Share

第0970話

Author: 龍之介
今になって改めて思った。輝明には、この神がかった顔面以外、いったい何があるっていうの?

どうして自分は、こんなにも長い間、顔だけを理由に彼を好きでいられたんだろう。

本当に、悔やんでも悔やみきれなかった。

綿がそんな風にモヤモヤしていると……

突然、エレベーターがガクンと揺れた。

綿は顔を上げた。

輝明も同じように顔を上げた。

右上にある表示板がチカチカと点滅し始め、エレベーターは再び激しく揺れた。

次の瞬間、照明がぱっと消えた。

綿と輝明はほぼ同時に後退りし、壁に身体を押しつけた。

輝明はすぐに階数ボタンを連打した。

すべての階を押して点灯させたが、効果はなかった。

それどころか、エレベーターは一気に落下を始めた!

綿の心臓は一気に引き攣った。天井を突き破るような猛烈な浮遊感とともに、胸がきゅっと締め付けられた。

四方は漆黒、手を伸ばしても何も見えなかった。

綿は反射的にその場にしゃがみ込んだ。呼吸が急激に荒くなっていく。

まるで、あのときの海の底に沈んでいく感覚……

どれだけ泣いて叫んでも、誰にも助けてもらえなかったあの日に、引き戻されたようだった。

綿が今にも窒息しそうになったその時……

壁に当てていた手が、ふいに誰かの手に包み込まれた。続けて、スマホのライトが灯り、綿を照らした。

眩しさに目を細めながらも、その手が輝明のものだとすぐに分かった。

このエレベーターには、彼以外いない。

「綿?」

輝明は彼女の顔色が真っ青になっているのに気づき、すぐにしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?」

彼は静かに、何度も呼びかけた。

綿は必死に呼吸を整えようとしたが、心臓がバクバクして止まらなかった。

彼女はなんとか目を開き、輝明を見つめ、小さな声で言った。

「輝明……」

「ここにいる」

彼は力強く答えた。

綿は輝明を見つめたまま、言葉を紡げなかった。

必死に呼吸を整えようとするけれど、頭の中には、あの海に呑み込まれた時の光景ばかりがよみがえる。

怖い。

あの深い海に沈んでいく感覚は、自分がいかに無力かをこれでもかと突きつけてくる。

輝明はそっと手を伸ばして彼女を抱き寄せようとした。

だが、それより先に綿の方が飛び込んできた。彼の身体に、ぎゅっとしがみついた。

「輝明……少しだけ、抱かせて……」

綿の声はか
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第0974話

    輝明の声は低く、逆らえない命令の響きを帯びていた。綿は片手で彼の肩に手を置き、輝明は慎重な手つきで彼女に靴を履かせた。彼の手はとても優しかった。まるで、少しでも彼女を傷つけまいとするかのようだった。彼の腕には血が流れていた。けれど、痛みはまったく感じていなかった。靴を履かせ終えると、輝明は立ち上がった。「社長、腕……病院に行きますか?」森下が小声で尋ねた。「病院なんか行くかよ。こんなの、ちょっとした傷だ」輝明はちらりと腕を見ただけで、まるで大したことないかのように言い捨てた。綿は彼の腕を指差した。「私が手当てする」輝明は一瞬、綿を見上げた。……え?「森下、消毒液とガーゼを買ってきて」綿は森下に頼んだ。森下はすぐに頷き、慌ててその場を後にした。あたりには誰もいなかった。残されたのは、綿と輝明、二人だけだった。輝明は綿が自分を気遣っているのがわかって、心の底から「この傷も悪くなかった」と思った。輝明は綿をそっと支えながら、出口へと歩き出した。綿の足は、少し痛みを感じ始めていた。さっきまでは無我夢中だったから気づかなかったが、今になって踏みつけた何かの感触がじわじわと伝わってきた。だが、それ以上に……足元の冷たさが、体中に広がっていく感覚が辛かった。一階のロビーでは、ホテルのスタッフたちが必死に頭を下げていた。「高杉さん、桜井さん、こちら消毒用のタオルです!」「高杉さん、お水をどうぞ!」スタッフたちは慌ただしく、輝明と綿の周りを走り回っていた。そのとき、森下が頼まれた医療用品を持って戻ってきた。綿はロビーのソファに腰を下ろした。顔色はまだあまり良くなかった。輝明は綿を心配そうに見つめながら、静かに尋ねた。「大丈夫か?」綿は首を振った。……ちょっと動悸がしてるだけ。すぐ落ち着くと思う。そこへ、ホテルの責任者が慌てて近づいてきた。「高杉社長、エレベーターの故障は、当ホテルの管理不備によるものでございます。この度は多大なるご迷惑をおかけし、心よりお詫び申し上げます。先ほど社長からの指示があり、本日の年次総会にかかるすべての費用は、当ホテルが全額負担させていただくこととなりました」その言葉に、森下も輝明も顔を上げ、彼を見た。費用全額免除?

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第0973話

    輝明が救助隊員の手に触れたその瞬間、まだ引き上げられる前に——エレベーターが、落ちた。「うわっ!」誰かが隣で叫んだ。綿はその場に立ち尽くす。ワイヤーと鉄のロープがきしむ音が耳をつんざく。思わず駆け寄ろうとしたその時、森下が彼女の腕を掴んだ。「桜井さん!」森下は彼女を止めて言った。「大丈夫、もう四階に達してます!落ち着いてください!」綿の肩にはまだ輝明のコートがかかっていた。だが手のひらは氷のように冷たかった。森下は彼女を引き寄せ、エレベーターから離れるよう促しながら、その中を不安げに覗き込んだ。綿の胸は締めつけられるように痛んだ。「どうなってるの?」「機械室へ!」誰かが叫び、数人が安全通路を駆け下りていく。綿も急いで後を追った。ヒールが邪魔でどうしてもスピードが出ない。「もう、邪魔!」彼女はヒールを脱ぎ捨て、片手に持って裸足で階段を駆け下りた。森下が呼び止めようと口を開く。こんな真冬なのに、寒すぎる。「桜井さん、靴を履いた方が……」だが綿にはもうそれどころじゃなかった。必死で群衆の後を追う。——機械室にエレベーターが落ちた、ドン、ドン、ドン……不気味な音が響き渡る。綿の心臓もそれに呼応するかのように、ドクンドクンと鳴っていた。「無事です!高杉社長は無事!」誰かの声に、綿はすぐに人混みをかき分けて前へ出た。薄暗い照明の中、輝明がエレベーターから姿を現す。白いシャツは汚れ、ネクタイも乱れている。片手にはスマホ、そして手の甲には浮き出る血管。人々が道を開けた。輝明は口元をぬぐいながら顔を上げ、その目が綿を捉える。彼女は眉をひそめ、髪は肩に落ち、まつ毛は震えていた。あの美しい瞳には、言葉にできない不安が揺れていた。辺りは薄暗く、人々は次々と避難していく。綿は彼を見つめながら、胸が詰まりそうだった。まさか……二度もエレベーターが落ちるなんて。輝明は綿を見つめ、ふっと笑った。「君が先に出ててくれて、よかった」その一言に、綿の感情が一気にあふれ出す。今それ言う!?——彼も、自分も。どちら一人でもあの中に残ってはいけなかったんだ。輝明が歩み寄ってくる。その時、綿は彼の腕に傷があることに気づく。——恐らく、引き上げられる瞬間、壁に擦れたのだろう。シャツが裂け

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第0972話

    綿は小さく頷いた。「……だいぶ、良くなった」本当は、輝明の前でこんな弱った姿を見せたくなかった。けれど、あの深海に引きずり込まれた時の後遺症だけは、どうしてもどうにもできなかった。息が詰まるような恐怖だった。綿は背中を壁に押しつけ、力なく床に座り込んで荒い呼吸を繰り返していた。輝明は彼女の肩にかけた上着を整えながら、綿が必死で恐怖に耐えている様子を見つめた。「怖いなら、怖がればいい。俺がいるのに……どうして我慢するんだ?」彼には、それが分からなかった。綿は顔を上げ、ぼんやりと輝明の輪郭を見つめた。「……自分で強くならなきゃ。今回はあなたがいるけど、次にまたこんなことがあって、あなたがいなかったら?」もちろん、通りすがりの誰かにすがることだってできる。でも、そんなこと、絶対にしたくなかった。惨めすぎるから。だったら、少しでも自分で耐える練習をしておきたかった。輝明はふっと苦笑し、どこか胸が締め付けられるような顔をした。「そんなに強かったなんて、今まで知らなかったよ」綿は静かに反論した。「……あなた、私のこと、何も分かってない。あなたが見てきた私なんて、全部、私が見せたかった部分だけ。輝明、あなたが知ってる私は、ほんの表面だけだよ」輝明は、言葉を失った。本当に、彼は何も分かっていなかった。綿はうつむきながら、徐々に落ち着きを取り戻していった。エレベーターは四階で止まっていた。さっきまで何十階もの高さから急降下した恐怖に比べれば、だいぶマシだった。「俺は、少しずつ君を知りたい。……チャンスをくれないか?」輝明の声はとても優しく、夜の静寂の中でやけに温かく響いた。綿は彼を見た。拒絶はしなかった。そのとき……外から人々の声が聞こえてきた。「高杉社長?中にいますか?」「社長!ご無事ですか?」「桜井さん?」輝明はすぐに顔を上げ、大きな声で答えた。「ここにいる!」外の声が続いた。「社長、申し訳ありません。エレベーターに不具合が出ました。向かいのビルで火災が発生して、こっちのビル全体の電気系統に影響が出たんです!」「すぐに救助に入りますから、少しお待ちください!」輝明と綿は目を合わせた。外から聞こえてくる人々の声に、綿の胸の奥にほんの少し

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第0971話

    綿は輝明の手をぎゅっと握りしめ、彼の手の甲に爪痕が残るほどだった。輝明の脳裏に、以前二人が言い争いをしたときのことがふとよぎった。綿が離婚に同意したあの日。彼は愚かにも、嬌が水を怖がるのに綿が彼女を突き落とした……そんな馬鹿なことを言ったのだった。そのとき、綿はどう答えたか。「私だって、水が怖いの」彼女は本当に怖がっていた。演技なんかじゃない。輝明を助けるために、命がけで海に飛び込んだあのとき、死にかけた恐怖が、心に深い傷を残してしまったのだ。思い出すだけで、輝明は自分の愚かさに吐き気がした。過去の記憶は、彼にとって思い返すことすら恐ろしいものだった。思い出せば思い出すほど、それは心に突き刺さる棘となり、息をすることすら苦しくなる。綿への罪悪感は日ごとに膨れ上がり、いつしか彼の胸を押し潰すほどの重さになっていた。彼は綿をぎゅっと抱き締めた。一月の雲城。暖房がない場所は、骨まで凍えるほど寒かった。エレベーターの中には「ジリジリ」という不快な音が鳴り響き、赤黒く点滅するランプと漆黒の闇が交互に訪れた。綿は一言も声を出さなかった。ただ、必死に耐えていた。輝明はそっと彼女の背を撫でた。「怖がらないで」「……もっと早く送ればよかった。本当にごめん」彼の声はかすかに震えていた。そこには、抑えきれない後悔がにじんでいた。綿と一緒にいるとき、いつだって何か問題が起こる。彼女に良い思いをさせた記憶など、ろくになかった。綿は、完全に膝をつきながら彼に抱きついていた。輝明の体温が、彼女にわずかな安心感を与えた。「寒くないか?」輝明は尋ねた。綿は首を振った。たぶん、エレベーターが停止して安定したせい。あるいは、輝明が傍にいてくれる安心感のおかげかもしれない。少しずつ、彼女の気持ちは落ち着いてきた。それでも輝明は、自分の上着を脱ぎ、綿の肩にそっとかけた。男らしいクールな香りが、ふわりと鼻先をかすめた。綿は薄暗いライトの中で、輝明の顔を見た。深く眉を寄せ、重い呼吸をしている。完璧な顔立ちには、心からの不安と心配がにじんでいた。……エレベーターの故障よりも、綿の方が心配だった。綿は視線をそらし、俯いた。輝明はそっと彼女の手を取った。先ほどは自分の手が冷たかったのに、今は綿の

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第0970話

    今になって改めて思った。輝明には、この神がかった顔面以外、いったい何があるっていうの?どうして自分は、こんなにも長い間、顔だけを理由に彼を好きでいられたんだろう。本当に、悔やんでも悔やみきれなかった。綿がそんな風にモヤモヤしていると……突然、エレベーターがガクンと揺れた。綿は顔を上げた。輝明も同じように顔を上げた。右上にある表示板がチカチカと点滅し始め、エレベーターは再び激しく揺れた。次の瞬間、照明がぱっと消えた。綿と輝明はほぼ同時に後退りし、壁に身体を押しつけた。輝明はすぐに階数ボタンを連打した。すべての階を押して点灯させたが、効果はなかった。それどころか、エレベーターは一気に落下を始めた!綿の心臓は一気に引き攣った。天井を突き破るような猛烈な浮遊感とともに、胸がきゅっと締め付けられた。四方は漆黒、手を伸ばしても何も見えなかった。綿は反射的にその場にしゃがみ込んだ。呼吸が急激に荒くなっていく。まるで、あのときの海の底に沈んでいく感覚……どれだけ泣いて叫んでも、誰にも助けてもらえなかったあの日に、引き戻されたようだった。綿が今にも窒息しそうになったその時……壁に当てていた手が、ふいに誰かの手に包み込まれた。続けて、スマホのライトが灯り、綿を照らした。眩しさに目を細めながらも、その手が輝明のものだとすぐに分かった。このエレベーターには、彼以外いない。「綿?」輝明は彼女の顔色が真っ青になっているのに気づき、すぐにしゃがみ込んだ。「大丈夫か?」彼は静かに、何度も呼びかけた。綿は必死に呼吸を整えようとしたが、心臓がバクバクして止まらなかった。彼女はなんとか目を開き、輝明を見つめ、小さな声で言った。「輝明……」「ここにいる」彼は力強く答えた。綿は輝明を見つめたまま、言葉を紡げなかった。必死に呼吸を整えようとするけれど、頭の中には、あの海に呑み込まれた時の光景ばかりがよみがえる。怖い。あの深い海に沈んでいく感覚は、自分がいかに無力かをこれでもかと突きつけてくる。輝明はそっと手を伸ばして彼女を抱き寄せようとした。だが、それより先に綿の方が飛び込んできた。彼の身体に、ぎゅっとしがみついた。「輝明……少しだけ、抱かせて……」綿の声はか

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第0969話

    「飲まないの?」綿は、なかなか受け取ろうとしない彼に問いかけた。輝明はすぐに綿の手からボトルを握った。指先が触れ合うと、彼の手は驚くほど冷たかった。綿の手は温かかったのに。「そんなに冷たいの?」綿は不思議そうに聞いた。彼は首を振り、水を受け取ると、そのまま仰ぎ見るように飲み始めた。綿はじっと彼を見つめた。男らしい喉仏が上下に動き、白くきめ細かな肌に、くっきりとした顎のライン……頭上からの暖かい黄色い光が、彼の輪郭に淡い金色の縁取りを与えていて、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。「行こうか?」輝明が尋ねた。綿は頷き、彼に続いて歩き出した。ガラス窓のそばを通ると、まだ外には煙が立ち上っていた。向かいの通りでは消防車が待機していて、現場は整然とした様子で処理が進められていた。もう夜中の十二時を過ぎていた。綿はエレベーターの前で、スマホを取り出しニュースをチェックした。負傷者は治療を受けており、亡くなったのは厨房のスタッフだったという。エレベーターの扉が開いたとき、輝明が彼女を呼んだ。「綿」綿はぼんやりしていて、顔を上げた。「ん?」「エレベーター、来たよ」言われてようやく我に返り、綿はエレベーターに乗り込んだ。「疲れたか?」輝明が聞いた。綿は首を振った。「色々考えてた。だから、ぼーっとしてただけ」輝明は「うん」とだけ答え、エレベーターの「1階」ボタンを押した。「命って、本当に脆いね。次の瞬間、何が起こるかなんて誰にも分からない」綿はスマホの画面を閉じ、ぽつりと呟いた。「確かに」輝明が答えた。綿は彼をちらりと見上げた。……ほんと、会話が下手だな。「確かに」ばっかり。「それ以外の言葉、ないの?」彼女は尋ねた。輝明は綿を見つめた。少し考えてから、ぽつりと口にした。「……愛してる」「……」綿は言葉を失った。そんなの、別に今求めてないのに。輝明も心の中でぶつぶつ呟いた。……あれ?違った?「疲れたか?」また聞いた。綿は完全に呆れてしまった。……さっき聞いたじゃん。この鈍感男め。輝明も、自分でつまらないと気づいたらしい。少し間を置いて、言った。「面白い話、しようか」綿は彼を見

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status