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第599話

Auteur: 似水
雅之は資料の一部に目を通し、すぐに言った。

「伝えておけ、あの男の母親を受け入れる病院は、二宮家を敵に回すことになる、と」

「かしこまりました!」桜井が頭を下げ、その場を後にした。

雅之は再びスマホを手に取り、目を引くその写真を見つめる。黒い瞳に冷たい光と軽蔑の色がよぎった。

午後、星野は介護士からの電話を受けた。

「もしもし、星野さん、大変ですよ。お母さんが病院から追い出されちゃいました。医療費が長い間滞納されてるって、病院がもう面倒見きれないって……」

その言葉に、星野は勢いよく立ち上がった。「今、どこにいるんですか?」

「病院の入口にいます。お母さん、もう倒れちゃって、でも誰も手当てしてくれないんです。星野さん、どうしましょう!」

星野は完全に取り乱し、すぐに仕事場を飛び出した。外に出たところでちょうど里香とぶつかる。里香は二歩後ずさりして、「どうしたの?」と尋ねた。

「すみません、家のことで問題が起きたので、急いで帰らないといけません」

星野の顔には焦りの色が濃く浮かんでいる。

里香は言った。「手伝えることがあるなら言って」

「いや、大丈夫です」星野は即座に断り、その場を急ぎ去った。

里香は地面に散らばった書類を拾い上げ、自分のデスクに戻ると、星野の顔に残っていた痕跡が気になり、唇をかみしめた。

一体どうして雅之は彼にそこまで敵対するのか、全く理解できない。

里香は軽くため息をつき、再び仕事に集中した。

夕方、退勤時間になると、かおるから電話がかかってきた。

「もしもし?」里香が電話を取ると、興味津々なかおるの声が響いた。

「どういうこと?今日はご飯行く約束だったのに、こんな時間まで音沙汰なしとか、まさかもう二人で食べちゃったとか?」

里香はエレベーターを出ながら答えた。「星野くんの家で急用ができたみたいで、いったんキャンセルになった」

「え?」かおるは不思議そうに声を上げた。「何があったの?そんなに大変なことなの?」

「詳しくは知らないけど、彼の様子を見る限り、かなり深刻そうだった」

「じゃあさ、彼に電話して一声かけてみたら?カエデビルまでわざわざ来て、食事に誘おうとしてたんだから、少しくらい気遣ってあげなよ」

里香は彼女の意見をもっともだと思い、「わかった、じゃあ一回切るね」と答えた。

「うん、それじゃ」

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