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第2話

作者: 金魚の記憶
父が一般病棟に移った日、玲司が看護計画を持ってきた。

几帳面すぎるくらいだ。服薬の時間、リハビリの予定、食事制限、それに介護士のシフトまで、全部書き込まれている。

彼はファイルをベッドサイドの棚に置いた。

「リハビリテーション科の部長に話を通してある。明日、会診に来てくれる」

父は目を覚ましたばかりで、口元がまだ少し歪んでいて、言葉もはっきりしない。

「玲司くん……苦労かけて、すまないな……」

玲司はわずかに身をかがめた。

「お父さん、どうかお大事になさってください」

人当たりもよく、気配りもできる。誰が見ても、非の打ちどころのない婿候補だった。

――汐音さえいなければ。

昼、汐音がフルーツの詰め合わせを提げてやってきた。アイボリーのニットワンピースを着ていて、顔は青白く、手首にはまだ病院のリストバンドが巻かれている。

部屋に入るなり、真っ先に玲司の方を見た。

「わたし、タイミング悪かったかな……」

玲司は手にしていたコップを置いた。

「まだ本調子じゃないのに、何しに来たんだ」

汐音はうつむいて、声はかすれていて、今にも消えてしまいそうだった。

「日和さんのお父さんが目を覚ましたって聞いて、いてもたってもいられなくて……あの日、わたしのせいじゃなかったら、玲司くんだって……」

言いかけて、目が赤くなった。

父はわけがわからず、慌てて手を振った。

「いいから、いいから。泣かなくていいよ」

私は窓際に立ったまま、彼女がフルーツの詰め合わせをテーブルに置くのを見ていた。中には輸入物のブルーベリーが入っている。

父には食べさせられない。玲司はちらりと見て、汐音の代わりに説明した。

「汐音だって、わざとやったわけじゃない」

私はフルーツの詰め合わせを持ち上げ、入り口にいた介護士に渡した。

「すみません、ナースステーションに配ってもらえますか」

汐音の顔が一瞬、こわばった。

「日和さん、まだわたしのこと嫌ってるの……?」

玲司が私を見た。その視線は素っ気なかったが、はっきりと釘を刺すものだった。

――汐音に恥をかかせるな。

昔の私は、こういう視線が一番怖かった。彼にわきまえがないと思われるのも、大げさだと思われるのも、怖かった。だから何度も、我慢してきた。

汐音が夜中に熱を出したときは、記念日のディナーを放り出された。彼女が雷を怖がれば、湊市の半分を横断してまで車を飛ばして駆けつけたし、「知らない医者は苦手」のひと言だけで、玲司は自らカウンセリングの予約まで入れてやった。

でも私が胃の激痛で救急の点滴を受けていたとき、彼が返してきたのはたった一言だった。

「先生の指示に従え」

私は汐音を見て、静かに言った。

「別に嫌ってなんかいない」

汐音が固まり、玲司も目を上げたが、私は構わず続けた。

「玲司を頼るのは汐音さんの自由。でも、そのたびに駆けつけるかどうかは、玲司が決めてること」

病室が一瞬、静まった。

汐音は唇を噛んだ。

「日和さん、そんな言い方されると、本当につらい……」

玲司がとうとう口を開いた。

「もういいだろう、日和」

声は荒げていなかったが、父もつられて、こちらに目を向けた。

「汐音は体調が悪いんだ。そんな棘のある言い方をするな」

父が弱々しく眉をひそめた。

「日和、わがままはよせ」

私は指先をそっと丸めた。父まで、私のほうがわがままだと思っていたのか。

玲司が近づいてきて、私を廊下へ引っ張っていった。指先は手首の骨に食い込んでいたが、力任せというほどではなく、それでも振りほどけなかった。

「お父さんが目を覚ましたばかりだってのに、病室で揉め事起こす気か?」

私は彼の目を見た。

「わたしが何を揉めたっていうの?」

「汐音はもう謝っただろう」

「あの謝り方は、自分が可哀想だってみんなに分からせるためのものでしょう」

玲司の顔が険しくなった。

「日和――前はこんなに刺々しい奴じゃなかっただろう」

昔の私は、当然そうじゃなかった。

昔の私は、彼のために理由を探してやっていた。彼はただ責任感が強すぎるだけ、汐音が壊れるのを見ていられないだけなんだと、自分に言い聞かせていた。

でも昨夜、救急救命室の外の、あの蛍光灯が一晩じゅう私を照らしていた。おかげで、ずっと見ないふりをしてきたことまで、嫌というほど見えてしまった。

汐音が病室から出てきて、壁に手をついた。今にも倒れそうだった。

「玲司くん、ちょっと目眩がする……」

玲司はすぐに私を放し、彼女の方へ歩いていった。汐音の肩を支えながら、声が急に優しくなった。

「送っていく」

言い終えると、彼はこちらを振り返った。

「ここでお父さんを見ててくれ。何かあったら電話しろ」

玲司の手のひらが汐音の肩に置かれるのを、私は見ていた。

ふと、尋ねた。

「電話したら、出てくれるの?」

玲司の眉間が、一瞬こわばった。

汐音は彼の腕にもたれて、小さな声で言った。

「日和さん、そんなふうに玲司くんを困らせないであげて……」

私は頷いた。「わかった」

玲司はほっとしたようだった。汐音を支えながら、その場を離れた。

廊下の奥でエレベーターの扉が閉まるのを見届けてから、ふと自分の手首に目を落とすと、彼に握られた跡が赤く残っていた。

薄い痕だった。きっと、すぐに消えてしまう。私が何年も飲み込んできたものと同じように。

誰にも見られず、誰にも取り合ってもらえなかった。

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