All Chapters of 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花: Chapter 1331 - Chapter 1340

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第1331話

隆一の表情が、ぴたりと凍りついた。万霆は一度も彼の名を呼ばず、直接責めてもいない。なのに、その一言一言が、自分を狙い撃ちにしてくる。胸の奥から込み上げた怒りが、蒼白な頬をじりじり焼いた。「万霆さん。隼人が今していることは、全部……桜子を取り戻すための芝居にすぎません」隆一は言い募る。「甘い言葉で惑わせているだけです」拳を握りしめ、爪が皮膚に食い込む。隼人への殺意は消えない。「もし本当に桜子を愛していたなら――三年間、同じ屋根の下で暮らしていたんですよ?桜子みたいに美しく優秀な女性と朝夕を共にして、心が動かない男がいますか?それなのに、最後は冷酷に捨てた。つまり、あれは本物じゃない。愛じゃありません!」「愛じゃない、か」万霆が眉をわずかに上げた。「考えたことはありますか?」隆一は噛みつくように続ける。「隼人がいつ桜子に心を動かされたのでしょうか。離婚した後、三年間軽んじていた妻がKS財団の令嬢だったと知った――その時だったのではないでしょうか?。周知の通り、隼人は宮沢会長の正妻の子ではございません。母親の立場も誉れあるものとは言えませんでした。言ってしまえば、私生児と大差ないと言わざるを得ません」隆一の声は静かなまま、毒だけが濃くなる。「長男の健康状態に問題がなければ、彼が宮沢グループを任されることもなかったでしょう。今、彼が桜子に執着するのは、本当に純粋な想いだけだとお思いですか?高城家の力を借りて、自分の立場を変えようという私心が――一切ないと?」隆一の目は焦りで濡れ、言葉を重ねる。「彼は自分から離婚を迫り、別の女性と再婚しようとした男です。卑劣さは骨の髄まで染みついています。一度裏切った男が、二度三度と繰り返さない保証がどこにありますか?あなたは本当に、掌中の珠を――隼人の人品に賭けるおつもりですか?!」横で聞いていた斎藤は、わずかに眉をひそめ、隆一を静かに観察していた。――今まで気づかなかったが、この白石家の若様は、ずいぶん舌が回る。白を黒と言いくるめるのに使えば、相当な破壊力だ。「隆一」万霆の目尻には薄い笑みが残っている。だが声は冷え切っていた。「俺よりも娘のことをよく知っているようだな。もし隼人がお前の言うような地位しか見ない男なら」万霆は淡々と突き返す。「最初から身元を隠していた娘なんぞ相手
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第1332話

万霆は怪訝そうに、横目で斎藤を見た。「どうやらお前は、隼人をずいぶん高く買ってるようだな」斎藤は動じず、落ち着いて答える。「誤解です。私は事実を述べているだけです。桜子様は幼い頃から見守ってまいりました。私も胸が痛みます。心から、良き伴侶に恵まれてほしいと願っているだけです」「それはつまり、遠回しに隼人を褒めてるってことだろう?」斎藤は、返す言葉がなく口を閉ざした。「……」そのとき、万霆がふいに足を止め、窓辺に立って外を見やった。斎藤も不思議に思い、同じ方向へ視線を送る。ちょうど閲堂園の門前が見える位置だった――隆一が、娘に渡すはずだった白い菓子箱を地面に叩きつけた。それでも足りないのか、さらに二度、三度と踏みつける。丁寧に包まれていた菓子が、無残に潰れて散った。「……ふん。気性まで荒いとはな」万霆は軽蔑を込めて鼻で笑い、そのまま歩き去った。先ほどまでの温雅な顔とは別人のような隆一を見て、斎藤は胸の底からほっとした。桜子様が、あの偽善者を選ばなかったことに。かつて、万霆に冷たくあしらわれ、門前払いを食らい、寒風の中に立たされたのは隼人だけだった。まさか自分が同じ目に遭う日が来るとは――隆一は夢にも思わなかった。勝負欲も自尊心も人一倍強い彼にとって、それは胸を抉られる屈辱だ。「隆一様、どうか……お怒りをお鎮めください!」健知秘書は地面に散らばったゴミを拾い集めながら、震える声で宥める。「高城会長はこれまでずっと、あなたを高く評価していました。急に見限るはずがありません。少なくとも……隼人なんかよりは……!」言いながら、必死に言葉を繋ぐ。「きっと今夜は桜子様に何かあって、高城会長の機嫌が悪かっただけです。たまたまあなたが居合わせたから、当たられただけですよ。時間が経てば、必ずあなたの良さを思い出してくださいます」「……今回は、違う」隆一の血走った瞳が、刃みたいな冷たい光を放った。獲物を裂く獣の爪のように鋭い。「万霆は、明らかに桜子と隼人の関係を黙認した……」声が沈む。「もう口を出さない。俺を助けることもない」万霆は、二人の間に立ちはだかる最も堅固な壁だった。前回、昭子を利用し、桜子が子を成せないという事実を暴いたのも――彼にとって最大の切り札だった。それでも、二人の絆は断
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第1333話

けれど――桜子は、彼が生涯を賭けた愛だ。どうして自分の手で壊せるというのか……「次は、どうするつもりだ?」男の気だるい声に、かすかな威圧が混じる。「先生……もう一度だけ、チャンスをください。最後のチャンスです!」隆一の顔色は青白く、全身から陰惨な気配が立ち上る。まるで地獄の縁にしがみついて、必死にもがく悪魔みたいだった。「あなたの研究所で、今開発中の薬があるでしょう。即座に心臓麻痺を起こすという……」喉が鳴る。「あれを……一本、いただけませんか?」「ほう?何に使うつもりだ?」男は面白がるように笑う。「まさか、自分に打つ気か?ずいぶん肝が据わってるな。これまで散々、自分の体に針を刺してきただろう?あの薬はまだ臨床試験も済んでいない。リスクは高いぞ」「分かっています」隆一は息も乱したまま言い切る。「ですが、これが最後の一手です。最大の賭けに出ます」隆一の目は血走り、理性は崩れかけていた。「はあ……五湖の明月が残っていれば、いずれまた釣り針を垂らせる。所詮は女一人のことだ。そこまで大袈裟にする必要はないだろう」男は諭すように言う。「しかも今やお前は、桜子にとって最大の悪人だ。お前に何かあったところで、彼女にとっては願ったりではないか?」「……自分に使うのではありません」「ほう?」「憐れみと罪悪感――それは、人間にとって一番抗いにくい弱点です」隆一の瞳には、底知れぬ闇が溜まっていく。「桜子は優しい女性だ。彼女に、永遠に借りを感じさせる。そうすれば……彼女を、そばに繋ぎ止められる」話し合いを終え、桜子と隼人は部屋へ戻って休んだ。この時間なら初露はもう眠っている。優希はしぶしぶ書斎へ向かった。少し仕事を片づけてから休むつもりだ。彼は変わった。かつては地球が滅びようと睡眠を優先した男。今は、グループの仕事を片づけないと眠れない。すべては、初露に明るい未来を渡すため。「優希様」背後から千奈の声。優希は振り向く。「まだ起きてたのか?俺のことはいい。初露を見ててくれ。夜中に喉が渇いて起きるかもしれない」千奈は唇を引き結び、低い声で言った。「今夜、どうしても報告すべきことがあります。椿様ですが……今後、少し注意なさった方がいいかと。今日こちらに来て、私が目を離した隙に、初露様とかなり言
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第1334話

優希は足音を殺して部屋へ入った。愛する人の眠りを邪魔しないよう、ドアの前で靴を脱ぎ、靴下のままそっと歩く。広く柔らかなベッドの上。初露は小さな体を毛布にくるみ、丸くなって眠っていた。小さな頭だけが覗き、黒く艶やかな髪が無造作に広がっている。純白の紙に濃い墨がふわりと滲んだみたいだった。優希はベッド脇に腰を下ろし、初露の寝顔をじっと見つめる。頬にかかった髪を、指先でそっと払ってやった。かつて誰にでも向けていた目は、今は彼女一人だけのものだ。「少し家を空けただけで……やけに騒がしくなったな」ざらついた指腹が、滑らかな頬から桜色の唇、そして鎖骨へ――愛おしむように辿る。「この世で君を想ってるのは俺だけだと思ってた」低い声が滲む。「……でも違ったみたいだ。君の魅力は、俺の想像以上らしい。もう外に連れ出すのが怖くなる。誰かに目をつけられたらどうする?」喉の奥がきしむ。「今夜の話を聞いて、正直……冷静じゃいられなかった。あいつが桜子の実兄じゃなかったら、袋かぶせて殴ってた」思わず指先に力がこもる。初露の睫毛が震え、かすかな声が漏れた。優希ははっとして手を引く。眠りを乱したくない。そのとき、初露が寝返りを打った。仰向けになり、無意識に布団を蹴り下げる。白くやわらかな肌が月明かりに浮かび上がった。薄いシルクのキャミソールは乱れ、肩と胸元があらわになる。優希の瞳に濃い欲望が滲み、広い肩がこらえきれず小さく震えた。――理性が、限界だった。「……ほんとに……私の絵、好きなの……?」あ寝言が、はっきり響く。静まり返った部屋で、その一言一言が耳に刺さる。――本当に、私の絵が好きなの?初露。それは俺に向けた言葉じゃない。じゃあ、誰に?「椿……兄……」その瞬間、優希の体を巡っていた熱が逆流した。頭が真っ白になる。次の瞬間、彼は初露を抱きしめ、激しく唇を奪った。荒々しく、噛みつくみたいに。激しい動きに、初露は目を覚ます。最初は驚いて震えたが、相手が優希お兄さんだと分かった途端、全身の力が抜けた。両腕を彼の首に回し、柔らかな想いで彼の荒ぶる感情を包み込む。やがて、夜は深く揺れ続けた。初露はいつだって、優希を受け入れる。彼が望むなら、いつでも。長い夜が過ぎ、彼女がかすれた声で背中を掻いて、ようや
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第1335話

桜子は優希が歩いてくるのを見て、ぎょっとした。整った顔が、まるで妖怪に精気を吸われたみたいにやつれている。「ちょっと優希、どうしたのその顔。昨夜、部屋で穴でも掘ってたの?」お嬢様は容赦なくからかう。「俺は……はあ。聞くなよ」優希は重いため息をついた。何て言えばいい?桜子の兄の悪口なんて、少しでも言ったら親戚付き合いにヒビが入る。義理の家族相手にみっともない真似はできない。桜子は悩みがあると察したが、言いづらそうなら無理に聞かない。「食べる?食べるなら、お前の分も作るけど」隼人が振り向き、手を止めずに尋ねた。「食欲ない。いらない」優希は冷蔵庫を開け、冷水を一本取り出してキャップをひねり、一気に飲み干す。空のボトルを握り潰し、深く息を吸った。「桜子、隼人。今日、俺は初露と入籍する」二人が同時に目を見開く。「え?今日?!」「そう。今日だ」優希の目は真っ直ぐで、声は低くかすれている。「先延ばしにすればするほど、ろくなことにならない。本家がどう思おうと関係ない。まずは入籍する」言葉に熱がこもる。「籍を入れれば、俺たちは法的に夫婦だ。初露は俺の正真正銘の妻、本田家の若奥様になる。たとえ祖父が反対しても仕方ない。俺が本田家を掌握したら、改めて盛大な世紀の結婚式を挙げる。初露もきっと分かってくれる」隼人は眉をひそめた。フライパンの卵を返すのを忘れ、端が焦げる。「隼人、俺の戸籍は母さんのところにある。これから取りに戻る。そっちは?今日出せるか?」「優希、あなた、何を考えてる?」桜子の目が静かに沈む。「今日の様子、明らかにおかしい」「どういう意味だよ?俺は結婚したいだけだ。祝福してくれてもいいだろ?」優希は焦りを隠せない。隼人は火を止め、真剣な目で彼を見る。「優希。付き合いは長い。お前はいつも冷静だった。なのに、なんで急にこんなに焦る?それに戸籍は光景のところだ。突然行っても、渡すはずがない」隼人の言葉は淡々としているが、現実的だ。「前回の宴で、桜子の件であの人に大恥をかかせただろう。あの人は執念深い。今頼みに行けば、逆に利用される。怒らせれば、初露に別の縁談を持ち出しかねない。しかも今、本田家は昭子の件で混乱中だ。光景は元々、お前たちと深く関わる気がない」「俺は……」優希は拳を握りしめる。桜子も厳
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第1336話

「ライバル?」桜子は左手で頬杖をつき、右手でブルーベリーをつまんで隼人の口元へ運ぶ。「優希にライバル?それはまた珍しい話ね」隼人は冷ややかに笑った。「俺の妹はお前にほぼ軟禁で守られてる。毎日会うのは、お前と女秘書くらいだろ。まともな社交もないのに、どこにライバルがいる……夢の中か?」「まさに、その夢の中だよ!」優希はテーブルを叩き、声を張り上げた。昨夜、腕の中で初露が寝言で呼んだ――「椿兄」。夢の中で、別の男の名を口にした。その瞬間から、優希の心は粉々だ。胸の奥が、割れたガラスみたいに刺さってくる。「……もしかして、うちの椿兄のこと?」桜子が冷ややかに見つめる。隼人はきょとんとした。椿とどう繋がるのか分からない。優希は目を見開く。「桜子、なんで分かった?神様か何かか?」「何が神様よ」桜子は呆れた。「あなた、顔に全部書いてある。昨夜、椿兄と向き合ってたときの目つき、完全に闘鶏だったわよ」それから、少しだけ声を柔らかくする。「でもね、優希。高城家の男はみんな正々堂々。横恋慕なんてする人じゃない。初露とちょっと話しただけで敵扱いしないで」「椿さんはそんな人じゃない」隼人も苦笑する。「疑うなら誰でもいいが、桜子の家族を疑うのは違う」優希はため息をつくしかなかった。これ以上言えば、ただの嫉妬深い男にしか見えない。「なるほど……それで急に入籍したいとか言い出したのね。危機感?」桜子は鋭い。「それだけで焦る?子どもみたいよ」優希は言葉を失った。隼人は真顔に戻る。「入籍は慎重に。まず家の問題を片付けろ。本田家で地位を固めれば、自然と道は開ける」優希の胸はまだざわつく。妻は一生、初露だけだ。だが初露にとっての男が、ずっと自分1人だけだという保証はない。彼女は純粋すぎる。誰かにさらわれるんじゃないか――そんな恐怖が離れない。愛が深まるほど、不安も増す。……朝食も終わりかけたころ、外で動いていた井上が戻ってきた。「桜子様!やっぱりです!健一が逮捕されました!」井上は桜子を崇拝するみたいな目で見つめる。「警察が、健一が複数の女性をレイプした証拠を掴んでます。その中に……未成年が二人」「畜生以下だな」優希は怒りに拳を叩きつける。隼人も怒りを隠せない。だがそれ以上
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第1337話

井上は思わず息を呑んだ。朝食もまだなのに、その一息で腹が膨れた気分だ。「と、とんでもないです……!飛行機は魅力的ですが、乗れても無事に帰れない気がします!」「もう、隼人」桜子は苦笑し、彼の機嫌をなだめる。「井上があなたに忠誠尽くしてるの、私たちが一番分かってるでしょ。たかが一機のジェットで拗ねないの」桜子は細い指先で、男の鋭い顎のラインをなぞる。三日月みたいに弧を描く瞳が、女王みたいに誇らしい。「今年の誕生日、私が一機プレゼントしてあげる。隆一のより、もっといいのを。どう?」――羨ましすぎて涙が出る。プライベートジェットを誕生日プレゼントにする女。さすが海門一の富豪令嬢、伊達じゃない。隼人は星のような瞳を見開き、彼女の手を強く握った。「桜子。俺は君の男だ。だが、ヒモじゃない」真っ直ぐに言う。「贈るなら、俺が君に贈る」「何言ってるのよ」桜子は即座に返す。「私たちにあなたの・私のなんてないわ。お金なんてただの数字でしょ」その豪胆さに、優希と井上は本気で羨ましがる。ヒモになるつもりはなくても、男なら誰だって高級車も、戦車みたいなSUVも、専用機も欲しい。隼人は静かに首を振った。胸の奥がじんわり熱くなる。「桜子。もう何もくれなくていい。君は十分すぎるほど、俺にくれた」言葉が低く、重い。「昔君がくれたプレゼントは全部、専用の部屋を用意して飾ってある。帰るたびにそこへ行く。一つずつ、何度も眺めて、何度も触れる」桜子を失っていた頃の彼は、重度のフェティシストみたいだった。その部屋に入ったら出てこられない夜もあった。時には、そのままそこで眠った。外では冷静沈着な社長。だが誰もいない場所では、恋煩いに狂う男だった。桜子はじっと彼を見つめる。顔は穏やかだが、頬に触れる手がわずかに震えている。「それに、俺が欲しいものなんてない」隼人は、噛みしめるように言った。「君こそ、神様が俺にくれた最高の贈り物だ」同じ言葉。だが言うたび、初めてみたいに真剣だ。「……ばか」桜子はそれ以上言わない。代わりに口づける。千の言葉より雄弁に。「……俺がロマン分かんねえ直男だからかもしれないけどさ」優希が顔をしかめる。「なんか、ちょっと変態っぽく聞こえたぞ?」ちょうどその時、階段を駆け下りる足音がした。千奈が全力で飛び込ん
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第1338話

千奈も怒りで頬を紅潮させていた。「本来はこちらが優勢でした。ですが……片岡側に増援が来たんです!」息を飲み、言葉を続ける。「あの連中、全員が訓練された動きで、武器も所持していました。完全にこちらを皆殺しにするつもりでした。私たちが生きて戻れただけでも奇跡です!」優希は悔しさに拳をテーブルへ叩きつけた。突き出た関節が、ぎりぎりと音を立てる。片岡を取り逃がし、部下は壊滅寸前。勝気で負けず嫌いな優希にとって、これは顔を地面に押しつけられて踏みにじられるような屈辱だった。「……優希お兄さん……どうしたの?誰かに怒ってるの?」その声に、全員がはっとして階段の方を振り向く。いつの間にか、初露が立っていた。しわくちゃの白いキャミソールドレス姿。桜子から贈られた小熊を抱きしめ、眠たげに目をこすっている。無垢そのものの顔だった。話す拍子に、片方の肩紐が丸い肩からつるりと落ちる。白磁みたいな肌があらわになった。あと一瞬で、危ないラインだ。しかも――首元と鎖骨には赤い痕。明らかに男が残した噛み跡。昨夜の痴情が、嫌でも目に入る。井上は慌てて目を閉じた。隼人も気まずそうに視線を逸らし、即座に桜子だけを見る。優希の血圧が一気に跳ね上がる。彼は長い脚で駆け寄り、初露の柔らかな体を丸ごと抱きしめて、しっかり包み込んだ。初露は男の肩に顔を埋め、水を湛えた瞳だけを覗かせる。「優希お兄さん……怒らないで……あなたが怒ると、私、こわいの……」「怒ってない!全然怒ってない!」優希は顔を真っ赤にして、慌てて言い返す。「ほら、部屋に戻るぞ!」彼は初露を抱き上げ、そのまま大股で階段を上がった。耳元で低く囁く。「……他の奴に見せるな。俺だけだ」リビングには、なんとも言えない沈黙が落ちた。井上が真っ先に慌てて弁解する。「僕は何も見てません!本当です!社長、信じてください!」千奈は顔面蒼白だった。急いで報告しようとして、奥様への配慮が一瞬抜けた。その結果がこれだ。「千奈、気にしないで」桜子が優しく声をかける。「ずっと一人で初露の世話をしてきたんでしょう?それだけで十分よ。初露の状態、あなたが一番分かってる。あの子は……まだ子どもみたいなところがある。人は機械じゃない。失敗だってあるわ。もし優希があなたに当たったり
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第1339話

桜子は視線を落とし、しばらく黙り込んだ。隼人はその沈んだ様子に気づき、そっと彼女の手を握って掌で撫でる。「桜子。初露のこと、心配なんだろ」低い声が優しい。「でも今は、優希が彼女を愛して守って甘やかしてる。優希には力も家柄もある。初露を守るには十分だ」「ええ、分かってるわ……」桜子は小さく息を吐く。「本当は、私も彼に感謝してるの」桜子が感謝しているのは、受け入れてくれたことだけじゃない。原石みたいに純粋で美しい女を見抜けたこと。そして、そのそばに寄り添う忍耐と覚悟を持っていたこと――それに対してだ。しばらくして、優希が戻ってきた。目の下の隈は、さらに濃くなっている。「優希……大変だな」隼人が低く息をつく。「俺の嫁だ。全部自分の望みだ。何が大変なもんか」優希は千奈を責めることもなく、話を戻した。「さっき考えたんだが……片岡は指名手配犯だし、国内に後ろ盾なんてないはずだ。なのに、どうしてあんな人数を動かせる?」言葉が鋭くなる。「やっぱり隆一か。裏で支援してるのは!」桜子と隼人も、同じところに行き着いていた。片岡は高原の上役で、南島襲撃にも関与している。彼らにとっては、隆一に致命打を与える重要証人だ。隆一がそんな爆弾を、黙って差し出すはずがない。「片岡が姿を見せたってことは、生きてるし、まだ盛京にいる」隼人の黒い瞳は深淵みたいに暗い。抑え込んだ怒りが、声を掠れさせる。「命より大事なものはない。隆一や片岡みたいな畜生のために、これ以上、無関係な人間を犠牲にしたくない」優希は胸が詰まる思いだった。この冷酷に見える男が、実は誰より熱い血を持っている――優希は知っている。「……一つ疑問があるんですが」井上が手を挙げた。「何だ?」三人が同時に問う。「隆一は、なんでそこまでして片岡を守るんでしょう?」井上は首をかしげる。「森国じゃなくて、ここは自分の地盤ですよ。僕だったら、口封じで消した方が早いと思うんですが」「片岡は一人じゃない」千奈が冷静に答えた。「本人が元軍人で、部下は全員傭兵。十人力の実力者ばかりです」淡々と続ける。「しかも本田家と隼人様側が常に追跡しています。空港も鉄道も港湾も、全部監視下。隆一が正面衝突すれば、大騒ぎになります。自分から存在を晒すようなものです」千奈はさらに言う。「そ
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第1340話

「桜子、何を思いついたんだ?」隼人がすぐ問いかけた。優希と千奈も、血の気の引いた桜子の顔を、固唾を呑んで見つめる。「井上の分析は正しいわ。隆一の陰険さなら、痕跡を残さず片岡を消すことだってできる」桜子は息を整えながら続ける。「それに……もう準備は進んでた。ただ道具が、今になって届いただけよ」優希たちはまだピンと来ていない。だが隼人だけが、瞬時に結びつけた。「その道具って……あのプライベートジェットか?」桜子は力強く頷いた。焦りが瞳ににじむ。「地上じゃ動きにくい。でも空の上なら、やりたい放題」声が冷える。「しかも国外に出られたら、私たちがどれだけ手を尽くしても止められない。あとは……何でもできる」陰険だけど、鮮やかな一手。「義姉さん……マジで凄い。天から降りた女神かよ!」優希は口をぽかんと開けたまま、思わず拍手までしてしまう。「褒めてる暇ないわ。対策を考えないと」桜子は胸の奥に石を抱えたみたいに息苦しい。隼人の周りに、冷たい気配が漂った。「井上。今すぐ人員を増やせ。隆一の機体を徹底監視」指示は短く鋭い。「動きがあれば即座に止めろ」「はい、社長!」かつての隼人は傲然たる財界の王。だが桜子の前では、参謀にも将にもなれる。彼女のためなら王冠だって惜しくない。「もし止められなかったら?飛び立ったらどうする?」優希が本気の顔で、とんでもないことを言う。「大砲で撃ち落とすのか?」「片岡は両国の最重要指名手配犯よ。いざとなれば彬兄と椿兄に連絡する。軍と警察が動く」桜子は迷いなく言い切った。「空に上がっても――落とす手段はある」紅い唇がわずかに弧を描く。自信と冷静さが同居していた。三人の男の顔に浮かんだ表情は同じだった。――本気で、凄い。香一が収監され、健一も逮捕。隼人の予想通り、坤一の立場は一気に危うくなった。唇亡びて歯寒し。薄氷の上を歩くような日々だ。さらに隆一は、森国で蓄えた資金を投入し、白石グループの株価を支えた。その結果、達也の信頼は隆一へ傾く。社内には「隆一派」まで生まれ、高層部や株主の一部も隆一になびき始めた。坤一の状況は日ごとに悪化する。だが彼は諦めない。血を流してでも、あの野郎を自分の上に立たせるわけにはいかない。そこで坤一は一計を案じる。――健一の減刑だ。達
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