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第928話

Author: 似水
早織が振り返ると、星野の姿はもうなかった。彼女の表情がわずかに曇った。

この男、どういうつもりよ。

今日、病院でお見合いって話になってたの、知らなかったわけじゃないでしょ?

あの態度、人に対してちょっと失礼すぎじゃない?

少し苛立ちを覚えながら、早織はくるりと背を向けてその場を後にした。

一方その頃、星野がしばらく歩いていると、スマホの着信音が鳴った。画面を見ると、母からだった。

「もしもし、お母さん」

電話を取った星野の声は、どこか冷たかった。

尚子の声はいつもより抑え気味で、静かに聞いてきた。

「早織のこと、どう思ったの?」

「お母さん、僕、今は恋愛する気ないから。そういうことにエネルギー使いたくないんです」

尚子の声がやや鋭くなった。

「あの子のこと、どう思ったか聞いてるのよ。話をそらさないで!」

「……別に、なんとも思ってません」

「じゃあさ、綺麗だとは思った?好みのタイプだった?ちゃんと答えなさい。逃げないで」

星野は少し困ったように、淡々と言った。

「綺麗ですけど、タイプじゃないです」

「何それ、バカじゃないの。あんなに綺麗な子でもダメって、一体どんな女が好きなのよ」

尚子は苛立ちを隠さず、続けた。

「里香みたいな子が好みなのかもしれないけど、あの子は君に興味ないの。まさか、今でもあの子のこと引きずってるんじゃないでしょうね?」

「別に気にしてません」

星野は道端のベンチに腰を下ろし、夕方の風に吹かれながら、珍しくのんびりとした気分に浸っていた。

尚子は小さくため息をついた。

「君だけじゃないよ、私も里香のこと好きだった。でもしょうがないじゃない、縁がなかったのよ。信ちゃん、あの子のことはもう忘れなさい。前を向きなさい、まだまだいい子いっぱいいるんだから。

早織のこと、私は悪くないと思うよ。今すぐ付き合えなんて言ってるわけじゃない。少しずつ知っていけばいいのよ。もしかしたら、そのうち情がわくかもしれないじゃない」

尚子は優しく、説得するように話しかけた。今は強く出ると星野に嫌がられるとわかっていたので、言葉を選んでいた。

「……はい、わかりました」

星野はあっさりと答えた。

尚子はそれ以上何も言わず、すぐに電話を切った。

その後、星野は再びスマホを取り出し、SNSを開いて、聡の写真を何度も見つめた
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