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誠の祖母が手を上げると、少し離れた場所から、いつもそばに控えている使用人が歩み寄り、私に関するすべての資料を差し出した。「私は雪乃ちゃんが名家の令嬢じゃないことも、家柄や過去も全部知っているよ。でも、そんなことは気にしていないから。私も、孫もね。だからお嬢さん、この二人を連れて帰りなさい」「え?」雫は顔色を変え、笑みを引きつらせた。「そんなはずありません。大奥様、最初から知っていたなら、どうしてお孫さんを彼女と結婚させたんです?詐欺師ですよ、身元だってあんなに汚れているのに、どうして受け入れられるんですか?」誠の祖母は、はっきりと言った。「人がいい。心も優しい。それだけで十分だよ」私は思いもよらない言葉に、鼻の奥がつんと痛み、涙がぽたぽたと手の甲に落ちた。ここ数日で聞いた中で、いちばん胸を打つ言葉。「言っただろ。お祖母様は全部知ってる。黒崎家は、最初からそんなことを気にしない」誠が手を伸ばし、私の涙をそっと拭った。「大丈夫だ。もう泣かないで」彼の口調は信じられないほど優しく、私は彼を見つめ、一瞬ぼんやりしてしまった。まるで本当に、彼が私を愛していて、本気で妻にしようとしているみたいだった。その甘い夢に浸っていると、私の両親がまた口を開いた。「大奥様、私たちは本当に雪乃の親です!」「そうですね。あなたたちが雪乃ちゃんを嫌わないなら、これからは親同士になるわけでしょう」「雪乃ちゃん、あなたはどう思う?」誠の祖母が私を見た。「私たちは、あなたの決断に従うよ」「おばあさま、私はもうとっくにこの人たちとは縁を切っています。この人たちは、私の親ではありません」私の言葉が終わるや否や、父は怒りで殴りかかろうとしたが、ボディーガードに止められた。「この恩知らず!そんなことまで言うのか!俺たちがいなければ、お前は生まれてもいないだろ?今の生活だってないんだろ!」「今の私があるのは、自分の力なのよ」私は深く息を吸い、気持ちを落ち着けて言った。「この二人を連れ出してください。もう顔も見たくありません」「聞いたね?全員連れて行きなさい」誠の祖母の一声で、雫と両親はすぐに外へ追い出された。迅も同じように、会場の外へ押し出された。彼は私を見つめ、悔しさを隠しきれなかった。「ダメだ、雪
再び彼らを目にした瞬間、頭が割れるように痛み、足に力が入らず、立っているのがやっとだった。「誰なの、あの人?いきなり入ってきて、新婦が詐欺師だなんて」「さあ……聞いた話だと、新婦の出身があまり良くないらしいよ、田舎出身なんじゃない?」「そこのお嬢さん、あなたはどなたなの?」誠の祖母は眉をひそめ、顔を強張らせて歩み寄った。「もし雪乃ちゃんの友達で、式に参列されるのでしたら歓迎するが、騒ぎを起こしに来たのなら、ただではすまないわよ」「大奥様、私は騒ぎに来たんじゃありません。雪乃の本性を暴きに来ただけです。ずいぶん親孝行な娘だよね、結婚なのに実の親を呼びもしないなんて。何?刑務所を出たばかりの親が恥ずかしくて、人前に出せないの?」雫の声は鋭く耳障りで、、会場にいる全員の耳にはっきり届いた。「え?新婦の両親って、刑務所から出たばかりなの?」「黒崎さんが、どうしてそんな女を好きになるんだよ?」「こんな身の上で、黒崎家にふさわしいわけないでしょ。きっと黒崎さんも彼のおばあさんも、この女に騙されてたのよ」周囲の囁きを聞き、誠の祖母の表情は次第に険しくなっていった。雫はさらに声を張り上げた。「あら、お二人とも、ちゃんと話してくださいね。こんな良い娘が、どうして結婚にあなたたちを呼ばなかったの!」母は私を睨みつけ、指を突きつけて罵った。「この死に損ない!人から聞いたわよ。自分のことを名家の令嬢だって言いふらして、私たちの代わりに偽物まで用意したんですって?なんて親不孝なの!親まで他人に演じさせるなんて!」父は泣き喚くように訴えた。「このバカ娘!やっとの思いで育て上げたのに、結婚式にも呼ばないなんて!俺たちが強盗なんてしたのは誰のためだ?お前を養うためだろ?まさかお前がこんなに恩知らずだとは思わなかった!まさか俺たちを嫌うようになるとはな!」二人のあまりにも白々しい顔を見て、私は唇を強く噛みしめ、涙が止めどなく溢れ出た。どうして私は、こんなにも吐き気のする両親を持ってしまったの?「大奥様、今の話、はっきり聞こえましたよね?この女はろくな人間じゃありません。あなたの孫だけじゃない、神谷迅だって彼女に騙されてたんです。ついこの前まで知らなかっただけで!だから彼女は離婚して、すぐ黒崎さんに
私は目を見開いた。――いくら?三億?これで「多くない」?迅と結婚した時、神谷家は一円だって出さなかった。それでも私は文句ひとつ言わずに嫁いだのに。「おばあさま、これは……さすがに多すぎませんか?」「多い?全然多くないわよ」誠の祖母は目尻に皺を寄せて笑った。「あなたがお嫁に来てくれるのは、誠のほうが幸せなの」「結婚式は明後日にするからね、雪乃ちゃん。誘いたい友達や親戚がいるなら、早めに連絡しておきなさい」「そんな誘いたい人はもいません。おばあさま、すべてお任せします」おばあさまは嬉しそうに何度も頷いた。「はいはい!それでいいの。あなたたちの結婚式が終わったら、もう思い残すことはないわ」結婚式のことは、誰にも知らせていなかった。けれど誠の結婚となれば話は別で、マスコミに嗅ぎつけられ、すぐにネットの話題になった。当然、迅も目にしたはずだった。その間、迅は何度も私に会いに来たが、すべて誠のボディーガードに止められた。私はずっと本邸でおばあさまに付き添い、誠と顔を合わせないようにしていた。結婚式当日。誠の祖母は「形だけでいい」と言っていたが、式はそれでも盛大だった。会場には、すでに財界の名士たちがずらりと席についている。式が始まる前、ホテルの化粧室で、鏡に映る美しき自分を見つめながら、ふとぼんやりとした気分になった。これらがすべて偽物だと分かっていながら、なぜ私はまだいつか本当の幸せを得られることを願ってしまうの?三年前、迅と結婚した時、私は離婚するなんて一度も考えていなかった。彼は、暗く腐りきった私の人生を照らす光だと信じていた。けれど現実は、彼が私をさらに深い地獄へ引きずり込んだだけだった。ようやく地獄から這い上がった今、私はもう簡単に誰かを信じたりしない。誠との結婚は、ただの取引。私は絶対に勘違いしない。余計な期待もしない!「皆さま、ご準備ください……まもなく挙式が始まります……」宴会場から司会者の声が聞こえ、私は椅子から立ち上がって出ようとしたが、突然携帯が振動し始めた。【バカ娘、今日出所したぞ。迎えにも来ねえのか?】【今日は結婚だって?親を呼ばない気か?金持ちに嫁いで親は捨てたか?俺が見つけたらぶっ殺すぞ】【高級車よこせ。式に連れて行け。じゃなきゃ覚悟
帰る途中、私たちは一言も交わさなかった。ふと彼の方を見ると、誠は眉を強く寄せていて、重たい考え事を抱えているようだった。誠はあまり笑わない。少なくとも、彼のそばにいたこの数日間、私は一度も彼の笑顔を見たことがなかった。ときどき、少し気の毒だと感じることがある。社員たちは皆彼を尊敬しているけれど、誰も気軽に近づこうとはしない。どこへ行っても、彼はいつも一人でいるように見えた。「着いた」私の新しく借りたマンションに着くと、彼は自ら降りて助手席の前に歩み寄り、私のためにドアを開けてくれた。「早めに休め。明日の午前は会社に来なくていい、ゆっくり休んで」「ありがとうございます」肩に掛けていた上着を脱いで返そうとすると、彼は受け取らずに言った。「そのまま着て。風、強いから」そう言って、彼は車に戻った。なぜか、その孤独で寂しそうな背中を見た瞬間、頭が熱くなった。「……いいですよ、黒崎社長。結婚しましょう」彼はドアを握る指を急に強く握りしめ、心臓が何かで殴られたように跳ね上がり、息さえも一瞬止まった。誠はゆっくり顔を上げ、私を見た。声は落ち着いていたが、わずかに震えていた。「……分かった。明日の午後一時、ここに迎えに来る。市役所に行くから、必要なものを用意して」「はい」私は頷き、彼に向かって小さく笑った。「気をつけてください」「おやすみ」「おやすみなさい」車が走り去った後、私は深く息を吸い込み、さまざまな思いが巡った。今日の決断が正しかったのかは分からない。でも、一人の老人が最期を迎える前に安心できるなら、それも悪くないのかもしれない。翌日の午後、誠は時間ぴったりに迎えに来た。今日はいつもよりきちんとした服装で、髪もきれいに整えられている。私も赤いワンピースを選んで、おめでたい雰囲気に見えた。「……今日の君は、綺麗だな」誠がそう言ったとき、気のせいか、彼の頬がわずかに赤くなったように見えた。「ありがとうございます」車で市役所に向かう前に、先ず写真館着いて写真撮影を撮った。「新婦さん、もう少し新郎さんに近づいてくださいね。はい、そのままで!」スタッフがシャッターを切り、証明写真が出来上がった。「本当にお似合いですね、おめでとうございます!」……手
会社に戻って真っ先に誠を探しに行ったが、社長室の扉は閉まったままで、中に彼はいなかった。私は皆が帰るまで待ったのに、結局彼は戻ってこなかった。誠の秘書を務めるのは、実は迅の秘書ほど大変じゃないけれど、細かい仕事はやっぱり山ほどある。気づけば十一時前後までバタバタしていて、疲れきって机に突っ伏したまま眠ってしまった。目が覚めたとき、体にはいつの間にか上着が掛けられていた。その上着の香りは淡くて、冷たい気配を含んだシダーウッドだった。冬の夜、雪が降ったあとの松林みたいに、澄んでいて、抑えが効いていて、近寄りがたい品のよさがある。私は固まって、上着を外そうと手を伸ばした瞬間、目の前に誠が立っていた。彼は湯気の立つお茶を持っていて、私の前に差し出した。「飲んで。あったまるから」そう言うと、彼は当たり前みたいに私の向かいの椅子に腰を下ろした。「資料、何か所か間違いがあった。印つけておいた」私は慌ててパソコンに目を落とした。さっきまで散々悩んでいたポイントが、肝心なところに丸が付いているだけで、一気にほどけていく。「ありがとうございます」「こんな時間まで残って、ずっとそれ?」彼は手元のお茶を飲みながら、所作だけは相変わらずきれいだった。「いいえ、あなたを待ってました」私は机の上の箱から手首のブレスレットを取り出し、彼に差し出した。「黒崎社長、これ……やっぱりお返しします。落としたりしたら、私じゃ弁償できません」「……」誠は私を見て、黙ったままだった。「今日、おばあさまにそう言ったのには理由があるんだろうって分かってます。でも、このブレスレットは……」「俺のお祖母様は胃がんだ」誠は目を上げたとき、感情がふっと滲んだ。「末期」私は言葉を失った。あれほど元気そうだった誠の祖母が、胃がんの末期だなんて信じられない。私は口を開き、慰めようとしたが、何を言えばいいのかわからなかった。「黒崎社長……」誠が口を開き、誠実な口調で言った。「お祖母様は、俺が早く結婚するのを望んでる。葉山さんがいいなら、俺と結婚してほしい」私は湯呑みを持つ手を止め、目を見開いた。「……今、なんて?」誠は指先でカップの縁をなぞり、いつもより表情が沈んでいた。「今日、お祖母様が君に会ってから、俺に
食事を終えて店を出るとき、廊下を通りかかった私は、隅でこそこそ話している数人の店員の声を耳にした。「見た?今日はね、黒崎様が女性を連れて食事に来てたよ」「ほんと初めてじゃない?ここ何度も来てるけど、女の人と一緒なの見たの初めてだよ。女嫌いって噂だったし、何年も彼女いないって聞いてたけど、彼のおばあさん、かなり心配してたらしいよ」「それにさ、その子のために料理いっぱい頼んでたんだよ。うちで一番高いやつばっかり。デザートも山ほどで、街中の人気ケーキ屋を回って、やっと揃えたって!」「いいなあ……いつか黒崎様にあんなふうに大事にされたら」「はいはい、夢見る前に仕事しな!」その会話を聞いた瞬間、私はその場に立ち尽くしてしまった。誠はこれまで女性を連れて食事に来たこともなく、恋愛をしたこともないの?なぜか、そう考えれば考えるほど、胸の奥がざわついて落ち着かなくなった。手首のブレスレットを見つめながら、私はできるだけ早く誠にきちんと話さなければ、と思った。タクシーを呼んで会社に戻ろうと足を進め、店の入口まで来たところで、見慣れた背中が行く手を塞いだ。迅は酒を飲み、体から強い酒の匂いがした。関わる気もなく脇をすり抜けようとした瞬間、彼は突然、私の手首を掴んだ。力強い握り込みで、まるで私の骨を砕きそうな勢い。「俺と離婚するのは、黒崎のせいだな!雪乃、答えろ。お前と黒崎、いつから付き合っていたんだ!」私は痛みに顔をしかめ、彼を振り払おうとしたが、どうしても振り切れなかった。「何言ってるの?酔ってるよ、放して」「放す?放して黒崎のとこ行かせるのか?」迅は冷たく笑い、充血した目で睨みつけた。「雪乃、俺は最初から離婚協議書なんて署名してない。離婚なんて認めてないし、黒崎の会社に行くのも許さない!あいつと一緒になりたいなんて、絶対に許さないんだ!」私は呆然とした。まさか彼がそこまで厚かましいとは思わなかった。数か月分溜め込んできた怒りが、この瞬間、完全に爆発した。私は彼の手を力いっぱい振りほどき、全身が抑えきれないほど震え始めた。「神谷、まさかあなたがこんなにも厚かましい人間だとは思いもしなかった。不倫したのはあなただよね?それなのに今さら私に汚い疑いをかけて、気持ち悪いと思わないの?」私の