憲一は由美が取り分けてくれた牛バラ肉を口に放り込み、力強く噛みしめた。食卓には咀嚼の音だけが響いていた。由美が何か言いたげにしているのを、憲一はすぐに感じ取った。「過去のことはもう誰も口にしないでおこう。君も思い悩むのはやめてくれないか?」由美は静かに頷いた。「……うん」「君は痩せすぎだ。もっと食べないと」憲一は彼女の茶碗にご飯をよそい直した。由美は黙って受け入れ、精一杯食べようとした。前回の手術以来、彼女の体は確かに弱っていた。だから彼女は喜んで憲一の親切を受け入れた。――ブーッ……突然、彼女の携帯が震えた。由美は慌てて取り出し、通話を押した。「もしもし」聞こえてきたのは香織の声だった。由美は少し背筋を伸ばして答えた。「香織?」憲一がちらりと顔を上げた。「どこにいるの?どうして家にいないの?」香織は問いかけた。由美は憲一を見やりながら言った。「憲一と一緒にいるの。ご飯は食べた?まだなら来ない?私たち今、一緒に夕食中よ」由美の声聞いて、香織の胸のつかえは少し下りた。──カウンセリングが効いているのだろう。せっかく二人で過ごしているのだから、邪魔するわけにはいかない。「もう食べたわ。二人でゆっくり食べて。私、ちょっと用事があるから切るね」そう言って、彼女はわざとらしく理由をつけて、さっさと電話を切った。由美は画面を見つめ、ふっと笑みをこぼした。彼女は携帯を置いて言った。「香織は、私たち二人のことを本当に心配してくれてるね」憲一はうなずいた。「ああ、これからはできるだけ迷惑かけないようにしよう」「……そうね」食事を終えると、後片付けをしようと立ち上がった由美を、憲一が制した。「料理は全部君がしてくれたんだ。皿洗いくらい俺にやらせてくれ。料理は苦手でも、片付けくらいはできるさ」そう言って憲一は後片付けを一手に引き受け、さらに果物を洗って由美に渡し、テレビを見ながら食べるようにと言った。憲一は台所で黙々と動いていた。由美はそっと視線を向けた。彼の腰にはエプロンが巻かれ、シンクの前で背を少し丸めて皿を洗っていた。──その背中は、前よりも少し痩せて見える。きっと彼も、その日々を楽に過ごしてきたわけではないのだろう。由美は立ち上がり、静か
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