学院中央演武場。
昼下がりの陽光が、魔導結界に反射して眩しく揺れる。観客席には一年生から三年生、教師陣までびっしりと詰めかけていた。全員の視線が、これから始まる二つのリングへと注がれている。「おお……いよいよカイとサクラか」「ザガンもマリナも、どっちも相当ヤバいぞ」ざわめきは、鐘の音と同時にすっと消えた。対面するのは二組──カイ・ヴォルグ vs ザガン・グラード。そして、サクラ・ミナヅキ vs マリナ・フェルネ。両リングとも、開始の合図を待つ緊張が張り詰める。カイは拳を握り、爪が食い込むほどの力を込めていた。対するザガンは、無言で地面を踏み鳴らす。その一歩ごとに砂が跳ね、足元に薄い土の甲殻が形成されていく。「……来いよ」カイの口元に、笑みとも挑発ともつかない表情が浮かぶ。一方、サクラは静かに深呼吸を繰り返していた。足元の魔法陣から淡い緑の風が立ち上り、髪とスカートを揺らす。マリナは水球を掌で弄びながら、唇に薄笑いを浮かべた。「……壊してあげる、その綺麗な風」「できるなら、ね」サクラは視線を逸らさずに応じる。「始めッ!」審判の声と同時に、両リングがほぼ同時に爆発した。カイは踏み込む。砂煙を蹴散らし、強化された脚筋がリングの石床を軋ませる。ザガンは待ち構えたまま、腕を広げ、両拳を地面に叩きつけた。瞬間、カイの足元が隆起し、岩の柱が突き上がる。避けずに踏み込んだカイの拳が、柱を粉砕し、そのままザガンの顎を狙う。ガッ!土装甲に阻まれ、衝撃が拳に返ってくる。それでもカイは笑った。「硬ぇな……! 面白ぇ!」ザガンは無言で回し蹴りを繰り出す。大地の加護を受けた脚が、空気を裂いて唸る。カイは首を傾けて躱すと、反撃の拳を叩き込む──だが再び土装甲が火花を散らして受け止めた。<ミナとフィアの激戦が終わり、会場はまだその余韻に包まれていた。観客席では、先ほどの戦いについての議論が続いている。「すごい戦いだったな」「ミナも相当強くなってる」「でも、フィアはまだ本気出してなかったよね」そんな中、司会の声が再び響いた。「続いて第二試合――レイン・アズレア 対 エドガー・クロムウェル!」会場がざわめく。エドガー・クロムウェルは、B組でも屈指の実力者として知られていた。風と雷を操る二属性使いで、その戦術眼の鋭さは教師陣からも評価が高い。レインがゆっくりと立ち上がる。「レイン、大丈夫か?」カイが心配そうに声をかけた。「……問題ない」レインは短く答え、静かにリングへ向かった。対戦相手のエドガーは、既にリング中央で待っていた。金髪を後ろで束ね、鋭い緑の瞳をしている。細身だが、その佇まいには確かな実力が感じられた。「レイン・アズレア……土術士か。面白い」エドガーが薄く笑う。「君の防御術は有名だが、私の攻撃速度についてこれるかな?」レインは無言で構えを取った。両手を軽く地面に向け、足元に淡い魔力が集まり始める。「両者、準備はよろしいですか?」審判が確認すると、二人が頷いた。「それでは――始め!」エドガーが先手を取った。「風雷式・疾風雷鳴《ストーム・ラッシュ》!」風と雷を同時に操り、高速でレインに迫る。その速度は確かに速い――普通の土術士なら対応できないレベルだった。だが、レインは慌てなかった。「土式・感知網《アース・センサー》」地面を通じて相手の動きを完全に把握し、冷静に対処する。「土式・連続防壁《チェイン・バリア》」エドガーの攻撃軌道上に、次々と土の壁が立ち上がった。「っ!読まれている?」エドガーが驚く。彼の攻撃は確かに速いが、レインにとっては予測可能な範囲だった。「まだまだ!風雷式・分散攻撃《スキャッター・ボルト》!」エドガーは戦術を変更し、多方向から同時攻撃を仕掛ける。風刃と雷撃が四方八方からレインを襲った。しかし――「土式・全方位防御《オムニ・ガード》」レインの周囲に完璧な土の要塞が築かれた。どの角度からの攻撃も、厚い土壁によって完全に遮断される。「馬鹿な……完璧すぎる防御だ」エドガーが息を荒げる。彼なりに全力で攻撃したが、レインには全く通用しなかった。レ
観客席の熱気が、リング上の張り詰めた空気と対照的だった。ミナとフィアが対峙する戦場には、まるで時が止まったような静寂が流れている。二人の間に立つ審判が手を上げた瞬間、空気が震えた。「始め!」最初に動いたのはミナだった。「いくわよ、フィア!」右手を振り抜くと同時に、炎の弾丸が三発、フィアへ向けて放たれる。だがフィアは一歩も動かない。左手を軽く上げると、氷の壁が瞬時に立ち上がり、炎弾を完璧に遮断した。「……やっぱり、簡単にはいかないわね」ミナが小さく舌打ちする。氷壁が砕け散り、その破片がキラキラと光を反射しながら宙に舞った。フィアは無言でその破片を操り、矢のようにミナへ向けて放つ。「甘いわよ!」ミナは慌てて横に跳び、地面を転がるように回避する。同時に反撃として手首を振ると、符術が起動した。「火式・焼尽符《バーン・レイ》!」地面に炎の線が走り、フィアの足元へ向かって伸びていく。フィアは軽やかに横へ跳び、炎を回避。その動きは無駄がなく、まるで最初から炎の軌道を読んでいたかのようだった。「予測通りね」フィアの冷静な声と共に、着地と同時に氷の槍が展開される。「氷式・穿氷槍《アイス・ランス》」鋭い氷槍がミナの胸部を狙って飛ぶ。ミナは反射的に炎の盾を展開するが、氷槍の威力は想像以上だった。「うっ――」盾が砕け、衝撃でミナの体が後方に押し戻される。それでもミナは諦めなかった。すぐに体勢を立て直し、両手に炎を集中させる。「まだまだよ!遅延起爆符――今よ!」先ほどの炎線に仕込まれていた時限符が爆発する。だが、フィアはすでにその場所にいなかった。「読めているわ、ミナ」背後からの冷たい声。振り返ったミナの目に映ったのは、フィアの氷の刃だった。「氷式・霜花刃《フロスト・エッジ》」氷の刃がミナの頬をかすめ、細い血筋が浮かぶ。「っ……速い!でも――」ミナは両手に炎を集中させ、距離を取ろうとする。「こっちだって、本気よ!火式・双爆拳!」左右から同時に放たれた炎の拳。今度はフィアも少し本気を出した。「氷式・氷華防壁《アイス・フラワー・ウォール》」美しい氷の花のような壁が展開され、炎拳を受け止める。しかし、ミナの炎は先ほどより威力が上がっていた。氷壁にひびが入り、一部が溶け始める。「やるじゃない」フィアが初め
学院中央演武場。昼下がりの陽光が、魔導結界に反射して眩しく揺れる。観客席には一年生から三年生、教師陣までびっしりと詰めかけていた。全員の視線が、これから始まる二つのリングへと注がれている。「おお……いよいよカイとサクラか」「ザガンもマリナも、どっちも相当ヤバいぞ」ざわめきは、鐘の音と同時にすっと消えた。対面するのは二組──カイ・ヴォルグ vs ザガン・グラード。そして、サクラ・ミナヅキ vs マリナ・フェルネ。両リングとも、開始の合図を待つ緊張が張り詰める。カイは拳を握り、爪が食い込むほどの力を込めていた。対するザガンは、無言で地面を踏み鳴らす。その一歩ごとに砂が跳ね、足元に薄い土の甲殻が形成されていく。「……来いよ」カイの口元に、笑みとも挑発ともつかない表情が浮かぶ。 一方、サクラは静かに深呼吸を繰り返していた。足元の魔法陣から淡い緑の風が立ち上り、髪とスカートを揺らす。マリナは水球を掌で弄びながら、唇に薄笑いを浮かべた。「……壊してあげる、その綺麗な風」「できるなら、ね」サクラは視線を逸らさずに応じる。 「始めッ!」審判の声と同時に、両リングがほぼ同時に爆発した。カイは踏み込む。砂煙を蹴散らし、強化された脚筋がリングの石床を軋ませる。ザガンは待ち構えたまま、腕を広げ、両拳を地面に叩きつけた。瞬間、カイの足元が隆起し、岩の柱が突き上がる。避けずに踏み込んだカイの拳が、柱を粉砕し、そのままザガンの顎を狙う。ガッ!土装甲に阻まれ、衝撃が拳に返ってくる。それでもカイは笑った。「硬ぇな……! 面白ぇ!」ザガンは無言で回し蹴りを繰り出す。大地の加護を受けた脚が、空気を裂いて唸る。カイは首を傾けて躱すと、反撃の拳を叩き込む──だが再び土装甲が火花を散らして受け止めた。
──午前の部、最終試合。観客席は立ち見が出るほど埋まり、試合場の中央には砂地と岩場が混在する複合フィールドが展開されていた。「一年A組、クロ・アーカディア」呼ばれた名に応じて、クロはゆっくりと歩み出る。足元の砂を踏みしめる感覚が、鼓動と同じリズムで響いた。対面には、剣を肩に担いだ長身の少年──B組の近接特化型。冷たい灰色の瞳が、獲物を測るようにこちらを見ている。《相手の初動、突進型。接近速度は演算補助で平均値の1.8倍》(つまり……距離を保たなきゃ終わりってことだ)合図と同時に、相手は一気に踏み込んできた。砂が爆ぜ、岩場が軋む。クロは前へ出ず、逆方向へ跳ねる。だが、相手の剣先は迷いなく追ってくる。視界の端で、青白い光が瞬く。雷を脚部に集中させ、身体をひねった瞬間──軌道が滑るように変わった。まるで空気の壁を蹴ったように、クロの身体は横へと弾かれる。相手の剣が空を切り、砂煙だけが舞った。「……はやっ!」観客席からざわめきが広がる。《今の動き、成功率72%。再現可能》(悪くない……けど、何度もやればバレる)着地と同時に、雷を弾丸のように放つ。相手は剣でそれを弾いたが、わずかに体勢が崩れる。そこへ間を置かず、再び軌道をずらす移動。一瞬で背後を取り、ブレイサーに組み込んだ短刃を抜く。「……ッ!」振り返りざまの剣と、雷を帯びた刃が衝突。火花が散り、互いの顔が間近に迫る。《心拍数上昇。だが動きは安定》(まだいける)二人は一度距離を取り、砂地に緊張が戻った。観客席の視線が、さらに熱を帯びていく。──初手は互角。次の一手で、勝負が動く。砂を蹴る音が、次の瞬間には爆発音に変わった。相手が踏み込みと同時に、地面を削るほどの加速をかけてきたのだ。視界いっぱいに灰色の剣閃が迫る。《接近完了まで0.4秒──回避困難》(なら、受ける!)クロは左腕のブレイサーを前に出し、雷を瞬間的に収束させた。衝撃と共に金属の軋みが走る。しかし、そのまま後方に吹き飛ぶのではなく、踏み込み足に雷を流し込んで反動を殺した。「なっ──」相手が驚く間に、クロは逆方向へ滑るように移動する。間合いを外し、手首の動きだけで雷弾を三発。一発は剣で弾かれたが、二発目が相手の足元を抉り、三発目が肩口をかすめた。その一瞬、灰色の瞳がわずかに
──朝、学院の空気はいつもと違っていた。廊下を歩けば、早朝にも関わらず生徒たちの足音と声が交錯している。「作戦はこれで行くぞ」「いや、相手の防御式はもっと厄介だ」そんなやり取りがあちこちから聞こえてくる。今日は魔導選抜戦、初戦の日だ。食堂も普段のざわめきとは別物だった。長テーブルのあちこちで、同じチーム同士が集まり、パンやスープを前にしながらも話題は戦い一色だ。クロは人混みを抜けて、端の席に腰を下ろす。ブレイサーを左腕から外し、演算式の流路を指でなぞって確認する。《出力安定、残稼働時間は前回計測より一割増》ゼロの冷静な報告が、頭の奥に響いた。「悪くないな」小声で呟くと、向かいの席にサクラが座った。「昨日の風……効いた?」クロはわずかに笑い、「おかげでぐっすりだ」と答える。サクラは嬉しそうに頷き、それ以上は何も言わなかった。通路の方から聞き慣れた声が響く。「おいクロ! お前、顔色いいじゃねぇか」カイが片手にパンを持ったまま近づいてくる。「当たり前だろ」ミナもその後ろから現れ、半眼でカイを睨む。「……あんたは落ち着きなさい。朝からうるさい」「うるさいくらいでちょうどいいんだよ」そんな二人のやり取りに、サクラが小さく笑う。食事を終えると、クロはブレイサーを再装着した。金属の重みと微かな魔力の感触が、掌から腕へと流れ込んでくる。《初戦まで残り二時間》ゼロの声に合わせ、クロはゆっくりと深呼吸をした。いよいよ、この日が始まる。学院講堂前──。大きな扉の向こうからは、既に観客のざわめきが漏れ出していた。廊下の両脇には各チームが集まり、最後の確認や小声の作戦会議をしている。クロたち6人も、その一角に立っていた。カイは腕を組み、笑みを浮かべながらも目は鋭い。ミナは口を閉ざし、視線を前へと固定している。サクラは柔らかな表情で仲間の顔を一人ずつ見渡し、フィアとレインは最終的な魔力循環を確認中だ。「間もなく入場です」教官の声が響くと、ざわめきが一瞬だけ収まる。扉が重々しく開き、熱気が一気に流れ込んできた。観客席を埋めるのは、生徒だけではない。教員、上級生、そして学外からの視察者まで混じっている。壇上中央には司会役の教官と、大型の魔導スクリーン。これから試合の経過や対戦表が映し出される場所だ。「おー、す
──朝から、学院の空気が落ち着かない。廊下を歩けば、そこかしこで選抜戦の話題が耳に入ってくる。「誰と当たるかな」「あの人とはやりたくない」──そんな声が、普段よりも熱を帯びていた。一年生の教室も同じだった。黒板の前では、カイが腕を組んで仁王立ちしている。「よーし、誰が相手でもぶっ飛ばす。以上!」宣言のようなその言葉に、隣のミナが即座に眉をひそめた。「そういうの、だいたいフラグになるからやめなさい」「フラグとか気にしてたら勝てねぇだろ」「……勝ちやすい相手がいいって、ちょっとは思わないの?」「思わねぇな」軽口を叩き合う二人の声が、いつもより少し大きく響く。窓際の席では、サクラが静かに教科書を閉じた。「……みんな、少し緊張してるみたい」その柔らかな声に、クロは机に肘をつきながら小さくうなずく。「お前は緊張してないのか」「……してるよ。でも、怖いだけじゃない。早く試したいの」淡々とした口調の奥に、かすかな高揚が混じっていた。教室の隅、フィアとレインはほとんど言葉を交わさない。だが、机の上のノートには複雑な陣形図が描かれ、時折フィアが何かを書き加えると、レインが短くうなずく。その静かなやり取りに、クロは“いつも通り”という安心感を覚えた。(……全員、それぞれのやり方で準備してる)魔導選抜戦──学年代表を決める、夏休み最大の戦い。数日前まで別荘で汗を流していた仲間たちが、今はそれぞれの場所で緊張と期待を抱えている。チャイムが鳴る。今日、このあと行われるのは、組み合わせ抽選会だ。誰と初戦を戦うのか、その瞬間がすぐそこに迫っていた。学院講堂──普段は式典や発表会に使われる広い空間が、この日は一年生全員の熱気で満たされていた。壇上には、抽選用の魔導端末が鎮座している。透明な水晶の内部には小さな光球が無数に浮かび、時折ぱちぱちと弾けては新しい位置に流れていく。司会役の教官が簡潔に説明を終えると、会場のざわめきがひときわ高まった。「一年A組、クロ・アーカディア」呼ばれた名前に、クロは深く息を吸って壇上に歩み出る。視線を感じる。見上げれば、客席の中央にジン・アルバートが座っていた。氷のような無表情──だが、その瞳は明らかにクロを射抜いている。《心拍数上昇。深呼吸を推奨》(分かってる……)水晶の上に手をかざすと