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All Chapters of 離婚後、恋の始まり: Chapter 1101 - Chapter 1110

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第1101話

かおるは瀬名家に滞在していたある日、不注意で火傷を負い、すぐに病院で治療を受けることになった。処置を終えて診察室から出たその時、数人の看護師がストレッチャーを押して駆け込んでくるのが目に入った。その後ろを慌ただしく追っていたのは――裕之と幸美だった。どうして……?かおるの目が鋭く光った。咄嗟に柱の陰に身を隠し、二人の視線から外れた。とはいえ、かおるはすぐそばに立っており、少し注意を払えば見つかる位置にいた。しかし、裕之と幸美の目は完全にストレッチャーの方へ向けられており、かおるの存在にはまったく気づいていないようだった。かおるは唇を軽く噛み、恐る恐る視線をストレッチャーへ向け、次の瞬間、目を大きく見開いた。そこに横たわっていたのは舞子だった。舞子はうつ伏せの状態で運ばれており、背中一面が血に染まっていた。シャツは傷口にべったりと貼りつき、見るも無惨な姿だった。なにがあったの?舞子、どうしてこんな傷を?その時、ちょうど綾人が病院の廊下を歩いてきて、呆然と立ち尽くすかおるに気づいた。「どうしたの?」かおるは我に返り、「知ってる人を見かけたの」と答えた。「挨拶する?」綾人の問いに、かおるは複雑な表情を浮かべて首を横に振った。「いいえ、後でいい。まず、彼女がどうしてあんな状態になったのか、知りたいの」「任せて」綾人はすぐに頷いた。「うん……ありがとう」綾人はスマートフォンを取り出してどこかに電話をかけ、そのままかおるの肩を支えながら病院を後にした。その途中で、里香から電話がかかってきた。焦った様子で声を上げた。「かおる、大丈夫!?ひどい火傷だったの?」「大丈夫、そこまでじゃないよ。薬を塗れば二、三日で治るって」かおるが落ち着いた声で返すと、里香はほっとしたように息を吐いた。「それならよかった。でも本当にびっくりしたわ」かおるは笑みを浮かべながらも、ふと思い出して言った。「それより、さっき病院で舞子を見かけたの」「えっ?舞子さん?どうして病院に?」「それが……わからない。背中が血だらけで、すごくひどい状態だった」「会いに行ったの?」「行かなかった。あの人たちもいたから」あの人たちが誰なのか、里香にはすぐに察しがついた。少し沈黙があった後、里香が話題を変え
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第1102話

「まだ、自分の気持ちが整理できてないの」かおるの声には、どこか迷いがにじんでいた。電話越しに、里香が優しく言った。「だったら、ゆっくり考えればいいよ。急ぐことないでしょ?今は錦山にいるんだし、舞子さんもそこにいる。気持ちが決まったら、その時に会いに行けばいいんだから」「うん」かおるは短く答えると、すぐに通話を切った。顔を上げると、綾人の真っ直ぐな視線と目が合った。「どうしたの?」息を呑むように問いかけると、綾人は黙ってかおるの頬にそっと触れた。「何か悩んでるなら、俺に話してもいいんだぞ」その優しい声に、かおるは何も言わず、ただ静かに彼の胸に身を寄せた。綾人はそのまま彼女を優しく抱きしめ、それ以上は何も聞かなかった。かおると向き合うと決めた以上、彼女のすべてを受け止めるつもりだった。かおるの過去が決して平坦でなかったことも知ってはいたが、彼女が自分から語ろうとしない以上、無理に聞くつもりはなかった。今、こうして聞いたのも、心を開いてほしかったから。話せば、少しは楽になるかもしれないと思ったから。でも、かおるが話したくないのなら、それでいい。無理にこじ開ける必要なんてない。かおるが話してくれるその日まで、ずっと待てばいい。一生かかっても構わない。瀬名家の別荘。電話を切って部屋に戻ろうとした里香は、思いがけず近くに立っていた人物に気づき、目を見張った。「賢司兄さん!?」思わず駆け寄り、「いつ戻ってきたの?」と問いかけた。賢司は低い声で言った。「今……誰が殴られたって言った?」「舞子さんよ。めちゃくちゃに殴られて、出血多量で病院に運ばれたって」里香はそう言いながら、さりげなく賢司の表情を観察していた。すると、彼の顔からさっと血の気が引いていくのが見て取れた。「誰がやった?」その声は冷たく、怒りを押し殺したようだった。「知らない……でも、お兄さん、舞子さんとあなたって――」その先は聞かなかった。聞かずとも、賢司の瞳はすでにその答えを語っていた。そして彼は、まるで当たり前のことのように静かに言い放った。「あれは、俺の女だ」里香の目が大きく見開かれた。マジ!?ホントだったの?あの寡黙な賢司が自分から認めるなんて――本気だ。彼はくるりと背を向け、鋭い足取りでその場を立
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第1103話

「本当のことよ。あのとき録画でもしておけばよかった。そしたら、あなたも信じてくれたでしょ?」「いや、信じてないわけじゃないさ。ただ……兄貴がそんなことを言うなんて、想像できなかったんだ」景司は、どこか遠くを見るように言った。「兄貴は昔から女に興味がない人だった。モテてたけど、自分から女性に気を遣ったり、親しくなろうとしたことなんて一度もなかった。学生時代は勉強一筋、社会人になってからは仕事漬け。恋愛なんて無縁だと思ってた。それがさ……あの鉄の塊みたいな人間に、まさか花が咲くとはな」しみじみと語っていた景司だったが、ふと眉をひそめた。「その舞子って……かおるの妹だよな?」里香はうなずき、「そうよ」と短く答えた。景司はさらに眉をひそめて、記憶を探るように言った。「会ったことがある。うっすらだけど、かおるに少し似てると思った。里香、知ってるだろ?兄貴は昔、かおるに好意を持ってたんだ。でも、タイミングが遅すぎた。かおるはもう結婚してたからな」そこで言葉を切ると、低く続けた。「もしかしてさ……兄貴、舞子をかおるの代わりにしてるんじゃないか?」その言葉に、里香の顔も自然と曇った。もし、それが本当なら……それは、あまりにも残酷だ。誰だって「誰かの代わり」なんて、受け入れられるはずがない。ましてや、姉妹の間でそんなことが起こっていたら……里香はしばし沈黙し、ゆっくりと首を振った。「それは違うと思う。賢司兄さんは、そんな人じゃないわ」だが景司は舌打ちして、反論した。「兄貴だからって、そうとは限らないよ。叶わなかった恋ってやつは、人を極端な方向に走らせるからさ」その言葉に、里香は何も返せなくなった。彼女の脳裏にふと浮かんだのは雅之だった。あの人も、報われない想いから、とんでもない行動に出たことが、何度あっただろう。何かを言おうとしたその瞬間、スマホの画面が突然フリーズし、景司の顔が固まったままピクリとも動かなくなった。「もしもし?景司兄さん?」スマホを振ったり、場所を変えてみたりしたが、反応はない。どうやら、完全にフリーズしたらしい。仕方なく通話を切り、部屋に戻ろうとドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、雅之がベビーカーのそばに座り、穏やかな顔でサキとユウを見守る姿だった。そ
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第1104話

舞子はそっと目を閉じ、かすかに声を絞り出した。「私は、別れない」「舞子……」幸美は思わず言葉を失った。まさか舞子が、ここまで頑なだとは思わなかった。この子は、かつて一番素直な娘だったのに。幸美はベッドの端に腰を下ろし、深いため息を何度もついた。これ以上、どうすればいいのか分からなかった。舞子の態度はあまりにも固く、裕之は感情に任せて娘を叩いた。それでもなお、彼女は別れないと言い張っている。どうすれば……いったい、どうすればいいの?舞子は目を覚ましたばかりだ。今はもう、この話を続けるべきではない。説得できないなら、次は紀彦の方を何とかしなければ。「お腹、空いてない?」そう優しく声をかけると、舞子は顔を背けたまま、小さく答えた。「空いてない」舞子は、ただ痛みしか感じていなかった。うつ伏せに横たわったまま、動こうにも体が言うことをきかない。幸美はもう一度、静かにため息をついた。「お腹が空いたら、何でも作ってあげるから。言ってね?」「うん……」舞子はそれ以上、何も答えず、再び目を閉じた。やがて、沈むように深い眠りに落ちていった。夜が更け、病室はしんと静まり返っていた。不意に、誰かの視線を感じた。半ば夢の中にいた舞子は、うっすらと目を開けた。その視界の端、病室の隅に、人影が座ってこちらをじっと見ていた。お母さん、いつの間に帰ったの?意識が覚醒し、舞子は驚いたように声をあげた。「賢司さん?」その声は掠れてか細く、今にも消え入りそうだった。「正直、お前には驚かされたよ」賢司は黙って彼女を見つめたまま、低く言った。彼が状況を調べるのに、時間はかからなかった。舞子が家族の反対を押し切り、こんな酷い目に遭った理由も。それが、ただ「紀彦と別れたくない」というだけのことだなんて。賢司は鼻で笑った。そんなに、あの紀彦って男が好きかよ?賢司の皮肉混じりの口調に、舞子は唇をぎゅっと噛みしめた。「あなたがここに来るべきじゃない」私たちは、他人でしかない。もし誰かに見られたら、面倒なことになる。そう言おうとした矢先、賢司は突然身を乗り出し、舞子の顎を掴むと、そのまま唇を重ねた。「んっ!」痛みで身体が全く動かない。抵抗すらできない。わずかに身じろぎしただけで、背中
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第1105話

賢司は一枚の書類を取り出し、それを舞子に差し出した。舞子がちらりと視線を落とすと、そこには紀彦に関するすべての情報が記されていた。一瞬、彼女の目に驚きの色が浮かんだ。信じられないというような表情で賢司を見つめた。「これ、どういう意味?」書類の中身をまともに見ることもできず、舞子は混乱したまま彼を見上げた。賢司は落ち着き払った声で静かに言った。「お前がそこまで執着してる男が、どんな奴なのか……はっきりさせておきたかった」舞子は再びシーツを握りしめ、頭の中が混乱しすぎて、何も考えられなくなっていた。「どうしてそんなことするの?」自分で口にしたその問いに、耳が敏感に反応した。私たちの関係って、「恩返し」だけじゃなかったの?なぜ、賢司はここまで私に関わってくる?なぜ、紀彦のことを調べる?なぜ、私と紀彦の関係をそんなにも気にするの?次から次へと疑問が湧き上がる。けれど、答えはもうきっとわかってる。でも、それを信じるのが怖い。賢司は彼女の澄んだ漆黒の瞳をじっと見つめた。不思議なことに、今の舞子の瞳の奥にある感情だけは、読み取ることができなかった。少し眉をひそめながら、彼は尋ねた。「質問の意味がわからない」「私……」舞子は口を開きかけたが、どう言葉を選んでいいかわからず、しばし沈黙した。少し照れくさそうに唇を噛み、そっと目を閉じて、思いきって聞いた。「賢司、あなたがこんなことするってことは……もしかして、私のこと、好きなの?付き合いたいってこと?」その言葉が病室の空気を一変させた。舞子の睫毛は緊張でかすかに震え、呼吸は浅くなり、胸の鼓動が耳の奥で雷のように響く。彼女自身、何を聞いたのか、もう頭が真っ白だった。賢司は黙ったまま、舞子の姿を見つめていた。その問いは、彼の中にも何かを気づかせたらしい。確かに、自分は舞子のことを「必要以上に」気にしていた。それはただの欲望ではなく、舞子の喜怒哀楽が自分に関わっていてほしいと、そう思っていた。舞子に会いたいと思う。常に、ずっと。それが何の感情なのか、彼にはよく分からなかった。恋愛経験など、一度もなかった。他人の恋愛話にも興味がなかった。でも、舞子だけは、そばにいてほしいと、そう思っていた。しばらくして、賢司は口を開いた。「
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第1106話

それを聞いて、舞子はじっと彼を見つめた。「断ってもいいの?」「もちろん」賢司は一拍も置かず、即座にそう答えた。だが舞子は、どこか疑わしげな表情を浮かべた。本当に、こんなにあっさり引き下がる人だったっけ?舞子の視線を受けながら、賢司は心の中で静かに思っていた。仮に彼女が断っても、残りの六回は終わらせるべきだ。そうすれば、俺たちの間には何の繋がりも残らない。あと六回。もうそれで終わりだ。俺が彼女に過剰な執着を見せることも、もうないだろう。感情なんて、自分の人生において最優先事項ではなかった。仕事と権力。それだけが信じる価値だった。幼い頃から自分の道を定め、感情に流されることなく、すべてを理性で制してきた。もし今、自分が舞子を「好き」だと気づいてしまったとしても、その想いに振り回されるような真似は絶対にしない。一方の舞子は、賢司の冷静な態度を見て、目を細めた。この人は、欲しいものがあればどんな手を使ってでも奪い取るタイプだと思ってたのに。これほどまでに淡々としているなら、話はむしろ簡単じゃない?「すみません」舞子は慎重に言葉を選びながら口を開いた。「私たち、やっぱり合わないと思います」「うん」舞子の拒絶は明白だった。それでも賢司の顔には何の変化もなく、ただ淡々と告げた。「あと六回、忘れるな」そう言い残し、賢司は一人で病室を出ていった。病室に静寂が戻る。舞子は思わず胸を撫で下ろした。六回が終われば、何の関係もなくなる。それでいい、それが一番いいはずだった。書類に目を落とし、手を伸ばしてめくった。そこに記されていたのは、紀彦に関する詳細な調査書。出生から幼少期の出来事まで、驚くほど克明に記録されていた。思わず舞子の口元が引きつった。この男、本当に呆れた。さらに資料を読み進めると、紀彦が海外留学中にとある女性と出会い、恋に落ちたことが記されていた。しかし彼はその関係を家族には一切明かさず、今も交際中で――なんと、舞子の誕生日パーティーの直後、その女性に会うためすぐに出国していたという。細かすぎて引くわ。賢司って、神経質すぎるのでは?思わずため息をついたが、心は何の動揺も見せなかった。元より、紀彦を愛していたわけではないのだ。だから彼の裏切りに、傷つくこともない。資料を丁寧
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第1107話

翌日。舞子を見舞いに来た幸美は、病室で弘子を見かけると眉をひそめ、不機嫌そうに問いかけた。「あなた……どなた?」「桜井さんのお世話をしている介護士です。あなたは?」穏やかに微笑みながら答えた弘子に、幸美は目をきらりと光らせ、すぐに語気を強めて言った。「もう結構です。あなたにはここでの役目はありません。出て行ってください」弘子は一瞬で警戒心を抱き、視線を舞子に向けた。すると舞子がゆっくりと口を開いた。「弘子さん、ちょっとフルーツが食べたくなったの。お願いしてもいい?」弘子はすぐに察した。今は席を外してほしいということだ。「はい、すぐに持ってきますね」そう言って、静かに病室を後にした。幸美は間髪入れずに言い出した。「舞子、あの介護士、本当にちゃんとした人なの?身元も経歴も調べた?ちゃんと面倒見てくれる人なのかしら」舞子は母を見据えながら、静かな口調で答えた。「後で確認しておくわ」そのとき、幸美がふと思い出したように声を上げた。「ごめんなさいね、舞子。昨日のこと、すっかり忘れてて……会社でちょっとトラブルがあってね。お父さんと一緒に遅くまで対応してたの。お腹、空かなかった?」舞子の胸の中に、乾いた笑いが湧いた。忘れてた?そんなの、ただの言い訳だ。言うことを聞かない娘に対する「躾」に過ぎない。「大丈夫よ。介護士がいなくたって、自分のことくらい何とかできるから」その一言に、幸美は一瞬ばつが悪そうな顔をした。何しろ、桜井家は「娘思い」を世間にアピールしてきたのだから。病室の空気が少し重たくなった。舞子の背中の傷はまだ鋭く痛み、薬を塗り替えるたびに思わず声が漏れるほどだった。朝食もあまり食べられず、顔色は青白く、言葉を発する気力さえ残っていなかった。「お母さん、もし用事がないなら帰って。少し休みたいの」その言葉に、幸美は眉をひそめた。「娘を見舞いに来た母親に、帰れって言うの?」舞子はまぶたを伏せ、疲れた声で答えた。「帰りたくないなら、私はもう寝るね」幸美:「……」怒りを抑えていたが、青ざめた娘の姿を見て、それ以上責めることはできなかった。少しの沈黙のあと、声の調子を変えて言った。「わかったわ。邪魔しないようにする。何かあったら、すぐ電話してね」そ
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第1108話

舞子はその言葉を聞いて、思わずかおるの方を見た。かおるの表情にも、どこかバツが悪そうな気配が浮かんでいた。その空気の中で、舞子はふいにまばたきをし、静かに口を開いた。「お姉ちゃん」その一言を聞いた瞬間、かおるはバッと立ち上がった。「みかん、もういらない。ちょっと用事思い出したから先に帰るね」そう言うなり、舞子の言葉も聞かず、まるで背後から猛獣でも迫ってくるかのような勢いで、病室を出て行った。取り残された弘子は、ぽかんと口を開けて言った。「え?今の……どういうこと?」舞子は苦笑しながら答えた。「多分、照れたんだと思います」弘子はいつものようににこにこと笑いながらうなずいた。「ああ、なるほどね。あるある。喧嘩したあとに、どっちかが先に歩み寄ったら、もう一方は照れるのよ。でもさ、舞子さんとかおるさんって、どうしていつもあんな距離感なの?」舞子は一瞬視線を落とし、少し間を置いて答えた。「姉は、ずっと昔に家を出て行ったんです」弘子は目を見開いた。「えっ、そうだったの……じゃあ、なにか……かなり大きな揉め事でもあったのかしら」舞子はそれ以上は何も言わなかった。けれど、かおるが自分のもとを訪れてくれたこと、そして「お姉ちゃん」と呼んでも拒否されなかったこと。そのたった二つのことだけで、舞子の心はじゅうぶんに満たされていた。この世に、自分のことを思ってくれる家族がいる。その事実だけで、十分だった。ちょうどその時、スマートフォンが震えた。画面には「紀彦」の名前があった。【今日、時間ある?話したいことがある】舞子は唇を軽く噛んだ。怪我のことは誰にも話しておらず、紀彦も今、自分が療養中だということは知らない。【ごめん、ちょっと無理。今日は勉強の予定が入ってるの】すぐに返信が返ってきた。【さっき幸美さんに会った。君と別れてくれって言われたよ。君のご両親、僕に相当不満があるみたいだ】舞子の表情が冷えた。自分の手で思うようにいかなかったから、今度は紀彦に直接圧力をかけたというの?【それで、あなたはどう答えたの?】【もちろん言ったよ。本気で愛し合ってるし、何があっても別れないって】【ちょっと恥ずかしい】【でも、目的が同じなら、態度ははっきりさせないと】【そうね】舞子
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第1109話

幸美の態度は極めて強硬だった。舞子にいかなる反論も許さず、そのまま彼女を桜井家へと連れ帰り、さらにはスマートフォンまで取り上げてしまった。二人が病院を出てから、わずか三十分後。かおるが病室に到着した時、そこはすでにもぬけの殻だった。目を見開いたかおるは、慌てて近くの看護師に尋ねた。「すみません、この部屋の患者さんは?」看護師はあっさりと答えた。「もう退院されましたよ」「退院?」かおるは驚きを隠せなかった。確かに退院できる状態ではあった。けれど、何も言わずに、こんな急に?疑念を抱きながらさらに聞いた。「お一人でお帰りになったんですか?」看護師は首を振った。「いえ、お母様がお迎えに来られてました」その言葉を聞いて、かおるはすべてを理解したように、静かに頷いた。やっぱり、そういうことか。胸の奥に怒りがふつふつと湧き上がる。一ヶ月もろくに顔を見せなかったくせに、退院となった途端に現れるなんて。ずっと、舞子は幸美に大切にされていると思っていた。あれほどの大怪我をしたのなら、母親として心を痛めて当然だと。けれど今なら、あの違和感の意味がよくわかる。だからこそ、舞子はいつも寂しげな顔をしていたのだ。かおるは眉間に皺を寄せながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。もしかしたら、自分が知らないことが、まだまだあるのかもしれない。桜井家に戻された舞子は、繰り返しスマートフォンの返却を求めたが、幸美は頑として認めなかった。「留学するなら、せめて友達に一言くらい伝えさせて」そう懇願しても、幸美はきっぱりと拒否した。「必要ないわ。あなたの周りの友達なんて、ろくな人間がいないんだから。害にしかならない。これからはすべての交友関係を断ちなさい」その言葉に、舞子の堪えていた感情が爆発しかけた。「お母さん、私を一体何だと思ってるの?」幸美は眉をしかめ、冷静な口調で言った。「あなたは私の娘。だからこそ、娘として扱ってるのよ。他に何があるの?」舞子は真っ直ぐに母を見返した。「でも私は、もう大人よ。スマホを取り上げるだけじゃなく、人間関係まで制限するなんてあんまりじゃない?」すると、幸美の目がさらに冷たくなった。「あなたがまだ若くて、世の中の恐ろしさも、人の悪意も知らないからよ。私が先回
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第1110話

やはり、そうだった。舞子はうつむきながら、まだ青ざめた顔で食卓の端に座った。細い身体で精一杯の抵抗を示そうとしたが、それはあまりにも無力だった。逃げられない。けれど、諦めることもできない。「別れないわ」舞子は顔を上げ、透き通った声で、はっきりとそう言った。裕之は冷ややかに笑った。「いい度胸してるな。さすがは俺の娘だ。その度胸が、どこまで保つか見物だな」そう言い残し、椅子を引いて立ち上がり、無言で食堂を後にした。残された幸美は眉をひそめ、静かに舞子を見つめた。「舞子、どうしてそこまで頑ななの?紀彦はあなたにふさわしくないのよ。なぜ私たちの言うことが聞けないの?まさか、私たちがあなたを傷つけると思ってるの?」舞子は静かに言い返した。「ふさわしいことが、正しいって意味なの?」幸美の声が少し鋭くなった。「当然でしょ。あらゆる面で釣り合う相手が、あなたにとっての正解なのよ」舞子は目を伏せながら、かすかに首を振った。「そうは思わない」その言葉に、幸美は苛立ちを隠せなかった。「あなたは、まだ分かっていないのよ。いつかきっと思い知る時が来るわ。私たちがやってきたことが、すべてあなたのためだったって」そう言ってため息をついたが、舞子はそれ以上何も言わず、無言で食事を始めた。その姿はまるで、魂の抜けたロボットのようだった。瞳には何の輝きもなく、ただ淡々と、目の前の皿を処理するだけ。舞子が退院したことを知ると、弘子はすぐさまその情報を賢司に伝えた。広いオフィスの中、賢司はデスクに座りながらスマートフォンを手に取っては置き、また画面をつけてはそのまま見つめ、やがて画面が自動で消えるのをただ黙って待っていた。それを、何度繰り返しただろうか。彼の眉間に、いつしか深い皺が刻まれていた。自分は……何を待っている?舞子からの連絡を?だが、あの夜、彼女ははっきりと自分を拒んだ。そしてこの一ヶ月、一度も連絡を取っていない。それでも、舞子の状況は常に耳に入ってくる。弘子が、まるで察したかのように毎日のように報告してくれるからだ。たとえば、今日何を食べたとか、怪我の回復具合、夜はよく眠れたか、テレビをどれだけ見たか、スマホを使った時間、訪ねてきた人物など。弘子の報告を通して、まるで舞子の存在がすぐそば
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