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第1088話

Author: 龍之介
「監督、気を遣わなくていいわ。撮り終わったらすぐに失礼するよ」

玲奈はそう言って立ち上がった。

昼間の強い日差しのせいか、それとも今日の撮影で少し疲れが出たのか……

立ち上がった瞬間、彼女はふらりとバランスを崩した。

すぐそばにいた秋年は、玲奈の様子がおかしいことに気づき、慌てて支えた。

玲奈は無意識に秋年の腕を掴み、そのまま彼に寄りかかるようにした。

少し力なく言った。

「急に立ったら、ちょっと目眩がして……」

秋年はすぐに悟った。先ほどのふらつきは、やはり体調のせいだと。

「じゃあ、撮影を少し後にしてもらおうか?」

秋年は玲奈に声をかけた。

玲奈は首を振った。

「何か甘いものある?飴でも……」

秋年は一瞬固まった。

飴?

彼のポケットにそんなものがあるわけがなかった。

普段から甘いものを食べる習慣もない。

「ちょっと待ってろ」

秋年は彼女をそっと座らせた。

「さっき、近くに小さな売店を見た。すぐ買ってくるから、飴かチョコ、どっちがいい?低血糖か?」

彼は気遣うように、上から日差しを遮るため、影を作ってやった。

玲奈は彼の優しい声を聞きながら、そっと目を閉じた。

秋年がこんなに穏やかに、こんなに細やかに接してくるなんて……

玲奈の意識は少しぼんやりしていた。

「玲奈、ちゃんと答えて。本当に辛いなら、すぐに病院に行こう」

秋年の真剣な声に、玲奈は目を開けた。

彼と目が合った瞬間、秋年の瞳に映る深い心配の色がはっきりと見えた。

それは、演技で作られたような薄っぺらいものではなかった。本物の、心からの心配だった。

玲奈は眉を寄せた。

「チョコがいい……」

「分かった」

彼は頷き、すぐに走り出そうとした。

その前に、もう一度彼女の様子を確認するようにじっと見た。

「大丈夫。何かあったら監督に呼んでもらうから」

玲奈は言った。

でも、できれば監督には知られないほうがよかった。

彼女はただのゲスト出演者、これ以上監督に迷惑をかけたくなかった。

秋年は頷き、急いで買いに出かけた。

玲奈は椅子にもたれ、深く息をついた。身体は思った以上に弱っていた。

秋年が去ってから間もなく、隣で誰かがやってきた。そして、聞こえてきた声に、玲奈は耳を傾けた。

「何よ、岩段秋年ってば!偉そうにしちゃってさ、電話番号くらい
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