LOGIN枯葉色の癖毛に琥珀の様な眸のその男が、王陛下なのだろう。
そう思いながらも初めて見る国王と言う存在に、オルタナの視線は釘付けになった。似てる……。髪色や眸の色が違うけれど、やっぱり兄弟なんだ。
「だから、降ろしてって言ってるでしょ?」
「だぁめ。久しぶりなんだから、お茶ならここでも飲めるでしょ」
「もうすぐオルタナ達が……あ……」
ようやく存在に気付いて貰えたらしい。
王妃殿下は一瞬気まずそうにこちらを見て、次の瞬間には開き直っていた。
「いらっしゃい、オルタナ」
いや、切り替えはやっ!
「お、王妃陛下。本日はお時間頂き……」
「オルタナ、良いのよ。そんな堅苦しい挨拶
「それなら、私が。最近、ラカンの元密偵に伝手が出来たので」 そう言ったのはミレーだった。 確かに、アラベルなら用意出来そうだ。「でもミレー、親父さん達は今、別の仕事に取り掛かってるんでしょ?」「……まぁ、そこは何とかします」「そう……」 そのミレーのやり取りを見て、王妃は頬を膨らませてこう言った。「ミレー中尉ばっかりズルいわ」「え?」「オルティは私の友達なのに、私の事は愛称でも呼んでくれないし、未だに敬語なのよ? ミレー中尉だけズルい!」「いやぁ……ラチア様、それは……」 オルタナはその王妃の拗ねっぷりに、これが高等技術“スネル”か……と感心した。 とは言え、王妃相手に愛称呼びはスネルより更にハードルが高い。「二人だけの時は良いでしょ? それもダメ?」「うぇっ⁉」「だって私、オルティ以外に友達いないんだもん」「……」 それはズルいぞ、王妃様。 困ってミレーの方を見遣ると、こうなると分かっていた様な顔でウインクされた。「……じゃあ、二人の時だけ」「本当っ? 約束よ?」「わ、分かった……です」「んもぅっ!」「き、急には無理……だから、許して……ラ、ラティ」「ふふ、良いわ。ありがと、オルティ」 嬉しそうに笑う王妃は、まるでただの十二歳の少女に見える。 そう見えてしまうと、焦げ茶色の良く似合っていると思っていた美しいドレスも、聊か背伸びした様に見えて来るから不思議だ。 この時オルタナは、あれだけ「得策じゃない」と言われていたのに、無駄な意地を張る事になるとは露知らず、煌びやかな夜が更けて行った。◇◇◇ オルタ
あからさまに焦った顔をして見せたノエルに、王妃は満面の笑みを見せた。「ルアド・モリガンの状況を知りたいわ」「えぇ――……それは守秘義務がありまして……」「そうね、少佐が王妃に話したとしたら処罰を受けるでしょうけど……ミレー中尉との会話を偶然何者かが聞いてしまったのなら、出所不詳で誤魔化せる」「えぇ⁉ まぁ、良いですけど」 いいんかい。 オルタナは危うくそう突っ込みそうになった。「おい、ミレー。ルアドの様子はやはりおかしいらしいぞ」 急に始まった寸劇もどきに、ミレーは慌てて答える。「お、おかしいって?」「痛みも感じてない上、正気を保っているとは到底思えないらしい」「特警預かりになったのに、正気を保っている方がおかしいでしょ」「薬物中毒じゃないかと、誰かが言ってた様な……」「えぇ⁉ 何の?」「あー、えー、それが分からないって話らしい」「こ、困ったわねぇ……」 ノエルとミレーは凄くカッコいいのに、酷い茶番だ。 余りの酷さに王妃と顔を見合わせて噴き出した。「「ぷっ……」」 ノエルとミレーは二人共恥ずかしそうに顔を背けている。「なるほど。そう言う事でしたか」「ラチア様? そう言う事、とは?」「ずっと不思議だったの。ルアドが口を割らない事もそうだけど、あの体格が異様で……」「体格? モリガン大佐は昔から結構大きかったですけど……」「でも、モリガン伯爵は&alph
「えぇ?」「自分を殺して大人の事情に付き合ってたら、ロクでもない事になるわ」「ロクでもない事……」「あ、その……オルティは私よりお兄さんで、子供じゃないかもしれないけれど……大体高位貴族の大人って自分の思い通りに事が運ぶと思ってる」「はぁ……」 オルタナは王妃の“お兄さん”という言葉に驚いた。 年齢はともかく同等かそれ以下だと見下しても良い権力をお持ちなのに。「子供は何でも自分達の言う事を聞くと思っている」「まぁ、そうですね。逆らえる気もしませんけど……」「それに、ヴィンス相手じゃ喧嘩するのは分が悪いわ」「ラチア様は王陛下と喧嘩なさるのですか?」「喧嘩……と言うか、一方的に私が怒っている事が多いわね」「でも、仲良さそうに見えますよ」「うふ、愛してるもの」「おぉ……」 堂々とそう言える王妃が、キラカの灯でより幻想的に美しく見える。 オルタナは自分のグラグラと動く弱い心を確める様に、胸に手を当てた。 公爵が子を産める番を持てと言われるのは、至極当然の事。 でもそれに覚悟が出来ていなかったのは、公爵の“唯一の番”という言葉を安易に丸飲みしていた自分のせいだ。 これから運命の番として、誰か他のΩの子を抱く公爵を寛容に許し、サリバン公爵を支える人生が待っている。 でも、それが嫌だと言って離れていく事も出来ない。 苦しくても、離れるなんて無理だ。 だって、愛しているもの。「我儘な王妃に手を焼いている王様。そう言う筋書きなの」「筋書き……?」「レイって本当はもっと優しい人。でも、優しいだけじゃ国王は務まらないでしょ。だから私が我儘を言って、それを仕方なく許すって言う茶番?」「国政が茶番?」「私が矢面に立つことでレイを守れるなら、それで良い。私はもうすぐ十三歳になるけれど、子供だと侮る者は
大公妃に加えて王妃まで一緒に行くとなれば、危険度が釣り上がる。 どんなに気が強く凛としている王妃でも、まだ十二の少女で、Ωだ。 もしも、何か大事になる様な事があれば、自分一人では対処出来ない。 あぁ、でも、護衛はついて来るはず――。 そのオルタナの心境を聞いていたかのように、ケルメスが口を挟む。「王妃様。大聖堂には抑制剤関連の機密も多くございます。銀の君の視察には、こちらで護衛を用意します故、従者殿はお連れにならぬよう」「分かっていますとも」 とんでもない事になった。 大公妃と自分だけなら自分の身をどうにか守れれば良い。 教会が大金を落とす大公妃をどうこうする確率は無いに等しいからだ。 それに、今回の夜会は大聖堂への潜入計画の一旦を担っている。 その潜入計画の陽動の為にオルタナがケルメスを誑し込み、魔女ドーラに会わせて欲しいと嘆願し、表から堂々と入る計画だった。 そこに助っ人である大公妃が現れ、運良く視察の話が出た為に便乗する事が出来ただけの事。 いつもならこんな時に我先に口を出して来そうなウケイの姿が見当たらない。 先生、居ないのかよ! 出番でしょ! オルタナは胸中で一人突っ込みしながら、思案する。 王妃も潜入計画を知っているはず。 何故、そんな危険を冒して正面から行こうと言うのか。 オルタナはまだ良く理解出来ないまま、場の状況を見守る事しか出来ない。 大公妃は閉じていた扇子を広げて、口元に翳し「私はそろそろ」と休みたい素振りを見せ、フロアの中央から退席した。「せっかくの王陛下のお誕生祭です。気を取り直して、楽しみましょう」 振り返った王妃がそう言って、こちらを見る。 後ろに控えていたミレーから「ダンスにお誘いして下さい」と小声で囁かれ、危うく「はぁ?」と返
「銀の君の折り紙付きならばサリバン家も安泰ですな、公爵様」「えぇ、そうですね。ドヴァンニ殿」「健常なΩを早々に見つけられませ。何なら私がご紹介致しましょうか?」「ケルメス、婚約したばかりの二人の門出に不躾ですよ」「これは失礼、銀の君。年寄りは生き急いで申し訳ないですな。銀の君は大聖堂の視察にも来て頂けるとか。またその時に、ゆっくりとお話出来れば……」 国王でさえ大聖堂への訪問を渋る教会が、大公妃の視察を断らない理由――それが多額の支援金だ。 慈善事業家としての大公妃は、母国の孤児院に多くの支援と寄付を続けており、教会の大聖堂があるネロ区もその恩恵を受けている。 だから断らないと言うより、断れないと言う方が正しい。「あぁ、そうですね。オルタナの御婆様にもお会いしたい所です」「あぁそれなら、君も会いに来られますか? 御婆様に」 掛かった――――。「宜しいのですか? 私がご一緒しても……」 母がどんな風に笑う人なのか記憶はないが、オルタナは出来得る限り優雅に口角を上げ、ジッとケルメスの視線を捕らえる。 この爺を落とせば、大聖堂へ行けるのだ。 媚びも世辞も惜しむつもりはない。「十年以上会ってないのでしょう? マダムの視察の合間に面会なさると宜しいかと」「ありがとうございます! 限られた者しか入れぬ大聖堂に入れるなど夢の様です。大司教様の寛大なお心に、感謝致します!」 オルタナはそう言ってケルメスの手を両手で握りしめた。 本来なら触りたくもないが、ミレーが言うにはケルメスは稚児趣味の傾向があるらしく、小柄な少年をいつも侍らせているらしい。 多分、間違いなくこの容姿と体格がクリーンヒットする。 と、ミレーは砂を吐くような顔で言っていた。「おっほっほ、公爵様が君を番に望む気持ちが分かる様な気がしますね」
発情しないと言う事を隠しておけるはずはないけれど、ここで認めると言う事は他に番を持つ事を容認すると言う事と同義だ。 公爵がウケイに貰った切り札と言うものがどんなものなのか、オルタナはまだ知らない。 ここでどう答えるのが正解なのか、逡巡し迷う。 番として完璧に演じると言っておきながら、他の番を迎えても寛容に受け入れる覚悟は出来ていない。 でも貴族に嫁ぐと言う事は、その血を継げる者を産まねば価値がない。「そ、れは……」「そうだとして、ヴィンスが子を産める他のΩと番えば問題ないでしょう」「伯母上っ……」「ヴィンス、貴方も分かっているはずですよ。大丈夫です、オルタナ。私の夫にも運命の番がおりますが、今日まで夫とも金の君とも上手くやって参りました。公爵家に嫁ぐ者として、その位の事は覚悟の上でしょう?」 そう、キャンベル大公には金の君と呼ばれる運命の番がいる。 髪が灰色のリザベラはそれに倣って銀の君と呼ばれている事も、この王国の民なら子供でも知っている事だ。 複数の番を持つことを良しとしないドーン王国の筆頭貴族が、運命の番と婚姻し、他に番を持つと言う例外に説得力を持たせるには、彼女ほどの適任者はいないだろう。 そう言う意味でも最強の助っ人と言える。 小国でありながら強い海軍を有し豊富な鉱山を持つキャンベラは、海軍を持たないドーン王国にとって失ってはならない同盟国だ。 そう言う政治的な理由でリザベラが大公の元へ嫁いだ時、既に大公には運命の番がいて、リザベラは全て承知の上で大公妃となった。 大国の皇女が番持ちの小国の大公に嫁ぐなんて、異例の事態だったはずなのに、彼女はそれを物ともせずに公国との橋渡しを成し得た強者なのだ。 国政を担うパートナーとして、大公はリザベラを歓迎したと聞いている。 覚悟――したつもりだった。 でも想像力が足りなかった。 いや違う。ちゃんと事実を見ようとしていなかっただけだ。
「昨日はローブを被っていたから油断した。俺の危機管理が甘かったせいだ」「ローブ……?」「あのローブは特注品でな。国軍配給のものと酷似しているが、俺のはフェロモンを遮断する様な素材が使われているんだ。他の兵士には秘密だがな」「秘密?」「あのローブにそんな機能があると知れれば、ローブを剥ぎ取られたり、奪われたりする恐れもあるだろう? 知っているのは極僅かな側近だけだ」 ん……? それ、聞いても良かったのだろうか。 オルタナはそう首を傾げたが、聞いた後で聞かなかった事になど出来ない。
「ホントに旦那様は、ちょっと執着が過ぎると言うか……あ、いや失礼。頭が回る分、徹底的にやってしまわれる」「あ、はは……(やりそう……)」「でも、元々は物静かで穏やかな方です。そんな旦那様があんなに声を荒げて私を呼ばれたのは、後にも先にも母上がお倒れになった時だけです」「そう……ですか」「それだけ、オルタナ様を大事に想っていらっしゃるのですよ。人は心配すると怒るものなんです」「だ、いじかどうかは&he
「ご自身を犠牲にしようと仰るのでしょう? そんな事をしても旦那様は喜ばれませんよ」「でも過発情は後遺症が残る場合があって、僕なら発情しないから妊娠したりもしないんです! 公爵家に責任を取って欲しいなんて絶対に言わな……」「オルタナ様、そう言う事ではないのです」「……やっぱり、平民の僕じゃダメなんですね」「違います。オルタナ様、聞いて下さい。公爵様は若い頃、強いフェロモン体質のせいで、度々他者を発情させる事がありました」 そう話し出
オルタナはもう一度夜着の袖の裾で顔を拭ってから、部屋の扉を開ける。「まだ起きておいででしたか?」 少し憔悴したようなオブライアンがそう言って、扉の前に立っていた。「う、うん……。公爵様は? 大丈夫ですか?」「今はお部屋でお休みになっております」「そう……僕が公爵様の癪に障るような事してしまったから、怒らせてしまって……すみません」「いいえ、いいえ、決してそのような事は」「でも……あんなに怒っ……て」「……オルタナ