第 4 話

「お母さんと明浩、まずは病院に行って。この件は私が処理する」

と、舞彩は数秒間考えた後、ついに決断を下した。

「舞彩、明浩の仇をきっちり取ってちょうだい！あの畜生を絶対に許しちゃダメよ！」仁美は憎しみを込めて言った。

「分かってる、きちんと対処するわ」舞彩は頷いた。

そして、警備員二人に目配せして、仁美と明浩を病院まで送らせた。

「加奈、この件についてどう思う？」舞彩はこめかみを揉みながら、疲労感を隠せずに聞いた。

「社長、状況は明らかです。稲葉が暴力を振るったのは確かで、警備員たちも目撃しています。この点に関しては疑いようがありません」加奈は答えた。

「でも、母の言い方が……」舞彩は言葉を濁した。

母親の強引さと弟の横暴さについては、よく分かっていたからだ。

「いずれにしても、暴力は許されません！」

加奈は正論を振りかざすように言った。「たとえ何か誤解があったとしても、話し合いで解決できたはずです。しかも明浩さんは社長の実の弟。あんなひどい怪我をさせるなんて、社長のお気持ちを全く考えていません。それだけでも、あの男の人間性の低さは明らかです！」

舞彩は眉間にしわを寄せ、心の中の疑いがさらに膨らんだ。

そうだ。母親と弟が少々荒っぽいのは事実だが、それでも手を出す理由にはならない。

それも、あれほど容赦なく。

さっきまで少し罪悪感を感じていたが、今となっては離婚が賢明な判断だったと確信できた。

「社長、この件は見逃せません。彼が人を殴った以上、その代償を払わせるべきです！」加奈は冷たく言った。

もともと気分が悪かった舞彩は、この言葉を聞いてさらに怒りがこみ上げてきた。

すぐに携帯を取り出し、賢司に電話をかけた…

一方、銀色のベントレーの車内。

賢司は携帯の着信表示を見て、少し眉をひそめた。

それでも最終的に、彼は電話に出ることを選んだ。

「賢司、きちんと説明してもらうわよ！」舞彩は有無を言わせぬ口調で切り出した。

「何の説明だ？」

「さっき私の弟を殴ったのは、あなたでしょう？」

「ああ、そうだ。ただし……」

賢司の弁明を、舞彩は容赦なく遮った。「やっぱりあなたの仕業だったのね！まさかあなたがそんなことをするなんて思わなかった。何なの？離婚したからって、私の家族に八つ当たりするつもり？」

この言葉を聞いて、賢司は呆然とした。

相手が、いきなりそんなに高圧的な態度に出るとは思ていなかった。

事情を聞こうともしない。

三年間夫婦として過ごしてきたのに、これっぽっちも信頼してくれないのか？

赤の他人だって、こんな扱いはしないだろう。

「舞彩、僕がそこまでひどい人間だと思ってるのか？殴ったのは事実だが、なぜそうなったのか考えてみたことはあるか？」賢司は低く押し殺した声で言った。

「どんな理由があっても、暴力を振るっていい理由にはならないわ！」舞彩はきっぱりと言い返した。

それを聞いて、賢司は苦々しく笑った。

胸の内は完全に失望で埋め尽くされていた。

もはや道理など関係なかった。

彼女にとって弟の方が大切なのだと、はっきり分かった。

「賢司、かつて夫婦だった縁で、チャンスをあげる。今すぐ病院に行って明浩に謝りなさい。そうすればこの件は水に流してあげる。でなければ……」と舞彩は言った。

「でなければどうするって？警察に通報するのか？それとも誰かに僕をやらせるつもりか？」賢司は皮肉っぽく言い返した。

「賢司！本当に情というものが分からないの？どうしても関係を破綻させたいの！？」舞彩は怒鳴った。

「情？ははっ……僕たちの間にまだそんなものが残ってるって？どうせ殴ったのは僕だ。社長様がどんな報復をしようと、お好きにどうぞ」と賢司は言った。

「あなたって人は……」

舞彩が怒りを爆発させようとした瞬間、賢司は電話を切った。

彼女は怒りで携帯を投げつけそうになった。

今の地位まで上り詰められたのは、感情のコントロールが得意だったからだ。

しかし今、彼女は完全に冷静さを失っていた。

「社長、稲葉は本当に恩知らずですね。誰かを使って懲らしめてやりましょうか？」加奈はつけ込んで言った。

「必要ないわ。これまで彼に借りがあった分、これでチャラにした」

舞彩は深く息を吸い込み、怒りを抑えようとした。

「でも……」

加奈は何か言おうとしたが、舞彩は手を上げて制した。「もういい。この話はこれで終わりにして、今一番重要なのは中尾家のチャリティー晩餐会よ」

「チャリティー晩餐会？それって新しいパートナーのことですか？」

「そうよ。さっき、中尾家が私たち麗都株式会社を候補に入れたとの連絡があったの。うまくやれば、新しいパートナーとして選ばれるかもしれないわ」

「それは素晴らしいですね。すぐに準備します！」

……

一方その頃。

電話を切った後、賢司は真秀子の車に乗って、一路江都第一病院へ向かった。

車を降りると、二人は急いで病院内を進み、最終的にVIP病室に入った。

病床には痩せ細った白髪の老人が横たわっていた。

老人の顔は青白く、唇は紫色に変色し、意識も朦朧として、呼吸も浅く弱々しく、今にも息を引き取りそうな状態だった。

その周りには数人の医師が立っていた。

しかし彼らの険しい表情を見れば、患者の容体が極めて深刻であることは明らかだった。

「お姉ちゃん！やっと来てくれたのね！ここの医者たちは全員無能よ、まったく何の役にも立たないんだから！」

その時、ポニーテールの美しい少女が駆け寄ってきた。

彼女は中尾家の次女、中尾友理子（なかお ゆりこ）だった。

「中尾社長、私たちは最善を尽くしました。胃洗浄、透析、灌流、さらに様々な薬を使いましたが、根本的な治療にはなっていません」医者の一人がしようがない様子で言った。

「あなたたちに無理なら他の人に任せます。この稲葉さんにお願いします」真秀子は冷たく言った。

「稲葉さん？」

皆は驚き、隣に立つ賢司に目を向け、その表情は怪訝だった。

彼はあまりに若すぎて、とても実力のある医者には見えなかったのだ。

「お姉ちゃん、冗談でしょう？この人が稲葉さんなの？」

友理子は呆気にとられた顔で言った。「見た目、私と変わらないくらいの年よ？本当に大丈夫？」

「人は見かけによらないものよ。藤村会長の推薦なんだから、間違いないわ」真秀子は言った。

正直なところ、彼女自身も不安を感じていたが、悠斗がここまで強く推薦する人物なら、きっと何か優れた点があるに違いない。

「藤村会長が騙されてるんじゃないの？」

友理子は相変わらず疑わしげな表情を浮かべていた。「ねえ、あなた、本当に医術なんてできるの？」

「多少は心得ている」賢司は答えた。

「多少って？」

友理子は鼻で笑った。「この病室にいる医者たちは、江都でも指折りの専門家や教授ばかりなのよ。その人たちでも手に負えないのに、あなたみたいな半人前に何ができるって言うの？」

「友理子！失礼なことを言わないで！」真秀子が叱りつけた。

「お姉ちゃん、この人信用できないわよ。万が一、お爺さんに何かあったらどうするの？」友理子は言い返した。

「この子ったら、何を言ってるの？」真秀子は微かに眉をひそめた。

「とにかく私は認めない！証明してみせて！」友理子は顎を上げて言った。

「どうやって証明すればいい？」賢司は淡々と聞いた。

「私が何の病気を患っているか当ててみなさいよ。正確に言い当てたら信じてあげる！」

「本当に聞きたいのか？」

「どうしたの？怖気づいちゃった？実力がないなら、とっとと出て行って。時間の無駄だわ！」友理子は冷笑した。

「舌を出して」賢司は手を挙げて言った。

「あ―ん」友理子は素直に口を開け、舌を出した。

診終わると、賢司は淡々と告げた。「あなたは肝火上炎で、内分泌異常、生理不順、頻繁な頭痛がある」

「それに、今日は食中毒を起こしていて、胃腸機能が乱れ、半日で少なくとも六回は下痢をした」

「あと、痔疾もある……」

この言葉を聞いた瞬間、友理子の表情が凍りついた。