「……いやだ」雅彦は、桃の言葉を即座に否定した。その声音には、迷いがなかった。「桃、そんな意地を張るようなこと言わないでくれ。俺たちは、別れたりしない」動揺が、彼の心を揺さぶっていた。まさか、桃の口から別れの言葉が出るなんて、思ってもみなかった。「確かに、最近の俺は君をちゃんと見てなかった。君の気持ちを、ないがしろにしてしまった。全部、俺が悪い。……でも、それには理由があるんだ。せめて、俺にやり直す機会をくれないか?」そう言いながら、雅彦は車を路肩に停め、両手で桃の肩をしっかりと掴んだ。疲れきった顔色。血色のない唇。目の下には、薄く浮かぶクマ。彼女のそんな姿を見て、彼はようやく気づいた。最近の二人の関係には、確かに問題が生じていた。きちんと向き合って、解決しなければならない。でも、いきなり終わりなんて、そんなのあまりにも早すぎる。少なくとも、自分には猶予が必要だった。変わっていく姿を、彼女に見せるために。「雅彦、あなた、本当に私のこと、信じてる?私がどんなことを言っても、あなたは迷わず信じてくれるの?」桃の声は静かだった。しかし、その瞳は、まっすぐ彼の心を見透かしているようだった。雅彦は、言葉を失った。彼は、てっきり桃が求めるのは「浮気してないって誓って」とか、「愛してるって言って」みたいな言葉だと思っていた。でも違った。彼女が求めていたのは、無条件の信頼だった。疑うことなく、自分の味方でいてくれるという確信だった。けれど、一度たりとも彼女を疑ったことがないか?その問いかけに、雅彦は何も答えられなかった。彼の一瞬の迷いを見た瞬間、桃にはすべてが分かってしまった。もし本当に信じてくれていたなら、きっと何の迷いもなく、頷いてくれたはずだ。けれど、雅彦にはそれができなかった。結局、彼は心のどこかで、彼女を完全に信じきれていなかったのだ。ちょうど、さっきレストランで佐俊の顔を見ただけで、事情も聞かずに、彼女がその男の姿にかつての佐和を重ねていると決めつけた。桃は大きく息を吸い込み、滲みそうになる涙を堪えた。「もう、答えは出てるでしょ?」「もし本当に信じてくれてたら、私が莉子を追い詰めて自殺未遂させたなんて、思ったりしなかったはずよ」「本当に私を信じていたなら、ちゃんと調べて、真実を明らかにしてくれたはず
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