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鳥は自由に
鳥は自由に
Author: ナシ天ぷら

第1話

Author: ナシ天ぷら
「秋山様、こちらはお客様が当店で予約された仮死サービスの契約書です。死亡予定日時は半月後の結婚式当日、死因は海への投身自殺、仮死者はお客様ご本人となります。こちらに署名をお願いいたします」

飛鳥は軽く頷くと、迷いなく書類の最後に自分の名前を書き記した。

賑わう街の中、飛鳥は一人帰路につく。ふと顔を上げると、遠くのビルの広告スクリーンに、繰り返し流れるプロポーズの映像が映っていた。

映像の中、跪いた景は、いつもは冷静沈着なはずの彼が指輪を持つ手をわずかに震わせていた。彼女が「はい」と答えた瞬間、それまで瞳に溜めていた涙が静かに頬を伝う。

感動的なその一幕に、飛鳥の隣にいた二人の少女が抱き合い、憧れを滲ませる。

「きゃー!角田さん、本当に秋山さんのことを愛してるんだね!」

「そうそう!角田さんってまさに純愛派よ!二人は幼馴染で、彼は17歳のときに待ちきれず告白し、20歳で世界最高級のピンクダイヤを使って彼女のために王冠を作って、彼女は永遠に彼の姫だって。そして23歳、秋山さんが事故に遭ったとき、特殊な血液型で輸血が必要になっても、角田さんは反対を押し切って自ら献血して、血が尽きる寸前まで彼女を救おうとしたんだから!26歳で世界中に向けてプロポーズの生配信をして、ついに彼は最愛の女性を手に入れたの!こんなに妻を大切にする男性なんて他にいないよ!」

……

飛鳥はそれ以上聞く気になれず、伏し目がちに冷笑を隠した。

誰もが彼と彼女の愛に憧れ、誰もが彼の愛の深さを語る。

だからこそ、誰も想像すらしないだろう。

この完璧な男が、実は3年間もこっそりと無名のネットアイドルを囲っていたことなど。

「仕事」と言って彼が何度も夜を共にしなかったその時間、その全てが他の女との濃密な逢瀬だったと知ったとき、飛鳥の心は鋭い刃でえぐられたように、血まみれになった。

無惨な写真の数々を目にした瞬間、彼女の記憶は15歳のあの日へと遡る。

両親の離婚、どちらも彼女を引き取ろうとせず、醜く罵り合う中。

「みんなが彼女を要らないなら、俺が引き取る!」

その言葉とともに、景は勢いよく扉を開け、彼女の手を握った。

あの日から、彼の全ての真心は彼女に注がれた。

彼女のために喧嘩して肋骨を三本折り、彼女の生理周期をすべて把握して、さらにSNSには彼女しかいなかった。周囲の友人は皆、彼を「飛鳥専用の恋愛脳」と揶揄したほどだ。

彼が彼女の指に結婚指輪をはめた瞬間、涙を流しながらキスを落とし、心の底から懇願した。

「どうか、一生俺を愛してくれ。俺を置いて行かないでくれ。君がいなくなったら、俺はきっと狂ってしまう」

そう言ったのは彼の方だったのに。

なのに、先に裏切ったのも彼だった。

ならば、自ら【死】を偽り、彼の世界から完全に消え去ればいい。名前を変え、存在を消し去り、二度と彼の目には触れさせない。

飛鳥はそっと目元の湿りを拭い、踵を返そうとしたそのとき――

目の前で、黒のマイバッハが急停車した。

後部座席の扉が開き、高身長の男性が足早に近づいてくる。

「飛鳥、家で待っててって言っただろ?仕事が終わったら迎えに行くって約束したのに、どうして一人で出てきたんだ?」

景はそう言いながら彼女の手を取り、その冷たさに気付くと、すぐに自分のコートを肩にかけた。

「こんなに手が冷たいのに、上着も着ないで……風邪を引いたらどうする?」

飛鳥は何も言わず、ただ彼を静かに見つめた。

彼の瞳には、確かに自分を気遣う愛があった。

だが、だからこそ分からない。

どうして、一人の人間が、二人の女性を同時に愛することができるのか――

景は彼女の肩を抱くと、そのまま車に乗せようとした。

すると、その場の雰囲気に気付いた二人の少女が振り返る。

彼らの姿を認識した瞬間、彼女たちの瞳が歓喜に輝いた。

「も、もしかして……秋山さんと角田さんですか!?わ、私たち、お二人が好きなんです!一緒に写真を撮ってもらえませんか!?」

飛鳥は一瞬考えたが、彼女たちを落胆させたくなくて、静かに頷いた。

許可を得た二人は、興奮しながら二人の間に立ち、スマホのカメラを向ける。

景は普段写真を好まないが、それでも彼女のために腕を回し、カメラを見つめた。

撮影後、少女たちは頬を赤らめながら何度も感謝の言葉を述べた。

「お二人が末永く幸せでありますように……!」

――末永く?

飛鳥は隣の景を見上げる。

彼と視線が交わった瞬間、彼は優しく微笑んだ。まるで少女たちの言葉に同意するかのように。

だが、彼女だけが知っている。

二人の未来に、永遠などないことを。

ドレスショップの前で車を降りると、店員がすぐに駆け寄ってきた。

「秋山様、角田様が特注された千着のウェディングドレス、すべてご用意できております。お好きなものをお選びください」

彼女は返事をせず、景の方を見た。

彼はスマホを見つめ、瞳に抑えきれない欲望を宿していた。

それは、彼があの女といるときの【あの目】だった。

視線を感じた彼は慌ててスマホを閉じ、申し訳なさそうに微笑む。

「ごめん、急ぎの仕事が入った。運転手をここで待たせるから、試着が終わったら送ってもらって」

そう言い残し、額に軽くキスを落とし、彼は去った。

「秋山様、試着なさいますか?」

店員が慎重に尋ねる。

彼女は目を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫。全部、いらないから」

なぜなら、

その結婚式の花嫁は、すでに【死んでいる】のだから。

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