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第942話

Author: 似水
【あの子は僕の彼女じゃありません】

星野からのメッセージをちらっと見ただけで、聡はすぐにスマホの電源を切り、着替えを始めた。

あの子が彼女じゃないって言うけど、じゃあなんであんなことしたの?わざわざ人前でかばって、こっちはモヤモヤさせといて、後からそんな説明されたって納得できるわけないよ。

彼女じゃないなら、なんであそこまで庇うの?謝罪までして、どんな立場でそんなこと言えるのよ。

苛立ちをぶつけるように、聡は瓶の酒を開けて、一気に流し込んだ。何も食べてない胃にアルコールが染みて、じわじわと鈍い痛みが広がった。

ソファに腰を下ろし、ぼんやりと前を見つめた。

思えば、星野と出会う前はもっと自由だった。行きたいところに行って、やりたいことをして、気分が悪ければ仲間と好き放題言い合って、たまには調子に乗って上司の雅之をからかったり。あとは任務を待って、それをこなすだけの、気楽な日々。

でも今は……まるで自分じゃないみたい。道に迷ってるみたいに。

恋って、こんなふうに人を変えるものなのかな。

「コンコン」

突然、ドアをノックする音がした。

「誰?」

怪訝そうにドアを開けると、隼人の姿が目に入った。後ろには食事のカートを押しているルームサービスのスタッフが立っている。

「ほとんど食べてないみたいだったから、少し持ってきたよ。何か食べてから休んだ方がいい」

隼人はやわらかい目で聡を見つめた。そのまなざしは、まるで春の日差しみたいに温かかった。

「あなたも食べてないんじゃないの?」

そう聡が聞くと、「俺は大丈夫。そんなにお腹空いてないから」と隼人は答えた。

「一緒に食べよう」

聡はさっと道をあけ、カートを中へ通す。隼人は一瞬だけ眉を上げたが、聡にまったく遠慮の様子がないので、そのまま素直に部屋へ入り、ドアを閉めた。

その様子を遠くから見ていた星野は、拳をぎゅっと握りしめていた。

部屋の中、スタッフが料理をテーブルに並べて退出すると、隼人は酒瓶に気づいた。

「今から飲むの?体に悪いよ」

「飲みたい気分だったの。あなたもどう?」

聡は笑みを浮かべながら、もう一つのグラスを取り出した。

その作り笑いに、隼人はふと本心を知りたくなって、うなずいた。「うん、もらうよ」

二人は向かい合ってグラスを手にした。聡はグラスを掲げながら言った。

「持
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