LOGIN貧乏侯爵家のアーデンは結婚を諦め、王城で文官の仕事をして家に仕送りをする日々。 ある日陛下から、陛下の隠し子である次期宰相候補のルーカス•モルガン公爵と結婚をすれば、アーデンの実家が国にしている借金を棒引きにすると提案される。 アーデンは了承し、ふたりは結婚することになったが噂どおり冷酷・冷淡・冷静な次期宰相候補のルーカスは「君に対して束縛するつもりも関心を持つこともない」と言い放つ。 ルーカスは王都で仕事を続け、事実上お飾り妻のアーデンだけがモルガン公爵家の領地へひとりでやって来る。 一方、陛下から結婚休暇の取得を命令された次期宰相候補のルーカスも、渋々公爵家領地に帰ってくることになる。
View More4月の初旬。
新たなスタートの季節。
そして、王城の文官であるアーデン・トンプソンは大きな人生の岐路に立たされていた。
貧乏侯爵家令嬢のアーデンは学園を卒業してから7年間、王城で文官として働き、稼いだお金の大部分を家の仕送りに充てていた。
アーデンの実家は伝統ある侯爵家ではあるが、15年前に領地で発生した大水害の被害に遭ったため、復興にほとんどの私財を投げ打ち、それだけでは足らず国に莫大な借金をして復興を進めなければならなかった。
その結果、トンプソン侯爵家は莫大な借金を背負い、それを国に何年にも渡って返済しなければならない金額のため、アーデンも自分でも出来ることを考え、一生王城で働いて返済を手伝う覚悟で文官となった。
25歳になるアーデンは、とうの昔に自分の結婚は諦め、優秀な文官としてそれなりの実績を積んで仕事一筋に生きていた。
異動の季節に宰相から呼び出されたので、異動を告げられるものばかりだと思い宰相の執務部屋を訪れるとそこには宰相の大きな執務机に、にこやかな表情で座る陛下がおられた。
「アーデン・トンプソン、久しぶりだな。貴女の活躍は伝え聞いているよ」
陛下という想像すらしなかった雲の上の方がおられ、唖然として声も出ない。
「トンプソン嬢、自由な発言を許されているから楽にしなさい」
陛下の傍で、緊張の面持ちで立っている宰相が声をかけてくれる。
「ありがとうございます。陛下、お久しぶりでございます」
以前陛下にお会いしたのは、3年ぐらい前にトンプソン侯爵家領地の復興状況の視察に来られて以来だ。
あの時は休暇を取り、父と兄と一緒に領地をご案内させていただいた。
「今日、私がここに来たのは貴女にある提案をしたいからなのだ」
(陛下からわたしに直接提案?宰相からではなく?)
陛下は宰相に静かに目配せをする。
人払いであることを宰相は察したのか「失礼します」とすぐに部屋を退出してしまい、陛下とその側近の3人となってしまった。
「人払いしたのには、いまからの提案は誰にも漏らしてはいけない秘密事項だ。これはトンプソン嬢の人生において、重要な選択となるだろう」
陛下は口角を上げてにこやかな表情から一転、眉をしかめて、口を一文字に結ぶとわたしを真っすぐに見られた。
「ルーカス・モルガンという男を知っているか?」
ゆっくり静かにその名を口にされる。
(ルーカス・モルガン?って、あの有名な次期宰相候補?冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補として文官から怖がられていて有名な…)
「はい。次期宰相候補としてこの王城の宰相室に勤めておられるモルガン公爵家当主のルーカス・モルガン様でしょうか?」
陛下が思っている答えをアーデンは導けたようで、陛下の口元が綻んだ。
「トンプソン嬢はルーカスを知っていたんだな」
「はい。とても優秀な方で有名ですので。それに学園の同級生でもありました」
「ほおう。そうか、そうか。なるほど。同級生としてアーデン嬢には認知されておったか。それならば話は早い」
陛下はにこやかに笑いながら、ひと呼吸置いてから執務机に前のめりに肘をついた。
「彼がどうかされたのでしょうか?」
「トンプソン嬢、ルーカス・モルガンと結婚をしないか?」
「はっ?」
陛下はうれしそうにアーデンが思いもしなかったことを口にした。
(……ケッコン、結婚っ言ったわよね)
自分の耳が間違って聞いたのかと疑ってしまう。
「結婚ですか?結婚?いや、私は結婚は…」
「トンプソン嬢には心に決めた方や結婚を誓い合った方がいるのかね?」
鋭い食い入るような目で陛下に見られ、緊張で心拍数が跳ね上がる。
「いえいえ、そういう訳では。でも私はもう25歳で結婚適齢期をすでに超えて、結婚に行き遅れておりますし、それに陛下には3年前にわが領地に視察に来ていただきご存じかと思いますが、まだトンプソン家領地の復興は道半ばでございまして、国への借金の返済もまだまだでございます。父と兄が領地経営等で、私が王城で働き、借金を返済してようやく、30年後には返済できる予定でございます」
私の返答を聞き、陛下は「はぁ」とひとつわざとらしく、それは大きなため息をついた。
「借金なぁ。これは誰にも言ってはならんぞ。実はルーカス・モルガンはわしの隠し子なんじゃ。わしの臣下に下りモルガン公爵となった、亡くなった弟夫妻が子どもに恵まれなかったために、産みの母を亡くしたルーカスを心良く引き取って育ててくれていたのだがなーー」
(前モルガン公爵は陛下の実弟であることは知っている。たしか前モルガン公爵ご夫妻は何年か前に馬車の事故でお亡くなりになっているはず。まさか、あの現モルガン公爵のルーカス・モルガンが陛下の隠し子?)
あまりにもの極秘な話にアーデンは瞬きをするのも忘れそうなぐらい、大きく目を見開いたままだった。
「あいつも25歳になるのに浮いた話がひとつもなくてな。噂と言えば、あの冷たい奴だという氷のあれだ。わしは心配でならんのだ。このままではモルガン公爵家が絶えてしまう。そうなったら亡くなった弟夫妻に申し訳が立たない」
「そうだったんですね」
「なぁ。トンプソン嬢よ。ルーカスと結婚すれば、トンプソン侯爵家の国への借金を棒引きしてやると言ったらどうする?」
「えっ?」
(借金が無くなるということ?)
陛下が真っすぐにアーデンのことをじっと凝視し、アーデンの反応を一挙一動を逃すまいと見ている。
「だからこれは提案だ。ルーカス・モルガンと結婚しろ。それでトンプソン侯爵家が国にしている借金はなかったことにする。トンプソン侯爵家にとっても貴女にとっても悪い話ではないはずだ」
さすがは一国の王の発言だ。アーデンは身体の前で右手を下にして左手を重ねていた手も汗ばんできた。
狭い部屋で陛下とアーデンのしばらく沈黙が続く。
(陛下は提案とおっしゃったけど、ほぼこれは王命だと思って間違いないわ。こんなすごい話を打ち明けられて、受けないという選択肢はありえない。受けるしかない)
「わかりました。ありがたくそのご提案をお受け致します。私、アーデン・トンプソンはルーカス・モルガン様と結婚させていただきます」
「お話があります」とアーデンがひとり執務室で仕事をしているとシェイラ嬢が入ってきた。 ルーカスとヴァージルは物産展に出品する商品の確認に領都エルガイムまで行っており不在だ。 きっとアーデンが1人になるタイミングを狙っていたのだろう。「どうされましたか?なにかご不便でも?」 アーデンはシェイラ嬢に気迫だけでも負けたくなかった。 最近、シェイラ嬢と旦那様はずっと一緒にいる。 アーデンはなんとなく悪い予感がしていたが、友好的にやり過ごそうと口角を上げた。「単刀直入に聞くわ。ルーカスお兄様と貴女、愛し合って結婚した訳ではないのでしょう。貴女、お兄様に愛されていないわよね?」 (やっぱりその話か)「私だけでなく旦那様にも関わってくるお話ですので、ご返答は旦那様のご意向も確認させてくださいね。ですから、いますぐに私がこのご質問にお応えすることは控えさせていただきます」 アーデンは顔を上げてシェイラ嬢の顔を見て、丁寧ながらもきっぱりと言い切った。 その態度が「蝶よ花よ」と育てられたシェイラ嬢には気に食わなかったのだろう。ムッとしたのが見て取れた。 本来ならもっと公爵令嬢であるシェイラを立てるような言い方をすれば良かったのかも知れない。 一瞬、アーデンも子供っぽくムキになり過ぎたと思ったが… 最近、シェイラ嬢は旦那様にべったりでアーデンは快く思っていなかったので、少し強く言い返すぐらい許してほしいと思った。 お飾り妻の可愛い嫉妬ぐらい…「貴女ね。誰に口を聞いているのかわかっているの。私は公爵令嬢よ」 可憐で愛くるしいシェイラ嬢なのに、いまは酷く顔を歪ませて、悪意そのままをアーデンに向けてきた。(なるほど。シェイラ嬢は、このタイプか) 学園に在学していた頃にもこの身分や容姿を傘に着るタイプの令嬢という生物はいた。 「私が法律よ」と思っている。 アーデンは執務机からわざとゆっくりと立ち上がった。 一瞬、シェイラ嬢が構えて、そして怯んだ。 殴られるとも思ったのか?「お言葉ですが、身分のお話をされるなら私は公爵夫人です。同等、いや私は「夫人」ですから「令嬢」という小娘よりは地位は上ですよ。お話は以上ですか?申し訳ありませんが、仕事が立て込んでおりますので、いまはシェイラ嬢のお茶のお相手も出来そうにありません」 (意訳すると「あなたのくだら
「アーデンはどこに行った?」「今日来られるお客様のお部屋に飾るお花をお庭で選ばれていますよ」 侍女長のステラが最後まで答える前にルーカスはいそいそとアーデンのいる庭の方に向かう。「あれあれまぁ、旦那様は独占欲丸出しですこと。奥様の傍を片時も離れたくないようですね」 ステラはルーカスの変化に驚く。 そして、不安気にひとりでこの領地にやってきたアーデンの姿を思い出しながら、庭先でルーカスとふたりで仲睦まじく会話をしている姿に目を細める。 最近のルーカスの変化は目を見張るものがある。 王都では「冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補」として有名だったルーカスが、アーデンを目の前にすると、まるで雪解けの季節が来たように表情豊かになり、笑みをこぼすのだ。「早く、本当のご夫婦になられたら良いのに」 ルーカスのことを本当の息子にように大事に育てていた前公爵夫妻のことを思うと、そう願わずにはいられなかった。 春の日差しが眩しい午後、アーデンの従兄弟のヴァージル・トンプソンと同行者として手紙に書いてあったシェイラ・アボット嬢が到着した。 「お初お目にかかります。アーデンの父方の従兄弟のヴァージル・トンプソンです。ご結婚おめでとうございます」 そう言って、用意してきた東方の国で作られた陶器の大きな皿をアーデンに結婚祝いだと言って渡した。「ヴァージル、これわたしがずっと欲しがっていたお皿じゃない!」「アーデンなら喜んでくれると思ったよ。ずっと欲しがっていたしね。だから今回、割れないように俺自身がずっと抱えて持ってきたんだぞ」「またそんな噓ばっかり言って。ヴァージルはいつも大袈裟なのよ」 ヴァージルはおどけた表情をしながら、いとも簡単にアーデンを笑顔にする。 そんなアーデンの様子を目の当たりにしたルーカスは面白くなかった。 ヴァージルはとても快活で柔軟性や協調性があり、社交的だ。職業柄なのか話題も豊富だ。ルーカスは自分とは正反対の男だと感じ取る。 そして、ヴァージルが同行者だと言って連れてきた女性にルーカスは覚えがあった。「アボット公爵家の次女のシェイラ嬢か?大きくなったな」「まあ、ルーカスお兄様、年頃の女性に大きくなったはありませんわ。私も18歳になりましたの。綺麗になったとおっしゃってください」 小柄で華奢で守ってあげたくなる
「旦那様は、まーた今夜も仕事をしているんですか。どれだけここに仕事を持ち込んでいるのですか?」 屋敷の執務室にルーカスの返事をまたずにノックと同時に寝着姿のアーデンは入ってきたかと思うと、腰に手を当ててため息をついた。(旦那様。文官の習慣がしっかり身に染み付いていますよね) アーデンも心当たりがある。 どうしても文官とはというのは根っからの仕事好きが多くワーカホリックになり気味だ。「さっさと寝ますよ。ここでは王城と違って、『24時間働けますか?』と問われることはありませんから」「いや…でもこれだけでも仕上げて…」 アーデンは首を横に振り続ける。 こんなにも旦那様が寝ることを嫌がっているのは、仕事以外にもうひとつ理由があるのだ。 ルーカスとアーデンの夫婦未満の微妙な関係に気づいた侍女長のステラに問答無用で夫婦の寝室を一緒にされてしまったからだ。 間違いなく白い結婚であることはバレている。 ルーカスは、アーデンとひとつのベットで寝ることに相当抵抗があるようで、いつも夜中も仕事をしてベットに来ることはない。 寝る時は執務室のソファだ。 お飾り妻であるアーデンをこんなに警戒しているのは、婚姻届にサインをした日に陛下の要望だけには応えようと子作りの話をしたからなのだろう。 アーデンは大きくため息をついた。「安心してください。ぶ厚い寝着を着ていますから、旦那様を襲うことはありませんし、夫婦間のそのような行為も求めません」「お、襲う…とか」 ルーカスは少しだけ頬を染めて、彫像のように固まりながら綺麗な顔で冷たい冷気を放っているが、最近アーデンはこれに慣れてきた。 冷たい冷気を放っても、ルーカスは意外にもアーデンの話を最後まで聞いてくれる。 今夜もそうだ。冷たい冷気を放ちながら、ルーカスは無言で仕事でめいいっぱい広がった机の上の書類を渋々だが片付けだしている。 アーデンの意見を尊重してくれたりするところがあることがわかってきたのだ。(こういうところは可愛いのよね) この日の夜は初めて、ルーカスとアーデンは同じ寝室を共にしたが、もちろんそれはただ寝るだけだった。 しかし、これをきっかけに王都で働き詰めだったルーカスの不規則な生活が、アーデンによって規則正しい生活を送るように変えられていくことになった。「今年度の領地のこの予算はどうなっ
あの、「冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補」で有名な旦那様が、育ての親の前公爵夫妻が亡くなって以来、とうとうはじめて領地に帰ってきた。 彼が到着するとすぐに玄関でルーカス・モルガンを出迎えたアーデンは旦那様の姿は幻であると信じたかったが、涙を流しながら次々にルーカスに話しかけてはしゃぐロッド達の4人を見ていると、間違いなく本物の旦那様なのだと自覚する。 最後に会ったのはあの旦那様の執務室で、結婚届にサインをした日以来だ。 半年ぶりに見る旦那様は相変わらず、彫刻のように美しい。 「旦那様、お帰りなさいませ」 笑顔が引きつっているのがアーデンは自分でわかった。 「急で悪いが、結婚休暇を1か月取得することになった」(いっ…1か月もぉぉぉ。誰が取得を勧めたのよ) アーデンは叫びたくなったが、平静を装う。「そうですか。そういえば文官にはそんな制度がありましたね。承知しました。まだ、昼前ですが今日はいまからどう過ごされますか?」 屋敷を見渡した旦那様は、小さな声でなにかを呟いた。「…ない。あの花を描いた絵がない。ここにあった大きな書棚もない。そうだな。長く帰っていなかったことだし、まずは屋敷中を確認する」 そう言うと、ずかずかと歩いてひとつひとつの部屋の家具や調度品、絵画を確認していく。 執事のロッドが走るように旦那様を追いかけていく。わたしもそのあとを追いかける。「カーテンは全部替えたのだな。この家具は以前より輝いていないか?」 どこになにがあったのか、その優秀な記憶力で全部覚えていたのだろう。旦那様はアーデンが来てから修復した家具などを冷静に全部指摘してくる。「奥様が痛んでいたすべての家具の修復をされました。陽の当たるところにあった絵画などは変色を避けるために飾る場所を変更しております」 ロッドとアーデンでルーカスの問いかけにテキパキと答えていく。 本当はルーカスは、こんな粗探しをするようなことはしたくなかった。 アーデンとお茶をしながら、ゆっくりいままでの報告を聞いて親交を深めたかったが、ただ、アーデンを前にすると妙に緊張して胸がうるさく鳴るので、この胸の高鳴りを抑えるためにも思いついたのが、この屋敷の確認をすることだったのだ。 少しはアーデンと距離を取れると思ったのに、まさかついてくるとは。 緊張で無駄にいろ