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第4話

Author: ガブリン
夏希はふっと笑った。

――そうか、そういうことだったんだ。

真実は、あまりにも残酷すぎた。

彼女はなんとか自分を奮い立たせて立ち上がり、その場にいた全員を通り過ぎて出口へ向かった。

「夏希、どこへ行くんだ?」啓介が声をかけた。

夏希は振り返らずに言った。「叔父さんも、私が千春に嫉妬して、彼女を突き飛ばしたって思ってるの?」

啓介の声は淡々としていた。「千春に謝ってこい。あの子は優しいから、すぐに許してくれる」

その言葉を聞いた夏希は、無言で歩き去った。

「夏希!」啓介の声に苛立ちが混じた。「わがままもいい加減にしろ!」

夏希は、言い返したい気持ちを抑えた。

――私は、わがままなんか言ってない。

そもそも、わがままを言う権利すら、私にはなかった。

誰も本気で私を愛したことなんてなかった。

そう、今さら何を説明しても、誰も信じはしない。

みんな「千春は天使」「夏希は悪女」と、最初から決めつけている。

背後から、母――琴子の怒鳴り声が響いた。

「啓介さん!呼ばないで!そんな恩知らずの裏切り者、うちに置いておく価値なんてないわ!」

ショッピングモールを出た夏希は、まっすぐジュエリーショップへと向かった。

「いらっしゃいませ、お探しのものはございますか?」

夏希は左手の薬指にはめられた指輪を外して、差し出した。

「これ……溶かしてください」

店員は目を丸くした。

「えっ?この指輪、かなり高価なものですよ?内側に刻印もありますし……『KSK love NAN』?」

KSK love NAN。

指輪の内側に掘られていたのは――啓介が南ちゃんを愛している、という証だった。

それは、夏希が成人を迎えた誕生日に贈られたものだった。

純プラチナの婚約指輪。

あのとき、彼は言った。

「今日で、俺の南ちゃんもやっと成人した。もう他の誰にも渡さない。最初に手を打っとくよ」

その言葉と共に、海辺での花火、甘いキス――

胸が、締めつけられた。

夏希の誕生日は、当然ながら千春の誕生日でもあった。

……そうか。

啓介が「誰にも渡さない」のは――私じゃなく、千春だったんだ。

「南ちゃん」と呼ばれて舞い上がっていた自分が、どれだけ滑稽だったか。

あんなに大切にして、左手の薬指にずっと着けてきたのに。

いつか彼の正式な妻になれる日を夢見ていたのに。

「お客様、こちら婚約指輪ですよね?刻印もありますし、きっと特別な意味が……本当に溶かしてしまってよろしいんですか?」

夏希は目を閉じ、深く頷いた。「ええ、お願いします」

「では、溶かしたあとジュエリーに作り直しますか?指輪でもブレスレットでも、いろいろデザインが選べますよ」

「……いえ、いりません。溶かしたら、そのまま返してください」

「えっ?それじゃ、ただの銀色の塊ですよ?」

「それでいいんです。お願いします」

その時――

スマホが震えた。

表示された名前は【叔父さん】。

……少し迷った末に、夏希は応答ボタンを押した。「……はい」

「どこにいる?」

「……ちょっと、外に出てるだけ」

「場所を教えて」

「なんで?」

「迎えに行く」

「……」

「夏希、さっきは千春が近くにいたから、咄嗟に手を伸ばしただけなんだ」

「……」

「ねえ、もう怒るなって。来月に時間作るから、一緒に海外行こう。調べたんだ、ラスベガスならパスポートさえあればすぐに結婚できる。手続きも10分で終わるんだ。行こう、ふたりで」

――来月?

もう来月なんて、ない。

あと十日。夏希が注文したアンドロイドは完成される。

そしてその日を境に――

啓介との関係も、永遠に終わるのだ。
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