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第930話

Author: 似水
聡はカップを手に取り、果物のお茶を一口すすってから、淡々とした表情で言った。

「冗談やめてよ。もしお兄さんに好きな人いたら、どうするつもり?」

「ないない、それは私が保証する!」有美は即答した。「あいつ、ほんとに鈍くてさ。昔、女の子に告白されたとき、いきなり『君、物理の試験で何点取った?』って聞いたんだよ?マジで言葉失ったから!」

「ぷっ!」

隣にいた友達が思わず吹き出した。

「どういうこと?まさか、自分より物理の点数高くないと付き合えないってこと?」

「違う違う。もし相手の点が自分より高かったら、解けない問題をその子に押しつけようとするの。逆に自分より低かったら、その人には『解く資格すらない』って言うのよ」

「はあ……それ聞く限り、お兄さんってかなり扱いづらいタイプだね」

有美は首を横に振った。

「それ、もう何年も前の話だよ。今はちゃんと大人になったから、そんなこと言わないってば」

その場の空気が一気に静まり、みんなは口をつぐんでしまった。

午後三時、飛行機が着陸した。

数人はすでに空港ロビーに到着し、出口で待っていた。

有美は相変わらず聡に、お兄さんのいいところを一生懸命アピールしていたが、ふと顔を上げると、高身長の男性が姿を現した。

「お兄ちゃん、こっちー!」

彼女は嬉しそうに手を振った。

大久保隼人は片手で小さなスーツケースを押しながら、カジュアルなジャケット姿で、穏やかな笑顔を浮かべつつ大股で近づいてきた。

「有美ちゃん、こんなに早く来てくれたの?」

有美は笑顔で返した。

「やっと帰ってきてくれたんだもん、早く会いたかったに決まってるでしょ!しかもね、今日は私の友達も連れて歓迎しようと思ってさ。私っていい妹じゃない?」

隼人は頷きながら、まわりの女の子たちを一人ひとり見て軽く会釈した。

「ありがとう」

「どういたしまして。隼人さん、これからは国内にいるんですか?もう海外には戻らないんですか?」

隼人はうなずいた。「うん、そのつもりだよ」

有美は言った。「わざわざ迎えに来てあげたんだから、食事くらい奢ってくれるよね?」

隼人はちょっと笑った。「お前が何考えてるかなんて、すぐ分かるよ。で、何が食べたいの?」

有美は元気よく言った。「行こ行こ、もうお店予約してあるから!」

一行は空港を出て、二台の車に分かれて
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