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第2話

Auteur: zhuci
晏人が家に帰ってきたとき、桃恵はすでに退院しており、窓辺で静かに本を読んでいた。

「ごめんね、桃恵。出張が本当に忙しくて、急いで帰ってきたんだけど、お前の誕生日も、俺たちの記念日も間に合わなかった……」

晏人はスーツの上着を脱ぎ、桃恵のそばへ歩み寄って、優しく彼女を抱きしめた。

「これが最後だって約束するよ。これからは、どんなに忙しくても、大事な日には必ずお前のそばにいるって誓う。

桃恵、怒らないで、な?」

桃恵の心には冷たい笑いが浮かぶ。彼女は目を閉じ、彼の体から秦野悠香(はたの ゆうか)の香水の匂いを嗅ぎ取り、思わず吐き気を覚える。

悠香を連れての出張なら、それは忙しいはずよね。

でも、もうそんなことはどうでもいい。

桃恵は晏人をそっと押しのけ、平静な声で彼を見つめた。

「別に、気にしてないよ」

晏人はほっと息をつき、上品な黒いベルベットの箱を取り出して桃恵に差し出した。

「桃恵、これ、お前へのプレゼント。気に入ってくれたら嬉しいな」

箱を開けると、中には腕時計がひとつ。

パテックフィリップのグランドマスター・チャイム。お値段3,100万ドル、世界限定7本。

「スイス時計って、精密の象徴だろ?すべてのパーツがぴったり噛み合って動く。それって俺のお前への想いと同じなんだ」

晏人は丁寧に桃恵の手首に腕時計を嵌めていく。彼が口にする愛の言葉も約束も、桃恵にはもう何の感情も湧かない。

彼女は静かに立ち上がり、手術同意書と別れの手紙を入れたギフトボックスを取り出して、晏人に手渡した。

「これ、私からの誕生日プレゼント」

晏人は驚きと喜びで顔を輝かせ、すぐに開けようとしたが、桃恵がそれを制した。

窓からの光が彼女の痩せた頬を照らし、その横顔はどこか儚く、美しかった。

「誕生日の日に開けて。ちょうど一ヶ月後」

晏人は彼女の髪を撫で、愛しげな眼差しで微笑む。

「分かった。全部桃恵の言う通りにするよ。誕生日まで大事に取っておく。ありがとうな、ハニー」

その嬉しそうな顔を見ても、桃恵の笑顔は目に届かない。

晏人、あの夜あなたが私にしたこと、誕生日に思い出すといい。

そのとき、あなたはまだ嬉しそうにしていられるの?

翌日、城ヶ崎家は浜市中の名士を招いて、最大の屋敷を貸し切り、桃恵のために盛大な誕生日パーティーを開いた。

庭には桃恵の好きな赤いバラが一面に咲き誇り、宴会場もバラの花びらで埋め尽くされていた。誰もが晏人の桃恵への愛と大切にする気持ちに感嘆していた。

「城ヶ崎家が昔からの付き合いで桃恵を引き取ったって言っても、ここまで大事にはしないわよ。やっぱり晏人が彼女を溺愛してるから、こうして城ヶ崎家でも大切されてるのよ」

「本当よね。あの目線、十八歳のときに告白したときと全然変わってないじゃない」

「七年前も見せつけられたけど、七年経ってもまだラブラブだなんて……」

羨望の言葉が桃恵の耳にも届くが、彼女は城ヶ崎家の顔を立てて、静かに微笑むだけだった。

彼と自分の愛なんて、バラの花びらみたい。今は綺麗だけど、すぐに枯れてしまう。

宴の間、晏人は桃恵が酔わないようにと、積極的に彼女の酒を引き受けた。

誰かが桃恵に話しかければ、彼はすぐそばで静かに頷き、細やかにフォローする。視線をずっと彼女に注ぎ、まるで影のように寄り添い続けた。

バッグを持ち、エビを剥き、魚の骨を取る……細やかな気遣いも完璧だった。

本当に、芝居の天才だ。あまりに完璧な演技すぎて、浮気なんて自分の勘違いかもって、一瞬思いそうになる。

「本当にお似合いのお二人ですよね。もう結婚は?」

「そうそう、結婚式には絶対呼んでくださいよ!あなたたちが一緒に育ってきたの、私たちずっと見てるんだから!」

晏人は桃恵の手を握り、にこやかに答える。「もちろん。でも、結婚より先に、俺の桃恵には人生で一番盛大なプロポーズを贈らなきゃ」

桃恵は隣で微笑むけれど、内心はもう疲れ切っていた。

初めて晏人の恋人として城ヶ崎家の宴に出たときも、みんなが理想のカップルって誉めてくれた。

晏人は肩を抱き、茶化すように言った。「こんな彼女がそばにいてくれるなんて、俺、きっと前世でよっぽどいいことしてきたんだろうな。桃恵じゃなきゃ、俺、結婚なんて考えられないよ」

あのときの桃恵は顔を真っ赤にして、彼の胸にしがみつき、何度もプロポーズを夢見たものだった。絶対に、すぐに「はい」と答えるって。

でも今は──晏人、私はもう、あなたを待たない。

宴も終わりに近づき、晏人は桃恵の手を引いてステージに上がった。ジュエリーボックスからきらめくネックレスを取り出し、桃恵の首に自ら掛けた。

「桃恵、誕生日おめでとう」

そう言って、彼はそっと桃恵の額に口づける。

会場は拍手喝采。

桃恵は胸元のネックレスを伏し目がちに見つめ、その視線の先、メインテーブルには悠香の姿があった。

彼女は暗い顔で、憎しみのこもった目でこちらを睨み、まるでその場に馴染めていない。

桃恵は口元を歪め、目に冷たい嘲笑を浮かべた。

悠香はそれに気づき、さらに顔色を悪くし、歯を噛みしめてその場を去った。

この渦巻く感情の波に、周囲の誰も気づかない。祝福の声だけが響いている。

だけど桃恵だけは知っていた。自分と晏人の愛は、もう燃え尽きて、行き止まりへ辿り着いてしまったのだと。

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