輝明は綿に防寒性の高い服を選んで渡した。「外で待ってる。着替え終わったら出ておいで」その声はとても穏やかで、この静寂な夜の中でひときわ落ち着きを感じさせた。綿は彼の背中を見送りながら頷いた。扉が閉まると、部屋の中には彼女の呼吸音だけが残った。綿はスマホをしっかりと握りしめ、すぐに服に着替えた。ベッドサイドには輝明のスマホが置かれたままだった。部屋を出る前に、彼女は布団を整え、床に広がった水も片付けておいた。部屋を出ると、輝明は廊下の壁に寄りかかっていた。長身の彼は頭を垂れて何かを考え込んでいるようだった。その姿からは、どこか説明しがたい疲労感が漂っていた。長い廊下には明かりがなく、スマホの懐中電灯の光だけが二人の影をぼんやりと映し出していた。輝明は目を上げ、綿に目を向けた。彼女の髪はまだ濡れたままだが、身に着けた服は彼女にぴったり合っていた。これらの服は何度も彼の元に送られてきたが、いつ彼女が着るのかは分からなかった。そして今、彼女が着ているのを目にしても、彼の心は喜びよりも、どこか空虚な感情が広がっていた。それが、まるで彼女を無理矢理縛りつけているように感じたからだ。「行こう」輝明は体を起こし、彼女に背を向けて歩き出した。綿はスマホを彼に手渡した。その光が彼の手に当たった瞬間、綿はふと立ち止まった。無意識のうちに、輝明の手をぎゅっと握っていた。輝明も、足を止めた。彼は綿の方へと振り返る。彼の手は、彼女の指先にやさしく包まれ、ほんのりと温かく、やわらかい。綿は彼の手の甲をそっと返し、見ると、さっき転んだときに自分の頭をかばっていたその手の甲が、赤く腫れていた。彼女が、ぷっくり浮き上がった骨のあたりを押してみると——輝明は、思わず手を引っ込めた。そして、二人の視線がぶつかる。それは、演技じゃなかった。本当に痛かったのだ。——転倒した瞬間、彼の手の甲が床にぶつかる音を、彼女は確かに聞いていた。「大丈夫だ」彼は淡々と答え、再び歩き出した。階段に差し掛かると、彼は彼女が追いつくのを待つように足を止めた。綿は彼の背中を見つめながら、ゆっくりとその後を追いかけた。胸の奥には、どこか申し訳ない気持ちが残っていた。「綿」不意に名前を呼ばれ、彼女は顔を上げた
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