月宮は雅之の顔色をよく見た。彼の表情が急に冷たくなり、全身から醸し出される雰囲気まで変わるのが分かった。彼は軽く咳払いをして、「あのさ、多分俺が間違えたかも。彼女はお前の誕生日を祝うために来たんじゃなくて、彼女は……」と言おうとすると、「黙れ!」と雅之は冷たい声で言い放ち、そのままスマホを月宮に突き返し、立ち上がって歩き出した。月宮は慌ててスマホを受け取りながら、急いで聞いた。「おい、お前どこ行くんだ?」同じ階の別の個室。里香はドアを開けて中に入ると、祐介が周りの人々に取り囲まれるようにソファの真ん中に座っているのが目に入った。部屋の中はとても賑やかで、皆が祐介を盛んに持ち上げていた。「祐介兄ちゃん」里香が近づいて微かに笑った。祐介はその声に気づき、顔を上げると、その陰ある美しい顔にすぐに魅力的な笑みが浮かんだ。「来たんだな、座れよ」周りの人々はそれを見て、すぐに席を空けて里香に譲った。里香は近づき、手に持っていた袋を祐介に差し出した。「お誕生日おめでとう」祐介は少し驚いた様子で袋の中のシャツを見て、さらに笑みを深めた。「こんな大勢の中で、君がくれたプレゼントが一番気に入ったよ。ちょうどこれからグループで働くから、シャツが必要だったんだ。ありがとな」里香は思わずくすりと笑った。彼ほどの立場の人間が服に困るなんてことはあり得ない。それは彼なりの彼女への評価だった。祐介はスマホを取り出し、袋の写真を撮ると、そのままSNSに投稿した。里香は横に座り、ジュースを一口飲んだ。祐介が投稿を終えると、彼女に尋ねた。「最近どうだ?」里香は「まあまあかな、大したことはないよ」と答えた。祐介は頷き、「それなら良かった」と言った。「ねえ祐介さん、このお嬢さんは誰なの?」「祐介さん、紹介してくれないの?もしかして彼女?」周りの少し陽気な性格の人たちが、祐介と里香の親しげな様子を見ると、すぐに冷やかし始めた。祐介はその人物を一瞥し、「変なこと言うなよ。彼女は恥ずかしがり屋なんだ」と言った。「おお!恥ずかしがり屋だって?」その人物は祐介の言葉を真似しながら、意図あり気な笑みを浮かべた。「ってことは相当特別な関係じゃないか!」里香は目を伏せた。この賑やかな雰囲気には少し馴染めず、戸惑いを感じた。祐介は彼女
里香は手を引っ込め、冷たい目で蘭を見ながら言った。「私がどこにいても、それは私の自由よ、北村さん。あなた、ちょっと口出ししすぎじゃない?」蘭の顔がますます険しくなり、「なんでこの女が祐介兄ちゃんの誕生日パーティーにいるのよ?今すぐ出て行って!」と怒鳴った。「蘭!」祐介の声が少し冷たくなった。立ち上がると、里香を自分の背後に引き寄せ、冷たい光を浮かべた目で蘭を睨みつけた。「里香は俺の客だ」「祐介兄ちゃん!こんなだらしない女が、どうして……!」蘭は祐介が里香をかばうのを見て、さらに表情を険しくし、悔しそうに里香を指さした。祐介は蘭の手首を掴んで、その指を下ろさせた。「彼女は俺のゲストで、誕生日を祝うために来てくれたんだ。蘭、そんなこと言っちゃダメだ」「祐介兄ちゃん!」蘭は悔しさで震えていた。どうしても里香を追い出したかった。祐介のそばに他の女がいるなんて耐えられない!しかし、祐介の顔がすでにかなり険しくなっており、これ以上しつこくしたら、祐介に追い払われてしまうかもしれないと感じた。蘭は怒りを抑えきれず、冷たい息を吐きながら、里香に鋭い一瞥を投げた。「この女狐め!」祐介は冷静に「もういい、席について」と言い、その場を収めた。再び席に戻り、里香を軽く引き寄せて、自分の隣に座らせた。蘭は負けじと、祐介の反対側の席に座り込んだ。そして、里香を一瞥し、ふとこう聞いた。「小松さん、祐介兄ちゃんに何をプレゼントしたのかしら?」里香は特に表情を変えず、「祐介兄ちゃんへの誕生日プレゼントよ。渡したのは祐介兄ちゃんだから、祐介兄ちゃんだけが知ってるわ」とだけ答えた。蘭の顔がますます険しくなった。まったく、この女、全然私のことを気にかけてないのね。蘭は自分が持ってきた箱を祐介に差し出し、甘い笑顔を浮かべた。「祐介兄ちゃん、これが私が用意したプレゼントよ。なんと、ダイヤモンド鉱山なの」その瞬間、個室内に驚きの声が広がり、空気が一瞬で静まり返った。ダイヤモンド鉱山だって!?そんなもの、簡単に他人に渡せるわけがない。さすが北村家のお嬢様、財力が桁違いだわ!祐介は蘭の得意げな顔を見て、困ったように言った。「蘭、このプレゼントは高すぎて受け取れないよ」蘭は頬を膨らませ、「あら、誕生日プレゼントって、高い方がい
里香は隅に立って、みんなに囲まれている祐介を見つめていた。少し微笑みが浮かんだ瞳の奥には、どこか穏やかな気持ちが感じられた。祐介はみんなに囲まれながら、願い事をしてロウソクを吹き消した。歓声が部屋に響き、照明が一瞬で明るくなった。祐介はナイフを手に取ってケーキを切り始めた。みんなが期待の眼差しを向ける中、蘭が特に期待を込めて祐介を見ていた。これまでは、祐介が切った最初の一切れのケーキはいつも蘭に渡されていた。今年もきっと例外ではないだろうと思っていた。しかし、祐介はケーキを持ち上げると、そのままくるりと振り返り、里香の前に歩み寄った。「君にあげる」彼の美しいタレ目には、柔らかな微笑みが浮かび、ケーキを里香に差し出した。里香は少し驚きながらも、慌ててケーキを受け取り、「ありがとう」と答えた。祐介は手を伸ばして、彼女の頭をくしゃっと撫でた。その仕草は、どこか親しげで、温かい感じがした。ちょうどその時、個室のドアが大きな音を立てて開き、みんなが振り返ると、雅之が冷たいオーラをまとって入ってきた。祐介の手はまだ里香の頭の上にあり、里香はケーキを両手でしっかり抱えていた。雅之が入ってきたとき、目にしたのはまさにその光景だった。彼の漆黒の瞳に冷ややかな光が一瞬閃き、視線が部屋を一巡すると、ソファに置かれた袋に気づいた。以前、里香がショッピングモールで男物の服を選んでいるのを見かけたとき、雅之はそれが自分へのプレゼントだと思っていた。しかし、それは祐介へのプレゼントだった。つまり、里香は今日が自分の誕生日だということを全く知らなかった。なのに、彼女は祐介の誕生日を知っていて、さらにプレゼントまで用意していた。この数日間、期待し続けていた自分が滑稽に思えた雅之は、その冷たい眼差しをさらに鋭くしながらも、顔には深い笑みを浮かべた。「ちょうどいいタイミングで来たみたいだな」雅之は一歩ずつ近づき、祐介と里香の間に立つと、彼女の手の中のケーキをちらっと見て、フォークを手に取って一口食べた。「悪くないな」軽く褒めながら、雅之は続けた。祐介は手を下ろし、無表情で言った。「二宮さん、僕の誕生日を祝いに来たんですか?それは意外ですね」雅之は驚いたふりをして言った。「今日がお前の誕生日だったのか。まあ、プレゼ
個室を出た瞬間、冷たい風が里香の体を突き刺すように吹きつけ、彼女はハッと我に返った。雅之の手を振り払うと、信じられないという顔で彼をじっと見つめた。「雅之、さっきの言葉、どういう意味?」雅之は空っぽになった自分の手を見下ろし、冷たい表情を浮かべた。その漆黒の瞳には、怒りと危険な嵐が渦巻いているのが見て取れた。彼女の呆然とした表情を見て、冷笑を浮かべながら言った。「ふっ、そんなに驚いてるのか?言っただろ、俺はお前を絶対に逃がさないって」手を伸ばし、里香の頬に触れると、その目の中で壊れていく感情をじっと見つめた。「離婚届は偽物だ」里香の細い体がガクガクと震え、彼の腕を掴んだ。「雅之、嘘だよね?私をからかってるだけだよね?」信じられなかった。離婚届が偽物?そんなこと、あり得ない。ちゃんと二人で役所に行って、書類も何度も確認したのに。どうして……偽物なんてあるの?雅之は冷たく彼女を見つめながら言った。「信じられないよな?」里香の顔から一気に血の気が引いた。彼が嘘をついているわけではない。冗談でもない、からかっているわけでもない。本当に、二人は離婚していない。「なんでこんなことするの?」里香は信じられないといった表情で彼を見上げ、抑えきれない怒りが胸の中で湧き上がり、身体全体が震え始めた。離婚していない。最初から離婚なんてしていなかった。なぜ、どうしてそんなことをするの?やっと手に入れかけた希望を、彼のたった一言で粉々にされてしまった。里香の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「雅之……私、いったい何をしたっていうの?なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないの?これが私にとって一番大切なことだって知ってるでしょ?それなのに、あなたは私を騙して、裏切った」感情が抑えきれず、里香は怒りを込めて拳を振り上げ、無尽の怒りをぶつけた。けれど、その怒りはあまりにも小さく、雅之の前ではまるで波の一つも立たなかった。雅之は彼女の手首をがっちりと掴み、冷徹な目で見つめながら言った。「苦しいか?辛いか?里香、今のお前の気持ち、それが今の俺の気持ちだ!」ずっと待っていた。でも結果はどうだ?里香は祐介の誕生日を祝うために出かけた。何度も警告したのに、祐介と距離を取れ、と。でも彼女は一度もそれを聞かなかった。もし
空中に浮いているような感覚で、体がとても軽く感じた。まるで現実から離れているような、不思議な気分だった。少し混乱しながら、これは一体どういうことなんだろう、と考えた。「里香?里香?」遠くから誰かの声が聞こえてきた。その声はどこかで聞いたことがある気がしたけど、あまりにも遠くて、誰の声かは分からなかった。「里香、目を覚まして!」声が再び響き、今度はだいぶ近くなっていた。里香の顔に浮かんでいた茫然とした表情が少しずつ薄れていき、その声が雅之のものだと気づいた。「やめて、近づかないで!」里香は突然、頭を抱えて彼に近づかれるのを拒絶した。その声を聞きたくなくて、ただそれだけだった。頭の中には、次々といろんな記憶が押し寄せてきて、痛みに耐えきれず、思わず泣き出してしまった。「里香ちゃん!」かおるの声が聞こえ、里香は驚いて目を大きく開けた。顔中が汗と涙でぐしゃぐしゃになっていて、体中も痛み始め、それが現実に引き戻された。「里香ちゃん、やっと目を覚ましたんだね!本当に心配したんだから!」かおるは里香が目を開けると同時に、「わあっ!」と涙を流しながら言った。里香は目を瞬かせ、首を少しだけ動かしてみた。そのとき、首に何かが当たっていることに気づいた。「お願いだから無理しないで。交通事故に遭って、体中の骨が折れてるんだから。痛いでしょ?」かおるは、里香が起き上がろうとするのを見て、急いで止めた。里香はそれ以上動けず、口を動かしながらも上手く言葉が出せなかったが、かろうじてこう言った。「私……」かおるは続けた。「骨折だけで、他には何も問題なかったの。本当に運が良かったよ。心臓が止まるんじゃないかと心配したんだから!」里香は目を閉じて、体の状態に意識を向けた。腕、太もも、肋骨、全てがひどく痛む。どうやら、それらの部位が問題らしい。そのとき、病室のドアが開き、背の高い男性が入ってきた。「目が覚めましたか?」里香はその方向を見た。そこには見知らぬ顔の若い男性が立っていて、どこか親しみやすい雰囲気が漂っていた。端正な顔立ちで、目には常に薄い微笑みが浮かんでいるように見えた。「あなたは……?」里香は不思議そうに尋ねた。「里香ちゃん、あんたをはねちゃったのはこの人よ」かおるが説明すると、その男性は名刺
里香は笑いながら、「瀬名さん、冬木出身の人じゃないよね?」と聞いた。瀬名は驚いて彼女を見つめ、「どうして分かったの?」と言った。里香はにっこり笑って答えた。「話し方がちょっと違うから」瀬名は軽くうなずき、「確かに、私は錦山出身で、ビジネスのためにこちらに来たんだ」と続けた。彼は里香をじっと見つめ、突然、「先に言っておくけど、これはナンパじゃないからね。小松さんに会うたびに、なんとなく親しみを感じるんだ」と言った。里香は思わず笑い、「まさか、長年探していた妹に似てるとか言わないよね?」と冗談を交えて言ったが、瀬名は一瞬本気で考え込み始めた。里香はそれを見て、「瀬名さん、用事があるなら先にどうぞ。私はもう目が覚めたから、平気よ」と言った。瀬名は結局、答えを出せなかった。実際、長年行方不明だった妹がいたが、その妹もすでに見つかっていたからだ。「分かった、何かあったらいつでも連絡して」と瀬名は言い、立ち上がって部屋を出て行った。部屋は再び静かになった。里香は目を閉じ、全身の痛みに悩まされながらも心を落ち着けることができなかった。その時、病室のドアが再び開いた。里香はかおるが戻ってきたのかと思い、「どうしたの、こんなに早く戻ってきたの?」と声をかけたが、返事はなかった。不思議に思って目を開けると、そこには病床のそばに立つ雅之の姿があった。里香の眉間にしわが寄り、すぐに目を閉じて「見なかったことにしよう」と思った。雅之は彼女をじっと観察し、冷たい表情を見逃さなかった。そして、椅子を引いて座り、しばらくの間何も言わなかった。病室の雰囲気が少し重くなった。この三日間、雅之がどう過ごしていたのかは分からなかった。里香が交通事故に遭って昏睡状態になったと聞いた時、彼は愕然として病院に駆けつけ、里香がまだ命を取り留めていることを知った。彼はその後、ずっと里香のそばで付き添い、毎日耳元で「早く目を覚ましてくれ」と話しかけていた。今日はどうしても会社に戻らなければならなかったが、そのタイミングで里香が目を覚ました。彼は本当に彼女がわざと目を覚ましたのかと疑いを感じた。しかし、今の彼女の青白く痩せた顔を見て、何も言う気がなくなった。彼は事故当時の監視カメラの映像を見ていた。あの時、里香は精神的に混乱して道路に飛び出し、
「お前!」かおるは怒りを込めて雅之を見つめたが、言葉が出てこなかった。この男、ほんっと最低だ!かおるは里香を見て、彼女が少し眉をひそめているのに気づいた。どうやらあまり気分が良くない様子だ。かおるは、これ以上争っても仕方ないと思い、まずは里香に食事を取らせることが大事だと判断した。かおるは一歩後ろに下がり、不満げに雅之をにらんだ。雅之はスプーンを手にして、里香の唇に運んだ。里香は一瞥しただけで何も言わず、口を開けて食べた。自分の体が大事だからね。雅之は里香が拒否しなかったのを見て、目を少し光らせた。里香は目を覚めたばかりで、あまり食欲がなかったが、少し食べた後、「お腹いっぱい」と言った。雅之は小さなテーブルを外して、その後ベッドを調整した。「お前……」彼は何かを言おうとしたが、里香は目を閉じ、話す気がないようだった。雅之は唇をかすかに引き結び、周囲の空気が一気に冷たく重くなった。かおるは冷笑を浮かべ、心の中でスッとした気分になった。こいつのこと、完全に無視するのが一番だ。ほんと痛快!午後、祐介がやって来た。彼は眉をひそめ、じっと里香を見つめながら言った。「こんなことになるってわかってたら、あの日絶対にお前を帰さなかったのに」里香は微笑んで、「祐介兄ちゃんのせいじゃないよ、私が油断してただけ」と答えた。祐介は唇をかみしめてから、「こんな事になるとは思ってなかったよ。これからどうするつもりなんだ?」と尋ねた。里香の目に困惑が浮かび、「わからない」と答えた。本当にわからなかった。離婚していないってことは、まだ雅之と繋がっているってことだし、どうすればいいのか全然見当もつかない。このまま過ごしていても、何も変わらない気がする。雅之から離れたい。もう二度と会いたくない。祐介は静かに言った。「そうか、じゃあ、今は考えることをやめて、まずは体を休めることが一番だ」少し間をおいてから、祐介は言った。「あの、君をぶつけたのは誰か知ってるか?」里香は首をかしげて、「ううん、知らないけど?」と答えた。祐介はうなずきながら、「錦山の大富豪、瀬名家の長男だよ。どうやらここに来て、二宮グループと協力関係を結ぶためだそうだ」と説明した。里香は目を瞬きながら、「普通じゃない身分ね」と言っ
かおるがはっきり言った。「二宮さん、もういい加減にして、出てってくれない?ここにあんたを歓迎する人なんて一人もいないって、分からないの?」雅之はかおるの言葉を無視して、ソファに座ったままノートパソコンを見ている。白いシャツにネクタイは締めてなくて、襟元は開いていた。端整な顔立ちに冷たい表情を浮かべ、鋭い眉と下を向いた睫毛が冷徹な視線を隠している。彼の長くて美しい指がキーボードを素早く叩いていて、真剣な様子が伝わってきた。かおるは白目をむき、里香のところに行って水を差し出しながら言った。「あいつ、本当に厚かましい男だよね」里香は静かに言った。「かおる、もう帰った方がいいんじゃない?こっちには介護する人がいるし」かおるは首を横に振りながら言った。「いや、ここにいるよ。里香ちゃんと一緒にいたいから」一週間が過ぎ、里香の具合はだいぶ良くなったけど、まだ動いちゃいけない。筋を傷めたら治るのに時間がかかるから、安静が必要だった。その時、病室のドアが開いて月宮が入ってきた。「今日は顔色、昨日よりずっといいね」月宮は部屋に入るなり言った。里香は淡々と言った。「何か用ですか、月宮さん?」月宮はうなずき、かおるを指差して言った。「彼女に用がある」かおるはすぐに言った。「あなたと話すことなんてないわ」月宮は眉を上げて言った。「俺とお前の関係だろ?そんな冷たいこと言うなよ」かおるは少し間を置いてから里香を見て言った。「じゃあ、里香、ちょっと外に出てくるね。すぐ戻るから」里香はうなずいた。「うん、いいよ」「ちゃんと養生しろよ。用があったら彼に言って」月宮はそう言って雅之を指差してから部屋を出て行った。病室を出ると、かおるは月宮を見て口を開いた。「で、私に何の用?」月宮はかおるの苛立った顔を見て、彼女の顎を掴んで言った。「用がないと会えないのか?」かおるは彼の手を払いのけて言った。「月宮、こんなことして楽しいの?前に言ったよね、三角関係なんて興味ないって。婚約者が決まってるなら、私にちょっかいかけないで。そんなの、誰にとっても不公平でしょ」「婚約したら、君に会っちゃいけないのか?」「もちろん、そうでしょ!私はあんたの浮気相手なんて絶対になりたくない!」「でも、まだ婚約してないし、彼女もいないんだから、君は浮気相手じ
里香が突然帰ると言い出したことで、瀬名家の人々は驚きを隠せなかった。賢司と秀樹が慌てて里香の部屋に駆けつけると、彼女はすでに荷物をまとめ終えており、二人とも不安げな表情を浮かべていた。「里香、一体どうしたんだ?なんでそんなに急いでるんだ?」秀樹が一歩前に出て問いかけると、里香は深く息を吸い込み、落ち着いた声で答えた。「雅之がケガをしたんです。どうしても会いに行かなきゃって思って……」「な……」秀樹は一瞬言葉を失った。つい最近まで、彼女は雅之のことをひどく嫌っていたはずだ。顔も見たくないって言っていたのに……どうして突然、気持ちが変わったんだ?秀樹をまっすぐ見つめながら、里香は目を潤ませて言った。「お父さん、ごめんなさい。一緒に年越しできなくて……でも、行かなきゃ。行かなかったら、きっと後悔する。きっと一生悔やむと思うの」その様子は、あまりにも切実だった。秀樹は「年越してからにしろ」と言いかけたが、結局その言葉を飲み込んだ。代わりに賢司が口を開いた。「まず、こっちでも状況を調べてみるよ」もはや、二人にも彼女を引き止めることはできなかった。なにしろ、雅之は里香のお腹の子の父親なのだから。秀樹は小さく息を吐いて言った。「せっかく帰ってきてくれたし、みんなで久しぶりに団らんの年越しかと思ってたんだが……来年までお預けになりそうだな」「彼が無事なら、すぐ戻ってきます」里香がきっぱりとそう答えると、「うん、無理するなよ。子どもの父親でもあるし……」と、秀樹もそれ以上は何も言えなかった。景司はすぐにプライベートジェットの運航ルートを手配し、里香はスーツケースを持って飛行機へと乗り込んだ。景司も同乗していた。「一人で帰らせるのは心配だしな。俺も一緒に行くよ」「そうだ、それがいい」秀樹も頷いた。「何かあったら、景司に全部任せておけ」賢司も一言添えた。「里香のこと、頼んだぞ」ここまで言われて、里香もさすがに断れなかった。「できるだけ早く戻ります」家族の顔を見つめながら、涙ぐんでそう言った。飛行機は滑走路を離れ、夜の空へと飛び立っていった。冬木。二宮グループ傘下の病院内。集中治療室の明かりは、いつもどおり、こうこうと灯っていた。桜井はいつものように様子を見に
里香はまだ少し半信半疑だったが、景司の落ち着いた表情を見て、彼が否定しないことに気づいた。……本当なの?もしこれがかおるの耳に入ったら、喜びすぎて気絶するんじゃないか?そう思いながら、里香は鼻を軽くこすってから視線をそらした。夕方。秀樹が帰ってきた。明日は大晦日。瀬名家の人たちも次々と集まり始めていて、リビングはいつも以上ににぎやかだった。里香はかなり疲れていて、二階で少し眠ったあともそのままベッドで横になっていた。ときどき、階下から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。外では子どもたちが雪遊びをしているらしく、にぎやかな声が混じっていた。でも、里香の心はぽっかりと穴が空いたようで、どこか現実感がなかった。ふいに月宮に言われた言葉を思い出し、唇をきゅっと引き結んだ。スマホを手に取り、ロックを解除して、スクリーンセーバーの写真を見つめながら、お腹にそっと手を添えた。そのとき、スマホが震えた。かおるからのメッセージだった。【大変!!】【里香ちゃん、雅之が銃で撃たれて、ずっと昏睡状態なんだよ!】【ねえ、見た!?メッセージ見た!?】立て続けに三通。尋常じゃない内容に、里香は思わず体を起こした。顔から血の気が引いていくのが、自分でもはっきり分かった。文字は読めるのに、意味が頭に入ってこない。銃で撃たれた?長い間昏睡状態って、どういうこと?そんなはずない。雅之が撃たれただなんて……なんで……!?震える指で、かおるの番号をタップした。なんとか発信できたものの、声を出そうとしても、うまく出なかった。「……もしもし、かおる?さっきの……どういうことなの……?」なるべく冷静に話そうとしたけど、声の震えは止められなかった。電話の向こうのかおるも、明らかに動揺していた。「私も、さっき聞いたばっかりなの!あのね、瀬名家であなたの歓迎会が終わった後、雅之、何も言わずに帰ったでしょ?それで、その夜に冬木に戻って、いきなり撃たれたんだって!しかも心臓をかすめたって言うから、本当に危なかったらしくて……今も集中治療室にいて、まだ意識が戻ってないの!」「どうしてそんなことに……」里香の顔は信じられないというより、恐怖に染まっていた。かおるは焦りながら、なおも言葉を重ねた。「詳しいことは全然わか
月宮の目を見つめながら、かおるはしばらく黙っていた。――月宮と縁を切る?無理に決まってる。月宮家は冬木じゃいろんな人脈が絡んでて、普通の集まりでも顔を合わせることなんてざらにある。だから、唯一の方法は距離を取ること。あとは冷たくするしかない。それに、こんなことで月宮と揉めたくもなかった。「じゃあ、それで決まりね。あの人からまた連絡きたら、すぐ教えて」かおるは、本気でこれ以上この話を引きずる気はなかった。月宮は口元に微かに笑みを浮かべ、「もちろん」と答えた。そして、かおるのそばに腰を下ろし、じっと見つめながら聞いた。「一緒に帰るか?」明日は大晦日。結婚してから初めての年越しで、年が明けたらすぐに式も控えている。かおるは「うん」と頷き、立ち上がりながら言った。「ちょっと、里香に声かけてくるね」月宮も頷いた。「一緒に降りようか」玄関に向かって歩きながら、かおるはふと思い出したように聞いた。「そういえばさ、雅之って今何してるか知ってる?全然連絡ないし、音沙汰なしじゃん」月宮はどこか意味ありげな目でかおるを一瞥し、「さっき里香と話したけど、彼女、雅之には全然興味なさそうだったよ」と言った。かおるはその言葉に少し違和感を覚えた。でも、里香の最近の様子を思えば、あながち間違いとも言えず、それ以上は何も言わなかった。「じゃ、その話は置いとこっか」階段を降りたかおるは、里香に冬木へ帰ることを伝えた。「ほんと、あんたって根性ないんだから」里香は笑ってからかうと、それを聞いた月宮は眉をひそめた。「かおる、やっと機嫌取れたばっかなんだから、邪魔しないでくれる?小松さん」里香はそれを無視して、かおるに持たせる荷物を用意させた。かおるは遠慮なく、それらを全部受け取った。玄関まで来て、かおるは里香をぎゅっと抱きしめた。「じゃ、数日後に戻ってくるから。外寒いし、見送りはいいよ」「うん」里香は頷き、二人の背を見送った。ふと振り返ると、賢司が階段から降りてきた。黒のタートルネックニットがよく似合っていて、姿勢もしゃんとしていた。「お兄ちゃん」里香が声をかけると、賢司はそれに応えて尋ねた。「もう帰ったのか?」「うん」里香が頷いた。「誰が?」ちょうどそのとき、景司
かおるは思わず目を見開いた。賢司は立ち上がり、彼女のほうへ歩いてきながら尋ねた。「離婚するのか?」かおるは首を横に振った。「別にケンカしたわけでもないのに、なんで離婚しなきゃいけないのよ」賢司はすでにかおるの目の前に立っていて、その言葉を聞くなり、ふいに手を伸ばした。かおるはとっさに身構えて二歩後ろに下がり、背中がドアにぶつかった。そのまま彼を警戒するように睨みつけた。「なにするつもり?」賢司はじっとかおるの目を見つめ、その緊張感を察すると、さらに冷たい表情になってドアノブに手をかけ、そのままドアを開けて彼女を外へ押し出した。「人妻が俺の部屋にいるとか、どう考えてもアウトだろ」そう言い残して、さっさとドアを閉めた。「ちょ、ちょっと、あんた……!」かおるはその場で呆然と立ち尽くした。閉まったドアを見つめながら、何も言い返せなかった。こ、こんな人……どうしてこうなのよ。でも、まぁ、言ってることは正しい、かも。「かおる」そんなことを考える間もなく、月宮の声が聞こえてきた。振り返ると、彼が階下のリビングに立ち、上を見上げてかおるを見ていた。今さら隠れても無意味だし、逃げるタイミングも失っていた。かおるはそのまま階段を下りて、「なによ」と声をかけた。月宮は、どこか冷めた表情をしたかおるを見つめながら近づいてきて、手を取り、真剣な眼差しで言った。「話をしよう」かおるは手を振り払おうとしたが、月宮の力は強くて引き抜けなかった。「手を放して」にらみつけながらそう言うと、月宮はきっぱり言った。「無理だ。一生、放さない」その言葉は強引で、少し傲慢だった。そして、その瞳には、はっきりとした独占欲がにじんでいた。ずるい。こんなふうにされるの、なんか……嫌いじゃないかも。「何を話すのよ?」「どの部屋に泊まってる?」月宮が尋ねた。その言葉を聞いたかおるは、一気に目を見開いて彼をにらんだ。「はぁ!?どういう意味よ?まだ話す前から、もうそういうこと考えてんの?つまり、あたしに会いに来た理由って、それ!?」月宮はすかさず、かおるの口を手でふさいだ。目を閉じると、リビングにいた里香を見て「彼女の部屋はどこだ?」と尋ねた。里香はぽかんとしながらも、指で部屋の
一言で、その場に火薬の匂いが立ち込めたような緊張が走った。月宮はほんの少し眉を上げ、凛とした表情の里香を見つめながら、ぽつりと聞いた。「……俺、巻き込まれてる感じ?」「えっ?」里香は一瞬、その意味がつかめず、きょとんとした。けれど、月宮の笑みはすぐに消え、声にも冷えた色が混じりはじめる。「おかしいと思わなかったか?なんで雅之が急に錦山を離れて、しかもずっと連絡してこないのかって」その言葉に、里香の表情もさらに冷たくなった。「それは彼の問題よ。私には関係ないわ」「はっ」月宮は小さく冷笑した。「関係ない、ねぇ……よく言うよ。俺はずっと、あんたら二人が揉めたり、傷つけあったりしてるのを黙って見てきた。口出しは一切しなかった。でも、雅之には何度も言ってきたんだ。本心から目をそらすなって。後悔するようなことはするなって。アイツもちゃんと変わろうとしてた。それくらい、あんたもわかってたろ?でも……お前、もう雅之のこと、愛してないんだろ?」月宮の視線が鋭く突き刺さった。その言葉に、リビングは一瞬、重い沈黙に包まれた。里香は何も答えなかった。「……そうか。もう本当に気持ちはないんだな」それ以上は追及せず、月宮は話を続けた。「だったら、雅之のこれからがどうなろうと、お前には関係ない。俺もこれからは、雅之のことでお前を巻き込むようなことはしない。今日ここに来たのは、かおるを連れて帰るためだ。戻るかどうかは、本人とちゃんと話して決めたいと思ってる」「彼女、会いたくないって言ってたわ」「それでも構わない。ここで待たせてもらうさ。恋愛ってやつはな、結局、腹割って話さなきゃ始まらない。誰も何も言わなかったら、口なんてあっても意味ねぇからな」その言葉に、里香の胸がわずかに揺れた。腹を割って話す――……そうだ、自分も雅之に、ちゃんと聞くべきなのかもしれない。少なくとも、彼に説明の機会くらいは与えるべきだ。その頃、二階の部屋では、かおるは、浴室から出てきた大柄な男を目にして、思わず目を見開いた。広い肩幅に引き締まった腰、はっきりと浮き出た筋肉のライン。短髪をタオルで拭うたびに、その腕の筋肉がぐっと浮かび上がり、ただ立っているだけでも圧を感じる。濡れて乱れた髪。額の下からのぞくその瞳は、どこか冷たく、じっとこち
かおるは彼をじっと見つめながら言った。「お兄ちゃん、それってどういう意味?私みたいに元気で可愛くて綺麗な妹が増えるのが嫌なの?」そう言いながら両手で頬を押さえて、ぱちぱちと瞬きをした。景司は淡々と笑いながら答えた。「俺は別に構わないけど、ある人はそう思わないかもしれないな」「え?」かおるはきょとんとした顔をしてから、すぐに里香の方を見た。すると、里香は両手を広げて「私は何も言ってないよ」と無言でアピール。となれば、「ある人」っていうのは……賢司しかいない。かおるは少し不満げに唇を尖らせた。だめだ、やっぱりちゃんと賢司に直接聞かなきゃ。どうしてそんなに私のことが嫌なの?その頃、秀樹と賢司の話し合いは、もう2時間近く続いていた。ふたりがリビングから出てきた時、階段の下で腕を組んで立っていたかおるの姿が目に入った。「おじさん、もう遅いですから、お休みになってください」かおるが声をかけると、秀樹は軽くうなずいて、「うむ、お前たちも早く休め」と言い、自室へと戻っていった。かおるはすぐに賢司の方へ向き直った。「賢司さん、ちょっとお話いいですか?」賢司は片手で袖を整えながら、ゆっくりと階段を降りてきた。すらりとした長身に整った顔立ち。気品と冷たさを醸し出しながら、無表情のままかおるを見下ろした。「用件は?」かおるはずばり聞いた。「私のこと、何か不満でもあるの?」「別にない」賢司はそう言って、かおるの横をすっと通り過ぎ、バーカウンターで水を汲んだ。かおるはその後を追いかけ、身を乗り出すようにして尋ねた。「じゃあ、私のことどう思ってるの?」「特に何も思っていない」かおるは内心、答えに戸惑いながらも、真正面からは聞けなくて、自分の指を軽く噛んだ。「それって……」「言いたいことがあるなら、はっきり言え」賢司の言葉にかおるは真剣な眼差しを向けた。「おじさんが私を養女にしたいって話してるのに、なんであなたは反対するの?」賢司は水を一口飲み、喉仏を上下させてから静かに答えた。「瀬名家には、娘はひとりで充分だ」はっきりそう言われてしまうと、さすがに言い返せなかった。かおるは悔しそうに賢司を睨みつけた。「……やっぱり、私のこと嫌いなんでしょ?」そう言い捨てて、そのまま踵を返し行っ
「えっ!?」かおるは彼女の話を聞いて、目を見開いた。聡が雅之の手下だったなんて……「ちょっと待って」手を上げて考え込みながらつぶやく。「東雲凛、東雲新、東雲徹、東雲聡……なるほど、全部繋がってたのね!」里香:「……」かおるはじっと里香を見つめ、「こんなに共通点があったのに、全然疑わなかったの?本当に?」里香は素直に首を横に振った。「うん」「はあ……」かおるは深いため息をついた。何て言ったらいいんだろう。雅之は答えを目の前に差し出していたのに、彼女は気づかなかった。聡を信じてたから?それとも、そもそも雅之のことを意識してなかったのかな?たぶん、両方なんだろう。かおるはそっと彼女を見つめ、「じゃあ今、雅之に怒ってるの?」里香は答えた。「怒っちゃダメなの?」かおるは顎に手を当てて考え込んだ。「もちろん怒っていいと思うよ。でもね、聡がそばにいたから、万が一のときすぐに見つけてもらえたんだし、前の一件も、結局は雅之が聡を通して助けてくれたんでしょ?ちゃんと考えてみたら、正しいとも間違ってるとも言いきれない気がするんだよね」里香は無言になった。かおるはそんな彼女の様子をうかがいながら、静かに言った。「里香ちゃん、一番つらいのは、彼が何も言わずにいなくなったことなんじゃない?何の説明もなく」里香は唇をぎゅっと噛んだ。「別に気にしてない」そう言って、立ち上がり、階段を上がっていった。「あっ!」かおるは慌てて後を追い、里香の顔を覗き込みながら言った。「ねえ、月宮に話してみよう?」「やめて!」里香はかおるを睨みつけ、「聞かないで。月宮にも言わないで。今は彼に会いたくないし、何も聞きたくないの」「わかった、わかった、話さないし聞かない。他のこと話そう!」かおるは彼女の感情が不安定な様子に気づいて、急いでそう言った。妊娠中の里香は気分の起伏が激しく、さっきまで笑っていたかと思えば、次の瞬間には泣き出すこともあった。だから、まわりの誰もが彼女の気持ちを気遣っていた。夜。秀樹、賢司、そして景司が帰ってきて、かおるの姿を見つけると嬉しそうに声をかけた。かおるの明るく飾らない性格はみんなに好かれていて、家族も彼女のことを気に入っていた。賢司は彼女の薬指に光る指輪をちらりと見て、表情を
彼らの様子を見つめていると、自然と里香の胸があたたかくなる。これが「家族」というものなのかもしれない――そう思える、その感覚がとても心地よかった。でも、夜中にふと目を覚ますたび、どうしても雅之のことを思い出してしまう。前触れもなく姿を消し、嘘をつき、それきりずっと何の音沙汰もない……一体、どういうつもりなんだろう?こっそりいなくなっておきながら、今は消息すら分からない。あのとき交わした約束って、全部嘘だったの?年末も近づいたある日、かおるがスーツケースを引っ張って突然やって来た。ドアを開けるなり、ソファにドカッと腰を下ろし、腕を組んで不機嫌そうな顔をしている。使用人からの知らせを受けて里香が階下に降りていくと、そんなかおるの姿が目に入った。「どうしたの? 何かあった?」すると開口一番――「月宮と離婚する!」と、かおるが声を荒げた。「え?」里香は驚いて彼女を見つめた。「どうしてそんなことに?」かおるは使用人が運んできたジュースを受け取って一気に飲み干すと、怒りを込めた口調で言った。「あいつ、初恋の相手がいたなんて一度も言わなかったのよ!その子が帰国してきてるっていうのに、まだ黙ってたの。たまたま食事してるところを見かけなかったら、完全に騙されてたわ!」「えっ?」里香はしばらく考えてから、「でも、それって本当に初恋の相手だったの?」と慎重に尋ねた。かおるは力強くうなずいた。「間違いないわ!」「じゃあ、その子とどういう経緯で食事することになったのか聞いた?ただの友達同士の集まりとか、そういうのじゃなくて?」「そういうパターン、もう知ってるって!」かおるはむっとして言った。「初恋の子がいきなり帰国して、元カレを取り返そうとするって話。私と月宮の周囲にちょくちょく顔を出して、あきらかに月宮のことまだ好きなんだと思う。月宮はただの友達だって思ってるかもしれないけど、男ってさ、そういうのに簡単に引っかかるんだから。それで、向こうはあの手この手で仕掛けてきて、私は我慢するしかなくて、結局月宮はその子をかばってばかり……まるでラブコメのドロドロ展開みたいになるのよ。で、最後にはバッドエンド!」かおるは両手を広げて、すべてお見通し、と言わんばかりの表情を浮かべた。それを見て、里香は思わず苦笑して
里香はそのまま退職のメールを聡に送った。すると、すぐに聡から直接電話がかかってきた。「里香、親のこと見つけたんでしょ?これからは錦山に残るつもりなの?」聡の口調は相変わらず軽く、まるで友達同士のようだった。里香は淡々と答えた。「うん、もう離れるつもりはない」家族がここにいる限り、離れるわけにはいかない。聡は少し残念そうに言った。「はぁ……あなたって本当に優秀だし、私もあなたのこと好きだった。ずっと私のところに残ってくれてたらよかったのに」里香は冷静に尋ねた。「それ、本心?それとも雅之からの任務?」「な、何……?」聡は一瞬言葉を失ったが、すぐに気づいたようで、慎重な口調になった。「もう知ってたの?」里香は声もなく、少し笑みを浮かべた。「それで、いつまで私に黙ってるつもりだったの?」聡は少し気まずそうに、「ごめん、本当に全部、あの人の指示だった。でもね、出発点は悪くないの。あの人、あなたを守りたかったんだ……」と言った。里香の声は冷たかった。「目的は監視であって、保護じゃない。そのことはもう全部分かってる。騒ぐつもりはないけど、お願いだから友達のふりして話しかけないで。まるでピエロみたいな気分になるから」聡はしばらく黙っていたが、やがて「分かった、もう連絡しない」と言った。電話を切った後、里香の心は非常に複雑だった。信頼していた友達が、実は自分を監視していたなんて。こんなこと、どうやって受け入れればいいのか。里香はバルコニーに座り、外の景色を見ながら、言い表せない寂しさを感じていた。大晦日まであと一週間。かおるの帰還により、瀬名家の家の中は華やかに飾られ、今年の正月はとても盛大に行う予定だった。さらに、いくつかの分家の親戚も呼んで、みんなで集まることになっていた。里香はすでに妊娠して二ヶ月近い。お腹はまだ平らだが、体調はあまりよくなかった。顔色は青白く、吐き気も強く、よく眠り、精神的にも元気がなかった。その様子はすぐに瀬名家の人たちに気づかれてしまった。秀樹は心配そうに彼女を見つめ、「里香ちゃん、体調悪いのか?」と尋ねた。彼女はクッションを抱えて一人用のソファに縮こまるように座っていた。虚ろな目でその言葉に返事をした。少ししてからようやく、「ああ……悪いんじゃなくて、妊娠して