All Chapters of スウィートの電撃婚:謎の旦那様はなんと億万長者だった!: Chapter 941 - Chapter 950

960 Chapters

第941話

「でも、あの夢はあまりにもリアルすぎて……」華恋は眉を寄せた。「母さん、お願い、一度行ってきてもらえる?」華恋の心配そうな様子を見ると、千代は会場に行けばすぐハイマンに会えると言いかけた言葉を飲み込んだ。「いいわ、行ってくるよ」華恋はそれを聞いてようやく少し安心した。二人は会場で別れた。出発前、千代は特に念を押した。「華恋、覚えておきなさい、会場ではむやみに歩き回っちゃだめよ。それから、あなたたち……」彼女はさらに華恋の後ろにいるボディーガードたちに言った。「必ずお嬢様を守るのよ!わかる?!」「はい!」ボディーガードたちは一斉に答えた。それでようやく千代は安心して立ち去った。千代が去ると、華恋とボディーガードたちも会場へ向かった。そのボディーガードたちは見た目は普通の人と変わらなかったが、漂わせる雰囲気が強すぎて、すぐに多くの人々の視線を集めた。そして、その人々の目は敏感に華恋の存在を見抜いた。「あの女の子……前にネットでハイマンより自分のほうがすごいって吹聴してた子じゃない?!」「ええ、間違いないわ、ネットに上がってた写真とそっくり!」「ちっちっち、確かに綺麗な顔立ちだけど、ここは短編小説のコンテスト会場でしょ?ミスコンじゃないんだから。ボディーガードなんか連れて、誰に見せつけたいのよ!」「しかも彼女は耶馬台でしょ?耶馬台人が書いた作品なんて私たち理解できないのに。よくもまあ、ハイマンよりすごいなんて言えたもんだわ」「……」華恋が通り過ぎると、その噂話はハエのように彼女の耳元でうるさく鳴り響いた。彼女はまったく気にしていなかった。まるで、こんなことは一度や二度ではないかのようだ。そのとき、会場二階にいる雪子は、下にいる華恋を睨みつけ、まるで毒針を放って突き刺したいかのような目をしていた。「これが初めて間近で時也の奥さんを見たけど、確かに美人ね。どうりで時也が夢中になるわけだ」之也は雪子のそばに立ち、視線を華恋に釘付けにした。あれほど多くの非難を浴びながら、彼女はまったく動じず、堂々としていた。この女はただ者ではない。雪子は不快な気持ちになった。「今日は用事があるって言ってたじゃない?なんでまだ帰らないの?」「嫉妬してるのか?」之也は笑いな
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第942話

ずっと無視されてきた佳恵はとうとう我慢できなくなった。ましてやハイマンも死んだ今、彼女はもう遠慮する必要もない。だから、傲慢な気配を隠さず、肘で華恋を突いた。華恋のスマホは危うく落ちそうになった。彼女は不満げに顔を上げた。「ふん、南雲、また会ったわね。私もこの大会に出てるって知らなかったでしょ?驚いたんじゃない?」華恋はまるで馬鹿を見るような目で彼女を見つめたが、眉をひそめると、一言も発さずスマホの画面へ視線を戻した。スマホにはまだ返事がなかった。「ちょっと!」佳恵は急に華恋の服を引っ張った。華恋のボディーガードがすぐに立ち上がり、佳恵を睨みつけた。佳恵は怯えて顔が真っ青になった。その様子を前列に座る参加者たちも目にした。だが彼らは佳恵が華恋の服を引っ張ったところは見ていなかったので、華恋が悪いと決めつけてしまった。もともと参加者同士、競争相手には敏感だった。「華恋は文学の天才で、ハイマンより優れている」といった宣伝記事を、彼らも見ていた。そのため、彼らの心の中で、華恋が傲慢で無礼な人間というイメージが固まっていた。こうした先入観が重なり、彼らは華恋が権力をかさに人をいじめていると思い込んだ。一人、また一人と憤慨しながら佳恵の味方をした。「あなたが南雲華恋だね。報道で写真を見たし、才能を褒め称える記事も読んだ。でも、たとえ才能があったとしても、人をいじめちゃいけないだろ?それに本当に才能があるのかどうかも怪しいし」「そうだ!才能があるかないかなんて関係ない。人をいじめるのは駄目だ。謝れ!この参加者に謝罪しろ!」「謝れ!」他の参加者たちも憤慨して叫んだ。あっという間に、会場は謝れという声で埋め尽くされた。ボディーガードは普段、戦闘や護衛に慣れていても、こういう状況は初めてで、一瞬どうしていいか分からず華恋を見た。華恋の表情は淡々としていた。彼女はゆっくりと立ち上がると、先頭で謝罪を求めた男子を見据え、落ち着いた声で言った。「私がなぜ謝らなければならないの?私のどこが間違っていたのか教えて」男子は彼女を見下すように睨み返した。「ここは授賞式の会場で、危険な場所じゃないんだ。そんなに多くのボディーガードを連れてくるのは規則違反だろ。それに、さっきこの参加者は
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第943話

佳恵は華恋の隣に座る勇気がなく、一歩下がって、ひとつ席を空けて後ろに座った。華恋の落ち着いた顔を見つめながら、佳恵はこっそり拳を握りしめた。今こそ我慢だ!結果が発表されれば、彼女は必ず巻き返してやるから。時間が経つにつれ、授賞式がゆっくりと始まった。しかし、Kさんの姿はいまだに見えない。送ったメッセージも、全く返事がなかった。華恋は上の空で司会者の説明を聞いていたが、審査員の紹介に入ったところでようやく気持ちを引き締め、舞台に視線を向けた。司会者が一人ひとり名前を読み上げ、審査員たちが次々と登壇していく。ところが、すべての名前が呼ばれても、ハイマンの姿だけは現れなかった。それに気づいたのは華恋だけではなく、会場の他の人々もざわめき始めた。「スウェイさんは?今回の授賞式に出席するって言ってなかった?」「そうだよ、彼女に会えるからわざわざ授賞式に来たのに!」「本当に変だな……もしかしてトリを務めるゲストだから、最後に出てくるんじゃ?」「いや、もう審査員も役員も全員揃ったし、今のタイミングで出てきてもいいはずだ」「……」その声を耳にしながら、華恋の心臓はドクンドクンと激しく鼓動を打った。目の前にはまた、浴槽に倒れているハイマンの光景がよぎった。彼女はスマホを取り出し、千代に電話をかけようとした。その時、舞台上のスタッフが言った。「続いて、この大会の受賞結果を発表します。主催者であるクリスさんに、大きな拍手を!」呼ばれたクリスという男がゆっくりと壇上に上がり、受賞結果を発表し始めた。華恋はひとまずスマホを置いた。大会の流れに従い、まずは優秀賞の5人が発表された。名前を呼ばれた参加者たちは喜び勇んで壇上に上がり、賞を受け取った。次は一位、二位、三位の発表だ。三位は分厚い眼鏡をかけた男子で、会場には歓声が響いた。続いて、クリスはスタッフから渡されたカードを手に取り、笑顔で言った。「次に発表するのは第二位です。今回の二位は特別な人物です。彼女は我が国の国民ではありません。ですが、その作品はあまりにも素晴らしかったです。そこで、私たちは何日も議論を重ねた末、やはりこの賞を彼女に贈るべきだと判断しました!なぜなら、彼女はまさにこの賞にふさわしいからです!」そう言
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第944話

佳恵と雪子は好きになった相手は違うが、華恋を憎む理由はまったく同じだ。それは華恋があまりにも優秀すぎるから。佳恵は神原家の令嬢として育ち、学歴こそ悪くはないが、それ以外は何の取り柄もない。雪子もデザインに関しては一流の腕を持っている。だが、それはデザインに限られ、他の分野に関してはまるで素人だ。ところが華恋は違う。彼女はデザインも経営もでき、さらに一度も関わったことのない文学の分野でさえ、いきなりここまでの成果を出してしまう。それを妬まずにいられるだろうか?「ハハハ!」クリスの朗々とした笑い声が響き、会場の視線は再び壇上へと集まった。「さあ、いよいよ本当の大賞、一位を発表します!」クリスの声は高鳴っていた。「短編コンテストはもう20年ほど開催されていますが、これほど大規模で、これほど多くの逸材が現れたのは、今年が初めてです。ああ……本来なら審査員として、感情を出すべきではありません。ですが、一位の作品を読んだあと、私は丸三日間眠れませんでした。あまりにも素晴らしいです。まるで巨匠モソンの文体を見ているかのようでした。もしこの作者がモソンと無関係でなければ、私は本気でモソンの高弟が参加したのだと思ったでしょう」文学に携わる者であれば、モソンの名を知らぬ者はいない。彼は現代短編文学の開拓者であり、生きる伝説なのだ。クリスがモソンの風格があると評したのは、最高の誉め言葉だ。そのため、会場中の視線が一斉に台下の参加者たちへと向けられた。「そんなにすごい人がいるのか?一体誰だ?」「モソンの風格って……かなり年配の作家じゃないのか?」「気になる!早く知りたい!」すでに自分が一位だと知っている佳恵は、その声を聞き、得意げに唇を吊り上げた。――モソン?そんなに偉いの?まあ、私が一位を取ったんだから、どうでもいい。観客の期待を最大限に高めたところで、クリスはついにマイクに顔を寄せた。「それでは発表します!一位は神原佳恵さんです!どうぞ盛大な拍手を!」会場は雷鳴のような拍手に包まれた。特に、先ほど華恋に言い負かされた参加者たちは力いっぱい手を叩き、まるで自分の溜めていた鬱憤が晴れたかのように熱狂していた。佳恵は歓声と拍手に包まれ、得意満面で壇上へと歩み出た。華恋の前を通る
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第945話

「私の名前は神原佳恵です。文字をこよなく愛する者です」たったそれだけの自己紹介で、会場からは再び歓声が沸き起こった。クリスが尋ねた。「少しインタビューしてもいいですか?文学の道を歩むきっかけは何だったのでしょう?」佳恵は、終始作り笑顔を浮かべ、最も美しい表情を見せながら答えた。「実は、私は以前まったく文学に触れたことがありませんでした。ですが母を取り戻し、彼女の導きのもとで初めて文学の道に足を踏み入れたんです」クリスは興味津々に聞いた。「お母様とは?今日この会場に来られていますか?」「私の母は、ハイマン•スウェイです」この一言で、会場全体が凍りついた。クリスでさえ表情を崩してしまった。「あ、あなたは……あの、十数年行方不明だったスウェイさんの娘さんですか?!」「そうです!」佳恵は胸を張った。「ただ、母は私がこの大会に参加していることを知りません」つまり、これは実力で勝ち取った一位だと暗に示したのだ。その瞬間、会場の歓声はさらに大きくなった。クリスは興奮のあまり言葉がつっかえた。「そ、それではあなたの文体がモソンに似ているのは、彼に師事していたからですか?」「えっ、すみません。私、本当に文学に触れたのは最近のことです。母がこの大会の審査員になると聞いて、驚かせたくて参加したんです。ですから、そのモソンという方が誰かも知らないんです」会場の熱気は一気に天井を突き抜けた。「天才だ!絶対的な天才!モソンの作品を読んだこともないのに、その風格を再現できるなんて!これで天才じゃなければ何が天才だ!」「少なくとも、自分はハイマンよりすごいなんて自称していたあの人じゃないな!」「ハハハ、笑える!南雲華恋は自分で言い張ってただけ。本当にすごい人は宣伝なんてしなくても証明されるんだ!」「さすがハイマンの娘だ……完璧に母の才能を受け継いでる!」「……」潮のように押し寄せる称賛の声を聞きながら、佳恵の唇は大きく釣り上がった。これで蘇我家は必ず彼女と貴仁の婚姻を受け入れるだろう。たとえ貴仁の心を得られなくても、その身は必ず手に入れてみせる!その頃、モントの屋敷で、之也は時也の部下に囲まれていた。彼は二階からゆっくり降りてくる時也を見上げ、その怒気が仮面越しにも伝わってくるの
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第946話

授賞式会場の賑わいは、ようやく少しずつ静まっていった。クリスがすぐに言った。「はい、上位三名はすでに発表しましたので、それでは次に……」「待て!」突然、会場内の放送が鳴り響き、全員が驚きに飛び上がった。人々は慌てて放送の方向を探したが、見つけられなかった。「この大会は不公平よ!」クリスは一瞬戸惑い、マイクを取り上げて未知の方向に向かって尋ねた。「不公平?どこが不公平なのでしょうか?ここにある全ての作品は私たちの審査員が直接選んだものです。審査員たちは事前に誰の作品かを一切知りませんでした」「私が言いたいのは、誰かが不正をしたということよ!」会場の観客からざわめきが起こった。一方で華恋は、その声が千代のものだとすぐに聞き分けた。張り詰めていた彼女の心は、ようやく少し安堵した。「あなたは誰?顔も見せられないくせに、どんな資格があって他人を不正呼ばわりするのよ」佳恵は言い終えて、自分の感情が過剰だったことに気づいた。そして、慌てて言葉を補った。「ここは正規の大会よ。根拠もなくでたらめを言って大会の名誉を汚すなんて許されないわ」クリスも、佳恵の言葉に一理あると感じた。「このご婦人が大会は不公平だとおっしゃるなら、どうぞ姿を現して、どこが不公平なのか教えてください」「いいでしょう」千代は重く鼻を鳴らした。しばらくして、会場に椅子が床を擦る音が響いた。観客たちはようやく放送室の方角を突き止めた。皆、一斉に南東の方向へと視線を向けた。音が近づくにつれ、観客たちはついに車椅子に乗せられた人物を目にした。その人物をはっきり見た瞬間、誰もが息を呑んだ。車椅子に座っていたのがハイマンであることも衝撃だったが、それ以上に彼女の頭に包帯が巻かれ、重傷を負っているのが一目で分かったからだ。佳恵はハイマンを見た途端、顔が真っ青になった。膝が震え、今にも崩れ落ちそうだった。その頃、二階から会場を見下ろしていた雪子も、目の前の光景に混乱していた。背後のスナイパーが尋ねた。「竹田さん、今が手を下す時では?」この瞬間、会場中の視線はすべてハイマンに注がれており、華恋は動かずにいた。まさに絶好のタイミングだ。雪子は目を細めた。「まだ待ちなさい」なぜハイマンがこんな時に現れ
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第947話

彼女が外で横暴に振る舞っているのを知っていながら、見て見ぬふりをしてきたのだ!ペットでも飼えば懐くというだろう。なのに、彼女は!ハイマンは手すりを強く握りしめた。華恋はゆっくり近づいてくるハイマンを不安そうに見つめ、聞きたいことが山ほどあった。しかしハイマンは彼女のそばに留まることなく、ただ一瞥を投げただけだった。「スウェイさん、あなた……いったいどうされたんですか?」クリスは驚いて問いかけ、ここが舞台上であることさえ忘れていた。ハイマンはクリスのマイクを受け取った。「ごめんなさい、遅くなりました。昨日から今まで、あなた方の電話に出なかったのは私が急に気が変わったからではないです。そのとき、私はスタンドランプで二度も殴られて、気を失いましたから。そして、浴槽に投げ込まれ、危うく命を落としかけていました」彼女の声は弱々しく穏やかだったが、その言葉は人々の脳裏に衝撃的な光景を描き出した。「そんな?いったい誰がこんなひどいことを?犯人の顔を見ましたか?」クリスは皆が気にしていることを代表して尋ねた。ハイマンはゆっくりと手を上げ、佳恵を指差した。その方向を見た瞬間、会場は騒然となった。信じられないという悲鳴が響き渡った。佳恵はすでに崩れ落ちそうで、唇を噛み締めていなければ、とうにその場に倒れ込んでいただろう。華恋もまた信じられないという表情で佳恵を見た。彼女が嫌な性格で、いつも自分に突っかかってくるのは知っていた。だが、それがまさか自分の母親を傷つけることにまで及ぶとは思いもしなかった!「スウェイさん、勘違いではありませんか?」クリスはもう一度、誰もが聞きたい質問を口にした。「彼女はあなたの実の娘でしょう?どうして母親を傷つけるなんてことが……」「実の娘?」ハイマンは冷ややかに笑った。「彼女は私の娘なんかじゃありません。なのに、彼女はそれを知っていながらも、私の娘をなりすまし、悔い改めることもなかったです。私が彼女の過去の悪事を暴いた後には、口封じのために私を殺そうとまでしたのです」佳恵ははよろめき、ついに床に崩れ落ちて大きな音を立てた。それが、ハイマンの告発への何よりの答えだった。観客たちはその光景に恐怖の表情を浮かべた。「なんて恐ろしい女なの!」「こん
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第948話

観客たちはその光景を見て、思わず息をのんだ。ハイマンも、二階にいる千代も、同じように胸がぎゅっと締め付けられる思いだった。二人は躊躇せず、華恋の元へ駆け出した。同時に、二階にいるスナイパーも雪子の命令を受けていた。「撃て!」すべてはわずか数秒の間に起こった。バンと銃声が鳴り響いた。まるで地を揺るがす雷鳴のように、騒がしかった会場は一瞬で静まり返った。観客たちは、どこから銃弾が撃たれたのかと驚きつつも、次の瞬間にまた大きな音が響いた。今回は銃弾ではなく、華恋の前に立っていた佳恵が突然倒れたのだ。額からの鮮血が鼻筋を伝ってゆっくりと流れ落ちる。彼女の目は大きく見開かれ、底に渦巻くのは憎悪だけだった。死ぬまで、彼女は華恋を恨んでいたのだ。華恋は佳恵を見つめ、駆けつけたハイマンに手を掴まれた。「華恋、早く行くのよ!」ようやく我に返った華恋は答えた。「はい、スウェイおばさん、行きましょう」このとき、観客も状況を理解し、悲鳴を上げて四方八方へ逃げ出した。踏み鳴らされる足音と恐怖に満ちた罵声の中、スナイパーは再び華恋に照準を定めた。雪子は第一発が外れたことに苛立ち、「あなたは神業じゃなかったの?こんな短距離も当てられないの?」と叫んだ。男は唇をゆるめ、血に飢えた笑みを浮かべた。「焦らいないでください。この一発は必ず当たります」先ほど外れたのは、遊び心で撃っただけだったのだ。これが、本当の狩りの始まりだった。バンと鳴り響き、銃弾が矢のように飛び出し、しっかりと華恋の方へ向かう。雪子はようやく満足そうな表情を浮かべた。しかしその刹那、一人の影が猛然と駆けつけ、華恋を抱きしめた。銃弾がその高い胸部を突き抜けようとするのを目にして、雪子の心臓は、激しい鼓動を打った。「やめて!」抱きかかえられて横に転がった華恋は、状況が理解できず混乱していた。だが、慣れ親しんだ匂いを感じた彼女は、ゆっくり顔を上げた瞬間、見覚えのある仮面を目にし、瞳から涙があふれ出た。「Kさん……」「一緒に来い!」時也は華恋を抱き上げると、守りながら舞台から跳び降り、舞台裏へと向かった。二階にいたスナイパーはそれを見て、銃を時也に向けた。雪子は後から状況に気づき、猛然と駆け寄った。
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第949話

だが一瞬のうちに、時也は華恋を覆い隠すようにして、視界から完全に姿を消した。雪子はなぜかわからないが、時也が消えた瞬間に胸の中がぽっかりと空いたような気がした。そして彼女はわかっていた。そう遠くないうちに、時也は自分が華恋にしたことのすべてを知るだろう。その時には賀茂家と竹田家の間にあった付き合いも消え去るだろう。二十年余りにわたる感情が、二世代にまたがって築かれてきたのに、結局は一人の女のせいで断たれてしまうのだ。雪子は必死に手すりをつかんだが、体は重さに耐え切れずゆっくりと滑り落ちていった。やがて裏方に到着すると、鼓動がようやく落ち着き始めた華恋は、時也の腕の傷口にすぐ気づいた。「Kさん、腕に怪我をしてる。救急箱がないか探すね」華恋はそう言って立ち上がり、救急箱を探そうとした。時也は彼女の手を引いて制した。「行かないで」低く疲れた声が、華恋の胸に痛みを呼び起こす。「でも、腕の傷が……」「大丈夫だ」時也は気にする素振りもなくソファを軽く叩き、「さあ座って、傷があるか見せて」華恋はためらいつつも素直に彼の横に座った。時也の視線が彼女をじっと見つめると、頬がいっそう赤くなる。ついに抑えきれなくなり、彼女は口を開いた。「私、怪我してないよ」しかし熱い視線は彼女から離れない。華恋が顔を上げると、時也の瞳に宿る溺愛と激しい情熱が目に入る。体中に電気が走るような震えが走った。どこかで何度も見たことのあるような、その視線だ。彼女はまるで惑わされたようにぐっと近づいていった。唇が触れそうになった瞬間、柔らかな感触が広がり、華恋は無意識に弾力あるゼリーを思い浮かべた。時也は華恋が自分にキスするとは思っておらず、大きな目を見開いて彼女を見つめた。だが腕の痛みがなければ、彼はこの光景が夢に違いないと思ったかもしれない。「ボス」アンソニーが慌ただしく入ってきた。「現場のほうは我々が既に……」その声に驚いた華恋は飛び上がり、気まずくなった。時也は唇の端の笑みを抑え、立ち上がって言った。「外で話そう」「はい」アンソニーはすぐに退いた。時也は外に出るとアンソニーに尋ねた。「包囲はどうなっている」「包囲は完了しました。誰ひとり逃していないはずです。我々のチームが隅々まで捜査を展開していて、すぐに結果が出ま
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第950話

「耶馬台に帰る」アンソニーは一瞬言葉を失った。「では、ボスはどうするのですか」「僕も彼女と一緒に帰る」「なぜですか」アンソニーは完全に理解できなかった。今回の件で之也とは完全に袂を分かつことになった。これまでもこっそりとSYに手を出してはいたが、今回のように露骨にやられると、今後はより大胆になるだろう。そんな時に時也が華恋と共に耶馬台へ戻るなんて、アンソニーにはまったく理解できなかった。時也は横の椅子に腰を下ろした。「僕がここを離れている間、賀茂之也はすぐには動かないだろう。ちょうどいい。耶馬台の事業地図とこちらを統合する仕事ができる。僕が耶馬台で事業を拡張している間、あいつもただ待っているではなかった。彼の浸透力は我々が把握しているよりも深い。僕はずっとビジネスで勝つ方法を歩んできた。だが今、彼はあらゆる勢力を引き込んでいる。短期間で彼の力はSYを凌ぐかもしれない。そのとき、耶馬台の子会社が本社を支える必要が出てくる。だから僕は耶馬台へ行くのだ。華恋のためだけではない。SYの未来のためだ」時也はめったに部下にここまで打ち明けることはしない。アンソニーは時也を見て、そして舞台裏をふたたび見やり、ゆっくりと膝を折った。「ボス、私にはビジネスのことは詳しくありません。ただ申し上げたいのは、未来あなたがどこにいても、M国にいようと耶馬台にいようと、私はボスのそばを離れません」時也はアンソニーを一瞥した。「それはこれからの話だ」アンソニーはうなずいて立ち上がった。そのとき、二人の手下が雪子を連行して時也とアンソニーの前に連れてきた。「ボス、隊長、我々は2階の部屋で竹田さんを発見しました。銃手の一人は既に自殺しており、服を調べたところ彼らは賀茂之也の手下でした」ひざまずかされた雪子は体を震わせていた。時也は彼女の前に歩み寄り、乱暴に顎を持ち上げた。「やはりお前か」雪子は痛みに息を呑み、懇願しようとしたが、時也の冷たい眼差しを見た途端に言葉が詰まった。「そうだ、私だ。今まで華恋に対するすべての暗殺は私が企てた。どうだ、殺せるものなら殺してみろ」時也はアンソニーの手から銃を奪い、雪子の額に突き付けた。「僕らの親が旧知だからといって、お前を手加減すると思うな」雪子は顔を上げ、涙を浮かべながらも笑みを
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