INICIAR SESIÓN一人でウェディングドレスを試着していた時、婚約者である冴島颯斗(さえじま はやと)の幼なじみ、倉橋結花(くらはし ゆか)のSNSの投稿が偶然目に入った。 【もう颯斗に頼らなくても平気になったら、少しは大人になれたってことかな?】 写真に写っていたのは冴島法律事務所だった。 仕立てのいいスーツ姿の彼女。その背後にある大きな窓には、颯斗の姿がはっきり映り込んでいた。 投稿には数えきれないほどの「いいね」とコメントがついていた。 一番上に固定されていたのは、私の婚約者である颯斗のコメントだった。 【俺が頼りないせいだな】 私はその一文をしばらく見つめたあと、静かに「いいね」を押した。 颯斗と結花は幼い頃からの付き合いだ。 大学では同じ分野を学び、性格もよく似ていて、食べ物の好みまで同じだった。 私たちが婚約して3か月。新居の内装も披露宴の準備も、すべて私一人で進めてきた。 颯斗はほとんど関心を示さない。けれど結花のこととなれば、いつ呼ばれてもすぐに駆けつける。 一緒にドレスを選ぶはずだった今日も、彼は朝から事務所にこもり、結花の案件資料を整理していた。 スマホが震え、颯斗からメッセージが届く。 【帰りは遅くなる。結花の仕事が片付くまで付き合う】 私は注文していたドレスをキャンセルすると、ホテルの担当者に電話をかけた。 「披露宴は中止にしてください」
Ver más1週間後。地方裁判所で、国際取引訴訟の判決言渡しが行われた。被告側、冴島法律事務所の主張の根拠も証拠の裏づけも完全に崩れ、資料の不正利用も認定されたため、原告側の全面勝訴となった。原告は多額の損害賠償を得たうえ、訴訟費用も被告側に負担させることができた。判決書を受け取った瞬間、私は原告側の主任代理人として、柊涼音の名で業界に自分の実績を取り戻した。その日の午後、橘総合法律事務所の公式サイトがシニア・パートナーの一覧を更新した。私のプロフィール写真は、最前列の中央に掲載された。経済誌や法律専門メディアは、相次いで見出しを掲げた。【3年間沈黙していた敏腕弁護士が復帰・前任事務所の不正を崩し、初戦で勝利】その一方で、同じ日の午後、冴島法律事務所は正式に破産手続きへ入った。資産整理の行われる中、颯斗はがらんとした執務室に座っていた。かつて「颯斗先生」と呼んでいた職員たちは、とっくに姿を消している。未払い賃金の穴埋めに、備品の多くまで持ち出していた。颯斗は清算書を手にしたが、震える指ではペンを握れない。口座の残高は、職員の最後の給与さえ支払えないほど少なかった。莫大な違約金と債務だけが残っている。追い詰められ、ビルの上から身を投げることまで考えた時、彼は新居のベッド脇に涼音が残した黒いカードを思い出した。事務所の利益配当を受け取るために使っていたカードだ。最後の望みにすがるように、彼は裁判所の封印が貼られた新居へ駆け戻り、窓を割って中へ入り、引き出しの隅からカードを見つけ出した。ATMの前へ駆け、暗証番号を入力した。私が設定していた、彼の誕生日だ。機械が作動し、画面が点灯する。残高は【0円】と表示された。颯斗はその数字を凝視し、頭の中で何かが切れる音を聞いた。本来なら、カードにはまだ資金が残っていた。過去3年間に事務所が得た利益の大半で、違約金を払い、体裁を保ったまま退くには十分な額だった。しかし私は出ていく時、その金をすべて自分の名義で引き出し、地方で暮らす少女たちの法律支援基金へ寄付していた。空のカードを残したのは、伝えるためだ。私は最後の情けさえ残してやったのに、それを自ら踏みにじったのは、目が節穴だった彼自身よ。選んだ瞬間に、彼の行き先は決まっていた。颯斗は
送別の席が終わったのは、夜10時を過ぎてからだった。ホテルの外へ出ると、いつの間にか晩秋の冷たい雨が降っていた。風に斜めに流された雨粒が、頬を刺す。車を回してもらうため玄関の庇の下で待ち、ジャケットの前を寄せた時、前方の柱の影からゆっくりと一人の男が現れた。颯斗だった。傘も差さず、全身ずぶ濡れになっている。高価な仕立て服は水を含んで体に張りつき、ぼろ布のようにしわだらけだ。髪から雫が落ち、目は赤く、顔は死人のように青ざめている。すべての尊厳を剥ぎ取られた物乞いのように、よろめきながら私の前へ来て道をふさいだ。「涼音……」声はかすれ、喉に錆びた刃物でも刺さっているようだった。私は黒い傘を開き、2歩ほど離れた場所から冷たく彼を見た。7年間で初めて、颯斗の目にあった見下すような自信が消えていた。これまでは、私が必ず許すと信じて疑わない目で見ていた。私が愛していて、離れられないと知っていたからだ。その滑稽な確信が、今は跡形もなく砕けている。「涼音、頼む……」颯斗は体裁も忘れ、すがるように私を見た。「4社の顧客に、もう一度だけ話してくれないか。俺を助けてくれ!」雨をぬぐい、絶望した顔で続ける。「事務所は業務停止になり、評判も地に落ちた。結花は懲戒委員会の調査で学歴詐称が発覚し、もう解雇されている。何も残っていない。来月の賃料さえ払えない。あの事務所は、俺たちが一緒に築いたものだろう……」私は、雨に打たれて立つ彼を黙って見た。ふと、7年前の雨の夜を思い出す。あの時も彼は全身濡れ、焼きたてのミートパイの入った箱を胸に抱え、寮の前で笑っていた。「涼音、冷めないうちに食べろ」あの頃の颯斗は何も持っていなかったが、目には光があった。時間は本当に残酷だ。熱い料理を冷ますだけでなく、人の奥にある身勝手さや欲深さを、少しずつ明るみにさらしてしまう。「颯斗」私はようやく口を開いた。冷たい雨の夜に届く声だった。「あなたは何も残っていないと言ったわね。でも、最初から何も持っていなかったのはあなたよ」彼は弾かれたように勢いよく顔を上げ、信じられないといった目で私を見つめた。私は傘の柄をぐっと握りしめ、冷徹な声で言い放った。「案件の書面を書いたのは私。顧客をつ
客席の颯斗を見つめ、私は皮肉な笑みを浮かべた。「それを愛だと思っていた。でも実際は、自分で勝手に感動して、あなたを救っているつもりになっていただけの、愚かな自己犠牲だったのね。今日は、私のものをすべて自分の手に戻す。この席は、7年間の時間と、見る目のなかった過去に、私自身で区切りをつけるためのものです」「柊涼音!」颯斗はついに耐えられなくなった。前にいた人を押しのけて壇上へ上がり、私の手首をつかむ。手が激しく震え、声は恐怖で裏返っていた。「何を言っているんだ!婚約はまだ解消していない!招待状にも披露宴と書いてあるだろ。こんなことをしていいと思っているのか!」私は握られた手首を見た。抵抗はせず、ただ一言だけ告げる。「放して」颯斗は手を放さず、むしろ強く握り込んだ。目を赤くして、すがるように言う。「涼音、もうやめてくれ。みんな見ているんだ。怒っているなら家で話そう。事務所にはお前が必要なんだ……」私は空いた手を振り抜き、彼の頬を平手で打った。乾いた音が、静まり返った会場に響き渡る。颯斗の顔が横を向き、手が緩んだ。私はポケットから折りたたんだ紙を取り出し、全員の前で彼の顔へ投げつけた。ひらひらと舞い落ちたその紙は、一枚のコピーだった。「そこに書かれている文字をよく見て。それは『婚約解消通知書』よ」私は冷ややかな視線で彼を見据えた。「そこにはあなたの直筆のサインがある。3日前、あなたはこれをただの紙くず扱いしたけれど――今日、これは法的効力を持つ正式な文書なのよ」私は小型のリモコンを押した。背後の大きなスクリーンがゆっくり下り、画面が点灯する。そこに映し出されたのは、結花が投稿したSNSの投稿だった。【もう颯斗に頼らなくても平気になったら、少しは大人になれたってことかな?】事務所で特注スーツを着た彼女が、勝ち誇ったように立つ写真。その中で、颯斗の固定コメント【俺が頼りないせいだな】が赤い丸で拡大されている。続く画面には、冴島法律事務所が私の起案を不正利用し、作成者名を書き換えたことをめぐる懲戒調査開始の通知が表示された。会場にどよめきが広がる。さっきまで小声で話していた客たちは、颯斗と結花へ露骨な冷笑を向け始めた。「自分の婚約者に働かせて、別の女にいい
木曜の夕方。グランドロイヤルホテルで最も大きな宴会場。シャンデリアの光がきらめき、落ち着いたクラシック音楽が流れている。シャンパンタワーには、金色の光が揺れていた。颯斗は時間どおりに姿を見せた。目の下の疲労は隠せないが、髪を整え、高価な仕立て服に身を包んでいる。その後ろから、念入りに着飾った結花が入ってきた。今日の彼女は、その装いに相当な金をつぎ込んでいた。身につけているのは、私が半年以上かけてデザインに関わり、のちに未練なくキャンセルした特注のウェディングドレスだった。裾にあしらわれた細かなストーンが照明を受けて輝く。結花は颯斗の腕に手を絡ませ、顎を少し上げた。「颯斗、こんなに豪華に飾ってある。涼音さんは、やっぱりあなたを諦められなかったんだね」彼女は声の端々に隠しきれない優越感を滲ませて、小声で囁いた。「あとでこのドレスで入場すれば、事務所の人たちもみんな、私が一番大切にされているってわかるよ」颯斗は眉を寄せたが、答えなかった。事務所の業務停止で数日間ほとんど眠れていない。それでもここへ来たのは、わずかな期待が残っていたからだ。涼音がこれほど大がかりな席を用意したのは、7年の情をまだ断ち切れず、このやり方で俺に心を入れ替えさせ、彼女のもとへ戻るための口実を与えようとしているからだと思っていた。今日、涼音の機嫌を直せば、事務所の危機も、クライアントの解約も、まだ取り戻せるかもしれない。だが、優雅に振る舞いながら会場へ足を踏み入れた瞬間、颯斗の顔色が変わった。何かがおかしい。白いクロスのかかった円卓を見渡すと、冷や汗が一気に噴き出した。本来なら別室の隅にいるはずの私の両親が、中央のメインテーブルに座っている。そればかりか、メインテーブルに座っているのは、私の恩師であり、法曹界の重鎮でもある近藤正造(こんどう しょうぞう)先生、橘総合法律事務所のシニア・パートナーである宗人、そして……つい先日、颯斗へ契約解消を通知したあの主要クライアント4社の代表たちだった。颯斗の事務所のスタッフは一人もいない。颯斗のろくでもない友人の姿もない。結花が呼んだ「親友グループ」の姿もなかった。会場にいるのは、私が業界で築いてきたトップクラスの人脈と、私の家族だけだった。司会者が準備していた「幼