All Chapters of 離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった: Chapter 421 - Chapter 430

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第421話 調子に乗る

何が来ようと、受けて立つ。鈴の中には、すでに迷いはなかった。望愛が何を仕掛けてこようと、冷静に対処するつもりだった。──午前九時。帝都グループ。ハイヒールの音を鳴らしながら、鈴がオフィスに現れた。タイトなジャケットにまとめた髪、その姿は端正で隙がない。彼女の姿を見つけた土田が、急ぎ足で駆け寄ってくる。「お帰りなさいませ、社長」鈴は軽く頷き、黙ってエレベーターに乗り込む。土田はすぐに隣へ付き、タブレットを確認しながら今日の予定を読み上げる。「十時からビデオ会議、十一時に合田グループの代表と面会、場所は二十二階の応接室です。その後──」エレベーターは静かに上昇し、やがて最上階で止まる。土田の報告を聞き終えた鈴は、短く「わかった」とだけ返し、エレベーターを出た。だが、その先で待ち構えていた人物がいた。「おや、これはこれは……三井さん、ようやくお目にかかれましたな」笑顔を張りつけたまま、佐々木取締役が近づいてくる。「本当にご無沙汰でしたよ。ここ最近は一週間以上もお姿が見えなかったので、ご家庭のことで何かあったのではと……正直、心配していたんですよ?」鈴は足を止め、表情ひとつ動かさずに答える。「ご心配ありがとうございます。少々、私的な用事で外していただけです」佐々木はわかっている風に頷きながら、なおも言葉を続ける。「そうでしたか、それなら何よりです。ただ、もし何かお力になれることがあれば……私も長年この業界におりますからね、遠慮なく頼ってください」経験豊富な長輩という立場を、彼はことさらに強調してみせた。そして、さも思い出したように、口調を変える。「そうそう、三井さん。土田くんからお聞きになってないかもしれませんが、シンガポールのプロジェクトで、少々トラブルがあったようでして」「採掘現場の一部が崩れたとの報告がありました。幸いにも人的被害は出ていませんが、損失は決して小さくないようです。とりわけ、会社の収益には……かなり影響があるのでは?」鈴の目がわずかに細くなる。視線を土田へと向ける。「土田、それは本当?」土田はその場で深くは語らず、「後ほど、詳細をご報告します」とだけ答えた。佐々木はそれを見て、にこりと微笑む。「土田くんもお忙しいでしょうから、うっかり報
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第422話 肩を落とす

鈴は、あたかも同意したかのようにやんわり頷いてみせた。「佐々木取締役のおっしゃる通りですね。お互い、あまり見苦しい形にはしたくないですし」その瞬間までは──たしかに笑みを浮かべていた。だが、次の一手は容赦がなかった。鈴は静かにバッグを開き、ひとつのUSBメモリを取り出すと、それを軽く掲げた。「……佐々木さん、私も一応会社全体のことを考えて、ずっと黙ってきましたが。先にお伝えしておいた方がいいかと思いまして。ね?」佐々木は彼女の言葉の意図を測りかねた様子で、その手元のUSBを見つめた。「……それは、何です?」鈴は穏やかな笑みのまま、それを彼の手にそっと渡した。そして、身を少し傾け、囁くように言った。「佐々木さん、あなたも奥様も、帝都に長く尽くしてこられた方です。でも、だからこそ……帝都のルールは誰よりも守っていただかないと」「特に、奥様が財務部で長年なさってきたこと、佐々木さんなら、心当たり、ありますよね?」その瞬間、佐々木の表情がこわばった。「……何が言いたい?」「私が言いたいことは、すべてその中に入っています。ご興味があれば、ご自宅でじっくりご確認ください」佐々木取締役は、思わず手にしていたUSBを強く握りしめた。声に焦りを滲ませながら、詰め寄る。「……この中身は、何だ?」鈴は終始余裕を崩さず、唇の端の笑みだけが、わずかに深くなった。――この資料は、ずいぶん前に陽翔から渡されたものだ。「必要になったら使え」と、ただそれだけ言われていた。そして今が、その必要な時だった。「佐々木さん……こういう話って、案外どこからか漏れるものなんですよ」穏やかな口調だったが、その言葉には逃げ場がなかった。「私はこれまで、会社のことを考えて、見て見ぬふりをしてきました。ですが、今私の手元にあるものだけでも、奥様が数年は実刑を免れない内容だ、ということはご理解いただけるかと」その瞬間、佐々木の顔色がはっきりと変わった。この若い女が、ここまで踏み込んでいるとは思ってもいなかった。しかも、矛先は自分ではなく、妻だった。「……それを、どこで手に入れた?」必死に平静を装い、佐々木は鋭く睨みつける。だが、鈴は一切動じず、わずかに眉を上げて言った。「そのあたりはお気になさらず。
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第423話 若菜はどこにいる

その話題に触れた瞬間、土田の表情が引き締まった。「社長。シンガポールの鉱山崩落ですが……かなり不自然です。幸い、人的被害はありませんでしたが、プロジェクトの進行には影響が出ています」「事故か、それとも人為的なものか」問いかけると、土田は視線を上げ、唇をきゅっと結んだ。「現場の状況を見る限り……単なる事故とは考えにくいかと」その言葉に、鈴の瞳が静かに沈んでいく。彼女は小さく鼻を鳴らした。「……誰かが、我慢できなくなったみたいね」口元にかすかな含みを持たせ、続ける。「この件、例の連中が絡んでる可能性は?」「現在も調査中です。判明次第、すぐにご報告します」鈴はそれ以上追及せず、軽く手を振って土田を下がらせた。ひとり残された彼女は、窓際に立ち、ガラス越しに街を見下ろす。浜白の街並みを前に、思考は静かに深まっていった。――そのときだった。プライベートのスマホが、軽やかな着信音を響かせた。「……会いましょう、三井さん」受話口から聞こえてきたのは、望愛の声だった。鈴の目に、わずかな警戒の色が宿る。「赤穗さん。私に何の用?」「会えば分かるわ。それとも、来るのが怖い?」鈴の表情が一瞬で冷える。「安い挑発ね。私には通用しないわ」くすり、と電話越しに笑い声が漏れた。「今さら駆け引きなんて必要ないでしょう?来なかったら……きっと後悔するわよ」一方的に通話は切れ、耳元に無機質な終了音だけが残る。直後、位置情報が送られてきた。帝都グループの向かいにある、商業ビル内のカフェだった。三十分後。鈴が店に入ると、望愛はすでに席に着いていた。彼女は立ち上がり、どこか芝居がかった調子で微笑む。「三井さん。来てくれたのね」鈴は表情を変えず、淡々と返す。「……赤穂さん。いえ、呼び方を変えたほうがいいかしら」その言葉に、望愛は否定もせず、ただ笑った。遠回りはもう終わりだ、とでも言うように、彼女は静かに息を吐く。「三井さん。もう隠す意味もないわよね。私の正体、もう分かってるでしょ?」「ええ」「私は佐藤若菜の姉。かつて消えたと言われていた、佐藤栞菜よ」鈴の表情に驚きはなかった。「それで?今日は何の用かしら」「単刀直入に聞くわ。若菜は今、どこにいるの?三井
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第424話 まるで関係ないみたいに

「信じるか信じないかは、そっちの自由よ」「ふん、三井鈴。あんた、ずいぶん傲慢になったじゃない。全部壊される覚悟はあるの?」鈴はふっと笑った。けれどその瞳は、氷のように冷えていた。「その前に……あなたにそれだけの力があるかどうか、見せてもらおうかしら」栞菜は勝ち誇ったように唇を歪めた。「なら覚悟しときなよ。今日から帝都の案件、全部私たち赤穂が潰しにいく。三井鈴、あんたをこの手で天国から地獄に落としてやる」鈴は目線を上げ、微塵の怯みもなくその目を受け止める。「それって……宣戦布告ってことでいいの?」「好きに呼べば?それとね、仕事だけじゃないよ。あんたの男も、もらっちゃうかも。翔平がどうしてあんなに若菜に肩入れしてたか、知ってる?」栞菜は顎を上げ、得意げに続けた。「全部、私が頼んだから。家族を守ってってね。あの人は、私たち佐藤家のために、あんたと縁を切ることまで選んだ。あんた、翔平をどれだけ愛してたんだっけ?さぞかし辛かったでしょうねぇ」鈴の目には、一切の揺らぎがなかった。確かにあの頃は、息もできないほど苦しかった。けれど今、栞菜の言葉には、何一つ刺さらなかった。まるで、誰か遠い人の話でも聞いているかのように。「翔平が欲しいなら、どうぞ。譲ってあげる」「……は?」思わず、栞菜は言葉を詰まらせた。彼女の目には、鈴のなかに微塵の執着も見えなかった。まったく、愛しているような気配がない。「もう一度言ったほうがいい?」「……あんた、あんなに必死で翔平にしがみついてたのに。今さら捨てるとか言うの?」鈴はゆるく笑った。あの日、航空事故で命を落としかけた時。そして、自分の目で翔平の裏切りを見たとき、心はもう、静かに終わっていた。愛なんて、無理に繋ぎ止めるものじゃない。それに……今の彼女には、別の意味で、大切な存在がある。「人は前を見て生きなきゃね。過去のことを、いちいちあなたに説明するつもりもないわ」立ち上がる鈴。けれど、栞菜の声が背中に飛んできた。「じゃあ、翔平が今ここで全部聞いてたら……どう思うと思う?」鈴は振り返らずに答えた。「……それは彼の問題。私にはもう関係ない」そのまま、背筋を伸ばして歩き去っていく。栞菜はその背を見送り、静かに顔を上げた。
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第425話 いつでも戻れる場所

翔平は険しい表情を浮かべたまま、口を閉ざしていた。栞菜は鼻で笑い、「でもね、女同士だから分かるのよ。あの女、あなたに対して一片の情も持ってない。翔平、もういい加減に諦めたら?」その言葉が何かを刺激したのか、翔平は低く言葉を被せた。「やめろ、栞菜」「なに?都合の悪い現実は認めたくないって?」翔平は静かに唇を動かす。「悪事を重ねれば、必ず報いを受ける。もしやり直したいのなら、できる限りのことはするつもりだ。……兄貴のために、君に償いをする」「……その人の名前を出すな!」栞菜は叫ぶように言い放ち、目の奥に怨嗟を宿したまま頭を抱えた。感情は制御不能の域に達し、肩を震わせながら翔平を振り返る。「翔平、もし本気で私を助けたいと思うなら、赤穂グループに五十億、今すぐ注ぎ込んで。そうでなきゃ、あの女と一緒に地獄に道連れにしてやる」金の話になった途端、翔平の決断は早かった。ポケットから小切手帳を取り出し、さらさらと署名を済ませると、それを無言で栞菜の手に押し込む。「……これが最後だ。繰り返すけど、鈴には手を出すな」そう言って、翔平は踵を返し、冷たい風のようにその場を去っていった。栞菜はその場に立ち尽くし、去っていく背中を見つめながら、指先に力を込めた。握りしめた小切手は、あっという間にしわくちゃに潰れていく。……カフェを出た鈴は、しばらく足を止めた。行くあてのない心に、ふと疲れが滲む。まるで羽を痛めた小鳥が、ようやく羽を休める枝を探しているようだった。そのときだった。視界の端に人影が差す。目が自然と焦点を結び、思わず瞬きをして、もう一度見直す。そこにいたのは、仁だった。鈴のもとへ、柔らかな笑みを浮かべながら近づいてくる。「鈴、こんなところで何してるの?」鈴は小さく笑って、心なしか肩の力が抜けた。「仁さん……どうしてここに?本当に……一瞬、幻かと思った」仁は何も言わず、そっと彼女の手を取る。「土田から聞いたんだ。会社を急に飛び出して行ったって……だから、気になって」握られた掌から伝わる熱に、鈴の胸の奥がじんわりと温かくなる。ようやく、心が帰る場所を見つけたような、そんな静けさが広がっていた。「ありがとう、でも私は大丈夫。むしろ……ちょっと、ホッとしてるくらいかも」
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第426話 ここは君の来る場所じゃない

「今晩、ビジネスのパーティーがあるんだ。帝都もそろそろ新しいプロジェクトの足がかりが欲しい頃だし、顔を出してみないか?」鈴は眉を上げ、嬉しそうに頷いた。「いいわね。ちょうど下半期の業績がまだ見えてこなくて困ってたところ。新しい案件が見つかるかもしれないし、行ってみようかな」──夜七時。浜白でもっとも高級なエリアにそびえる七つ星ホテル、天星閣。煌びやかな灯りに包まれ、人の往来が絶えない。この夜のパーティーに出席できるのは、浜白でも指折りの名門企業ばかり。言い換えれば、この招待状を手にできる時点で、すでにその人物の実力や財力は折り紙付きということになる。当然、安田グループの名前もその中にあった。蘭が翔平のスーツの襟元を丁寧に整え、ネクタイを締め終えると、恭しく口を開いた。「社長、今夜のパーティーはMTグループが主催側に入っています。三井さんもおそらく出席されるかと」その瞬間、翔平の手がぴたりと止まり、鏡越しにじっと自分を見つめる。「……出発の準備をさせてくれ」淡々とした口調に、蘭の目がわずかに見開かれる。鈴の名前が出たのに、こんなにも落ち着いているとは……意外だった。疑問は抱きつつも、顔には一切出さず、蘭はすぐに返事を返した。「かしこまりました、すぐに」翔平が部屋を出ると、タイミングよく、きちんと着飾った由香里がこちらへ歩いてくる。翔平の表情がすっと険しくなった。「母さん、どこへ行くつもりだ?」由香里は朗らかな笑顔を浮かべて応じた。「赤穂さんからお誘いがあってね。ちょっとしたパーティーに。こういう社交の場で人脈を広げておくのも、悪くないでしょ?」「……赤穂さんって、どの赤穂さんのこと?」「翔平、何言ってるの?前にあなたに紹介しようと思ってたデザイナーさんよ。国際的にも有名な方じゃない」その言葉に、翔平はすぐに察した。唇の端を皮肉げに引き上げる。「母さん、最近ネット見てないの?その有名なデザイナー、実はただのパクリ常習者だよ」その一言で、由香里の顔から笑みが一気に消える。「……え、何ですって?」翔平はそれ以上深くは語らず、静かに釘を刺すように言った。「暇なら買い物でもしてきたらどう?その赤穂さんとは、関わらない方がいい」「ちょっと、どういう意味?」由香里が困
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第427話 パーティーへの出席

「遥」の名前が出た瞬間、翔平の目が冷え込み、表情が一気に険しくなった。由香里も不機嫌そうに鼻を鳴らし、息子を責めるような口調で言い放つ。「翔平、あんたね、どうして遥をあんな遠くの国にやって、あんなに苦労させてるのよ。いつになったら帰してあげるの?まさか本気で、私たち母娘が一生会えないままでいいなんて思ってないでしょうね?」翔平はゆっくりと振り返り、冷ややかに告げた。「そんなに会いたいなら、母さんを遥のいる場所へ送ってあげてもいいよ」その言葉を聞いた途端、由香里は口を閉ざした。──アフリカなんて、貧しくて過酷な土地。もう若くもない彼女がそんな場所に送られたら、数日と持たないかもしれない。「翔平、そういう意味じゃないの。ただ、ちょっと遥が恋しくなっただけよ……でもまあ、自分でやらかしたことだし、あんたが罰を与えるのも仕方ないわね。それに今は赤穂さんが一緒にいてくれるから、私は大丈夫よ」「そうか。じゃあ、赤穂さん、母のこと、よろしく頼む」望愛はしとやかに微笑んで、「お任せください」と柔らかく答えた。「翔平さんが安心して仕事に専念できるよう、私がしっかりお母さまをサポートしますよ」翔平はようやく無言でうなずき、長い足で玄関へと向かう。「蘭、出るぞ。目的地は天星閣だ」「かしこまりました」彼が去った直後、由香里が望愛に声をかける。「赤穂さん、今日はどこに連れてってくれるの?」望愛は意味深な笑みを浮かべて答えた。「伯母さま、もう少ししたら分かります。楽しみにしていてくださいね」──30分後。二人が到着したのは、ライトが眩しく輝く天星閣の正面だった。車を降りた由香里は、周囲に目をやり、見慣れた顔がちらほらと目に入る。かつてよく付き合いのあった、上流階級の奥さまたちだ。しかしあの一件で、彼女は上流社会での立場を一気に失ってしまった。以来、顔を合わせる機会もほとんどなかった。久々にその世界に足を踏み入れ、由香里は思わず緊張してしまう。誰かに見られるのではと不安になり、すっと望愛の腕を取って囁いた。「赤穂さん、なんで私をこんなところに連れてきたの?」望愛は手の甲をそっと叩き、明るく笑って答える。「伯母さま、今日のパーティーには浜白の著名人が勢ぞろいするらしいんです。こういう
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第428話 これ以上ない屈辱

「安田さん、お久しぶりですね。また若返られたんじゃないですか?」「最近お忙しいんですか?麻雀に誘っても全然つかまらないんですよ?」「今度また、みんなで集まりましょうね」「ふふ、そうね、ぜひぜひ」取り囲むマダムたちの声に、由香里は胸を張った。久しぶりに味わうちやほやされる感覚。忘れかけていた安田家の奥方としての誇りが、心の奥でくすぐられていく。──やっぱり、私の居場所はここだわ。その隣で控えめに立っていた望愛にも、自然と視線が集まった。「安田さん、そちらの方は……?」それを受けて、望愛は穏やかに微笑んで一礼した。「初めまして、赤穂望愛と申します。よろしくお願いします」だが、返ってきたのは微妙な沈黙だった。――この子、どこのお嬢様でもなさそうね。彼女の名に覚えはなく、顔にも見覚えはない。そう言わんばかりの空気がその場を包み、たった数秒の間に、望愛の「格」が測られてしまった。そしてその結論は、実にシンプルだった。「取るに足らない存在」。数秒の沈黙の後、マダムたちはあからさまに興味を失ったように目を逸らし、話題を戻そうとした。それを察した由香里は、慌てて望愛の腕を取ると、誇らしげに言った。「この子ね、国際的にも知られてるデザイナーなのよ。有名なコンテストでも賞を取ってて、ドレスのデザインも得意なの。もし何かあったらお願いしてみて。私の紹介って言えば、お値引きしてくれるから」その言葉に、マダムたちは社交辞令のように軽く頷いたものの、態度が一変することはなかった。──そんな中、ふと一人のマダムが呟いた。「デザイナー、ねえ。ああ、なんか聞いたことある気がするわ」その一言に、望愛の表情がぱっと華やいだ。この数年間、どれだけ努力してきたことか。ようやく、自分の名前を覚えてくれている人がいた。そう思った。しかし。「……思い出したわ。あなた、ネットで話題になってた盗作デザイナーのジョイオンじゃない?確か何度も他人の作品を真似してたって、ニュースにもなってたわよね?ごめんなさいね、でもそういうのって……もはや泥棒と何が違うのかしら?」その瞬間、望愛の顔色がさっと青ざめた。足がすくみ、声も出なくなった。──周囲の視線が変わったのが、痛いほど分かる。軽蔑、拒絶、嫌悪。
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第429話 共通の敵に向かって

望愛は、まるで脚本があるかのように、自分のことをいくらか脚色しながら語った。話の全てが自分の無実を訴え、鈴の「悪意」を際立たせるものだった。そしてその言葉が耳に入るたびに、由香里の顔には怒気が浮かび、ついには歪みきった。「ほんと、あの三井鈴って女……ろくなもんじゃないわ。遥のときもそうだったけど、昔からああやって陰湿なのよ。私にも何度、恥をかかせたか……」望愛はうつむき、小さくため息を吐く。「でも、私はただの一般人で、あの人みたいに家柄も影響力もないから……反論なんてできるはずもなくて。ただ黙って、悔しさを飲み込むしかなかったんです……」その台詞に、由香里は思わず手を伸ばして、望愛の手をぽんぽんと優しく叩いた。「……大丈夫よ。あなたは悪くない。悪いのは、全部あの女。ああいうやつには、いつか必ず天罰が下るわ。私たちはその日を、楽しみに待ってればいいのよ」望愛は涙を堪えたような声で「……はい」と頷き、静かに由香里の腕に寄り添う。その姿はまるで、本物の母娘のように親しげだった。──そのときだった。エントランス付近がざわつきはじめ、会場のざわめきがすっと静まった。「……見て、あれ……誰と一緒に来たの?」誰かの囁き声に釣られるように、視線が次々と入口へと向かう。そしてそこには、艶やかなオレンジ色のドレスに身を包んだ鈴が、仁の腕を取りながら現れた。まばゆいライトに照らされるその姿は、誰もが息を呑むほど華やかだった。仁の落ち着いたスーツ姿との並びは、まさに完璧なカップル。「……三井さんって、やっぱり美人よね。あの気品、なかなか出せるものじゃないわ」「ほんとに。結局、女って自分らしく生きるのがいちばんよ。安田家に嫁いでたころなんて、まるで影みたいだったのに……今じゃ全然違う」「しかも、帝都を引き継いでから売上は急上昇でしょ?一方で安田家って言ったら、最近は赤字続きだって噂よ」「ちゃんとご挨拶しておかないとね。うちも将来、三井さんにお世話になる日が来るかもしれないし」「それな~。こういうときこそ、ちゃんと顔つなぎしなきゃ」──そんな声があちこちから漏れ聞こえ、鈴の周囲にはあっという間に華やかな輪ができあがる。その光景を少し離れた場所から見ていた望愛と由香里。望愛の目には、隠しきれない嫉妬の
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第430話 嘲笑

「安田さん、あなたのこれは嫉妬っていうより、後悔なんじゃないかしら?」そのマダムは口元を歪め、わざとらしく言った。「もう腸が煮えくり返ってるんじゃないの?だって、目が節穴すぎて、超一流の令嬢をお嫁さんにしてたのに、自分から手放すなんて」その視線が、望愛に向けられる。上から下まで、じろじろと遠慮なく値踏みするように見て──言い放った。「で、代わりに選んだのが人前に出すのも恥ずかしいレベルの子。ほんっと、失笑しか出ないわ」そのあからさまな嘲笑に、由香里は顔を真っ赤にして声を上げた。「何なのよ、あんた!誰が目が節穴って?ちゃんと説明しなさいよ!」けれど、マダムは鼻で笑ってかぶりを振ると、もう由香里など眼中にないとばかりに、スタスタと鈴の方へ歩いていった。怒りに打ち震える由香里は、その場に取り残されたまま、ヒールの音も派手に足を踏み鳴らす。──その先で。「三井さん」マダムは声をかけ、さっきとはまるで別人のように柔らかな表情を浮かべて近づいていく。鈴はそんな彼女を見て、落ち着いた笑みを浮かべた。「こんにちは、安見さん」自分のことを覚えてくれていたことに、安見夫人は驚いた様子を見せつつも、胸の内はすっかり満たされていた。「いやあ、三井さんって、本当にどんどん綺麗になっていくわよね。やっぱり、幸せだと顔に出るのね~」そう言いながら、自然と仁との腕組みに視線をやる。鈴はその視線を隠そうともせず、堂々と微笑んだ。「おかげさまで、すべてが順調に進んでいます」「それは良かった!でもね、三井さん。一つだけ言わせてもらうと、あの前のお姑さんには、気をつけたほうがいいわよ」安見夫人はちらりと視線をずらし、由香里の方を顎で示すようにして続けた。「今ね、あの人……あなたのこと、妬みまくってるから」鈴はその言葉を受けても、顔色ひとつ変えず、涼しい笑みのまま、さっと話題をすり替えた。「ところで、安見さん。今日のお洋服、とってもお似合いですね。最新のオーダーですか?」褒められた安見夫人は、反射的に背筋を伸ばし、耳元の髪をふわりとかき上げながら、誇らしげに言った。「そうなのよ。海外の有名ブランドのハイエンドライン。今日の午後、空輸で届いたばかりなのよ。素敵でしょ?」「ええ、とってもお似合いです。安見
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