LOGINピーンポーン
実家を飛び出して数日が経ち、私の元へ思いがけない訪問者が訪れた。
「花村……?」
インターホンに映っているのは、運転手の花村だった。花村は、実家にいたときに私の専属の運転手をしていた。
出るべきか迷っていると、もう一度インターホンがなり今度はカメラ越しに文字が書かれたメモが映し出された。
『私は一人で来ています。どうか信じて開けて頂けると嬉しいです。』
施錠を解除し花村を中に迎え入れた。
「華お嬢様、突然申し訳ございません。解除して下さりありがとうございます。」
「いいのよ。花村、一体どうしたの?」
「実は、旦那様より華お嬢様を長野の別荘へお連れするよう言われまして。別荘でしたら家政婦もいますし、ベビーシッターも新たに雇いましたので、お嬢様だけでなく産まれてくるお子様たちのお世話もできるように整えてあります。」
華side二人が見たかったイルカのショーや、愛らしいペンギンと幻想的なクラゲ、そして巨大な水槽にいる色とりどりの魚を見て、子どもたちの興奮は止まらず、なかなか帰ろうとしなかった。瑛斗も終始笑顔で子どもたちと手を繋いで歩いたり、解説パネルを読んで聞かせたりしていた。閉館の午後五時までたっぷりと遊んで、外でご飯を食べて午後八時前に家についた。「今日はありがとう、本当に楽しかったよ」「え、瑛斗、今日も帰っちゃうの?まだ一緒にいようよ」「遊び足りないよ。明日も休みだから大丈夫」瑛斗が帰ろうとすると、子どもたちは必死に引き留めようとしている。瑛斗は少し困りながらも前回私がしたように説得を続けた。「でも、もう寝る時間だろ?実はこのあとどうしても外せない用事があるんだ。それに明日も朝早いから帰らないといけないんだ。ごめんな。また今度遊ぼう」「……また遊んでくれる?」「ああ、もちろんだ。また遊びに行こう。約束だ」「うん、約束!」子どもたちは納得したようで、頬を膨らませながらも瑛斗の手を離した。午後八時半、瑛斗は子どもたちと次に会う約束をして、車に乗り込
華side「ねえ、瑛斗はまだ?あと何分?」「いつ来るの?早く行こうよ!」着替えを終えた子どもたちは玄関前で外を覗きながら、瑛斗の車が到着するのを心待ちにしていた。この日は、土曜日の休日。子どもたちの希望で水族館に行く約束をしていた。瑛斗の車に乗れることも、一日遊べることも楽しみで三日前から指折り数えていたと。「僕、絶対イルカのショーをみたい!一番前の席がいい!」「私はペンギン!あと、クラゲも見たい!」はしゃいでいる子どもたちを見て、私も動きやすいパンツスタイルとスニーカーにして準備は万端だ。瑛斗:あと5分くらいで着く連絡が来て、ガレージで待っていると、家の駐車場に瑛斗の白いSUV車が滑らかに入ってきた。「お待たせ。遅くなってごめんね」運転席から降りた瑛斗は、仕事の時とは違ってハードワックスでセットをしていない髪にキャップとTシャツに細身のパンツ姿にサングラスとラフな格好をしていた。普段、スーツにシャツとネクタイ姿を見ることが多かった子どもたちは、いつもと違う雰
空side「それにしても、なんで今になって部門の収益を聞いてきたんですか?過去のデータを見れば一目瞭然なのでは?」成田の質問には不満と警戒が混じっていた。「それにチェックをするのなら実際に処理を行っていた僕らが互いをチェックするのではなく、第三者に見てもらった方が客観的に見れるのでは?」松本も続けて言葉を選びながらも反論している。「ああ、二人の言う通りだ。実は、社長が『ある問題』を懸念されていてね。徹底的に洗い出すようにと強く言われている。しかも急ぎでやって欲しいとのことだ。そのため、元々の内容が分かる君たちにしか頼めないんだ。力を貸してもらえるか」「問題ですか?それはどんな内容でしょう?」「ある問題」という言葉に成田が反応してすぐさま聞き返してきた。松本も息をのんで僕からの返答を待っている。「申し訳ないが、それは僕からも詳しく話せないんだ。実際に君たちがまとめた資料を見て、社長が直接整合性を確認するらしい。あとこのことは私たち三人だけで進めるから、他のメンバーには話さないでくれ。資料の取り扱いにも気を付けてくれ」ただならぬ空気を察して二人は頭を小さく縦に振ったが、その表情は蒼白だった。互いに顔を見合わせるその瞬間、二人の間に明確な不信感が
空side「成田くん、松本くん。少しいいかな」この日、俺は二人を呼び出して、それぞれ新しい仕事をお願いすることにした。玲さんとの繋がりについてはまだ分からないから危険人物ではあるが、このまま本性を出してくるのを待っているだけでは時間ばかりが経過してしまう。これは小さな賭けだった。二人の前に、新しいファイリングボックスと監査に必要な資料を広げた。「社長に、君たちが以前いた部門の収益の詳細に確認して欲しいと言われてね。実際に処理を行っていた君たちが確認をするのが最も適任だと思ったんだ。お願いできるかな」「分かりました……。自分が処理した内容を見返せばいいのですね」松本が、いつものように慎重に言葉を選んで確認してきた。「ああ、そうだ。だが、今回はチェックの意味合いも兼ねて、以前やっていた業務内容を互いに確認しあって欲しい。つまり成田くんは松本くんがやっていたことを。松本くんは成田くんがやった処理について整合性を見てもらえるかな?」俺の提案に、二人の間に明確な緊張が走った。「えっ……自分がやっていたこととは違う内容を確認するということですか?」
瑛斗side翌日、出社してしばらくすると彩菜から昨日のお礼の電話が入ってきた。電話口から聞こえる声は、落ち着いているがどこか含みを持っている。「一条社長、昨日の会食、ありがとうございました。父も一条社長とゆっくりお話が出来て喜んでいましたわ。是非、今後とも友好的なお付き合いをお願いしたいですわ」「……ご丁寧にありがとうございます。いえいえ、芦屋グループとは何かしらのカタチで事業でご一緒できればと思っていますので、また情報交換など出来れば幸いです」彩菜の言葉に、今回のリゾート事業での提携は見送りたいこと、そして会うのは情報交換であくまでもビジネスとしての付き合いだと線引くように答えると、俺の意図が分かったようで、彩菜のクスクスと笑う声が聞こえてきた。「一条社長ってハッキリと物事を仰るのですね。私は、回りくどい方よりも好きですが」「そういうつもりでは。提携するのなら、既存事業に乗っかるのではなく一から創出した方がお互いの強みや利点を生かせると思ったまでです」苦し紛れだが俺がそう言い訳すると、それ以上は言及してこなかった。俺の拒絶を理解しつつも動じない冷静さを彩菜は持っていた。「まあ、いいですわ。今日は、それとは別件で話がありまして。海外富裕層ビジネスのけん引役として注目されている王氏の有料講演会
瑛斗side「そうなりますと、ホテル事業についても芦屋グループを普段から利用している層を中心に展開していくのも一案になると思います。芦屋の子ども向けサービスや接客対応は評判がいいですので、宿泊も芦屋なら安心と思っていただける、かつ再利用しやすい価格帯で最初は展開するのがいいかと」俺が展開しているリゾートホテル事業は、海外富裕者向けで一泊二日で五万円以上する。食材にもこだわっており、料理人は都内の一流ホテルで料理長を務めていた人をヘッドハンティングしてきたのだ。原価率は高くつくが、その分宿泊費をプレミアム価格にすることで採算をとっている。要するに芦屋とは全く逆の営業展開だ。「我々の店舗を利用してくれている客層ですか。実は新規顧客層の開拓を狙ってリゾートホテル事業に興味を持ったんです。ここなら富裕層を取り込むことが出来る」芦屋会長の戦略は、言っていることは分かる。富裕層は客単価が高いため、数をたくさんこなさなくても利益が出るため旨味は多い。うちと組むことで芦屋はリゾートホテルにも食材やメニューの提供をしているとなれば、その名前に箔がつくだろう。一方の一条グループは、安さ重視の芦屋と組むことは、現在展開中のハイクラスホテルのブランドイメージを崩しかねない。提携をするのなら、想定顧客をミドルクラスに落として、今とは違う場所で展開した方が良さそうだが、それでは新たなブランド構築が必要になり、コストがかさむ。







