「莉子、決めたよ。ひとりで無人島に行って暮らすつもり」電話の向こうは、南条夏希(なんじょう なつき)の一番の親友――北原莉子(きたはら りこ)だった。莉子はその言葉を聞くと、ようやく安堵したように息をついた。「やっと決心ついたんだね。あの人ときっぱり別れるって?」「うん」「あんなに長い間、隠れて付き合ってたのに、結局なにもしてくれなかったじゃない。あんたにはずっと言ってたんだよ?早く別れなって。……でもさ、ひとりで無人島なんて、本気?危なくない?もしよかったら、私も一緒に」「大丈夫」夏希が答えた。「一緒に来てくれる人は、もういるから」電話を切った後、夏希はスマホを持った手をだらりと垂らし、試着室のドアに力なく背中を預けた。明かりは点けていない試着室に、静寂と闇が彼女の心をそっと包み込んでいた。扉に手をかけて出ようとしたその瞬間――不意に、誰かの厚い胸板にぶつかってしまった。次の瞬間には、夏希がその男の腕の中に引き戻され、狭い試着室の中へ押し込まれていた。そして、迷うことなく唇を奪われた。思わず声を上げそうになった夏希だったが、その前に低く魅惑的な声が囁いた。「まさか、俺のことも忘れたのか?」――その声で、夏希の全身が硬直した。男は彼女の顎を優しく掴み、唇にもう一度、名残惜しそうにキスを落とした。「俺の名前を呼んで」夏希は視線を逸らしながら、しばらく黙ったあと、搾り出すように言った。「……叔父さん」その言葉を聞いてようやく、高峰啓介(たかみね けいすけ)は満足そうに微笑んだ。夏希の腰を引き寄せ、頬へと優しく口づけた。「今夜、うちに来ないか?」夏希はすぐに啓介を突き放し、慌てて距離を取った。「無理……風邪ひいちゃって、すごく眠いの。今日は早く帰って寝たい」「じゃあ、明日は?」「明日もダメ」啓介は眉をひそめた。「また拗ねてるのか?」夏希は首を横に振った。「違うよ、本当に体調が悪いだけ」啓介は夏希をしばらく見つめ、それからもう一度キスをして、ようやくこう言った。「わかった。ちゃんと休めよ。今回は見逃してやる」夏希は顔を上げた。目の前にいるのは、彼女が五年間も想い続けてきた男だった。彼女の本当の父親は幼い頃に他界した。五年前、母が再婚し、彼女と姉
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