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別宅に夫の愛人がいた

別宅に夫の愛人がいた

By:  ちょうどいいCompleted
Language: Japanese
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私は、本間澪華(ほんま れいか)。結婚してからずっと空き家のままになっている家がある。 そんなある日、管理会社から連絡が入った。 「本間様、恐れ入りますが、そちらにご入居中の方へお伝えいただけますでしょうか。ベランダに干してある女性用の下着が外から見えてしまうということで、下の階の方からすでに二度ほど苦情が入っておりまして……」 送られてきた写真には、透け感のあるセクシーなランジェリーが、ベランダのいちばん外側に掛けられ、風に揺れていた。 その隣には、見覚えのあるメンズのボクサーパンツまで干してある。 胸の奥がすっと冷え、私はすぐ夫の本間郁人(ほんま いくと)に電話をかけた。 「汐見ヒルズの部屋、人に貸したの?」 郁人は一瞬だけ黙り込んで、それから急に笑い出した。 「なんだ、もう気づいたのか。本当はサプライズにするつもりだったのにさ。帰ったら、家賃はちゃんと家計に入れるようにするから」 私は嬉しそうなふりをして、「ほんと?助かる」と笑ってみせた。 電話を切ると、そのまま汐見ヒルズへ向かった。

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Chapter 1

第1話

私は、本間澪華(ほんま れいか)。結婚してからずっと空き家のままになっている家がある。

そんなある日、管理会社から連絡が入った。

「本間様、恐れ入りますが、そちらにご入居中の方へお伝えいただけますでしょうか。ベランダに干してある女性用の下着が外から見えてしまうということで、下の階の方からすでに二度ほど苦情が入っておりまして……」

送られてきた写真には、透け感のあるセクシーなランジェリーが、ベランダのいちばん外側に掛けられ、風に揺れていた。

その隣には、見覚えのあるメンズのボクサーパンツまで干してある。

胸の奥がすっと冷え、私はすぐ夫の本間郁人(ほんま いくと)に電話をかけた。

「汐見ヒルズの部屋、人に貸したの?」

郁人は一瞬だけ黙り込んで、それから急に笑い出した。

「なんだ、もう気づいたのか。本当はサプライズにするつもりだったのにさ。帰ったら、家賃はちゃんと家計に入れるようにするから」

私は嬉しそうなふりをして、「ほんと?助かる」と笑ってみせた。

電話を切ると、そのまま汐見ヒルズへ向かった。

……

私がマンションに着いた頃には、上下の階の女がそれぞれベランダから身を乗り出し、今にも掴み合いになりそうな勢いで言い争っていた。

下の階の年配の女性が、上のベランダを指さして怒鳴っている。

「なんでよりにもよって、そんなものをいちばん外に干すのよ!通りから丸見えじゃない!」

するとベランダの女も、すぐに言い返した。

「自分の服を干して何が悪いんですか?」

「人がどう思うかってことがあるでしょう!恥ずかしいって気持ちがないの!?」

言い争いはどんどん激しくなっていった。

そのとき、ひときわ強い風が吹いた。

外側に掛けられていたメンズのボクサーパンツが大きく揺れ、そのままふわりと落ちていく。

少し離れた場所に立っていた私には、はっきりわかった。

――あれは、郁人のだ。

最近、ジムに通い始めて少し痩せた郁人のために、私がウエストを詰めてあげたものだった。

最後まで抱いていたわずかな期待も、その瞬間、きれいに消えた。

私はそのまま玄関の前まで歩いていき、鍵を差し込んでドアを開けた。

さっきまでベランダで怒鳴っていた女は、リビングの物音に気づいて振り向いた瞬間、顔を強ばらせた。

「ちょっと、誰よあなた!?どうして入ってこられたの!?」

私は皮肉な笑みを浮かべ、手の中の鍵を軽く振った。

「ここ、私の家なんだけど。どうやって入ったと思う?」

川を一望できるこの一室は、母が亡くなる前に私に遺してくれたものだ。

ヨーロピアン調の内装で、川も街のランドマークも見渡せる。夜になれば、息をのむほど美しい景色が広がる。

ここ数年、景気はずっとよくなかった。郁人は何度も、この部屋を売って会社の資金繰りに回してほしいと言ってきた。

けれど、ここには母との思い出が詰まっている。形見のような場所で、どうしても手放す気にはなれなかった。

つい最近も、郁人はフランスから帰ってきたばかりだった。取引先との話はまとまらず、会社もかなりの損失を出したと言っていた。

ここしばらく、朝早くから夜遅くまで働く彼を見て、私は本気でこの部屋を売ることまで考えていた。

それなのに――まさか、その矢先にこんな裏切りを突きつけられるなんて。

女は目に見えてうろたえ、頬を真っ赤にしたまま、取り繕うような笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた。

「あら、あなたが澪華さんでしたか。どうぞ、上がってください」

女は愛想よく笑って、身を引いた。

「私、日高紗季(ひだか さき)っていいます。郁人さんの母方のいとこで、今ちょうど仕事を探しているところなんです。それで、しばらくここに住まわせてもらっていて」

玄関に足を踏み入れた瞬間、私は息が詰まった。

そこにはもう、母が暮らしていた頃の面影がほとんど残っていなかった。

代わりに、高級バッグや服、ブランド物のコスメがあちこちに並び、目に刺さるようだった。

紗季は取り繕うように水を差し出してきたが、落ち着きなく泳ぐ視線が、どれほど動揺しているのかを隠しきれていなかった。

――母方のいとこ?

笑わせないで。

郁人の母方に、親戚なんていない。

じゃあ、この女は何者なの。

それに、仕事を探している最中の若い女が、こんな贅沢品をいくつも揃えられるはずがない。

私がソファに置かれたブランド服へ目を向けているのに気づくと、紗季は慌ててそれをかき集めながら言った。

「これ、全部彼氏が買ってくれたんです。いらないって言ったのに、どうしてもって」

困ったような言い方のくせに、その口元には自慢と挑発がうっすら滲んでいた。

私は眉をわずかに上げた。

「へえ。彼氏がそんなにお金持ちなら、その人のところで一緒に暮らせばいいんじゃない?仕事もないのに、もう一部屋分の家賃を払ってまでここに住む必要ある?」

「家賃……?」

紗季は思わず聞き返し、しまったというように目を泳がせると、慌てて取り繕った。

「いえ、親戚でも払うものはちゃんと払わないといけませんし。身内だからこそ、お金のことはきっちりしておかないと。

それに、私だって一応大学は出ていますし。女はちゃんと経済的に自立しないといけないと思うんです。……澪華さんも、そう思いません?」

彼女は目の端で私の反応をうかがっていたが、私は気づかないふりをして立ち上がった。

「家賃を払ってるなら、何の問題もないわね。……LINE、交換しておきましょう」

LINEを交換すると、私は軽くうなずいた。

「じゃあ、今日はこれで」

その一言で、彼女が目に見えてほっとしたのがわかった。

けれど――

彼女は知らない。

私がいったん出たあと、すぐにまた戻ってきていたことを。

扉越しでも、紗季の甘えた声ははっきり聞こえた。

「ねえ、早く帰ってきてよ。さっきあなたの奥さんが来てさ、私、すごく嫌なこと言われたんだけど……」
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第1話
私は、本間澪華(ほんま れいか)。結婚してからずっと空き家のままになっている家がある。そんなある日、管理会社から連絡が入った。「本間様、恐れ入りますが、そちらにご入居中の方へお伝えいただけますでしょうか。ベランダに干してある女性用の下着が外から見えてしまうということで、下の階の方からすでに二度ほど苦情が入っておりまして……」送られてきた写真には、透け感のあるセクシーなランジェリーが、ベランダのいちばん外側に掛けられ、風に揺れていた。その隣には、見覚えのあるメンズのボクサーパンツまで干してある。胸の奥がすっと冷え、私はすぐ夫の本間郁人(ほんま いくと)に電話をかけた。「汐見ヒルズの部屋、人に貸したの?」郁人は一瞬だけ黙り込んで、それから急に笑い出した。「なんだ、もう気づいたのか。本当はサプライズにするつもりだったのにさ。帰ったら、家賃はちゃんと家計に入れるようにするから」私は嬉しそうなふりをして、「ほんと?助かる」と笑ってみせた。電話を切ると、そのまま汐見ヒルズへ向かった。……私がマンションに着いた頃には、上下の階の女がそれぞれベランダから身を乗り出し、今にも掴み合いになりそうな勢いで言い争っていた。下の階の年配の女性が、上のベランダを指さして怒鳴っている。「なんでよりにもよって、そんなものをいちばん外に干すのよ!通りから丸見えじゃない!」するとベランダの女も、すぐに言い返した。「自分の服を干して何が悪いんですか?」「人がどう思うかってことがあるでしょう!恥ずかしいって気持ちがないの!?」言い争いはどんどん激しくなっていった。そのとき、ひときわ強い風が吹いた。外側に掛けられていたメンズのボクサーパンツが大きく揺れ、そのままふわりと落ちていく。少し離れた場所に立っていた私には、はっきりわかった。――あれは、郁人のだ。最近、ジムに通い始めて少し痩せた郁人のために、私がウエストを詰めてあげたものだった。最後まで抱いていたわずかな期待も、その瞬間、きれいに消えた。私はそのまま玄関の前まで歩いていき、鍵を差し込んでドアを開けた。さっきまでベランダで怒鳴っていた女は、リビングの物音に気づいて振り向いた瞬間、顔を強ばらせた。「ちょっと、誰よあなた!?どうして入ってこられたの!
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第2話
家に戻るなり、私はすぐ紗季のインスタを開いた。中でもひときわ「いいね」が集まっていた投稿が三つあった。最初の投稿には、真珠のブレスレットをつけた手首の写真が載っていた。キャプションにはこう書かれている。【彼にもらったの。これっていくらくらいすると思う?】――それは、昔義母がずっと身につけていたものだった。本間家では、そのブレスレットは代々、長男の嫁にだけ渡されるはずのものだ。少し前に家を片づけたとき見当たらなくて、郁人は実家に置き忘れたのかもしれないと言っていた。それをまさか、あの女に渡していたなんて。こみ上げてくる吐き気をどうにか押し殺しながら、私はそのまま画面をスクロールした。二つ目の投稿には、バリの高級ホテルのインフィニティプールで、ビキニ姿の紗季がゆったりと寝そべる写真が添えられていた。その背中に日焼け止めを塗っている手が映り込んでいて、それを一目見ただけで郁人の手だとわかった。子どものころの怪我のせいで、小指の形が少しだけ人と違うからだ。投稿日の日付を見て、私は息をのんだ。その日は、私たちの結婚記念日だった。あの日のために私はずっと前から準備して、どうしても一緒に過ごしてほしいと頼んだのに、郁人は急な出張だと言って聞き入れなかった。子どもみたいなことを言うな、俺の立場も考えろとまで言われた。三つ目は、いちばん新しい投稿だった。紗季は今回のパリ旅行で買ったブランド品を、これ見よがしに並べていた。画面の端に映り込んだカードの一部を見た瞬間、私は息をのんだ。末尾の番号に見覚えがあった。あれは間違いなく、郁人のクレジットカードだった。ざっと見ただけでも、それらの総額は控えめに見て4000万円は下らない。まさか、ここまでとは思わなかった。郁人は紗季には4000万円分もの贈り物を惜しげもなく与えておきながら、私には記念日でさえ映画のチケット1枚で済ませていたのだ。そのくせ私は彼を気の毒に思い、あの家まで売って資金繰りを助けようとしていた。自分の見る目のなさにも、両親の反対を振り切ってまで彼と結婚した過去にも、腹の底から怒りがこみ上げてきた。今になって思えば、最初から二人に笑いものにされていたようなものだった。怒りに任せて、私は手元の証拠をすべて同級生の三浦卓也(
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第3話
通話を切ったあと、画面の中では紗季が唇を尖らせ、不満そうに甘えた声を出していた。「もう、ほんとにびっくりしたんだから。今日いきなりあいつが来て、心臓止まるかと思った。私たちのこと、ばれたのかと思っちゃった」郁人はそんな彼女の額に軽くキスを落とし。「ばかだな。俺がそんなヘマするわけないだろ。ちょうど年末だしさ。怖い思いさせたお詫びに、オークションでも連れてってやろうか?」紗季はぱっと顔を輝かせると郁人の首に抱きつき、そのまま胸元へと指先を這わせていった。――その先は、さすがに見ていられなかった。卓也の仕事は本当に早かった。翌朝、目を覚ましたときには、もう調査結果が届いていた。紗季は郁人のいとこでも何でもなかった。ただ同じ地元だったというだけで、私と出会う前の郁人にとっては、ずっと忘れられない初恋の相手だったらしい。郁人がまだ私と付き合っていた頃も、二人は何度も別れかけては、ずるずると関係を続けていたらしい。ただ、その頃の郁人はまだこの街で地盤を築けていなかったせいか、二人の関係も中途半端なままだった。それが結婚後、仕事が軌道に乗って金に余裕ができると、郁人の欲はますます膨らんでいった。彼は私の持ち家を自分のもののように使い、そこへ紗季を住まわせた。やがて二人は、私の知らないところで、まるで夫婦のようにそこで暮らすようになった。卓也が集めてくれた利用明細に目を通すと、食事から服、家賃、日用品に至るまで、どれも贅沢なものばかりだった。小さな出費まで合わせれば、総額は二億円近くになっていたらしい。その情報を手がかりに、私は別アカウントで紗季のSNSをのぞいた。そこにいたのは、まるで裕福な奥様気取りの紗季だった。彼女が身につけているものの中には、私が誕生日に自分で買ったダイヤのネックレスもあれば、昔、両親から贈られたダイヤの指輪もあった。証拠を見れば見るほど怒りが込み上げてきた。あれほど郁人を信じていた自分が情けなくて、吐き気がするほどだった。SNSの最新投稿には、母が遺してくれたあの家を紹介するルームツアー動画が上がっていた。動画の中で紗季は、いかにも慣れた口ぶりでこう話していた。【邸宅に住み慣れちゃうと、三百平米のリバービューでもちょっと手狭に感じちゃうのよね。夫が思い出が
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第4話
オークション当日、私は三十分ほど早めに会場へ入り、会場を見渡しやすく、なおかつこちらの姿が目につきにくい個室に腰を落ち着けた。しばらくして、郁人と紗季が揃って姿を現した。寄り添って歩くその様子は、傍から見れば仲のいい夫婦そのものだった。今日は配信をするつもりなのだろう。普段から派手な紗季は、いつも以上に気合いが入っていた。ネックレスもピアスも抜かりなく揃え、腕にはケリーを提げ、髪まできっちりセットしている。事情を知らない人が見たら、オークションではなくパーティーにでも来たのかと思うほどだった。入り口のスタッフは二人の姿を見るなり、すぐに笑顔で出迎え、そのままVIPルームへ案内していった。紗季は席に着くとほとんど間を置かず配信を始め、私は裏アカウントでその配信を覗いた。出品物が運ばれてくるたびに、紗季は間髪入れず札を入れていく。ほかの参加者が口を挟む隙もないほどだった。気がつけば、紗季はあっという間に何千万円もの金を使っていた。それだけ湯水のように金を使っているのに、郁人は眉一つ動かさない。どうせ私の金だと思えば、痛くもかゆくもないのだろう。私は小さく笑った。焦りはまったくなかった。むしろ、この先どう転ぶのかが少し楽しみなくらいだった。前座の出品がひと通り終わると、オークショニアが目玉の一着について、朗々とした声で語り始めた。「かつて英国王妃がこのドレスをまとい、ウェストミンスター寺院の鐘の音に包まれながら祝福の中を歩まれました。パフスリーブに深いVネック、そして八メートルにも及ぶロングトレーン――そのすべてが時代を象徴する名作として語り継がれている、大変貴重な一着でございます。軽やかに広がる優美なシルエットに、繊細なチュールと真珠の装飾を贅沢にあしらった、当時のブライダルファッションを代表する逸品です」その豪奢で気品に満ちたウェディングドレスが照明の下に姿を現した瞬間、紗季の頬がぱっと赤くなった。目をきらきらと輝かせ、興奮を隠しきれない様子で声を上げる。「あなた、あれ欲しい!あのドレスで式を挙げたら、絶対みんなの視線集めるよ!」郁人は少し考えたあと、あっさり頷いた。紗季は嬉しそうに彼の頬を両手で包み込むと、そのまま大げさなくらいのキスをした。「やっぱりあなたって最高!」やがてオークショニアが
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第5話
「……なんで、お前がここにいるんだ?」私の顔を見た瞬間、郁人の表情が固まった。思わず後ずさる。「何か問題でもある?」私はそのままゆっくり個室を出て、紗季にもはっきり見える位置まで歩み出た。紗季は目を見開いたまま動けずにいたが、私と目が合った途端、気まずそうに視線を逸らした。ちらりと郁人のほうをうかがったあとには、さっきまでの勢いもすっかり消えていた。郁人が何か言い訳をしようと口を開きかけたので、私はひとつ視線を向けるだけで黙らせる。「郁人、年末で忙しくて家にも帰れないって言ってたわよね。それなのに――いとこを連れてオークションには来られるのね」郁人は何も言えないまま立ち尽くしていた。「それに、私の知らないところで結婚式の準備まで進んでいたなんて。妻としては初耳なんだけど」表情は変えないまま、そのまま彼を見つめる。声を荒げたわけでもないのに、会場の空気がすっと静まり返った。郁人の顔から、みるみる血の気が引いていく。そのとき、秘書が小さくうなずいた。私は口元にわずかな笑みを浮かべ、会場を見渡してから、落ち着いた声で口を開いた。「皆様、お楽しみのところ失礼いたします。事情をご存じない方もいらっしゃると思いますので、まずはスクリーンをご覧ください」次の瞬間、出品物を映していた会場のスクリーンが切り替わった。そこに映し出されたのは、郁人と紗季が私の家で繰り返し会っていた様子だった。会場がどよめく。人前で晒されるはずのなかった自分たちの姿を目にして、郁人は呆然と立ち尽くし、紗季は悲鳴を上げてテーブルの下にしゃがみ込んだ。続いてスクリーンに映し出されたのは、この数年にわたる二人の支出記録だった。ジュエリー、バッグ、衣類、化粧品、ホテル、航空券――金額、日時、場所、使用されたカード番号に至るまで、すべてきれいに並べられていた。「郁人。この数年、あなたたちが何をしてきたのか――全部わかってるの」私は静かな声で言った。「まだ何か言うつもり?」スクリーンに映し出された映像も、並べられた記録も、それだけで十分だった。もう言い逃れなんてできるはずがない。会場は一気にざわついた。「愛人ならこっそり囲っとけばいいのに……あんな大金まで出すって、さすがにおかしくない?」「さっきい
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第6話
紗季はたちまち今にも泣き出しそうな顔になり、その痛々しい様子に、場の空気は少しずつ彼女に同情的になっていった。「今どき、こういうのはいくらでも作れるでしょ。特にAIなんて、もう本物かどうかなんて分からないし」「それもそうよね。本当にやましい関係なら、こんな人目のある場所に堂々と連れて来たりしないんじゃない?」「見てよ、あの奥さん。あんなふうに責め立てるなんて、家でも相当きついんじゃない?旦那さんが浮気したのだって、追い詰められてたからかもしれないわよ」自分に同情が集まりはじめたのが分かったのだろう。紗季の目の奥に、一瞬だけ得意げな色がよぎった。その空気に乗るように、郁人も今度は私に縋るような声を出した。「澪華、もうやめてくれ。お前、昔からそうやってすぐ疑うだろ。俺が女の人と少し話しただけでも嫌な顔してたし……会社の人だって、何人も気まずくなって辞めていったじゃないか。怒るのは分かるけど、さすがにやりすぎだって。ここは公の場なんだ。頼むから、もう帰ろう」事情を知らない者が見れば、私のほうがすぐ感情的になって人前でも相手を追い詰める、厄介な妻に見えたのだろう。会場の男たちの中には郁人にあからさまな同情の視線を向ける者もいて、中には事情が分かったような顔で肩を叩く者までいた。私は小さく笑うと、今度は紗季がSNSに上げていた投稿を映し出した。「いいわ。百歩譲って、さっきまでの映像や写真は作り物だったとしましょう。でも、これは?本⼈が自分で撮って、自分でSNSに上げていたものよ。これも偽物だって言うつもり?」さらに私はバッグの中から登記事項証明書を取り出し、そのまま紗季の目の前に突きつけた。「いつから私の家があなたの家になったの?それから――いつから私の服やアクセサリーまで、あなたのものになったの?」これ以上、でっち上げだと言わせないために、私は証明書に記載された不動産番号の部分がはっきり見えるように示した。「これは誤魔化しようがないわ。不動産番号を見れば、登記情報で確認できるもの」私の言葉が流れた途端、配信のコメント欄が一気にざわつき始めた。【え、あの家って本人のじゃなかったの?なのに売るとか言ってたの?やば……図々しすぎでしょ】【それもう普通に他人の家じゃん。勝手に使ってたってこと?】【いや無理で
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第7話
郁人は、まさか私がそこまで言うとは思っていなかったのだろう。一瞬だけ目を見開き、それから紗季のほうをちらりと見て、取り繕うように口を開いた。「澪華、いくらなんでも、この寒い中で今すぐ出て行けっていうのはきついだろ。引っ越すにしたって、次の部屋を探す時間くらいは必要じゃないか?それに、若い子って、ちょっと見栄を張ったりするもんだろ。注目されたくて話を大きくしただけで、本気でお前の家をどうこうするつもりだったわけじゃない。そこまで追い詰めなくてもいいじゃないか」私は黙って郁人を見返した。「部屋を探す時間がないなら、ホテルにでも泊まればいいでしょう」そう言ってから、私は郁人をまっすぐ見た。「今すぐ、あの女を私の家から出て行かせて」私が言い終えた、その直後だった。紗季が急に息を詰まらせたかと思うと、胸元を押さえたまま苦しそうに壁にもたれかかった。「え……ちょっと、喘息じゃない?」すぐ近くにいた女が、息をのむように声を上げる。「「まずくない?これ、ひどくなると危ないんじゃ……」紗季の顔がみるみる青ざめていくのを見て、さっきまでこちらに向いていた視線が、また彼女へと流れていくのが分かった。「かわいそうに……あんなふうに追い詰められたら、そりゃ発作も出るわよ。いきなり出て行けなんて言われたら、相当こたえるでしょうし」「やっぱり強すぎる女って、男に敬遠されるのよね。慣れない土地で部屋探すのだって大変でしょうに……やり方はまずかったとしても、本当に家を売ったわけじゃないんでしょう? そこまで追い込まなくてもいいんじゃない?」「ほんとよ。この寒い時期に今すぐ出て行けなんて、少しくらい猶予をあげてもいいじゃない。さすがに厳しすぎるわよ」「さっき旦那さんも言ってたじゃない。すぐ疑うタイプだって。あれ、愛情っていうより嫉妬よね」けれど――紗季のその安っぽい芝居は、すぐそばにいた私には見え見えだった。あまりにわざとらしくて、まともに相手をする気にもなれない。私はその場から動かず、もちろん手を貸すこともしなかった。すると郁人はいきなり私を突き飛ばし、苛立ちを隠そうともせず吐き捨てた。「澪華、どんな事情があったって、今はそれどころじゃないだろ。お前が放っておくなら、俺が連れて行く」そう吐き捨てると、郁人
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第8話
郁人は鼻で笑うと、いかにも面倒くさそうにバッグからカードを取り出した。「何言ってるんだよ。こっちは何度も落札してる客だぞ。支払い遅れたことなんて一度もないだろ。その対応はどうなんだよ。上に言うぞ」ああやって偉そうにまくし立てるのを見ていると、軽蔑したくなる。結局、自分の苛立ちを、何の落ち度もない人にぶつけているだけだ。そういうところが、余計に彼の底の浅さを浮き彫りにしていた。やがて端末が短く音を鳴らした。郁人は当然のようにカードを受け取ろうと手を伸ばす。けれどオークショニアは、そのままもう一度カードを通した。その瞬間、郁人の声が一気に荒くなる。「おい、何勝手にもう一回通してるんだよ。人のカードを勝手にいじって、どういうつもりだ。調子に乗るなよ」オークショニアはうんざりしたように郁人を見た。「本間様。一度目の決済が確認できなかったため、再度カードを通させていただきました」「は?そんなはずないだろ。残高なら十分ある」オークショニアは淡々と言った。「私がこの場で嘘をつく意味はありません」郁人はさすがにばつが悪くなったのか、わずかに言葉を詰まらせた。「……暗証番号を間違えたのかもしれない。もう一度やる」もう一度暗証番号を入力したが、やはり決済は通らなかった。オークショニアはカードを返しながら、淡々と告げた。「本間様、恐れ入りますが別のカードをお願いいたします。こちらのカードはご利用可能額を超えているか、利用制限がかかっております」その瞬間、それまで具合が悪そうにしていた紗季が、がばっと身を起こした。郁人の襟元をつかみ、そのまま詰め寄る。「どういうこと?お金ないの?たかが何千万円でしょ?それすら出せないの?」たかが何千万円、か。普通に暮らしている人間からすれば、簡単に出せるような額じゃない。やっぱり、自分で稼いだお金じゃないから、あんなふうに言えるのだろう。私はそんな紗季を見て、わざとらしく言った。「あら、すごいわね。病院に行く前に、もう治っちゃったの?」けれど紗季は、私の嫌味なんてまるで耳に入っていない様子だった。今の彼女の頭にあるのは、郁人にもうお金がないかもしれない――それだけなのだろう。これまで思い描いていた生活が、音を立てて崩れていくのが分かったの
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第9話
オークショニアは郁人に視線を向け、淡々と告げた。「本間様。本日中にお支払いが確認できない場合、当オークションハウスとして法的な手続きに移らせていただきます」その言葉を聞いた途端、郁人はその場にへたり込んだ。そして、縋るように私の足元に手を伸ばす。「頼む、澪華……俺たち夫婦だろ。今回だけ助けてくれ。捕まりたくないんだ。このままだと本当に終わりなんだよ」私はその手を冷たく振り払った。「よくそんなこと言えるわね。あの女と一緒にいたとき、夫婦だったことなんて思い出しもしなかったくせに。今さら何を言ってるの」私に頼っても無駄だと分かったのだろう。郁人はすぐに紗季へすがった。「紗季、今までお前に渡した金だって、相当な額になってるはずだ。足りないなら、買ってやったブランド品でも何でも売ってくれ。頼む、少しでも金をかき集めてくれ。俺は刑務所なんかに入りたくないんだ」あてにしていた相手が、見かけだけの男だったと分かって、紗季はますます苛立ったのだろう。躊躇なく、郁人の頬を叩いた。「何言ってるの?自分が今どんな立場か、分かってる?こんな状況で、まだ私に金を出させる気?」まさかここまであっさり切り捨てられるとは思っていなかったのだろう。これまで紗季に注ぎ込んできた金のことが頭をよぎったのか、郁人は顔を歪めた。そのまま紗季の腕をつかみ、力任せに床へ押し倒した。たちまち、豪華なオークション会場に紗季の悲鳴が響き渡った。警備員が駆けつけ、ようやく二人は引き離されたが、その頃には郁人の顔は紗季に引っかかれて傷だらけになり、紗季の体にもあちこちに痣ができていた。二人とも見るに堪えないほど無様な姿だった。オークション側は落札代金未払いの責任を問う形で、その場で郁人を警察へ引き渡した。一方の私は、すぐ卓也のもとへ向かい、急ぎで離婚協議書を作成してもらった。卓也は得意げに書類を軽く掲げてみせた。「約束どおりだ。あいつには財産分与なしで出て行ってもらう」私は満足してうなずいた。「報酬はいくら払えばいい?」すると卓也は眉をひそめた。「金の話なんて野暮だろ。クズ男にちゃんと報いを受けさせる。それだけで十分スカッとするじゃないか」私たちは顔を見合わせ、思わず笑い声を上げた。法律事務所を出る頃には、あの
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