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第602話

Author: 似水
里香の体がピクリと硬直した。なんとか抵抗しようとするものの、最終的には堪えきった。

雅之が結局求めているのはこれだけ。今までのやり取りなんて、ただの前フリに過ぎなかった。里香はそう悟りながら、心の準備をしていた。

そろそろ次の行動に移るだろうとそう思い込んでいたその時、雅之は何もせず、ただ彼女を抱きしめたまま動かなかった。

里香の体は依然として硬直したままで、唇を一文字に固く結んでいた。

雅之はその緊張感を感じ取った。リビングには二人の吐息が入り混じる音だけが微かに響いていた。

やがて雅之はふっと彼女から身を引き、低くて冷たい声で言った。

「じゃあな」

突然の言葉に里香は一瞬呆然とし、驚いた表情で彼を見つめた。それを見た雅之は眉をひそめて言い放った。

「なんだその顔?がっかりでもしたのか?」

里香はサッと立ち上がり、「もう遅いから帰るわ」とだけ言い残し、その場を後にした。

雅之は彼女が去っていく背中をじっと見つめ、ドアが閉まるまでその場から動かなかった。

一本のタバコを取り出し、火をつけた。青白い煙が彼の顔を包み、漆黒の瞳を覆い隠していく。

里香から見れば、雅之が自分にしつこく迫るのは結局体目当て――そう映っているのだろう。

実際、雅之自身もそのように彼女に話していたし、それを否定するつもりはなかった。

だが、今日はふと気づいてしまった。

そういう行為をしなくても、ただ彼女と一緒にいるだけで、例えばどうでもいい昼ドラを一緒に見ているだけで、心の奥に満たされるような感覚が広がっていくことに。

その感覚は、自分が記憶を失ったときに感じたものと似ていた。

タバコを深く吸い込んだ雅之は、乱れそうになる思考を必死で抑えつけながら考えた。

ただ一緒にいるのが好きなら、それこそ彼女が俺から離れられなくなるようにすればいいのだ、と。

一方で、帰宅した里香の中には、どこか現実味を欠いた感覚が残っていた。

雅之がこんなにもあっさり自分を解放するなんて、これまでには一度もなかったことだ。

一体どういうつもりなの……?

里香の心中は複雑だった。

結局、無駄に時間を過ごしたあげく、星野の話には一言も触れず、彼も星野には手を出さないとは約束してくれなかった。

ため息をついた里香はシャワーを浴びながら、もやもやした気持ちを流そうとした。

翌朝、雅
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