Share

第1153話

Author: 龍之介
綿は清墨に連れられて外に出た。そこには、街路に停められた大型トラックがあった。トラックの荷台部分は透明なガラスケースで覆われていた。

ガラスケースには一列の文字が貼られており、その中にはマットパープルのスポーツカーが置かれていた。周りにはたくさんの風船と、いくつかの高級ブランドのギフトボックスが飾られていた。

「お嬢様の開業お祝いに贈るおもちゃ」

綿は思わず息を呑み、驚いた目で清墨を見た。これは?

スポーツカーの後ろには、次々と運び込まれる花束たちがあった。

どの花束にも祝福の言葉が添えられていた。

何十もの花束が両側にずらりと並び、たちまち、スタジオの外はまるで花園のようになった。

周囲は静まり返り、綿はまだ驚きの中にいた。その間に清墨は静かに身を引いていた。

さらに前を見やると、一人の男が、鮮やかなマンタローズの花束を抱えて、ゆっくりと綿の方へ歩いてくるのが見えた。

男は完璧に仕立てられたスーツに身を包み、背筋をまっすぐ伸ばしていた。彼は綿の目の前に来ると、そこで足を止めた。

綿は鼻の奥がツンとした。

「やっぱり、あなたか」

輝明は微笑んだ。

「どうしてわかった?」

「だって、わかるもん」

綿は言った。

輝明は手に持っていた花束を綿に差し出した。

「開業、おめでとう」

綿は素直に花束を受け取り、そっと頷いた。

「ありがとう、高杉さん」

「まだプレゼントがあるよ」

輝明はスマホを取り出した。

綿はこれ以上の贈り物なんて、想像もしていなかった。

どうやら、そのプレゼントはスマホの中にあるらしい。

「でも、残念ながらこのプレゼントは、すぐには届かないんだ。直接、催促しちゃダメかな?」

彼はスマホを綿に差し出した。

綿は画面を覗き込み、ようやく理解した。輝明が、《紅》を注文していたのだ。

「これ、どうして買ったの?」

綿が尋ねると、輝明は首をかしげた。

「愛する人から《紅》を贈られるべきだろ?君は愛されてるんだから、当然持つべきだよ」

綿は思わず吹き出して笑った。

……このバカ。

「じゃあ……できるだけ早く?」

綿が言うと、輝明は軽く頷いた。

綿は一歩踏み出して、輝明をぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう、高杉さん」

「お礼なんていらないよ。今日は俺、クライアントとして来たから。契約書も持ってきたんだ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1154話

    秋年と玲奈は一瞬きょとんとした。すぐに秋年は笑い、玲奈は唇を尖らせながら「はいはい、仕方ないから引き受けてあげる!」とぶつぶつ言った。「明くんが中にいるから、先に入ってね」綿が秋年に声をかけた。秋年は頷き、玲奈と一緒に中へ入っていった。二人は笑いながら談笑し、なんとも和やかだった。その様子を眺めながら、綿は心から思った。——本当に、私は幸せだ。「ボス、ライブ配信始まるよ!もうすぐテープカットだ!」清墨の声が響いた。綿は頷き、「今行く!」と返事をした。十時の鐘が鳴る頃には、芝生に設けられた席にはすでに来賓が座っていた。スタジオの名前はまだ赤い布で覆われ、誰もが好奇心でいっぱいだった。綿のスタジオ、あまりにも秘密主義すぎる!招待状に書かれていたのはたった一文だけだった。「5月8日、私のスタジオが開業します。お時間ありましたら、ぜひお越しください」スタジオとは聞いていたが、何をするのかまでは誰にも知らされていなかった。「では、余計な言葉はなしにして……スタジオ、いよいよ除幕です!」綿の声に、皆は現実へ引き戻された。ライブ配信のコメント欄は一気に盛り上がった。「早くー!気になりすぎる!」「ジュエリーデザインのスタジオだって言ってたよね?もしかしていい物でも見つけたのか?じゃなきゃ、急にジュエリーデザインのスタジオなんて開かないでしょ!」「なあ、バタフライってもしかして綿のスタジオに来たんじゃないか?」「ありえないだろ!バタフライはフリーでやってるんだぞ!」「いや、絶対じゃないぞ?もし本当に関係あったら?」「もしそうだったら、俺、土下座して謝るわ!」……綿は頭上の赤布を見上げ、カメラに向かって微笑んだ。「ここで、皆さんに正式に発表します」ふわりと微風が吹き、綿の髪が風に揺れた。彼女はカメラを見据え、優しく微笑みながら宣言した。「私が、バタフライです」その瞬間、赤布がめくれ、現れたのは——「バタフライスタジオ」の文字だった。場内は一瞬で凍りついた。「な、なに!?」「嘘だろ、桜井綿がバタフライだったの!?」綿は皆の驚きを受け流し、そのまま続けた。「私の最新作《紅》は、すでに全ネットで先行予約開始しました。これからもたくさん新作を発表していくので、ぜひ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1153話

    綿は清墨に連れられて外に出た。そこには、街路に停められた大型トラックがあった。トラックの荷台部分は透明なガラスケースで覆われていた。ガラスケースには一列の文字が貼られており、その中にはマットパープルのスポーツカーが置かれていた。周りにはたくさんの風船と、いくつかの高級ブランドのギフトボックスが飾られていた。「お嬢様の開業お祝いに贈るおもちゃ」綿は思わず息を呑み、驚いた目で清墨を見た。これは?スポーツカーの後ろには、次々と運び込まれる花束たちがあった。どの花束にも祝福の言葉が添えられていた。何十もの花束が両側にずらりと並び、たちまち、スタジオの外はまるで花園のようになった。周囲は静まり返り、綿はまだ驚きの中にいた。その間に清墨は静かに身を引いていた。さらに前を見やると、一人の男が、鮮やかなマンタローズの花束を抱えて、ゆっくりと綿の方へ歩いてくるのが見えた。男は完璧に仕立てられたスーツに身を包み、背筋をまっすぐ伸ばしていた。彼は綿の目の前に来ると、そこで足を止めた。綿は鼻の奥がツンとした。「やっぱり、あなたか」輝明は微笑んだ。「どうしてわかった?」「だって、わかるもん」綿は言った。輝明は手に持っていた花束を綿に差し出した。「開業、おめでとう」綿は素直に花束を受け取り、そっと頷いた。「ありがとう、高杉さん」「まだプレゼントがあるよ」輝明はスマホを取り出した。綿はこれ以上の贈り物なんて、想像もしていなかった。どうやら、そのプレゼントはスマホの中にあるらしい。「でも、残念ながらこのプレゼントは、すぐには届かないんだ。直接、催促しちゃダメかな?」彼はスマホを綿に差し出した。綿は画面を覗き込み、ようやく理解した。輝明が、《紅》を注文していたのだ。「これ、どうして買ったの?」綿が尋ねると、輝明は首をかしげた。「愛する人から《紅》を贈られるべきだろ?君は愛されてるんだから、当然持つべきだよ」綿は思わず吹き出して笑った。……このバカ。「じゃあ……できるだけ早く?」綿が言うと、輝明は軽く頷いた。綿は一歩踏み出して、輝明をぎゅっと抱きしめた。「ありがとう、高杉さん」「お礼なんていらないよ。今日は俺、クライアントとして来たから。契約書も持ってきたんだ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1152話

    「もちろん!」《紅》のデザインは、輝明が自分を救ってくれたあの日に着想を得たものだった。《紅》が持つ意味は、ただ一つ。——血が彼の衣服を染め、そこから愛情は絶え間なく、ますます深く濃くなった。発表と同時に、再びバタフライに対する称賛の声が高まった。白地に赤がにじむシンプルなデザイン、クラシックで洗練された美しさは、一目で誰もを虜にした。そして何より、今回は唯一無二の限定品ではなく、誰でも購入できる仕様になっていた。意味は明白だった。——すべての人に、絶え間なく続き、ますます深まる愛を手にしてほしい。ジュエリーの下には、綿のメッセージが添えられていた。「あなたを愛する彼に《紅》を贈ってもらってください。もし、そんな彼がいないなら、自分で自分に贈ってあげてください」輝明は会議を終えた後、そのジュエリーが公開されたニュースを目にした。胸が、ぎゅっと締めつけられた。——どうりで、あの日、東屋でiPadを抱えて何かを描いていたわけだ。「紅……」輝明はその名を呟きながら、スクリーンに映る小さな文字を見つめた。「鮮血が彼の衣を染め、そこから愛は絶え間なく、ますます深くなった」輝明の口元がほころび、目には柔らかな笑みが浮かんだ。——自分は彼女のインスピレーションだったのか?……5月8日。あっという間に、スタジオ開業の日がやってきた。朝8時、綿スタジオの公式アカウントがついに稼働を始めた。「@桜井綿スタジオ:みなさん、こんにちは!いつも応援ありがとうございます。本日、桜井綿のスタジオが正式にオープンします!長い間お待たせしましたね。そして、皆さんが一番気になっていた質問に、ここでお答えします。『桜井綿スタジオって何のスタジオなの?』今までは情報を伏せていましたが、答えは——ジュエリーデザインのスタジオです!ぜひ遊びに来てください。そして、ここには驚くべき小さな秘密が隠されています。もし現地に来られない方は、10時からのライブ配信をチェックしてくださいね!」今日の天気は格別だった。空には薄い雲がいくつか浮かび、真っ白な綿飴のようだったり、ほんのり赤く染まって美しい女の頬のようだったり。メディア関係者たちはすでに集まっていた。そして、今日の来賓には業界の名士たちも多く含まれていた。

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1151話

    「速報!バタフライの最新作《紅》、本日正午に初公開!」「バタフライ、最新作《紅》、12時初お披露目!」「桜井グループの令嬢、桜井綿が起業!5月8日、スタジオ正式オープン!ただし、桜井さんのスタジオは謎に包まれており、現時点では詳細な情報は一切不明!」雲城のニュースは、綿とバタフライの話題で溢れかえっていた。バタフライスタジオ……内装はすべてハイテク仕様だった。壁には大型のスマートスクリーンがずらりと並び、指先でスワイプすれば自在に操作できた。スクリーンにはバタフライが手掛けたすべてのデザインが映し出されている。《雪と涙》の画面には、赤い「ホット」のマークが表示されていた。それは、これが最近最も人気の作品だという証だった。綿は壁一面に並んだ、自分自身の作品たちを見上げた。胸の奥に、じわりと熱いものが広がった。これまではただ愛する人にすがってばかりだった。でも今ならわかる。誰かを愛する前に、自分自身をもっと愛さなきゃいけない。自分を強くしなければ、誰かに本当の意味で愛されることもできない。これからは、恋に溺れることなく、愛しながら、自分を高め続ける。「ボス!」背後から清墨の声がした。綿が振り向くと、清墨がM基地の子たちを連れてやってきた。「明日がオープンだね、緊張してる?」「してないよ」綿は首を振った。たかがスタジオのオープニング。緊張する理由なんてない。「ボス、さっきM基地でまたいくつかオファーが届いたよ。全部、バタフライとコラボしたいって。明日正式にオープンするけど、どこと提携するか決めた?」清墨は会社リストを手渡そうとした。だが、綿は受け取らず、淡々と答えた。「清墨、私の心はもう決まってる」清墨は首をかしげた。「ボス、もしかして……桜井のおじさんの会社?」と笑いながら聞いた。「違うよ、高杉グループ」綿は眉をひそめた。その言葉が落ちた瞬間……後からのんびりやってきた康史が叫んだ。「うわっ、ボス!」みんな一斉に康史を見た。何だよ、驚かせやがって。康史はiPadを綿に差し出した。「見て!」綿が受け取り、画面を見ると……みんなも一斉に「うわっ!」と叫んだ。「高杉社長、なんて太っ腹なんだ!」「マジかよ!街中、ボスの広告だらけじゃん!」「うわ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1150話

    それでも、輝明の心には鋭い痛みが走った。七年もの間、自分を愛し続けてくれた綿の想いに、胸が締めつけられた。昔の彼は、愛とは何かを知らなかった。ただ、漠然とした負い目だけを感じていた。でも、今ならわかる。彼はようやく気づいた──彼女がしてくれたすべてのことに、胸が痛くなるほど申し訳なく思うようになった。これこそが「愛」なのだと。かつては、綿の尽くしてくれる全てを、当たり前のように受け入れていた。けれど今は違う。本当の愛とは、彼女の涙ひとつに心が揺れ、責めることもできない。彼はただ、世界中のいちばん良いものを全部、彼女に与えたくなった。彼女を誰よりも幸せにしたいと願い、「彼女の自慢できる男になりたい」と、心から思ったのだ。女に誇りを持たせられる男こそ、本当に成功した男なのだ。輝明は綿をそっと抱きしめ、優しく囁いた。「これからは、俺が君を愛する番だ」「どれくらい愛してくれるの?」綿は小さな声で尋ねた。彼は視線を落とし、真剣に答えた。「俺の命が続く限り、君を愛し続ける」綿は微笑んだ。それだけで、十分だった。「最近、何してるの?」輝明が尋ねた。綿は答えた。「スタジオを開こうと思ってる」「デザイン関係か?」綿は頷いた。「知ってるでしょ?」輝明は深くため息をついた。「ニュースでしか知らないよ。断片的で、全然わからない。俺の婚約者がビジネス始めるっていうのに、こんなに何も知らないなんて」情けないなと彼は嘆いた。綿は笑った。「輝明、私はジュエリーデザインのスタジオを立ち上げるの。私はそこで主席デザイナーをやる」「デザインできるのか?それとも、チームを組んでブランドを立ち上げるつもりか?」輝明が訊ねた。綿は真剣な顔で言った。「輝明、前に私に『バタフライ』を知ってるかって聞いてたよね」「うん……」輝明は頷き、すぐに顔を上げた。「まさか……」綿は腕を組み、得意げに眉を上げた。わかるでしょ。輝明は呆然とした。「バタフライって……君だったのか?」彼は驚愕した。綿は満足そうに微笑んだ。「そう、私が『バタフライ』よ。『雪と涙』をデザインした、そっちの会社が何度も引き抜こうとした、あの『バタフライ』」輝明は絶句した。今になって、あの言葉の意味が痛いほ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1149話

    子どもを抱っこした無理がたたって、病室に戻るなり輝明はすぐに包帯を替えることになった。輝明はため息をつきながら、綿は目を丸くして看護師が滲んだ血で汚れた包帯を外すのを見つめていた。「もう大きな動きは控えてくださいね。この傷は場所こそ致命的ではないけど、肩は何かと力が入る場所ですから、無理をすると後遺症が残るかもしれませんよ」看護師は念押しして部屋を出て行った。綿はその背中を見送り、再びベッドに座る輝明を見た。彼は不満げな顔で座っていた。綿は思わず笑った。ベッドの端に座り、輝明の病衣をそっと引き寄せる。彼の肩に巻かれた白い包帯に指先で軽く触れた。「聞いたでしょ?もう無茶しちゃダメだよ」そう言って、綿は彼の病衣を整え、ボタンを一つ一つ丁寧に留めていった。輝明は綿をじっと見つめ、ふっと柔らかく微笑んだ。「そんなに大げさなこと、してないだろ」「子どもを抱き上げたのに?それが大したことないって?」綿は顔を上げて、彼をじっと見た。輝明は黙り込んだ。そして、彼女の指先に視線を落とす。その細く美しい指がボタンを留めるたび、時折、彼の肌に触れた。彼はふと顔を上げ、唇をきゅっと引き結ぶ綿を見つめた。喉がなぜかごくりと鳴る。綿が顔を上げた瞬間、ちょうど彼の喉が上下に動くのを目撃した。彼は少し気まずそうに視線をそらした。「何してるの?」綿が目を細めて尋ねると、輝明は眉をひそめた。「何が?」輝明が控えめなのに比べて、綿のほうはずっと率直だった。彼女は笑いながら尋ねた。「ねえ、今、私を見てゴクリって飲み込んだでしょ?高杉さん、もしかして……私の身体、欲しくなっちゃった?」輝明は思わず笑い声を漏らした。まさか綿がこんなストレートな言い方をするとは。「医者に言われたんだ。大きな動きは禁止だって」綿は眉を上げた。「つまり?欲しくなったってこと?」輝明は返事をしなかった。それが答えだった。綿は彼を逃がさなかった。輝明は数秒沈黙した後、綿をじっと見つめた。彼は綿の目元を見つめ、視線はゆっくりと彼女の唇へと落ちていった。綿は目を細める。輝明は唇を引き結びながら、綿へとそっと身を寄せた。そして手のひらを彼女の背に添え、華奢な腰を抱き寄せる。綿は彼の深い瞳を見つめながら、胸がふるえた。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status