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last update آخر تحديث: 2025-09-05 20:03:01

 翌朝、部屋に差し込む日差しは、昨日までとは比べ物にならないほど明るく澄んでいた。

 ベッドに横になったままルナの姿を探せば、すぐ隣で丸くなっている黒い毛玉が見える。幸せそうな寝姿に胸が温かくなった。

 と、そういえば。

(昨日のあれ。夢、だったのかな……)

 枕元のスマホを手に取り、恐る恐る画面をタップする。

 そして、私は自分の目を疑った。

(え、え、え? 夢じゃなかった!)

 フォロワー数が、おかしいことになっている。

 昨夜見たときは数千だったはずなのに、一晩で数万人規模にまで膨れ上がっていたのだ。

 数千でも十分にすごいと思っていた。なのに数万って何!?

(何が起きてるの!? 嬉しい、嬉しいけど、さすがにちょっと怖い!)

 震える指でコメント欄を開く。

 そこには私の想像をはるかに超える、温かい言葉の洪水が押し寄せていた。

『感動して涙が出ました。こんな奇跡があるんですね』

『写真から飼い主さんの愛情が伝わってきて、朝から温かい気持ちになりました』

『うちにも保護猫がいます。ルナちゃんを見て、もっと愛情をかけてあげようと思いました。ありがとう』

 不覚にもじわりと涙が滲んでしまった。

 私は隣で丸くなっているルナに、スマホの画面を見せてやる。

「ルナ、見て。たくさんの人が、あなたのこと素敵だって言ってるよ。あなたの頑張りが、誰かの心を動かしたんだよ」

 ルナは分かっているのかいないのか、「にゃん」と小さく鳴いて、私の手に頭をすり寄せた。

 通知の中に黄色い公式マークのついたアカウントからのDMを見つけたのは、その直後だった。

 差出人は、誰もが知る朝の情報番組。

『「#奇跡のにゃんこ」の飼い主様。この度は大変な反響、誠におめでとうございます。ぜひ当番組で、ルナちゃんの奇跡の物語を取材させていただきたく……』

 メッセージには丁寧な言葉と共に、破格の出演料まで提示されていた。

(テレビ! 出演料もすごい)

 一瞬、心が揺らいだ。

(これがあれば、ルナにもっと良いごはんを買ってあげられるし、いつかマロンを助けるための資金にも……)

 でも、すぐに拓也の顔が脳裏をよぎった。

 カメラの前でだけ愛想を振りまき、再生数のためにマロンを利用していた彼の姿が。

 私は、そばで無垢に眠るルナの寝顔を見つめる。

(……ダメだ。そんなことしたら、拓也と同じじゃない)

 ルナは見世物じゃない。視聴率を稼ぐための道具じゃない。

 私の大切な家族なんだから。

 そう思えば、心は決まった。

 私はSNSのアプリを開くと、新しい投稿を作成する。もう迷いはなかった。

『たくさんの温かいメッセージ、本当にありがとうございます。

 皆様にルナの頑張りを知っていただけて、涙が出るほど嬉しいです。

 テレビ局の方からもいくつかご連絡をいただきましたが、大変申し訳ありませんが、全てお断りさせていただきました。

 何よりも、ルナの穏やかな生活が第一だと考えております。

 これからも、この場所から、ルナの日常をそっとお伝えしていけたらと思います。どうか温かく見守っていただけますと幸いです』

 投稿ボタンを押すと、コメント欄は瞬く間に賞賛の嵐となった。

『飼い主さん、素敵すぎる! ルナちゃんのこと一番に考えてて、尊敬します』

『こういう人がいるから、まだ世の中捨てたもんじゃないって思える』

『有名になるより、ルナちゃんのことを大事にしている。誠実なひとですね』

『ますますファンになりました! これからも応援します!』

 皮肉なことに名声を拒否したおかげで、私とルナへの支持はますます上がってしまった。フォロワー数はさらに急増していったのである。

 その頃――。

 タワーマンションの一室で、拓也はスマホを投げつけんばかりに苛立っていた。

「ねぇ拓也さん、なんか最近つまんなくない? もっとパーッと買い物とか行きたいんだけど」

 クルミの甘ったるい声が、今はただ神経に障る。

「うるさいな!今それどころじゃないんだよ!」

 激減した再生数。

『中身がない』『自慢ばっかり』という辛辣なコメントの嵐。

 その中に、拓也のプライドを粉々にする一文があった。

『最近バズってる保護猫の飼い主さん、見習ったら? 愛が違うよね』

「保護猫……?」

 拓也は屈辱に顔を歪ませながら、震える指で『#奇跡のにゃんこ』を検索する。

 画面に表示されたのは、気高く美しい黒猫の写真の数々。生き生きと楽しそうに暮らしている姿だった。

 彼はこの奇跡の物語の裏に、自分がゴミのように捨てた元婚約者がいることなど、知る由もなかった。

(なんだこいつ。ただの猫で、俺よりバズってやがる!)

 自分勝手な醜い嫉妬で、拓也の表情が歪んだ。

(どこのどいつだか知らないが、絶対に許さねえ……!)

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أحدث فصل

  • #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります   29:エピローグ

    「ルナ&マロン財団」のオフィスは、私の新しい本当の居場所になった。 記者会見から数ヶ月後。 かつては段ボールが積まれていただけの空間は、今ではすっかり機能的で温かい空気に満ちている。 壁には蓮さんが撮影した、財団が支援する保護動物たちの生き生きとした写真が飾られていた。「……そうです。その子はきっと、男性に酷いことをされたトラウマがあるんだと思います。焦らず、まずはあなたが安心できる存在だと、時間をかけて伝えてあげてください」 私はパソコンの画面越しに、ビデオチャットでアドバイスを送っていた。 相手は提携を結んだ地方の小さなシェルターの代表。財団ではこうした団体といくつも提携して、ノウハウと資金を融通している。(これが、私の仕事。私が、本当にやりたかったことなんだ。一匹でも多くの命を、未来に繋ぐこと) 部屋の向こうでは、蓮さんがスタッフと一緒に写真展の準備を進めている。 第一回のチャリティー写真展は、数週間後にニューヨークで開かれる予定だ。写真集『月の光』の評判もあり、前売りチケットはかなりの販売率だと聞いている。きっと成功するだろう。 私たちはそれぞれの場所で、同じ夢を動かしていた。◇「みのりちゃん、おめでとう!」 その日の午後、オフィスのドアを開けて入ってきたのは、私が以前勤めていたペットサロンのオーナーだった。 手にはお祝いの綺麗な花束が抱えられている。「みのりちゃん、本当に立派になって……。あの時は、お店を守るために休職なんてこと言っちゃって、本当にごめんなさいね」「とんでもないです! オーナーが私を信じて、居場所を守ってくれていたから、今の私があるんです。本当にありがとうございました」 過去のしがらみは、もう何もない。心からの感謝を伝え合う。 オーナーは、私の隣で穏やかに微笑む蓮さんの姿を見て、安心したように目を細めた。「素敵なパートナーも見つかったみたいで、安心したわ。みのりちゃん、本当に良かったわね」

  • #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります   28

     財団設立の記者会見、当日。  用意されたホテルの控室で、私はプロのヘアメイクさんに髪を整えてもらいながら、鏡の中の自分を落ち着かない心地で見つめていた。 服装は、蓮さんが「君に似合うと思って」と選んでくれた、若葉のような淡いグリーンのワンピース。  拓也の隣でブランドロゴが目立つ服を着て作り笑顔を浮かべていた頃とは全然違う緊張感が、私の心を支配していた。(私なんかが、こんな場所に立っていいんだろうか。ただ動物が好きなだけの、普通のトリマーなのに……) 緊張で指先が少しだけ冷たい。  私は部屋の隅に置いたルナとマロンのキャリーバッグに目をやった。  二匹は落ち着いたもので、ルナは香箱座りでうつらうつらとしている。マロンはルナの横に寄り添って、軽く尻尾を振ってくれた。あの子たちの姿を見ていると、力が湧いてくる。(大丈夫。これは拓也のための舞台じゃない。私自身とこの子たちのための――それにまだ見ぬ多くの子たちのための、始まりの場所なんだから)◇ 壇上の袖から見える会見場は、スポットライトの眩しさと、大勢の記者が発する熱気に満ちていた。  足がすくみそうになる私に、隣に立つ蓮さんが小さく頷いてくれる。 先にステージに上がった蓮さんが、力強く落ち着いた声で挨拶を始めた。  彼はまず、世界的ベストセラーになった写真集『月の光』への感謝を述べる。その物語の続きとして、財団設立に至った経緯を語った。「……この財団は、私一人では決して成り立ちません。彼女の動物に対する深い愛情と、傷ついた心を癒やす確かな技術。それなくして、この物語は始まりませんでした」 蓮さんが壇上の袖にいる私に、手を差し伸べる。「この財団の心臓部であり、私の最も尊敬するパートナー、佐藤みのりさんです」(パートナー……) 蓮さんは私を対等な仲間として、紹介してくれているんだ。  その言葉に勇気づけられ、私は一歩、光の中へと足を踏み出した。◇ マイクの前に立つ。  用意された原稿はあったけど、私はそれを見ずに自分

  • #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります   27

     それから数週間後。 都心に借りたまだ真新しい匂いがする小さなオフィスで、私たちは初めての設立準備会議を開いていた。 部屋にはまだ段ボールが積まれてたままになっているが、集まったスタッフ全員の顔は希望に満ち溢れている。 ホワイトボードには、「会員制サロン事業計画」「トリマー育成アカデミー設立準備」「第一回チャリティー写真展(ニューヨーク)について」といった、具体的な議題が書き出されていく。 私たちの夢が確かな形になっていく様子を見ていると、実感が込み上げてきた。「会員制サロンの集客は、どうやりましょうか」「奇跡の猫の知名度がある。SNSでの認知度を活かしながら、みのりさんの確かな腕前をアピールしていこう」「育成アカデミーの設立については?」「基金を立てて資金を確保し、アカデミーの場所となる土地と建物を確保しなければ。資金面の問題もあるから、新築だけに限らず、既存の建物をリフォームする形でもいいですね」 などなど、議題は尽きない。 会議の最後に、蓮さんが財団のロゴマークのラフ案をプロジェクターに映し出した。 それは月(ルナ)と、ふわふわの綿毛(マロン)が、優しく寄り添うデザインだった。 オフィスの中を興味深そうに探検していたルナとマロンが、そのタイミングで私の足元にやってくる。 私は二匹を愛情を込めて撫でながら、言った。「この子たちが、私たちの希望のシンボルです」◇ 長い会議が終わって、スタッフたちが帰っていく。 オフィスには私と蓮さん、ルナとマロンだけが残った。 窓の外はもう夜。明かりがぽつぽつと灯って、都会の夜景が広がり始めている。(半年前、私は全てを失った。でも、今は……失ったものより、ずっと多くのものを手に入れた気がする。これが、私の新しい日常の始まりなんだ) 私たちはしばらく言葉もなく、大きな窓の外に広がる夜景を眺めていた。 無数のビルの灯りが、まるで宝石みたいにきらめいている。こんな景色を、こんな穏やかな気持ちで見られる日が

  • #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります   26

    「新しい、こと……ですか?」 私の問いかけに、蓮さんは少しだけ微笑んだ。 彼の考えていた大きな計画を、一つ一つ丁寧に説明し始める。「君の才能と、僕の技術。ルナとマロンがくれた奇跡。これらを僕たちだけのものにしておくのは、あまりにもったいないと思わないか?」「もったいない、ですか……?」「ああ。だから、僕と一緒に財団を作らないか」 蓮さんの口から、信じられない言葉が飛び出した。「行き場のない動物たちを救い、君のような素晴らしいトリマーを育て、命の尊さを世界中に伝えていくための……『ルナ&マロン財団』だ」 彼は、私が持つ高いトリマーの技術を活かした、会員制プレミアムペットサロンの運営を提案した。 さらには後進を育てる専門アカデミーの設立。 それが財団の安定した収益の柱になる、と。(財団? 私が? そんな大きなこと、できるわけない。拓也のサポートですら、満足にできなかったのに) 拓也に利用されて自信を失っていた過去が、私の心にブレーキをかける。「で、でも、私にはそんな、経営の知識もありませんし、人前に出るのも得意じゃなくて」 しどろもどろになる私に、蓮さんは静かに言った。 私の言葉を遮らず、最後まで聞いてから。「知識は、専門家を雇えばいい。僕が欲しいのは、君の愛情とその手だ。君がいなければ、この財団は魂のないただの箱になる」 彼の真剣な言葉が、私の心の奥深くに染み込んでいく。 彼は私に着飾ったインフルエンサーになれと言っているわけじゃない。 ただ、「みのり」のままでいてほしい、と言ってくれている。(……私が、本当にやりたかったこと) 一匹でも多くの行き場のない子を助けるために、トリマーの知識と技術を使えれば。新しい家族へ繋ぐために。新しい幸せを手に入れるために……。 その夢がこんな大きな形で、実現できるかもしれ

  • #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります   25

     あれから数日が経った。  ネットニュースやワイドショーをあれだけ賑わせた拓也たちの騒動も、新しいニュースの波に押されて、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。 私は蓮さんのノートパソコンで、一連の騒動の結末をまとめた記事を改めて読んでいる。  そこに書かれていたのは、あまりにもあっけない結末だった。 拓也のSNSアカウントは、度重なる規約違反によって全て永久凍結。  坂田クルミは所属事務所から契約を解除され、事実上の芸能界引退。  複数のスポンサー企業がブランドイメージを著しく毀損されたとして、拓也に対して損害賠償を求める訴訟を準備しているらしい。 記事の最後は、ゴシップサイトが報じた二人のみじめな結末で締めくくられていた。  タワマンから荷物を運び出し路上で罵り合って、そのまま別々の方向に去っていった、と。(結局、二人とも一人になっちゃったんだ。虚像の人気なんて、砂のお城みたいだったんだね。波が来たら、あっという間に消えちゃう) 私は静かにパソコンを閉じる。  心の中にあった拓也への怒りや憎しみ、恐怖は、もうどこにもなかった。(さようなら、拓也。もう私の人生に、あなたの居場所はない)◇ その日の夜、蓮さんが私の部屋を訪ねてきた。  手には、近所の小さなケーキ屋さんの箱が提げられている。「お祝いだ」 彼は少し照れくさそうに笑って、箱をテーブルに置いた。「今度こそ、私がコーヒーを淹れますね」「それは楽しみだ」 私たちは部屋の小さなローテーブルを挟んで、ささやかなショートケーキを食べる。  テレビもつけず、静かな時間が流れる。  傍らではルナとマロンが安心しきった様子で丸くなって、すやすやと寝息を立てていた。愛らしい二匹の寝顔に、思わず笑顔がこぼれた。(こんなに心が穏やかなのは、何年ぶりだろう) 拓也といた頃は、いつも何かに怯えて気を張っていた気がする。  でも今は……。  ルナとマロンと、それに――蓮さんがいるこの空

  • #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります   24

     暴露記事が公開された翌朝、ネットの世界は拓也の話題で持ちきりになっていた。  蓮さんのノートパソコンの画面には、昨日までとは比べ物にならないほど大きな規模で、拓也とクルミへの非難が殺到している様子が映し出されている。(すごい……) 私はそのすさまじい勢いを、どこか他人事のように眺めていた。(たった一晩で、人の人生って、こんなに簡単に壊れてしまうんだ。昨日まで彼らをちやほやしていた人たちが、今は石を投げている) 人々の変わり身の早さが、怖くもある。 画面の中では拓也のスポンサーだった企業が、次々と契約解除を発表する公式声明が並んでいく。  ファッションブランド、コスメ会社、エナジードリンク……。  クルミが所属していた事務所も、彼女との契約解除を正式に発表した。  彼らが必死で築き上げた「キラキラした俺、私」のイメージが、根底から崩れ去っていく。「……これが、蓮さんの言っていた『先手を打つ』ということなんですね」「ああ。彼らは虚像で人気を得ていた。その土台が嘘だと証明されれば、崩れるのは一瞬だ。本物の絆で結ばれた君たちとは違う」 蓮さんの淡々とした言葉が、私の心にすとんと落ちた。◇ その時だった。  蓮さんが「……これは」と画面を指さす。  拓也が、アカウント停止を食らったメインチャンネルではなく、サブチャンネルで最後のライブ配信を始めたのだ。 そこに映っていたのは、いつものタワマンではない。  安っぽいビジネスホテルのような、殺風景な部屋だった。  拓也とクルミは、やつれた顔で並んで座っている。完璧だったはずの髪は乱れて、クルミのメイクは涙を演じたせいで崩れていた。『この度は、お騒がせして、本当に……申し訳ありませんでした……』 拓也の弱々しい声が、スピーカーから聞こえる。  この前の『悲劇のヒーロー』は演技だったけど、今回は本当に参っているようだった。目は落ち窪んで、色の濃いくまができている。『私たちは、ただ……若くて考えが足りなかっただけなんです

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