登入夕暮れ時。西の空が柔らかなオレンジ色に染まる頃、〝フルリール〟のピークもようやく落ち着きを見せ始めた。
エプロンを外し、帰り支度を整えた和花に、店長の梓が温かな声をかけてくれる。「和花ちゃん、今日はお疲れ様。昨日の今日なんだから、無理しちゃ駄目よ。美味しいものでも食べて、ゆっくり休んでね」
「はい、ありがとうございます。梓さんも、素敵なお花とチョコレート、本当にありがとうございました」梓の気遣いに心から感謝しながら、和花は店を後にした。
駅へ向かう道の途中で、和花はふと足を進める方向を変え、駅前のデパートへと立ち寄ることにした。
店内はバレンタインの特設会場が設けられ、甘い香りと華やかな装飾に包まれている。和花は色とりどりのショーケースを眺めながら、自宅で待っているはずの青年の顔を思い浮かべていた。(理聖さん、甘いものは好きかな……)
記憶喪失で、素性もわからない彼。
背中の刺青や鞄に入っていた拳銃といった物騒な背景を持っているけれど、今朝、不器用な手作りの朝食に心から感謝してくれた穏やかな笑顔が忘れられなかった。 せっかくのバレンタインなのだから、少しでも喜んでもらいたい。迷った末に和花が選んだのは、落ち着いたネイビーの箱に入った、ヘーゼルナッツとカカオの香りが豊かなプラリネの詰め合わせだった。上品な甘さなら、大人の男性でも食べやすいだろう。
小さな紙袋を受け取ると、和花の足取りは自然と軽くなっていた。アパートのドアを開けると、ふわりと食欲をそそる良い香りが漂ってきた。
「おかえりなさい、和花さん」
リビングへ足を踏み入れると、エプロン姿の理聖が柔らかな笑顔で出迎えてくれた。そして、ダイニングテーブルの上に並べられた料理を見て、和花は思わず目を見開いた。
メニューは、艶やかなデミグラスソースがたっぷりとかかった分厚いハンバーグ。付け合わせには色鮮やかな人参のグラッセ。
さらには、手作りのすりおろしオニオンドレッシングがかけられたシャキシャキのサラダと、こんがりと焼けたガーリックバタートーストまで添えられている。「理聖さん、これ……全部作ってくれたんですか?」
「はい。何が好みかわからなかったのですが、冷蔵庫にあるもので作ってみました」 「え! すごく美味しそうです! ありがとうございます。お料理、お上手なんですね」和花が心底感動した声を上げると、理聖は少し照れたように小首を傾げた。
「ふふ、上手だったみたいです。包丁を握ったら、身体が勝手に動きました」
記憶がなくても、料理の腕前は確かなようだ。
和花は自炊をするものの、火加減を間違えたり分量を量り忘れたりして、食材を無駄にしてしまうことが多々ある。彼が何でもそつなくこなす器用な人であることが窺えた。料理が冷めないうちにと思いつつ、和花は梓からもらった小さなブーケをガラスの花瓶に手早く生けた。バランスを見ながら茎を切り揃え、食卓の端に飾る。
「お花、綺麗ですね。手慣れていらっしゃる」
「実は私、駅前の花屋で働いているんです。今日はお客様がたくさんいらして、大忙しでした」 「なるほど。だから和花さんからは、いつも良い香りがするんですね」理聖のさらりとした言葉に、和花は少しだけ頬を熱くした。
席に着き、二人で綺麗に手を合わせる。「いただきます」
熱々のハンバーグにナイフを入れると、中からたっぷりの肉汁が溢れ出した。一口食べると、濃厚なデミグラスソースと肉の旨味が口いっぱいに広がる。
オニオンドレッシングも絶妙な酸味で、グラッセの甘さも完璧だった。「……んんっ、美味しい! お店みたいな味です」
和花が満面の笑みで伝えると、理聖はほっとしたように目尻を下げた。
「少しはお役に立てて良かったです。居候の身ですから、これくらいはさせてください」
和やかな夕食の時間が終わろうとしていた頃。
遠くから、ウー、ウーというサイレンの音が聞こえてきた。昨日と同じように、付近をパトカーが徘徊しているらしい。 理聖の動きがピタリと止まり、その表情からスッと温度が消えた。「……僕のこと、探しているのかな」
ぽつりと呟いた彼の声には、深い翳りが落ちていた。
自分自身が捕まることへの恐怖というよりは、和花を巻き込んでしまうかもしれないという罪悪感に苛まれているようだ。 まるで叱られた犬のようにしゅんと肩を落とす彼の姿を見て、和花はたまらなくなって口を開いた。「でも、これも何かのご縁ですし。それに……その、私も昨日色々あって、一人でいるのが辛かったんです。だから、理聖さんがいてくれて、すごく助かってるんですよ」
理聖は驚いたように顔を上げ、和花を見つめた。その切れ長な瞳が、かすかに揺れている。
「和花さん……」
和花は空気を変えるように、デパートで買ってきた小さな紙袋をテーブルの上に置いた。
「甘いもの、お好きじゃなかったらすみません。ハッピーバレンタイン」
綺麗なネイビーの箱を手渡すと、理聖は瞬きを繰り返し、やがてパッと顔を輝かせた。
「甘いもの、大好き……だった気がしてます! ありがとうございます」
先ほどの暗い表情はどこへやら、彼は本当に嬉しそうに箱を開け、プラリネを一つ口に放り込んだ。
「……美味しい」
口いっぱいに広がるチョコレートの甘さに、理聖はふわりととろけるような微笑みを浮かべる。
甘党だったらしいミステリアスな青年の無邪気な笑顔を見ながら、和花はこの不思議な共同生活が、思いのほか心地よいものになり始めていることを確信していた。深夜のオフィス街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。 等間隔に並ぶ街灯の冷たい光だけが、人気のない無機質なアスファルトを照らし出している。 君代の運転するセダンは、綺麗に整備された中規模のオフィスビルの少し手前で、音もなく滑らかに停車した。「……ここよ」 ハンドルから手を離し、君代が窓の外へ視線を向けながら静かに告げた。 理聖は助手席に座ったまま、窓ガラス越しにその建物をじっと観察した。 ガラス張りのエントランス。整然と並んだ窓。どこからどう見ても、ごく普通のクリーンな一般企業にしか見えない。 本当に、こんな場所に暴力団が潜んでいて、若い女性を攫い込んでいるのだろうか。 外観だけなら、到底そんな恐ろしい噂の出所になるとは思えなかった。 ここに和花がいるという確証はどこにもない。 君代が近所で耳にしたという、単なる根も葉もない噂話に過ぎない可能性も十分にある。 それでも今の理聖にとっては、暗闇の中に垂らされた唯一の蜘蛛の糸だった。 どんなに僅かな可能性でも、今はそれに縋るしかない。「ありがとうございます。ここで結構です」 理聖がシートベルトを外し、ドアノブに手をかけた時だった。「待って」 君代が、ひどく不安そうな顔で理聖の腕に軽く触れた。「私も、一緒に行った方がいいんじゃないかしら。もし本当に怖い人たちがいたら、あなた一人じゃ……」 純粋に理聖を案じる、心優しい常連客としての申し出。 しかし理聖は、即座にそれを制止した。「いいえ。五十嵐さんは、このまま真っ直ぐご自宅へ帰ってください」「でも……」「ここまで連れてきていただいただけで、十分すぎるほどです。ただでさえ物騒な噂がある場所に、これ以上五十嵐さんを危険に巻き込むわけにはいきません」 理聖は、助手席から君代へ向けて深く頭を下げた。「本当に、ありがとうございました」 その真摯な言葉と眼差しを受け、君代はしばらく躊躇うような素振りを見せた。 やがて、小さくため息をつき、祈るように両手を握り合わせる。「……わかったわ。でも、絶対に無茶だけはしないでね。危ないと思ったら、すぐに警察を呼ぶのよ」「はい」 理聖は短く答え、車を降りた。 バタン、とドアが閉まる。 君代は運転席の窓から、冷たい夜風の中を歩き出す理聖の背中を静かに見送った。 真っ直ぐにビルへ
「……いなくなった?」 君代の顔から、いつもの柔和な笑みがスッと消え去った。 理聖は焦燥に駆られた声で、手短に状況を説明し始めた。 閉店後の片付け中、ほんの少し目を離した隙に、和花が店から姿を消してしまったこと。 スマートフォンにかけても電源が入っておらず、まったく繋がらないこと。 フルリールの周辺をくまなく探したが見つからなかったこと。「和花さんは、自分から誰にも黙ってどこかへ行くような人ではありません。何か……事件に巻き込まれたんじゃ……」 理聖の口調には、誘拐の可能性を危惧する切実な響きが混じっていた。「警察には連絡したの?」 君代が当然の疑問として尋ねるが、理聖は苦しげに言葉を濁した。「……今の事情では、すぐに警察へは頼れない部分も多くて」 極道同士の因縁が絡んでいる以上、迂闊に表沙汰にするわけにはいかないのだ。「それに、雄之助くんや梓ちゃんには? あの子たちなら……」 「二人とも、まだ病み上がりで本調子じゃありませんから。まずは、僕ひとりで探そうと思って」 君代は両手で口元を覆い、痛ましそうに眉を寄せた。「まあ……そんな……」 表向きは、親しい花屋の女の子を純粋に心配する、気のいい常連客の顔。 しかし、その完璧な仮面の下で、君代の内心は一気に氷のように冷静さを取り戻していた。(佐伯和花が、消えた?) 君代は頭の中で、目まぐるしく情報を整理し始める。 和花は現在、深凪組と不破組の双方に絶大な影響を与える存在だ。 そして何より、自分たちの計画を完璧に遂行するための、最も重要な鍵でもある。 そんな彼女が、この緊迫した時期に偶然いなくなるはずがない。 誰かが、意図的に先に動いたのだ。 君代は即座に候補を絞り込む。 深凪側であれば、錦戸大翔が復讐の駒として和花を攫った可能性が考えられる。 だが、理聖の目の届くフルリールから、一切の物音も立てずに力ずくで彼女を連れ出すのは至難の業だ。 とすれば、和花自身がある程度警戒を解き、大人しくついていくような相手の方が遥かに自然。 そこで、君代の脳裏に一つの確信が閃く。(不破側の人間ね) 源蔵本人が直接動くとは考えにくい。 となれば、和花を守るという名目を掲げ、強引にでも彼女を安全な場所へ連れ去りそうな男は一人しかいない。 不破の若頭で
フルリールから帰宅した五十嵐君代は、薄暗い仏間に足を踏み入れた。 コートを脱ぎ、静かに正座をして、買ってきたばかりの花束を丁寧に解く。 白や淡い紫を基調とした、上品で落ち着いた色合いの花々を、磨き上げられた花瓶へと美しく生け直した。 線香に火を灯し、チーンと澄んだ音を鳴らす。「今日も、綺麗なのを選んでもらったのよ」 君代は手を合わせながら、黒い縁取りのされた遺影に向かって、いつもの穏やかな調子で語りかけた。「あの子たち、本当に良いお花を揃えてくれるの。……ええ、そうね。もうすぐよ」 遺影に向かって微笑むその顔は、善良で愛情深い未亡人のそれにしか見えない。 だが、その瞳の奥には、何年もの間決して消えることのない、黒く重い復讐の炎が静かに燃え続けていた。 同じ頃。 仏間から少し離れた佐竹の自室では、ひんやりとした金属音が響いていた。 チャカッ、とスライドを引く乾いた音。 佐竹は机の前に座り、オイルの染み込んだ布で拳銃の銃身を入念に磨き上げている。 弾倉を確認し、引き金の感触を確かめる。 近いうちに必ず起きるであろう、不破と深凪の全面抗争。 その混乱に乗じて、錦戸大翔の命を確実に仕留めるため、佐竹は自室で着々と殺しの準備を進めていた。 仏壇へ綺麗な花を供える母親と、そのすぐ隣の部屋で銃の手入れをする息子。 家の中に立ち込めるそんな物騒な空気とは裏腹に、仏間を出た君代は、ふわりとエプロンを身につけ、ごく普通の主婦として夕飯の支度に取り掛かっていた。 キッチンには、今日フルリールの若者たちに差し入れたものとは別に、自家製の立派な野菜が並んでいる。 みずみずしい白菜、太い長ねぎ、香りの良い春菊。「今夜は、少し冷えるから……すき焼きにでもしましょうか」 独り言を呟きながら、手際よく野菜を切り分けていく。 お正月用に買っておいた、上質な霜降りの牛肉もまだ残っている。焼き豆腐としらたきもある。 これなら十分だわと頷き、君代は冷蔵庫の扉を開けた。「……あら」 ドアポケットを見て、君代は小さく首を傾げた。 すき焼きには欠かせないはずの、卵のパックが見事に空っぽになっていたのだ。「仕方ないわね」 君代はエプロンを外し再びコートを羽織ると、佐竹の部屋のドアを軽くノックした。「景、ちょっと足りないものが
「理聖さんに、連絡させて。私が無事だってことだけでも……それだけでいいから!」 和花の切実な頼みに、蒼士は一瞬だけ口をつぐんだ。 瞳の奥に幼なじみに対する申し訳なさのような色が僅かに浮かび、小さく迷いが過る。 しかし――すぐに、首を横に振った。「……ダメだ」「どうして!?」「そんなことしたら、あいつがすぐにお前を助けに来るだろうが」 理聖が和花の居場所を正確に知れば、どれほど危険な状況であっても絶対に迎えに来る。「今は、深凪と不破がいつ衝突してもおかしくない時期だ。こんなピリピリしてる時に、深凪の若頭である久世が不破の拠点にのこのこ乗り込んできたらどうなる? 余計な火種を生むだけだろ」 蒼士の言うことは、極道という組織の論理としては極めて正しかった。 ここで理聖と不破組が衝突すれば、それこそ大翔の思惑通りになってしまう。「抗争が完全に片付くまでの辛抱だ。それまでは、ここから動くな」「蒼士!」「来い。部屋に案内する」 蒼士は和花の抗議をこれ以上聞く気がないらしく、ソファから立ち上がると、和花の腕を引いた。 当然、和花は強く抵抗し、腕を振りほどこうとする。 だが、蒼士の力に敵うはずがない。 応接室を出て、表のクリーンなオフィスエリアからは完全に隔離された、建物のさらに奥へ。 重厚な扉をいくつか抜け、静まり返った無機質な廊下を進んでいく。 やがて、一番奥にある重そうな鉄扉の前で蒼士が足を止めた。 そこは、不破組が組織の裏切り者や、逆に危険が迫っている重要関係者を一時的に匿うために使っている、特殊な保護室だった。 ガチャリと扉が開かれ、中へ押し込まれる。 部屋の中は、驚くほど簡素だった。 壁際に置かれた硬そうなシングルベッド。二人用ほどの小さなローテーブル。服を数着かけられる程度の最低限の収納。そして、奥にはトイレとシャワーだけが付いた簡易的なユニットバス。 ホテルほど快適ではないが、人が数日過ごすことは十分にできる空間だった。 ただし――和花が真っ先に確認したのは、その部屋の出口だ。「……まさか、本当に私をここに?」 信じられない思いで振り返ると、蒼士はすでに扉の外に立っていた。「食事は、下の者に定期的に運ばせる。必要なものがあればそいつに言え」「そういうことじゃないでしょ! 蒼士!」「大人しくしてろよ。……お
固く握り締めた自分の拳を見つめたまま、和花はゆっくりと首を横に振った。「……約束なんて、できないよ」 静かだが、頑なな声だった。 蒼士の眉が不機嫌そうにピクリと動く。「理聖さんは、誰かと戦おうとしてるわけじゃない」 和花は顔を上げ、蒼士の目を真っ直ぐに見返した。「大翔さんを殺そうとしているんじゃなくて、暴走を止めようとしているだけなの。お父さんのことも、大翔さんのことも、もう誰も死なせずに済む道を探すって……そう約束してくれたわ」 だからこそ、理聖はたった一人で乗り込もうとしている。 大翔に自分の意志を伝え、これ以上の復讐を思いとどまらせるために。 和花は自分なりに必死に考え、ひとつの可能性にすがりつくように言葉を紡いだ。「だったら……私もその場にいた方が、話し合いがうまくいくかもしれないじゃない。私がいれば、お父さんだって無茶はしないはずだし……」 「ダメだ」 和花の必死の提案は、蒼士の冷たい一言によって即座に切り捨てられた。 「でも――」 「あんな狂った死神の親玉が、そんな生ぬるい綺麗事で上手くまとまる相手じゃねぇんだよ」 蒼士の気怠げな瞳に、底知れぬ恐怖と怒りが入り混じったような険しい色が浮かぶ。 「錦戸大翔って男は、まともな話し合いなんか通じるような奴じゃねぇ。自分の目的のためなら、身内の命すら平気で切り捨てるような異常者だ。お前が行ったところで、どうにかなるような次元の話じゃないんだよ」 それでも引き下がろうとしない和花を見て、蒼士は大きなため息をつき、ソファの背もたれに深く体重を預けた。「……もしどうしても行くってんなら、俺はお前をここから一歩も出さねぇぞ」 「……!」 和花は目を見開いた。「道端でいきなり誘拐しただけじゃ足りなくて、今度は私をここに監禁するつもりなの?」 キッと強い視線で睨みつける。 しかし、蒼士はその鋭い視線を正面から受け止め、まったく怯む様子を見せなかった。「そう思いたきゃ、好きに思え。何と言われようが、お前をあんな地獄に放り込むよりはマシだ」 相手が大翔である以上、一度殺し合いが始まればその場がどうなるか、誰にも予測はつかない。 たしかに、和花は佐伯家に代々伝わる古武術を幼い頃から厳しく叩き込まれている。普通の人間よりも遥かに自分の身を守る術を知っているし、並の
「逃げないって……」 和花は、その言葉が意味する残酷な現実を瞬時に理解し、ハッと息を呑んだ。「それって……また、殺し合うってこと?」 震える声で問い返す和花に対し、蒼士は目を逸らさず、一切の誤魔化しを挟まなかった。「向こうが殺す気で来るなら、こっちだって守るために戦う。極道の世界じゃ、それが当たり前なんだよ」 父である源蔵は、自分から意味のない殺しを望むような人間ではない。和花にもそれはわかっている。 だが、自分の組や、大切な家族の命が脅かされるとなれば話は別だ。 相手が狂気に満ちた錦戸大翔であれば、なおさら背を向けて逃げることなどあり得ない。「俺も、おやっさんのそばにいる」 蒼士が、静かに、だが確固たる意志を込めて告げた。「蒼士まで……?」 「当たり前だろ。俺は不破の若頭だ。親の盾になるのは、極道として当然の務めだ」 その言葉を聞いて、和花の中で一気に現実味が増し、足元から冷たい波が押し寄せてきた。 不破組のトップとして、迎え撃つ父・源蔵。 若頭として、父の盾となる幼なじみの蒼士。 そして、大翔の暴走を止めようと、たった一人で乗り込もうとしている理聖。 和花にとっての〝大切な人たち〟が、全員揃って、同じ過酷な戦場へと向かおうとしている。 誰かが傷つき、誰かが命を落とすかもしれない最悪の場所へ。「そんなの……」 和花は堪えきれず、膝の上で強く拳を握り締めた。「私だけ、何もせずに安全な場所で待ってろっていうの?」 思わずこぼれ落ちたその言葉を、蒼士は間髪入れずに叩き切った。「そうだ」 「でも……!」 「お前は来るな」 蒼士が身を乗り出し、和花の目を真っ直ぐに射抜く。「絶対にだ」 有無を言わさない、強烈で圧倒的な圧力。 和花が反発の言葉を口にしかけたところで、蒼士はふっと肩の力を抜き、少しだけ声を落とした。「俺は、久世を許してねぇ」 そのひと言に、和花は奥歯を噛み締め、押し黙った。「それはたぶん……これからも絶対に変わらない」 自分の弟である紅雅の命を奪った男。 その事実がある限り、蒼士が理聖を心から許す日など永遠に来ないだろう。 それだけは、和花にも痛いほど理解できた。簡単に飲み込めるような過去ではない。「でも……」 蒼士は自嘲するように短く鼻を鳴らした。「お前が、それでもあ







