。その家族は安江という田舎の農村出身で、ずっと農業で生計を立てていた。二人の子供を産んでいるが、最初の子供の情報は一切なく、母親が病院で出産した記録だけが残っていた。息子が五歳になる頃には、家計はどんどん赤字になっていった。十五歳になった息子はネット賭博にのめり込み、家には多額の借金が残された。夫婦は家と土地を売って、どうにかギリギリで補填しようとした。だが、その息子は懲りずに再び賭博に手を出し、またしても莫大な借金を抱えた。「チッ……」もう後がなくなって、今さら最初の子供を探しに来たってわけ？でも、どうやって自分のことを見つけたのか？本当に自分の親なのか？聡はパソコンを閉じ、しばらくは無視することに決めた。こんな親、絶対に認めるつもりはない。できれば近づかないでほしい。じゃないと、ひどい目に遭っても知らないからね！二日ほど経ってから、聡はようやくスタジオに向か
離婚後、恋の始まり 第916話
画面には、カメラに向かって微笑む聡の精巧で美しい顔が映っていた。一方、星野の澄んだ瞳は彼女をじっと見つめ、真剣さと戸惑いが入り混じったような表情を浮かべており、その整った清潔感のある顔立ちがしっかりと捉えられていた。その一瞬の画面はとても素敵だった。星野はその写真を見た瞬間、一瞬手を止めたものの、聡を止めることはなかった。二人の関係について、もう好きにさせればいいと思った。聡はこの写真をすごく気に入り、すぐにスクリーンセーバーに設定したうえ、それをSNSにも投稿した。間もなく多くの「いいね」とコメントが集まったが、どれにも返信しなかった。スマホを置き、片手で顎を支えながら星野をじっと見つめた。「お腹が空いたんじゃなかったですか？」星野が淡々とそう言った。「『美人の色気は食事代わりになる』って言葉、知らないの？」瞬きもせずにそう返す聡に、星野の手が一瞬止まった。彼は無表情で彼女を一瞥しながら答えた。「お腹が空いてないなら、これ全部持って帰りますね」明日の食事を作る手間が省ける、そう思っているようだった。聡はその言葉に笑って、箸を手に取って食べ始めた。お腹が空いたと言っていたわりには、それほど多く食べるわけではなく、ご飯一杯だけで箸を置いた。星野はすでに食べ終えており、静かに食卓の片付けを始めていた。その様子をしばらく見ていた聡だったが、邪魔にならないようリビングへ移動し、ソファに腰を下ろした。スマホを取り出し、星野が送ってきたメールを開いて読み始めた。どうやら彼は来る前からすでにしっかりと準備をしていたようで、計画書は非常に詳しくまとめられており、メリットとデメリットが明確に整理されていた。真剣に読み進めていると、ふと顔を上げた時には、星野がすでに隣に座っていた。「読み終えましたか？」彼女がこちらを見たのを確認してから、星野がそう尋ねた。聡はスマホを置き、薄く笑いながら視線を向けた。「ねえ星野くん、君何か企んでるでしょ？」「何のことですか？」星野は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。「今夜、あんたが私を拒まなかったのって、目的のためでしょ？」その言葉に、星野の眉がわずかに寄せられた。「そんなことを考えた覚えはありません」聡はすっと身を寄せた。ふわりとした香りが星野の鼻先を
離婚後、恋の始まり 第915話
星野は腕の中の聡を見下ろした。彼女は目を閉じたまま、頬にはまだ紅が残っていて、目元や眉のあたりもうっすらと色づいていた。満ち足りた表情だった。唇も、赤く腫れていた。さっき車の中で起きたことを思い出すと、星野の呼吸が少し深くなり、腕に力を込めて彼女を抱きしめ、前方のマンションへと大股で歩き出した。聡は目を閉じたまま、彼の動きを感じて口元をゆるめた。家に戻ると、星野が言った。「開けてもらえますか」聡は半分目を開けると、服の中から手を出して指紋認証を行った。カチッという音とともに、玄関が開いた。「まだ力入らないんですか」星野が少し呆れたように言うと、聡は小さく返事をして、さらに彼の胸元に顔をうずめた。「ドア開けるくらいの力もないんですか」「それくらいならあるよ」そう言って手を伸ばし、ドアを押し開けると、星野はそのまま彼女を抱えて中へ入った。ベッドにそっと彼女を寝かせると、すぐにその場を離れようとしたが、聡が彼の首に腕を回して引き留め、唇の端に軽くキスをした。「星野くん、君の提案、考えてみるよ」星野はじっと彼女を見つめ、しばらくしてから言った。「そろそろ放していただけますか」聡は彼をじっと見つめたまま、やがて手を離した。「お腹空いた」星野は何も言わずに寝室を出て、ドアを閉めた。聡はそっと目を閉じた。ああいう態度を見ると、もう出て行ったのかもしれない。はあ……ほんと、冷たい男だわ。ぼんやりしていたその時、不意に寝室のドアが開いた。星野が立っていた。「ご飯にしましょう」「ん？」聡が目を開けて彼を見た。「まだいたの？」「お腹空いたって言ってたでしょう」星野の澄んだ声が返ってきた。その瞬間、聡はくすっと笑って起き上がった。「シャワー浴びたいんだけど、一緒に入る？」星野は無言でドアを閉めた。聡の気分が不思議と良くなっていた。シャワーを終えて部屋に戻ると、星野はまだそこにいて、ソファに座ってスマホを見ていた。聡に気づくと、顔を上げて言った。「詳細な計画書をメールに送っておきました。お時間ある時にご確認ください」「了解」聡は素直に答えた。ダイニングテーブルに向かうと、三品とスープが並べられていた。肉料理一品と野菜料理二品、どれも見
離婚後、恋の始まり 第914話
聡は星野の膝の上に座りながら、彼の提案について真剣に考えていた。ただ、その様子はとても「真剣」とは言えないようなものだった。白くて柔らかい手が、彼の胸筋を撫でたり、腹筋にそっと触れたり。脚も落ち着かず、締めたり緩めたりしながら、彼にすり寄るように動いている。星野は思わず喉を鳴らし、反射的に彼女の腰を掴んで、かすれた声で言った。「……あの、あまり動かないでいただけますか？」聡は小さく首を振った。「無理」そう言って体を傾け、彼の唇にそっとキスをした。今回は、星野は避けなかった。というより、もう避けることなんてできなかった。聡の唇は柔らかく、どこか挑発的な熱を帯びていた。そして少し冷たい手が彼の服の裾から滑り込んで、筋肉をなぞった。星野の体は一気に緊張し、喉仏が上下に動いた。そして突然、彼女の後頭部を抱き寄せ、主導権を握った。聡の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。そのまま素直に、彼のキスを受け入れた。彼のキスが、好きだった。車内の空気が乱れ、熱を帯び、時折漏れる吐息が静かに響いた。キスが終わったとき、二人の呼吸はすっかり乱れていた。聡は彼の胸に頬を寄せ、どくどくと鳴る心音を聞きながら口を開いた。「星野くん、勃ってるよ」星野は目を閉じ、さらにかすれた声で応えた。「……聡さん、あなたって、本当に命知らずですね」聡はくすっと笑って、「じゃあ、君の上で死なせてよ」夜はますます深くなっていく。辺りはしんと静まり返っていた。車は一定のリズムで揺れ、小さな吐息が時折漏れていた。幸い、このあたりは人通りが少なく、ほとんど誰も通らない。星野が車をここに停めたのは、計算のうえだったのか、それとも偶然なのか。すべてが終わる頃には、聡はすっかり力が抜けていて、彼の腕の中に寄りかかり、汗まみれのまま言った。「抱っこして、上まで連れてって。シャワー浴びたい」星野は荒い息を吐きながら、満足げな光を目に宿し、何も言わずに自分の上着を脱いで彼女にかけた。そして車のドアを開けて外に出た。その瞬間、視界の端に何かが映り、顔を向けると、少し離れたところに、葵が立っていた。驚いたような顔で、二人を見ている。星野の眉がぴくりと動いた。「横山さん……？」なぜ彼女がここに
離婚後、恋の始まり 第913話
星野が疑問を口にした。聡はソファに腰を下ろし、しなやかな体をふわりと預けるように背もたれに寄りかかった。そのまま星野をじっと見つめながら言った。「横山さんの話を聞いて、ちょっとひらめいたのよ。もし君と結婚したら、このスタジオって夫婦の共有財産になるじゃない？そしたら君は一円も出さずに経営できるってわけ。で、私は好きに遊び回れるって寸法よ」「……結婚ですか？」星野は思わずその言葉を繰り返した。「そう、結婚」聡は頬杖をつきながら小さくうなずき、ウィンクしてみせた。「どう？ちょっとは考えてみない？」星野はすぐに背を向けて歩き出した。「そんなバカな話あるかよ！」と心の中で叫んだ。突拍子もないことを平然と言い出す聡のような人には、どうにもついていけなかった。聡はそんな星野の背中を見送りながら、少し余裕のある口調で言った。「言っとくけど、これが最後のチャンスかもしれないわよ？今日ならまだOKしてあげるけど、明日になったらどうなるかわかんないからね？」返ってきたのは、ドアが静かに閉まる音だけだった。「ふーん、やるじゃん……」聡は小さく舌打ちしながら、どこか感心したように呟いた。「最近こういう芯の通った男って、ほんと見なくなったのよね」天井を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。胸の奥に、ほんの少しの寂しさが広がっていく。自分に興味ない男を追いかけるって、楽しいことだったっけ？昔は、それが面白かったのかもしれない。でも、時間が経つにつれて、その楽しさもだんだんと薄れていった。わざわざ自分を苦しめる必要なんて、ないじゃない。そう思いながら、聡は立ち上がり、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。翌日、スタジオの譲渡に興味を持つ人々が次々と訪ねてきた。聡は一日中クライアントたちと話し通しでクタクタになったものの、結局譲渡はまとまらなかった。来たのは卒業したての若者ばかりで、提示した金額が高すぎるからもっと安くしてほしいと頼まれたのだ。疲れきった様子でビルを出た聡がふと顔を上げると、少し離れた場所に星野の姿が見えた。どうやら彼女を迎えに来たらしい。「ん？」少し意外に思いながらも、聡は彼の方へ歩いていき、無言で車のキーを彼の胸元に放った。そしてそのまま、助手席に乗り込んだ。星野は車を発進
