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大晦日に私が消えた後、彼は狂った

大晦日に私が消えた後、彼は狂った

By:  水城悠々Completed
Language: Japanese
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誰もが、北条和真(ほうじょう かずま)は私に夢中だと言っていた。私も、ずっとそう信じていた。 けれど彼が別の女を抱きしめている姿を見たとき、私はようやく、自分がどれほど完膚なきまでに負けていたのかを思い知った。 選び間違えたのなら、正せばいい。 私は指にはめたリングをそっと回し、長い眠りについていたシステムを再び起動させた。

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Chapter 1

第1話

朝食を済ませたあと、夫の北条和真(ほうじょう かずま)は申し訳なさそうに私を見つめた。

「朱里ちゃん、海外のプロジェクトで少しトラブルが起きた。どうしても俺が行かなきゃならないんだ」

私——春日朱里(かすが あかり)はただ静かに彼を見つめ、かすかにうなずいただけだった。

和真はそっと私の額に口づけを落とした。

それから、私に掛けていた毛布をやさしく整えると、慌ただしくスーツケースを引いて出て行った。

私はようやく、スマホを握りしめていた手を少しずつ緩めた。

画面には、見知らぬ番号から届いたメッセージが表示されていた。

【あんたなんて、ただの足手まといでしかない。和真が本当に愛してるのは私なの】

そのあとには、海外の住所まで添えられていた。

手のひらには冷たい汗がにじみ、私はこの唐突なメッセージを長いこと見つめ続けていた。

しかも、和真が出張で向かったのは、ちょうど同じ国だった。

こんなの、ただの偶然なのだろうか。

私と和真は幼なじみであり、互いに想い合って結ばれた仲だった。

この界隈では、私が和真にとって、十八年越しにようやく手に入れた、誰にも触れさせたくないほど大切な存在だと、みんなが知っていた。

私が「アイスが食べたい」とひと言こぼせば、彼は店ごと買い取って、そのまま私に贈ってくれた。

私が「花火が見たい」と言えば、街じゅうの夜空を輝かせて、この上ないサプライズを見せてくれたこともあった。

誰もが、和真は私に夢中なのだと言っていた。

私が一本電話を入れさえすれば、たとえ彼が地球の裏側にいても、すぐに私の前に現れてくれる。

仲間に恋愛ボケだとからかわれても、和真はただ笑って、誇らしげにこう言っていた。

「うちの朱里ちゃんには最高のものがふさわしい。そして、その最高っていうのが俺なんだ」

そんな愛に、私はどこまでも深く溺れていった。

だから、攻略が完了したあと、私は思い切った決断をした。

システムに頼み込んで、この世界に残ることを許してもらったのだ。

たとえ短い人生でもいい。それでも私は、和真と生涯をともにしたかった。

なのに今、スマホに映る見知らぬメッセージを見つめた瞬間、心臓がふっと止まったような気がした。

スマホを握る両手が、抑えようもなく震えていた。

冗談なのか、それともただの悪質ないたずらなのか。

あるいは、和真の敵が私を動揺させようとしているだけなのかもしれない。

思いつく限りの理由を何度も並べてみたのに、何ひとつ答えは見つからなかった。

まるで私に信じさせるつもりでいるかのように、その見知らぬ番号はさらにいくつもメッセージを送ってきた。

【和真があんたと結婚したのが愛のためだと、本気で思ってるの?】

【彼があんたと結婚したのは、ただ責任を取っただけよ】

【彼、自分がいちばん愛してるのは私だって言ってたわ】

【病弱で、どうせ誰からも選ばれないあんたを放っておけなくて、責任を取っただけよ】

【和真とお似合いなのは、私のほうなの】

そのあとには、二人で写った写真が何枚も添付されていた。

海辺の大きな岩礁の上で撮ったものもあれば、街を並んで歩きながら撮ったものもあった。

それに――

送られてきた写真を見ていくたび、そこにはいつも、明るく華やかな顔立ちの女が映っていた。弱々しい私とは、あまりにも鮮やかな対比だった。

そして彼女の隣には、必ず見慣れた人影があった。

五年間、同じベッドで眠ってきた、私にとっていちばん近しい人。

スマホが前触れもなく床に落ちた。画面には、さっきまでのトーク画面がなおも明るく光っていた。

向こうは相変わらず飽きもせず、自慢するように送り続けてくる。

まるで、見せつけるための写真がまだいくらでもあると言わんばかりだった。

その写真の一枚一枚には、かつて二人が過ごした幸せな時間の断片が刻まれていた。

私の心は少しずつ、少しずつ冷え切っていった。

昔、私は和真に冗談めかしてこう言ったことがあった。

「もし私を騙したら、私、そのまま消えて、二度とあなたの前には現れないからね」

すると和真は慌てて私を抱きしめた。

「そんなこと言うな。俺はお前を騙さない。だからお前も、一生俺のそばを離れるな」

私はそっと和真を抱き返し、その必死さを子どもっぽいと思って笑った。

けれど今になって、それがまるで予言みたいに現実になってしまった。

いったい、本当の愚か者はどちらだったのだろう。

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第1話
朝食を済ませたあと、夫の北条和真(ほうじょう かずま)は申し訳なさそうに私を見つめた。「朱里ちゃん、海外のプロジェクトで少しトラブルが起きた。どうしても俺が行かなきゃならないんだ」私——春日朱里(かすが あかり)はただ静かに彼を見つめ、かすかにうなずいただけだった。和真はそっと私の額に口づけを落とした。それから、私に掛けていた毛布をやさしく整えると、慌ただしくスーツケースを引いて出て行った。私はようやく、スマホを握りしめていた手を少しずつ緩めた。画面には、見知らぬ番号から届いたメッセージが表示されていた。【あんたなんて、ただの足手まといでしかない。和真が本当に愛してるのは私なの】そのあとには、海外の住所まで添えられていた。手のひらには冷たい汗がにじみ、私はこの唐突なメッセージを長いこと見つめ続けていた。しかも、和真が出張で向かったのは、ちょうど同じ国だった。こんなの、ただの偶然なのだろうか。私と和真は幼なじみであり、互いに想い合って結ばれた仲だった。この界隈では、私が和真にとって、十八年越しにようやく手に入れた、誰にも触れさせたくないほど大切な存在だと、みんなが知っていた。私が「アイスが食べたい」とひと言こぼせば、彼は店ごと買い取って、そのまま私に贈ってくれた。私が「花火が見たい」と言えば、街じゅうの夜空を輝かせて、この上ないサプライズを見せてくれたこともあった。誰もが、和真は私に夢中なのだと言っていた。私が一本電話を入れさえすれば、たとえ彼が地球の裏側にいても、すぐに私の前に現れてくれる。仲間に恋愛ボケだとからかわれても、和真はただ笑って、誇らしげにこう言っていた。「うちの朱里ちゃんには最高のものがふさわしい。そして、その最高っていうのが俺なんだ」そんな愛に、私はどこまでも深く溺れていった。だから、攻略が完了したあと、私は思い切った決断をした。システムに頼み込んで、この世界に残ることを許してもらったのだ。たとえ短い人生でもいい。それでも私は、和真と生涯をともにしたかった。なのに今、スマホに映る見知らぬメッセージを見つめた瞬間、心臓がふっと止まったような気がした。スマホを握る両手が、抑えようもなく震えていた。冗談なのか、それともただの悪質ないたずらなのか。ある
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第2話
私はひそかに、いちばん近い便の航空券を取った。十数時間後には、もう和真が出張に来ている場所へ着いていた。私はメッセージに記されていた住所を頼りに、目的の場所を見つけた。門の前まで来て、そこで初めて気づいた。そこは、和真が結婚式の際に私のために買ってくれた古城だった。呼び鈴を押すと、すぐに向こうから丁寧な声が返ってきた。「こんにちは」私は一瞬戸惑った。「こんにちは……あの、和真を、北条和真を呼んでいただけますか」すると相手はすぐに答えた。「旦那様と奥様はお出かけになっております……」「奥様」という呼び方が、私の抱いていた幻想を一瞬で打ち砕いた。そのあと相手が何を言っていたのか、もう何ひとつ耳に入らなかった。呆然としていたそのとき、背後から車の音が聞こえてきた。私はみじめなほど慌てて、近くの茂みに身を隠した。車の後部座席には、一組の男女が座っていた。女は男の胸にもたれかかり、甘えるようにじゃれついていた。男はひどく愛おしそうに、その女の鼻先にそっと触れた。そしてその男は、ほかでもない、私だけを愛すると誓った和真だった。その瞬間、私は足元から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。胸は何かにきつく締めつけられたようで、何度も荒く息をつくことしかできなかった。私はただ目を逸らせないまま、彼らの車がゆっくりと古城へ入っていくのを見ていた。誰ひとり、そこに私がいることには気づかなかった。涙が何の前触れもなくこぼれ落ちた。けれどもう、傍らでそれを心配してくれる人はいなかった。太陽はほどなく沈み、空から最後の光が消えていった。私は古城の塀の外で、ずっと呆けたまま座り込んでいた。頭の中は真っ白だった。和真の約束が、まだ耳の奥に残っていた。なのに今となっては、その甘い言葉のすべてが完璧な笑い話にしか思えなかった。ふいに、空を裂くような轟音が響き渡り、夜空が一瞬で鮮やかに染まった。続いて次々と花火が打ち上がり、漆黒の空に色とりどりの光が咲き乱れた。私はどうにか地面から身を起こし、ゆっくりと古城の門の前まで歩いていった。庭では、和真が黒木遥(くろき はるか)を抱き寄せたまま、広い中庭に立っていた。傍らの使用人たちは、せっせと花火に火をつけていた。二人は空を見上げることに夢中で
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第3話
私は電話を耳に当てたまま、庭で抱き合っている二人から目を離せずにいた。遥は満面の笑みで和真にちょっかいをかけていたが、彼はただその落ち着きのない手をつかむだけで、振りほどこうとはしなかった。花火が激しく打ち上がるほど、この胸は音もなく氷の底へと沈んでいくようだった。「少し眠れなくて……だから、あなたと話したかったの。和真……少しだけ、私に付き合ってくれない?」和真が何か言いかけた、そのときだった。電話の向こうから、甘ったるい「きゃっ」という声が聞こえた。すると和真は慌てたように電話を切った。言い訳のひと言すらなかった。こんなことは、これまで一度もなかった。以前なら、どれほど急な用事があっても、和真は必ず先に私にひと言伝えてくれた。私が心配するのを知っていたから、面倒くさがることもなく、いつも何度も言い聞かせるように説明してくれていたのに。私は体をこわばらせたままスマホを持ち、外から二人を見つめていた。和真は何の迷いもなくスマホをズボンのポケットにしまい、突然地面に座り込んだ遥の前にしゃがみこんだ。その顔には、はっきりと焦りが浮かんでいた。遥は思いどおりになったとでも言いたげに、和真へ向かって両腕を伸ばした。「抱っこして?」甘えるような声でそう言った。和真は怒るどころか、困ったように首を振っただけで、遥をそのまま横抱きに抱え上げ、芝生の上に置かれたクッションチェアへそっと下ろした。それからようやくスマホを取り出し、私に折り返してきた。「朱里ちゃん、さっきは秘書がぶつかって、スマホを落としたんだ。変なふうに誤解するなよ。こっちはまだ大事な会議があるんだ。早く片づければ、そのぶん早く帰ってお前のところに行けるから。もう遅い時間だし、早く休め。そうしないと、俺が心配するぞ」和真の言葉の端々には、弁解と気遣いがにじんでいた。けれど、もう以前のような甘さは、私の中に少しも残っていなかった。私は淡々と「うん」とだけ返し、それから和真に問いかけた。「和真、あなた……私を騙したりしない?」和真は一瞬、言葉に詰まった。その隙をついて、遥が和真の唇に軽く口づけた。和真は不満げな表情を浮かべたが、遥のほうは物怖じする気配すら見せなかった。ふだんから、和真にどれほど甘やかされて
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第4話
冬の寒風は、肌を刺すように冷たかった。執事たちは何度も私を止めようとしたけれど、私はまるで動じなかった。ただ静かに、いちばん気に入っているブランコに座って、目の前に広がる一面のバラの花畑をぼんやり眺めていた。それは和真が自ら手をかけて植え、私の二十二歳の誕生日に贈ってくれたものだった。花畑だけじゃない。婚約指輪も、彼が贈ってくれたものだった。あのとき彼は言った。「お前に出会えたことこそ、俺の人生で唯一の幸運だ。嫁にもらった以上、この家にしまい込んで、誰の目にも触れさせたくない」子どもっぽい言葉だったのに、私は本気で信じてしまった。あの年、私たちは都でも話題になるほど盛大な結婚式を挙げた。今になっても、まだ人の口に上るほどだった。けれど残念なことに、過去のことは遅かれ早かれ、時の流れの中に消えていく。和真だってきっと同じだ。やがて新しい相手を見つけるのだろう。ふいに、あたたかな毛布がそっと私の肩に掛けられた。驚いて振り返ると、そこにいたのは、帰ってきた和真だった。彼はわずかに眉をひそめ、真剣な顔で私を見つめた。「もともと体が弱いのに、なんでこんな寒い中でそんなに長く座ってるんだ。俺がいないと、お前はそんなふうに自分の体を粗末にするのか?」口調は叱るようだったけれど、その奥には心配があふれていた。そう言いながら私の手を取ると、その顔色はいっそう険しくなった。「手、こんなに冷えてるじゃないか。どこかつらいところはないか?」これまでなら、和真がこんなふうに慌てるたびに、私は笑って彼をおバカさんだとからかった。でも今の私は、ただ静かに首を振っただけだった。そんな私の様子が、かえって和真をさらに不安にさせたらしい。「もしかして執事の世話が行き届いてないのか。今すぐクビにしてやる」私は怒り出そうとする和真の手をそっと引き止め、淡々と口を開いた。「どうして、こんなに早く帰ってきたの?」私の問いを聞いた途端、和真は一気に拗ねたような顔になり、甘えるように私の隣へ座って、そのまま私を抱き寄せた。「もう半月も離れてたんだぞ。朱里ちゃんはちっとも俺に会いたくならなかったのか?ほんと、傷つくなあ。せっかく、お前のためにすごく頑張って誕生日のサプライズまで用意したのに」そう言うと、わ
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第5話
私は愕然として彼女を見た。私は心疾患の持病があるせいで、医者から妊娠には大きな危険が伴うと言われていた。和真は私の体を守るために、子どもは持たないときっぱり決めた。私はそのことで、長いあいだずっと申し訳なさを感じていた。けれど和真は、笑って私を慰めてくれた。「お前の体を傷つけるようなことは、俺は絶対にしない。たとえ俺の子どもだろうと同じだ。誰であっても、お前を傷つけることは許さない」なのに今、遥は自分が妊娠したと言った。彼女が身ごもっているのは、和真の子どもだ。次の瞬間、和真は私を強く抱き寄せ、私がもう遥を見ないようにした。「君が妊娠したことと、俺の妻に何の関係がある。妊婦だからって、何をしても許されるわけじゃない。そんなの、妊婦であることを盾に無理を通そうとしてるのと同じだろ」けれど遥は一歩も引かず、勝ち気な顔で和真を見上げた。「でも、私の彼氏がね、妊娠祝いのプレゼントをくれるって言ってたの。このモールをずっと見て回ったけど、気に入ったのはこの星のジュエリーだけだった。『My heart will go on』なんて名前、まるで彼が私を愛してる気持ちそのものみたいじゃない?それ、私に譲ってくれない?」遥の言葉が落ちた瞬間、私は呆然とした。和真は、私たちのあいだの思い出まで遥に話していたのだ。必死で感情を抑えようとしても、心臓は勝手にきゅっと痙攣するように痛んだ。和真はもう遥を相手にせず、そのまま店員にジュエリーを包んで北条家の屋敷へ届けるよう言いつけ、私を連れて店を出た。けれど駐車場に着いたところで、和真の電話が鳴った。電話の向こうの声を聞くと、彼はわずかに眉をひそめ、それから後ろめたそうに私を二度ほど見た。「用事があるなら、行ってきて」私がそう言うと、和真はあからさまに安堵したように息をつき、私の額にそっと口づけを落とした。「会社で急ぎの用件ができたんだ。先に運転手に送らせるから、帰って待ってて」あまりにも聞き慣れた、その場しのぎの言い訳だった。それでももう、問い詰める気力すらなかった。私はただ淡くうなずいて、和真を行かせた。彼が去って数分もしないうちに、遥から電話がかかってきた。私は考えるまでもなく切ったのに、彼女は諦めず何度もかけてきた。結
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第6話
胸の奥に鈍い痛みが走った。まるで見えない手に、心臓をぎゅっとつかまれているみたいだった。次の瞬間、私はそのまま後部座席で意識を失った。意識を失っているあいだ、システムがこっそり教えてくれた。死をより本物らしく見せるために、このしばらくの間、ときどき心疾患の発作が起きたような錯覚を与えるのだと。私はただ苦く笑うしかなかった。そういう死に方なら、苦しむのは結局こっちだって、もっと早く言ってほしかった。ゆっくりと目を開けると、ベッドのそばには和真がいた。目に見えてやつれていて、無精ひげまで生えていた。和真は何も考える間もなく身を乗り出し、そのまま私を強く抱きしめた。「朱里ちゃん、本気で肝を冷やしたんだぞ!お前に何かあったら、俺はどうやって生きていけばいい。もう二度とこんなふうに俺を心配させるな。ここが痛くて、耐えられないんだ」そう言いながら、彼は私の手を自分の胸に押し当てた。まるで私のために打っているのだとでも言うように、その鼓動を私の手に伝えてきた。私はただ眉をひそめ、それから気づかれないようにそっと彼を押し返した。「別に……急に倒れただけよ」私の冷たい反応に、和真はその場で固まった。それでもすぐ、慎重に探るような口調で尋ねてきた。「医者は、もう病状は落ち着いてるって言ってただろ?なのに、どうして急に倒れたんだ。何かあったのか?」そう言ってから、今度は不安げに私を見た。「誰かに嫌な思いをさせられたのか?そうなら、俺が黙ってない」私を気遣う和真は、見た目だけなら昔と何ひとつ変わっていなかった。けれど私は知っている。彼の心はもう、私だけのものじゃない。私は静かに首を振り、この話をこれ以上続ける気にはなれなかった。その後の二日間、和真は私に付き添い、片時もそばを離れなかった。私に何か起こるのが怖くてたまらない、とでもいうように。そして誕生日当日になって、ようやく彼は自ら私を屋敷まで送ってくれた。例年と同じように、和真は私の誕生日を祝うために、大勢の親しい人たちを招いていた。しかも彼は、自ら私のために一曲、『ハッピーバースデー』を披露してくれた。それを見たみんなが、次々に冷やかし始めた。「やっぱり北条家の御曹司をここまで骨抜きにできるのは、朱里さんだけだな」
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第7話
私はただうなずくことしかできなかった。それでようやく、和真は満足そうに笑った。けれど、和真がその場を離れた途端、遥からメッセージが届いた。【私がもらった『My heart will go on』、綺麗でしょ?】送られてきた写真には、和真が手違いだと言っていたあのジュエリーを、遥が身につけていた。【私への埋め合わせだって言って、あの人、迷いもなくこのジュエリーを私にくれたの】【でも、このジュエリーに込められた意味なんて知らないんでしょう?】【あんたさえいなければ、和真の奥さんの座はとっくに私のものだったんだ。なんで私ばっかり、こんな陰でこそこそしなきゃいけないんだよ】【病気なら、さっさと死ねばいいじゃない。そんなくだらない小細工で、男を引き留められるとでも思ってるの?】そして私は、そのとき初めて遥に返信した。【あなたの望みどおりになるわ】それからの数日、和真は忙しそうにしていた。それでも以前と同じように、彼は私に説明した。「朱里ちゃん、年末前はどうしても会社が忙しくなるんだ。安心しろ。仕事が片づけば、大晦日はちゃんとお前とゆっくり過ごせるから」完璧な言い訳のはずだった。けれど和真は知らない。遥が毎日、二人の行動を逐一私に見せつけてきていることを。一緒にベビー用品を買いに行ったこと。一緒に妊婦健診を受けたこと。一緒に年越しの買い出しをしたこと。それどころか、和真が自ら料理をしている後ろ姿まで送られてきた。どの写真にも、和真の甘やかすような笑顔が残されていた。もしかしたら、あの二人こそが幸せな家族で、余計だったのは、最初から私ひとりだったのかもしれない。それでも救いだったのは、明日がもう大晦日だということだった。大晦日の朝、和真は珍しく早起きし、乱れていた私の布団をそっと整えてから、年越しのごちそうの支度をしに起きていった。毎年、大晦日には北条家と春日家の親族一同が集い、年越しの席を囲むのが恒例だった。今年もそれは変わらなかった。ただ、食事を終えた直後、和真のスマホが鳴った。彼は画面を見ることもなく、そのまま通話を切った。何事もなかったような顔で、私を抱き寄せたまま年越し特番を見続けていた。けれど、相手は諦めなかった。電話は何度も何度もかかってきた。
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第8話
遥はなおも延々と送り続けてきた。【和真、初めてパパになるから緊張しっぱなしなの】【親子ってやっぱり通じ合ってるのね。パパが来た途端、この子もおとなしくなったの!】……けれど私は、もう一つとして頭に入ってこなかった。心臓が、ぎゅうっと締めつけられるように苦しくなって、息が詰まった。テレビの中では、年越し特番の司会者が高揚した声でカウントダウンをしていた。10、9、8、7……3、2、1。新年の鐘が鳴り響き、窓の外では一斉に花火が打ち上がった。その瞬間、私は激しく床に倒れ込み、体を丸めた。心臓が鈍い刃物で抉られたように痛み、激しい苦痛が胸の奥からせり上がってきた。ちょうどそのとき、厨房から果物の盛り合わせを運んで出てきた執事が、青ざめた顔で私のもとへ駆け寄った。「奥様、奥様!」何度もそう呼んでいたけれど、私はもう声を出せなかった。執事は真っ青な顔で和真に電話をかけた。けれど返ってきたのは、電源が入っていないという無機質なアナウンスだけだった。まもなく救急車が到着し、私は病院へ運ばれた。意識が朦朧とする中、和真の姿が見えた気がした。けれどそれは、ただ一瞬すれ違っただけで、私はそのまま救命室へ押し込まれていった。手術室の外では、両親が不安げに待っていた。そこに和真の姿だけはなかった。医者たちは息つく間もなく私を取り囲み、懸命に蘇生を試みた。それでも、もはや打つ手はなかった。やがて生命モニターの波形は、ついに一本のまっすぐな線になった。幻のような両手が、私の意識を体の外へと引き上げた。驚いて見ると、そこにいたのはシステムだった。彼はただ、人差し指を唇に当てて、静かにするよう合図した。私はそのまま彼に連れられ、手術室の外へ出た。両親はもう涙が枯れるほど泣いていた。傍らに立つ運転手も、使用人たちも、みな目を赤くしていた。私に心疾患の持病があっても、彼らは一度だって私を疎ましく思ったことはなかった。それどころか、ずっと大切に育ててくれた。そのことを思うと、胸の奥から強い後悔がこみ上げてきた。けれど私たちは手術室の外に長くはとどまらず、システムはまた私を引いて、少し離れた病室へと漂うように連れて行った。そこでは和真が、遥にやさしい声で果物を食べさせていた。「ほ
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第9話
「お義母さん、落ち着いてください。この件は、ちゃんと説明しますから」すると母は、すぐさま矛先を和真へ向けた。「説明?何を説明しろって言うのよ。私はちゃんとこの目で見てるんだから。大晦日に、こんな女にうつつを抜かして、朱里ちゃんを一人で家に置いてきたってわけ?朱里ちゃんには辛い思いを絶対させないって、あんた、あのとき自分の口で誓ったんじゃないの!うちの娘も見る目がなかったわ。よりにもよって、あんたなんかと結婚したなんてね!」そう言いながら、母はとうとう泣き出してしまった。和真は母のただならぬ様子に戸惑いながらも、それでもなお遥をかばった。「この件は、俺が自分で朱里ちゃんに説明します。朱里ちゃんは心疾患があって、強い刺激には耐えられないんです。だから、俺が――」そこまで聞いた瞬間、母がふいに笑った。「朱里ちゃんは心臓が弱くて刺激に耐えられないって分かってるのね」そう言って、母は和真の背後にいる遥を指さした。「だったら知ってる?朱里ちゃんはもう、その女に生きたまま追い込まれて、死んだのよ。それなのに今でも、その女をかばうの?いいわ、説明したいなら、あの世へ行って朱里ちゃん本人にしてきなさいよ」母の突きつけた言葉に、和真は不快そうに眉をひそめた。「さっきまで俺は朱里ちゃんと一緒に年越し特番を見ていたんです。朱里ちゃんはちゃんと家で元気にしてました。たとえ朱里ちゃんのお母さんでも、そんな縁起でもないことは言わないでください」誰であれ、私の死を口にすると、和真は決まってひどく怒った。それは母であっても同じだった。母は怒りのあまり、かえって笑ってしまったようだった。そしてバッグの中から私の死亡診断書を取り出し、ためらいなく和真の前へ投げつけた。「自分の目でよく見なさい。これが何か!」和真は眉をひそめながら、床に落ちた診断書を拾い上げた。けれど次の瞬間には、私の死亡診断書を激しく床へ叩きつけた。「ふざけないでください!」それから目を真っ赤にして、母をにらみつけた。「嘘です。そんなの嘘です!朱里ちゃんは、一時間前までたしかに俺のそばでテレビを見てたんです。なのに、そんな急に死ぬわけがありません!」そう言うと、和真は母の前へ駆け寄り、震える声で叫んだ。「ありえない
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第10話
彼女に返したのは、最後の二言だけだった。和真の指がページを繰る速さが、どんどん増していく。その速さとは裏腹に、彼の顔からは血の気がすうっと引いていった。そして最初のやり取りまで遡ったところで、彼はついに怒りを抑えきれず、手を止めた。ゆっくりと顔を上げ、怒りと殺気の入り混じった目で遥を見た。その眼差しは、ぞっとするほど冷たかった。「俺、言ったよな。朱里ちゃんの前には二度と現れるなって。そこまで性懲りもなく、みっともない真似ができるもんだな」そう言い終わるや否や、彼はスマホを勢いよく遥へ投げつけた。スマホのぶつかる鈍い音が、病室に響いた。最後には、ほとんど咆哮のような声で怒鳴った。「お前、朱里ちゃんに心疾患の持病があって、少しの刺激だって命取りになるって分かってたよな!」遥は恐怖で悲鳴を上げ、頭を抱えて部屋の隅にしゃがみこんだ。「和真、わ、私……私が悪かったの!わ、わざとじゃないの!」けれど、言い終わる前に、和真は彼女の首をつかんでいた。「へえ?」その声は、むしろ静かすぎて余計に恐ろしかった。「そういえば俺、忘れてたな。お前は朱里ちゃんに心疾患の持病があるのを知った上で、わざとメッセージを送りつけて煽ってたんだよな?」遥は首をつかまれて息も絶え絶えになりながら、必死に命乞いした。「ち、違う……違うの!私、ただ……ただ、あなたを愛してたから……それで……」だが和真は、遥に最後まで言わせる気すらなかった。手に込める力をさらに強めながら、低く言い放った。「俺を愛してるだと?笑わせるな。もし俺に何もなかったら、お前は俺を愛してくれたのか?」そう言うと、今度は遥の腹へ視線を落とした。「腹に子どもがいるからって、調子に乗ったんだろ。なら、そんなものは消えてしまえばいい」言い終えた瞬間、和真は遥の腹を何度も蹴りつけ始めた。遥は必死に腹をかばいながら、途切れ途切れに泣きじゃくった。「和真、お願い……私が悪かった、悪かったから……この子に罪はないの……お願い、お願いだから、この子だけは傷つけないで……」和真はただ冷ややかに彼女を見下ろしていた。足を止める気配はなかった。最後に和真の父と母が駆けつけて和真を止めなければ、遥はあの場で本当に死んでいたかもしれない。処置は
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