第 3 話

「どけ！」

その一言で、仁美は驚きで呆れてしまった。

普段は温厚で、怒ることのない賢司が、こんなにも恐ろしい姿を見せるとは思いもよらなかった。

その目は、まるで人を食いそうな勢いだった。

「人殺しよ！誰か助けて！」

仁美は我に返ると、金切り声で叫び始めた。

すぐに、麗都株式会社の警備員たちがバタバタと駆けつけてきた。

「赤間さん、何があったんですか？」

警備隊長は明らかに仁美のことを知っており、駆けつけるなり彼女の味方に回った。

「浜田！この男をすぐに捕まえて！なんと私の息子を殴ったのよ。絶対に許さないわ！」仁美は声を震わせながら叫んだ。

「なんだと！うちの会社の前で暴れるなんて、いい度胸してるじゃねえか！」

警備隊長が手で合図すると、警備員たちがすぐさま賢司を取り囲んだ。

社長の母親に取り入る絶好のチャンスだった。

うまくやれば、昇進や給料アップ、さらにはハイスペ女子と結婚し、人生の頂点に立つかもしれない。

「何をぼんやりしている？さっさとやっちまえ！」

警備隊長が動こうとした時、鋭い怒声が炸裂した。

「誰が手を出すって？」

その声と共に、銀色のワンピースを着て、豊満で美しい女性が数人のボディーガードを連れて、急いで入ってきた。

彼女の真っ赤な唇と魅惑的な仕草は、一挙手一投足に色香が漂う。

まるで妖精のように人々の心を奪った。

「なんと美しいんだ！」

警備員たちは彼女をじっくりと見つめ、その心は騒ぎ立っていた。

目の前の女性は、まさに絶品だった！

「稲葉さん、大丈夫ですか？」

女性は周りの熱い視線を無視し、賢司の前にまっすぐに歩み寄った。

「え？あなたは誰ですか？」

賢司は目を細め、目の中の凶暴さが徐々に消えていった。

「初めまして、私は中尾真秀子（なかお まほこ）です。藤村会長のご紹介で来ました」女性は微笑みながら言った。

その言葉を聞くと、警備員たちは一斉にざわめき始めた。

「中尾真秀子？まさか中尾家のご令嬢か？」

「なんてこった！あのお嬢様がここに来るとは？」

皆は顔を見合わせ、内心驚いていた。

中尾真秀子の名前は、彼らにとって鳴り響くほど有名だった。

美貌、財力、そしてバックグラウンドに加え、その上自身の能力もとても高い。

二十二歳で中尾株式会社のトップに立ち、わずか五年で巨大なビジネス帝国を築き上げ、江都で名高いビジネスクイーンとなったのだ！

「なるほど、あなたでしたか」

賢司は納得して頷いた。

中尾真秀子の名前はもちろん知っているが、藤村悠斗と関係があるとは思っていなかった。

「稲葉さん、先に車で休んでください。この厄介な連中は私が処理します」

真秀子は指を鳴らした。

彼女の後ろにいた四人のスーツ姿のボディーガードは、一斉に棒を取り出し、前に進み出た。

たった四人だが、その強烈なオーラに、警備員たちは怖気づいて後退し、近づくことができなかった。

中尾家のボディーガードは、選りすぐりのエリート揃いだということを皆知っているからだ。

「稲葉さん、どうぞ」

誰も動かないのを見て、真秀子は微笑みながら手を差し伸べた。

賢司は何も言わずに、地面の勾玉の破片を一つ一つ拾い集め、その後真秀子と共に車に乗り込んだ。

その間、誰一人として止めようとする者はいなかった。

「ちょっと！あんたたち何してるのよ！あんな簡単に帰らせちゃうわけ！？」

我に返った仁美は、すぐに怒鳴り始めた。

「赤間さん、あちらは中尾家のお嬢様でございます。我々では到底太刀打ちできません！」警備隊長は困った顔で答えた。

真秀子のような人物に対して、どうしても彼らが軽率な行動を取れるはずもなかった。

「無能者どもわ！中尾家には逆らえないとしても、うちの娘には逆らえるとでもかしら？」仁美は険悪な表情で言った。

警備員たちは互いに顔を見合わせ、誰も声を上げなかった。

「何が起きてるの？」

その時、騒ぎに気付いた舞彩と加奈が、ドアから出てきた。

「舞彩！やっと来てくれたのね！見てちょうだい、明浩がこんなボコボコにされちゃったのよ！」

仁美は娘の姿を見るなり、わっと泣き崩れた。

涙声で訴える様子は、まるで自分が殴られでもしたかのようだった。

「一体どうしたの？誰がこんなことを？」

豚のように腫れ上がった明浩の顔を見て、舞彩の表情が一瞬で凍りついた。

「他に誰がいるっていうのよ！賢司よ、あの恩知らずが！」

仁美は話を脚色しながら続けた。「さっき玄関先でばったり会ったら、あの人がネックレスを落としたのよ。それで明浩が親切に拾って返してあげようとしたの」

「そしたらなんと、泥棒扱いするじゃないの！ちょっと言い返しただけなのに、いきなり明浩に暴力を振るったのよ！」

「かわいそうな明浩は、善意でやったことなのに、こんな目に遭わされて……本当にひどい話よ！」

そう言うと、仁美は再び泣き出した。

「賢司が？」

舞彩は眉をひそめた。「彼はいつも穏やかで、そんなことをするとは思えない。あなたたちが何か彼を怒らせるようなことをしたんじゃないの？」

「何を言ってるの？あなたは自分の母親を信じないの？あの恩知らずを信じるの？」仁美は怒りと悲しみの表情で言った。

「ただ、事実を確認したいだけよ」舞彩は言った。

三年間の結婚生活で、彼の性格をよくわかっていた。

彼は常に穏やかで寛大で、簡単に怒ることはなかった。

普通のことで暴力を振るうなんて考えられなかった。

「明浩がこんなにひどく殴られて、まだ事実がはっきりしてないと？私の言うこと疑うなら、警備員たちに聞いて。彼らは全てを見ていたわ！」

仁美は言って、後ろを振り返りながら合図を送った。

「社長、奥様がおっしゃる通りです。あいつが突然暴れ出して、我々が駆けつけなかったら、奥様も危険でした」警備隊長はすぐに話に乗った。

「聞いたか？まさか私があの恩知らずを貶めていると思うの？」

仁美は続けた。「前から言ってたじゃないか、あの賢司は信用できない人だって」

「離婚したばかりで、本性を現したのよ！」

「明浩を殴るだけじゃなく、外で浮気してるなんて」

「こんな男は本当に最低だわ！」

この言葉を聞いて、舞彩は眉をひそめ、

明らかに動揺している。

本当に賢司のせいなのか？

離婚したばかりで怒りを抱えていたから、復讐に走ったのだろうか？

もしそうなら、彼を見誤っていたことになる。