LOGIN今日のために新調した淡いラベンダー色のワンピースに袖を通しながら、早く来ないかと護さんの到着を心待ちにし、リビングの窓から庭を眺めた。
ピンポーン。
インターホンが鳴り、逸る気持ちを抑えきれず私は急いで玄関へと向かう。
「護さん、いらっしゃい」
私が言い終わる前に、護さんは私の腰に手を回し、ふわりと抱き寄せた。彼の温かい腕が私を包み込み、優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「護さん……?どうしたの、急に?」
突然の行動に驚き、何かあったのかと上目遣いで見つめると、護さんはいつもの穏やかな眼差しで微笑んでいた。
「いや、なんか今日の華ちゃん、いつも以上に可愛いなと思ったら、つい抱き寄せたくなってね。そのワンピース、とっても素敵だね。よく似合っているよ」
不意打ちの褒め言葉とハグに、私の頬は熱くなった。
「びっくりしちゃった。恥ずかしい、でもありがとう。嬉しい。」
別荘では執事や家政婦さんたちがいる手前、私たちは普段、適度な距離感を保っていた。こんな風に人目もはばからず彼が私を抱き寄せるのは珍しい。その新鮮な行動に、私の胸は高鳴り、全身に温かい幸福感が駆け巡った。
瑛斗side社長室に戻った俺は、すぐに広報担当者に電話で指示を出した。「マスコミ対策ですが、下手にこちらからコメントを発表すると事態を大きくしかねません。週刊誌のゴシップは沈静化が早いです。そのまま鎮火するようなら、特にコメントは発表しなくてもいいかと。どちらかと言えば、芦屋側と回答を揃えたほうがいいかと思います。矛盾のない回答を一貫することで世間の興味は次第に収まっていくはずです」広報担当者の見解は、会長の意見とほぼ同じだった。会社の立場やビジネスの兼ね合いもあり、自分の思いを発信しないほうがいいというプロの判断に、俺はもどかしさを感じながら通話を終わらせた。「世間には発信できなくても、どうしても華にだけにはこの真相を分かって欲しい」そう強く願い、華に電話をかけた。プルルプルル――――――着信のコール音が何度か鳴り、三十秒ほど待ったが華の出る気配は一向にない。力なく通話終了のボタンを押して、次にメッセージを送った。『今朝の件だが、週刊誌の記事は完全に誤報だ。華に誤解してほしくない。ちゃんと話したいから、都合がついたら電話をくれないか』華の声を早く聞きたい。直接、思いの丈を伝えたかった。華からの返信を待っている間に、芦屋彩菜にも今度の対応に
瑛斗side「ああ。このバーの件は私も当事者だから誤りだと分かる。しかし、真実かどうかよりも、大切なのは世間がどう見るかだ。いくら当事者が誤報だと分かっていても、周りが誤報だと思わなかったら、それは捻じ曲げられたものが『真実』として受け止められてしまう」「それは……」会長の言葉は、冷徹でありながらもビジネスの論理だった。「この先、世間がどんな反応をするか分からないが、周囲が納得する方法を選択しなくてはいけない場面もくるかもしれないことを肝に銘じておけ」「それでしたら、この記事は根も葉もない誤報だと言わせてください。何も言わなかったら肯定したことになる。それだけは絶対に嫌です」「では、これを否定したことによって世間からネガティブなイメージはつかないか?お前が一方的に関係を否定して逃げたなど、彩菜さんの立場を傷つけたと受け取られないか。彩菜さんは女性をターゲットとした事業を展開している。そのファンである女性たちがお前にいい印象を持たなければ、不買運動を起こす可能性だってあり得るんだぞ」華に、俺が彩菜との関係を認めたと思われることだけは何としても避けたかったが、会長は、想定出来るあらゆるリスクを指摘してきた。「世間の反応を見た上で今後の方針を考えろ。あと誰が仕掛けたものなのか、もし芦屋なら向こうの意図も深く探る必要がある」
瑛斗side「まったく……なんでこんな記事が載ったんだ!」朝一でコンビニに走り、彩菜に言われた週刊誌を買ってから社長室に籠もり、記事をもう一度隅から隅まで読み漁っていたが怒りは収まらなかった。スキャンダル風に書かれている記事には、ビジネスの思惑が合致したなど、恋愛以外にも利点があり、まるで俺たちが悪巧みを考えているかのように書かれている。記事の端々から、悪意と作為的な編集が感じられた。俺は冷静さを取り戻そうと、デスクの内線で秘書を呼び出し、この記事の編集者に抗議をする段取りと、連絡先を至急確認するように指示をすると、秘書は恐縮しながら部屋を後にした。そして、会社について一時間も経たないうちに、父である会長から至急、会長室へ来るようにと電話があった。不満気な声で言われなくても用件が分かり、重い足取りを鼓舞するように早めていった。コンコンッ――――「失礼します」ノックをしてから扉を開けて礼をすると、デスクの肘付きの椅子を回転させて、会長が俺にギロリと睨むような鋭い視線を向けてくる。その目には、失望と怒りが明確に宿っていた。「何の件で呼ばれているかもちろん分かっているだろうな?」
華side【一条グループ御曹司CEO♡芦屋グループ令嬢・A氏と親密愛、両会長公認で再婚秒読み】買ってきてもらった週刊誌の一面には、派手な見出しが踊っていた。私は、震える手でページをめくり、記事の内容を追った。週刊誌には、瑛斗と彩菜さんがホテルのバーから出てくる写真や、両会長を交えて食事をしたことなど、二人が特別な関係だと思わせる内容が書かれている。しかし、その記事や見出しよりも目を疑ったのは休日の日にお忍びデート後として紹介されている写真だった。「この服装って……私たちと水族館に行った日のものじゃない?」人目につかぬようにサングラスと帽子で変装しつつも束の間の休日を楽しみ、その後、瑛斗のマンションに入って行ったと写真の横に小さな文字で注記されている写真には、蒼が気に入っていたゴッホの向日葵のTシャツを着た瑛斗が映っている。撮影した月日も私たちが会った日と完全に一致しており、偶然とは思えなかった。(水族館に向かっている途中で瑛斗のスマホが光った時に、彩菜さんの名前が表示された気がしたけれど、あれは見間違いじゃなかったのね。二人で会う約束をしていて、その連絡だったの?)家まで送ってもらった後、まだ一緒にいて欲しいという子どもたちに対して、瑛斗は「このあとどうしても外せない用事があって明日も朝早い」という理由で子どもたちを宥めていた。(あ
華side水族館に行った十日後、学校に行く子どもたちを見送ってから部屋に戻り、スマホを確認すると瑛斗から着信が入っていた。「瑛斗から電話?しかも平日のこんな朝早くに何かあったのかしら?」電話は一回だけでなく時間をおいて五回も履歴が残っており、嫌な予感が駆け巡り、すぐさま折り返しの電話を掛けた。瑛斗も気にかけていたようで数回のコール音の後、すぐさま着信へと切り替わった。「もしもし、瑛斗?」「ああ。実はどうしても華に話をしたいことがあって……」「どうしたの?そんなに慌てて」歯切れが悪く気まずそうに話す瑛斗の声が気になりながらも尋ねると、小さく息を吐いてから瑛斗は言葉を続けた。「昨夜知ったんだが、芦屋グループの会長の娘・彩菜さんと俺のスクープ記事が今日、発売の週刊誌に載るそうなんだ。記事には、俺の離婚歴についても触れられている。週刊誌には、抗議と取り消すように電話を入れていて、華や子どもたちの名前は出ていないから大丈夫だと思うんだが、もし華たちが何か迷惑行為を受けたりしたらすぐに教えて欲しい」瑛斗の話に、冷たい水をかけられたような寒気が全身を襲ってきた。「週刊誌?……スクープ記事って。どんな内容なの?」「華には見て欲しくないんだが、俺と彩菜さんが熱愛関係にあるという内容だった。でも、それは誤解で、彩菜さんとは断じてそんな関係ではないんだ。俺は、華と子どもたちと一緒に……」「話は分かったわ。何か問題があれば連絡する。それじゃ」瑛斗の必死な釈明を遮るように、私の指は無意識のうちに通話終了のボタンを押していた。二人の熱愛、そして私や子どもたちのことが世間に知られてしまうかもしれないということに、私は酷く動揺していた。(誤解……?でも、熱愛関係だと書かれるほど親密な状況があったから記事になったんでしょう?)家族四人で楽しく休日を過ごした直後だっただけに、彩菜との熱愛記事は裏切られたような感覚に襲われた。執事に頼み、週刊誌を買ってきてもらいす
瑛斗side茶封筒を開けて中から出てきたのは、まだ発売されていない週刊誌のゲラ刷りのようなものだった。目立つように縁取りされた見出しと写真を見て、俺は紙を持つ手が怒りで震えていた。【一条グループの若き御曹司社長♡芦屋グループ令嬢と熱愛発覚!連日に渡るお泊り愛】そこにはホテルのバーから二人で出てくるときの写真や、セミナーのチケットを受け取った日の写真が使われていた。ホテルのバーにはお互いの父親である会長もいたが、角度なのか、悪質な加工なのかまるで二人きりで行ったような写真になっている。さらに、水族館に行った日の帰り、マンション前でチケットを受け取った時の写真も掲載されている。ラフな私服でサングラスの俺と女優帽子を被った彩菜が映っており、休日に二人でお忍びデートと記事には紹介されていて何もかもがでたらめだった。「なんだ、これは!嘘ばかりじゃないか。それに芸能人でもないのに、なんでこんな記事が出るんだ!!」「それは私にも……。ただ、記事には一条社長の結婚歴も書かれています。内容からすると、一条社長サイドの誰かが流したように見えますが」「どこの週刊誌だ!発売は?こんな想像だけで描いたような記事を流すなんてどうかしている!!」彩菜は動揺する俺をよそに、冷静沈着だった。







