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第 12 話

Author: 白川湯司
鳳鳴楼に入った後。

加奈はまだ怒りが収まらない様子だった。

「ふん!あの女も多少は美人だけれど、見る目がないにも程があるわ。どうして稲葉みたいな甲斐性なしに入れ込むのか、さっぱり理解できないわよ」

「まったくだ。掃き溜めに鶴とはまさにこのことだな」琉偉もため息をついた。

自分はこれほどハンサムで金もあるのに、なぜあのような素晴らしい女性に巡り会えないのだろうか。

「もう、その話はやめましょう。私たちは今日、重要な用事で来ているのよ」

舞彩は話題を変えた。「加奈、今夜の中尾家の主催者について調べて、できればお引き合わせいただけない?」

「友人がこちらで働いておりますので、すぐに連絡して確認いたします」

加奈は言いながら、すぐに携帯を取り出し、番号を入力した。

しばらくして返事がきた。「社長、確認が取れました。本日のチャリティー晩餐会は中尾会長ご本人が直接主催なさっております。パートナーをお選びになるのは、会長のご意向次第とのことです」

「中尾会長?あのビジネス界のクイーンのことかしら?」

舞彩の瞳が輝いた。瞬時に興奮の波が押し寄せてきた。

中尾会長の名声は、舞彩にとって雷鳴のように響く存在だった。

一人の女性が、己の実力だけで江都のほぼ全ての男性経営者を圧倒している人物。

そのような方に対して、彼女も自然と畏敬の念を抱かざるを得なかった。

しかし残念なことに、まだ一度もお目にかかったことがなかった。

「加奈、もう一度お友達に確認してちょうだい。中尾会長と直接お会いできるよう、お取り計らいいただけるかどうか。こんな機会は二度とないわ」舞彩は改めて頼んだ。

「友人にお願いしてみますが、お約束はできかねますわ」加奈が答えた。

「分かったわ。それでもお願いしてみて。もしうまくいったら、必ずお礼はするから」

舞彩の胸に期待が膨らんでいく。

中尾家のパートナー資格は、彼女にとって何としても手に入れたいものだった。

もし中尾会長と直接お話しできる機会があれば、きっと自分の熱意で相手を納得させ、承認を得ることができるはずだ。

……

時間が経つにつれて、鳳鳴楼の中の客はますます増えていた。

晩餐会が始まる前に、真秀子は既に忙しそうに動き回っていた。

「稲葉さん、少しお待ちくださいね。私、ちょっと忙しくなりそうなの。何かご入用でしたら、近くにいるスタッフにお声をおかけください」と真秀子は言った。

「分かりました。ありがとうございます」と賢司は言った。

「春菜(はるな)、稲葉さんをしっかりお世話してちょうだい」

真秀子はそう言い残すと、足早に個室へと向かった。

そこは彼女の専用オフィスだった。

「お嬢様……」

個室に入ると、中年の管理人が何枚かの書類を持って近づいてきた。「これがご要望の資料でございます。何度も精査いたしまして、この四社がパートナーの条件を満たしております。他にご指示はございますでしょうか?」

「そうね」

真秀子は軽く頷くと、無言で書類を手に取り、丁寧に目を通し始めた。

しばらくして、彼女の眉がぴくりと上がり、興味深そうな表情を見せた。

「あら、これは興味深いわね」

真秀子は口元に微笑を浮かべた。その笑みには何か企みを秘めたような色合いが宿っていた。

なぜなら、彼女は麗都株式会社の資料と川奈部舞彩の個人履歴に目を留めたからだった。

好奇心を掻き立てられた彼女は、全ての書類を一字一句見逃すことなく、詳細に読み進めていく。

やがて、彼女はある異常に気付いた。

三年前、舞彩はまだ無名の存在だったのだ。

いわゆる麗都株式会社も、誰も注目しない存在だった。

しかし、結婚してからというもの、舞彩はまるで神のごとき助けを得たかのように、急速に発展を遂げた。

わずか三年で、数千万円の小さな会社を数百億円の大企業に成長させたのだ。

その間、彼女は多額の投資を受けるだけでなく、さまざまなプロジェクトや注文が途切れることなく続いた。

このような勢いは、明らかに誰かが背後で操っているように見え、強制的に成功への道を開いてくれたようなものだった。

問題は、舞彩には家柄も背景もないのに、誰が彼女をこんなに助けるのかということだった。

「まさか……あの人?」

真秀子の頭に賢司の姿が浮かんだ。

彼以外に、こんなに無条件に舞彩を助ける人が思い当たらなかったからだ。

それで彼女の好奇心はさらに増した。

稲葉賢司という人物は一体何者なのか?

たった三年間で麗都株式会社をここまで引き上げることができるのは、普通の人間には不可能だった。

「稲葉さん、あなたは一体どんな秘密を抱えていらっしゃるの?」

真秀子は瞳を細め、探るような視線を書類に落とした。

「それにしても、あの川奈部という女は何を考えているのかしら。こんなに素晴らしい男性を手放して、わざわざあの渡辺琉偉みたいな三下と関わるなんて。本当に理解に苦しむわ」

真秀子は心の中でつぶやき、わずかに眉をひそめた。

男が女のために、これほどまでに黙々と尽くしているというのに。

それなのに、その当の女はその事実を知ろうともせず、挙げ句の果てに自分から離婚を切り出すとは。

なんとも皮肉な話ではないか。

しかし、見方を変えれば、それは自分にとって僥倖と言えるかもしれない。少なくとも賢司という男を手に入れる機会が巡ってきたのだから。

「お嬢様、麗都株式会社の川奈部舞彩さんお選びになりますでしょうか?」傍らにいた支配人が恭しく尋ねた。

お嬢様がここまで資料に見入られるのは珍しいことだと感じていた。

「川奈部舞彩?ふん…」

真秀子は鼻で笑った。「確かに彼女は中尾家のパートナー条件は満たしているけれど、私の気に障るのよね」

「承知いたしました。すぐに彼女を中尾家の候補リストから除外いたします」支配人は即座に意図を汲み取り、答えた。

「慌てる必要はないわ。もう一度整理し直して、こちらの資料を稲葉さんに見せてちょうだい。決定は彼にお任せしましょう」真秀子は狡猾な笑みを唇に浮かべた。

「かしこまりました」

支配人は理由こそ理解できなかったが、それ以上詮索することはしなかった。

「他に何かありまして?」

目の前の男がまだ立ち去らないのに気づき、真秀子が問いかけた。

「お嬢様、先ほど金運株式会社の津田隼人(つだ はやと)さんがお見えになり、お嬢様とのご面談をご希望でございます」支配人は深々と頭を下げて報告した。

「津田隼人?津田勝の息子ね。何の用かしら?」真秀子は軽く眉を上げた。

「商談とのことですが、私には何か別の思惑があるように思われます。お断りいたしましょうか?」支配人が提案した。

「親父が出てこずに息子を寄こすなんて……面白いじゃない。構わないわ、彼が何を企んでいるのか見極めてやりましょう」真秀子の瞳に興味深げな光が宿った。
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