華side
「三上君がまだ小学校低学年の時だったかな。車とトラックが衝突してね。トラックの方に過失があったんだが、車に乗っていた三上君の父上が犠牲になってしまったんだ」
「そう、だったんですね……」
父の言葉は、私の心を深く揺さぶった。
私が妊娠中にトラックや乗用車に命を狙われていた時、護さんに話をしたら、彼は血相を変えて心配してくれた。そして、それ以降、外に出る時は送り迎えをしてくれるようになった。それは、幼い頃にトラックとの交通事故で父を亡くした護さんだからこその特別な心配と配慮だったのだろう。彼の行動のすべてに、深い愛情と、過去の痛みが込められていたのだと初めて知った。
「まだ幼い三上くんから父親を奪ってしまったことが、申し訳なくてね。三上君が大学を卒業するまで神宮寺家で支援をすることと、何年先でもいいから、将来、医師になったら神宮寺家の専属医にすることを三上くんの母親と約束したんだ。そして、大学を卒業して、そのまま神宮寺家の専属医になった。長い付き合いだよ」
父はそう言うと、俯いて下を向き、昔を懐かしんでいるようだった。その表情は、深い後悔と、護さんへの複雑な思いが入り混じっているように見えた。
護さんが初めて専属医として我が家を訪れた時、まだ大学を卒業したばかりで若かった。それまで仕えていてくれた先生もまだ40代だったので、なぜ急に変わったのか、特別な事情でもあったのかと不思議に思っていたが、そんな経緯があったことに私は驚きを隠
華side「ねえ、ママ?今日誰か来たの?」お迎えに行って私の元へ駆け寄ってくるなり、慶がそう尋ねてきた。「え、どうしてそう思ったの?」「今、帰ってくるときね、反対側から黒い車とすれ違ったの。僕たちの家より奥におうちはほとんどないし、車も通ることがないから、誰か来たのかなって」大人顔負けの子どもたちの洞察力と推理力に、私は内心で感心していた。「そうね、ママの大切な人が来たの。だけど、用事があるから、あなたたちが来る前に帰らなくちゃいけなくて、帰って行ったわ」「そうなんだ?大切な人って、えいと?」「え?」まさか子どもたちの口から瑛斗の名前が出てくるとは思わず、私は動揺してしまった。「違うわよ。それに、年上の方には呼び捨てではなくて『さん』をつけるのよ」動揺を勘づかれないよう、私は平常心を装いながら子どもたちに注意をした。しかし、この家に仕えてくれている者以外は、護さんと瑛斗しか知らない子どもたちは、『大切な人の訪問』に興味津々だった。
華sideしばらくの間、静寂の時間が流れていたが、視線を外し時計を見た父が、口を開いた。「もうそろそろ子どもたちが帰ってくる時間だな。……それじゃ、これで私は帰るよ」父の言葉に、私は驚きと戸惑いを隠せない。「え、帰られるのですか」「子どもたちに会って、誰かと尋ねられたり、なんで今まで来なかったとか聞かれたら、華も大変だろう。帰宅する前に帰るよ」父の言葉は、私への配慮なのかもしれない。しかし、自分のことを子どもたちに知られたくないのか、私や子どもたちをもう神宮寺家の家の者ではないと言われているようで、私はどうしようもない孤独感に襲われた。(私は、もう神宮寺家からは見放された人間なんだ……)駐車場まで父を見送ると、運転手の花村が既に待機をしていた。花村は、私の姿を見ると、以前のような温かい眼差しと優しい笑顔で微笑んでくれている。「華お嬢さま!お元気そうでなによりです」「花村!会えて嬉しいわ。花村も元気そうね」「はい、おかげさまで。お
華side「三上君がまだ小学校低学年の時だったかな。車とトラックが衝突してね。トラックの方に過失があったんだが、車に乗っていた三上君の父上が犠牲になってしまったんだ」「そう、だったんですね……」父の言葉は、私の心を深く揺さぶった。私が妊娠中にトラックや乗用車に命を狙われていた時、護さんに話をしたら、彼は血相を変えて心配してくれた。そして、それ以降、外に出る時は送り迎えをしてくれるようになった。それは、幼い頃にトラックとの交通事故で父を亡くした護さんだからこその特別な心配と配慮だったのだろう。彼の行動のすべてに、深い愛情と、過去の痛みが込められていたのだと初めて知った。「まだ幼い三上くんから父親を奪ってしまったことが、申し訳なくてね。三上君が大学を卒業するまで神宮寺家で支援をすることと、何年先でもいいから、将来、医師になったら神宮寺家の専属医にすることを三上くんの母親と約束したんだ。そして、大学を卒業して、そのまま神宮寺家の専属医になった。長い付き合いだよ」父はそう言うと、俯いて下を向き、昔を懐かしんでいるようだった。その表情は、深い後悔と、護さんへの複雑な思いが入り混じっているように見えた。護さんが初めて専属医として我が家を訪れた時、まだ大学を卒業したばかりで若かった。それまで仕えていてくれた先生もまだ40代だったので、なぜ急に変わったのか、特別な事情でもあったのかと不思議に思っていたが、そんな経緯があったことに私は驚きを隠
華side「妊娠中は、三上くんから大変な状況だと聞いて心配していた。……心配していたと言いながら、自分の近くで華を守ってやれなかった。華にはなんと言っていいか……」父は、私を強く抱きしめ言葉を詰まらせた。その声は震え、深い後悔と愛情が伝わってきて私の胸は熱くなった。私は、父の背中に手を回し、涙をこらえていた。「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。お父様が私のことを考え、この別荘を用意して下さったおかげで、今があります。ありがとうございます。三上先生も、妊娠から今に至るまで、サポートしてくださって、感謝の気持ちでいっぱいです」「そうか、三上くんが。……もしかして三上くんとは交際しているのか」『今に至るまで』という言葉が引っかかったようで、父は私の顔をまじまじと見つめてから尋ねてきた。その問いかけに、私は少し照れながら答えた。「……はい。公私ともによくしてもらっています」一瞬、父は考え込むように指を顎にあてて黙り込んだ。その表情は、何かを深く思案しているようにも見えた。しかし、私が不思議がっているのを察したのか、すぐに表情を緩めて私の方を向いて笑顔で返してきた。「そうか。三上くんのお父さんも神宮寺家に仕えてくれてね。三上家には、随分昔から世話になって
華side「これは入学祝いだ。子どもたちのために使いなさい。あと、こっちは華の分だ」そう言って子どもたち用に分厚い祝儀袋を二つ手渡された。中には現金の束がついた状態でいくつか入っていそうだ。そして私のものと言って渡されたものには、封筒に何か入っている。厚みや形状から現金ではなさそうだ。何かと思い中身を確認すると、そこには通帳が入っていた。「これは、華が産まれた時から今まで貯めていたものだ」「いつの間に?そんな通帳があるなんて知らなかった」「華が困った時に渡そうと思っていたものだが今になってしまった。申し訳ない。生まれてから今まで円とドルで積み立てをしていたんだ。双子たちの分も作る予定だったが、通帳を作れる状態じゃなくてね」「そうだったのね……」子どもたちの出生時、父親が誰かということで私と瑛斗は揉めていた。口にはしないが、父の言葉に私は胸が締めつけられた。「玲には、高校を卒業して海外に行くときにお金が欲しいと言われてな。玲の分は既に渡してあるんだ」「え、玲はこの口座のことをそんな前から知っていたの?」
華sideこの日、私の元へある人物が訪れた。護さん以外に、この屋敷に来訪者が来ることは今までなかった。「お父さま、待っていたわ。いらっしゃい」実家にいた時、私の専属運転手をしていた花村に連れられて、父が屋敷の駐車場から車を降りてやってくる。妊娠中に命を狙われた際にこの別荘に連れてきてくれたのも花村だった。父と花村との再会を喜んでいた。「ああ、華。久しぶりだな。長い間、顔も出さずにすまなかった」「そんなこと……、また会えて嬉しいです。どうぞ」父の顔を見るのは本当に久しぶりだった。少し白髪と目の横にシワが増えた気がするが、七年前に家を出た時と表情は変わらなかった。「旦那様、お待ちしておりました」執事の久保山に続き、家政婦たちも列をつらねて、一斉にお辞儀をして父を出迎えた。「久保山、色々とありがとう。華が世話になっているな」