華side
「何を言っているの?どういうこと?」
私が震える声で三上に問い詰めると、不気味な笑みを浮かべながら、私の耳元に顔を近づけてきた。今まで何度もこうして触れ合って温かい気持ちになったのに、今は全身を身震いさせるほど恐ろしく、不快だった。
「いいかい?僕は、華がどうしてそこまで強気で問い詰められるのか聞いているんだよ」
三上は私から視線を外さずに、獲物を追い詰めるような冷たい光を放ち、じっと見つめている。私は、質問の意図が分からず黙っていると、三上は小さく舌打ちをしてから口を開いた。
「華に神宮寺家の現在が分かるはずはない。華はさっき『父に聞いた』って言ったけど、仕事で忙しく飛び回っているのに、家のことを把握しているわけないよね。」
「それに継母の櫻子さんも、華がいなくなってから、裏では『これで前妻の血が流れる者がいなくなった』と喜んで、態度を変えてね。今では我が物顔で過ごしていて、夫婦関係は、もう何年も前から破綻しているんだよ。あの二人は会話すらしていない」
(私がいなくなってから、父たちの関係がそんなことになっていたなんて……)
私は、三上の言葉に言葉を失った。もう何年も神宮寺家から離れていた私には分かるはずのない事実を淡々と語っている。
華side「はい、三上です。え、はい、明日の午前ですか。はい、いえ、大丈夫です……。明日、伺います。先週も申し訳ありませんでした。それでは失礼します」電話に出た三上は、歯切れも悪く終始オドオドした様子で会話をしていた。通話が切れると、彼は「チッ」と舌打ちをして携帯を睨みつけている。その表情は、不満と警戒心に満ちていた。「華、明日は僕がいないけれど、いい子にして待っているんだよ?変なことをしたら分かっているよね?」「どこに行くの?」私は、彼の怒りを買わないように努めて冷静に問いかけた。「それは、もっと愛情をこめて言って欲しいな。今の華のふてぶてしい聞き方だととても答える気にはなれないよ。そうだ、携帯は僕が預かっておくから、誰かに電話しようとか考えても無駄だからね」三上は、そう言い放つと私の鞄からスマートフォンを奪い取った。携帯を奪われたことに動揺をしていると、三上はその様子を楽しむように私に顔を近づけてニコリと笑いかけてくる。その冷酷な笑顔を視界に映したくなくて、私は素早く横を向いた。(電話の相手は、きっと父からで明日は神宮寺家に向かうはず。でも、携帯がないと誰にも連絡出来ない……。この電話は偶然?それとも瑛斗がSOSに気づいて動いてくれたの?)不安と焦燥に駆られながら
瑛斗side「事件というのは何事だね?君から電話を掛けてくるくらいだから、よっぽどのことなんだろう?」電話口の華の父、神宮寺会長は「事件」という言葉に反応し、穏やかな口調から一転して声を沈めていた。「はい。実は、玲さんに話を聞こうとしたところ、秘書と一緒に逃げました。警察の調べでは、事前に用意されていた盗難車に乗ってプロの運転手による逃走です」「何だって?」会長の声には、驚愕と裏切りに対する怒りが混じっていた。「今は、警察も含めて玲さんの行方を追っています。それで、華さんの子どもたちから私のところに、華さんに身体の悪いところが見つかって三上先生が治すために急に家に帰らなくなったと連絡が入りました」「華が?華は、大丈夫なのか?」会長は、声を震わせながら、早口で俺に尋ねてきた。「子どもたちからは、それ以上は聞けませんでした。この件について、三上先生から連絡はありましたでしょうか?」
華side「華が、高校生の頃から瑛斗に気が合ったのも知っている。だけど、あの男は君じゃなくて、よりにもよって玲さんを選んだ。本質が見えていないあの男のどこがいいんだと思ったよ。でも、結婚する時の幸せそうな顔を見て諦めたつもりだったんだ」三上は、そこまで言うと拳を爪が食い込みそうなくらい力強く握りしめて俯くと、小さく全身を震わせた。「それが、玲さんが帰ってきた途端、離婚をつきつけるなんてどうかしている。あの男は華にふさわしくない。華は僕と一緒になるべきで、あの男と関わることは不幸になる。そう思ったんだ」顔を上げた三上は、私を見ながら壊れたように笑い出し、しばらくすると今度は大粒の涙を流している。彼の瞳からは、復讐の憎しみと、私への切望が混じり合った複雑な感情が溢れ出していた。「僕は、最初は神宮寺家が憎かった。だけどね、華、君といるうちに、君や子どもたちと過ごすうちに、本当に華のことが好きになってしまったんだ。子どもたちと一緒にいると、幼少期の家族で過ごした思い出が蘇って温かい気持ちになった。君たちのことがとても大切なんだ」突然、怒りだしたかと思えば、嗚咽交じりに号泣し、三上の情緒は乱れて正常な状態とはとても言えない。いつ、何がきっかけで感情の糸が切れるか分からず、私はただ黙ってその場を見守り、三上の感情がおさまるのを、静かに待った。「君や子どもたちが本当に可愛くて、愛おしくて、ずっと側にいたい、このまま家族になったらどんなに幸せなんだろうと思ったよ」
華side「ああ、そうだね。生活を支えてくれたとはいえ、父を失った傷は癒えない。事故の犠牲になったのに隠蔽されて、父は世間からひっそりといなくなったんだ。簡単に許すことは出来ないよ」三上の瞳には、神宮寺家に対する根深い憎悪が宿っていた。彼の口から語られた話は、私に新たな衝撃を与え続けていた。三上のことを酷く憎んでいたが、もしこの話が本当だったら……。私にしたことを許すことは到底出来ないが、心の底から恨むことも出来なかった。彼の狂気は、神宮寺家という闇が生み出した悲劇の産物だったのかもしれない。「君の父上も、事故の件があって負い目があるのか、僕にはあまり強く言えないところがあってね。遠慮がちなところもあったんだけど、それが余計に、当時のことを思い出させて憎かった。家族を失った僕たちを単なる援助としてではなく、家族として向かい入れて欲しかった。最初、華に近づいた目的はそのためさ。」専属医として神宮寺家に入り、そこからずっと優しく見守ってくれていた三上。私の妊娠が分かってから、いつも側で寄り添い助けてくれていたが、それらの行動すべてに裏があってのことだったという事実に、私は衝撃と寂しさで胸が押しつぶされそうだった。「そう、だったのね。私を助けてくれたのも、側にいてくれたのも、神宮寺家の娘だったから?利用できると思ったの?」私は涙を目にいっぱい溜め、声を震わせながら三
華side「……まさか、トラックは命を狙ってわざと事故をおこしたというの?」三上は、冷酷な笑みを浮かべた。その瞳は、神宮寺家に対する根深い憎悪を宿していた。「そうだ。そして命を狙われていたのは僕の父じゃない。華、君のお母さんだ。」「私のお母さん……?でも、父は、母は私が幼い頃に病気で亡くなったって」「その方が都合が良かったからそう説明したのだろう。君のお母さんも、君と同じように過去に命を狙われたんだ。そして犠牲になった。」これまで信じて疑わなかったことが、音を立てて崩れていく。母は、私が幼い頃に闘病の末亡くなったと聞いている。小さかった私は、それ以上聞いておらず、詳しい病名も知らなかった。「事故があった日、君のお母さんの隣に父は座っていた。そして、トラックが後部座席にぶつかって二人は命を落としたんだ。その時の運転手は、花村さんだよ。花村さんは運転席にいたから奇跡的に助かったんだ。」「花村が―――――?」花村は、物心ついた時から私専属の運転手をしてくれている。いつも、実の娘に向けるような温かい眼差しで見守ってくれ、玲に居場所が見つかり長野の別荘に移る時も、七年ぶりに父と再会した時の運転手も花村だった。
華side「どんな場所で、どんな風にぶつかって、誰が犠牲になったかは?君は、神宮寺家の人間でありながら、そんなことも知らないのか」「私は、あなたと付き合うまで事故のことは知らなかった。あなたがお父様のことをあまり話したがらないから、この前、父が別荘に来た時に聞いたの。」父が話していた言葉と、あの時の表情を思い出しながらゆっくりと口にする。「父は、トラックが衝突してあなたのお父様が犠牲になった、と言っていたわ。だからてっきり信号無視や荒い運転をしていたトラックが、あなたのお父様の運転していた車とぶつかったのだと思っていたわ」「……都合の悪い話は、最初からなかったことにするってことか」三上は冷たい目で私を見下ろしながら、さらに衝撃的な事実を告げた。「いいかい、まず父は車の運転をしていない。それどころか父は免許すら持っていなかったんだよ」「……どういうこと?免許を持っていなかったって、それなら誰が運転していたというの?」状況が飲み込めない私は、必死で言葉を紡いで三上に投げかけた。この真実から目を背けることはできなかった。「華は