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第447話

Author: 似水
里香はそのまま地下へ降りていった。

地下室は上の階よりもさらに冷え込んでいて、彼女が足を踏み入れると同時に、周りの照明が次々と点いていく。

彼女は鉄格子のドアの前で立ち止まり、眉をしかめた。「誰が中にいるの?」

「り......里香か?」男の声が弱々しく聞こえてきた。

ふっと、里香は微かに血の匂いを感じ取った。

里香の表情が緊張に染まる。「あんた、誰?」

「俺だよ、啓......山本啓だ」

里香の瞳孔が一瞬で縮んだ。「啓?本当に啓なの?」

彼女は鉄格子にしがみつき、必死に中を覗き込んだ。しかし、真っ暗で何も見えない。

「俺だ......助けてくれ。このままじゃ拷問されて死んじまう、まだ死にたくないんだ、頼むよ、助けてくれ」

啓の声は懇願そのもので、まるで最後の頼みの綱にすがっているようだった。

「私......」

助けたいと言おうとした瞬間、里香は思い出した。啓の実の父親ですら彼を見捨てたんだ。自分はただの他人で、助ける資格なんてあるのだろうか?

「本当に二宮家の物を盗んだの?」里香が問いかけた。

「俺じゃない!」

啓は強く反応した。「誰かにはめられたんだ!確かに俺はギャンブルで借金を作った。でも盗むなんて、そんなことするわけないだろ!」

「どういうこと?」里香は眉をひそめると、啓は息を詰まらせながら、ゆっくりと話し始めた。

「俺はただの運転手で、そもそも屋敷の中に入ることなんかないんだ。でもその日、結衣ちゃんが『ちょっと運んでほしい物がある』って頼んできた。言われるままにある部屋に入ったら、床に色んな物が散らばってて......それを机の上に戻しただけなんだ。でもその数日後、急に二宮家の人間に捕まって『盗んで売っただろう』って言われたんだ。しかも亡くなった二宮のご子息の遺品だって!俺は一切やってない!必死に説明したけど、誰も信じてくれなかった」

啓は悔しそうに声を荒らげた。

「里香、頼む、助けてくれ。ここにいたくない、ここにいたら、殺される!」

里香の表情が険しくなった。「啓、君が言ってること、本当なの?」

「嘘ついたら、ひどい死に方してもいいよ......」

しばらく考え込む里香。啓がそんなことをする人間じゃないのは分かってる。高校時代、彼とは長い時間を一緒に過ごした。正直で温厚な性格で、人助けが好きな奴だった。

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