そう言ったあと、二人は同時に呆然とした。瑛介は思わず弥生の方を見つめた。弥生もその場で固まり、しばらくしてからようやく反応した。「仕事?私って、会社を経営してるの?」瑛介は一瞬、彼女が記憶を取り戻したのかと思ったが、どうやら潜在意識で口に出しただけらしい。彼女の会社のことを思い出し、再会したばかりの頃に紆余曲折があったことを想起した。頼むから、もし記憶が戻るにしても、まずは別のことからにしてくれ。その部分だけ思い出して、他を忘れたままだと、彼女はきっと自分に悪い印象しか持たなくなる。そう考えて、瑛介はすぐに口を開いた。「会社のことは、僕が代わりに処理する。君はやりたいときに顔を出せばいい。気負う必要なんてない」「あなたが代わりに?」弥生は瞬きをした。「でも、あなたにも自分の仕事があるんじゃないの?」「うん、両方やるさ。自分の妻を支えるのに何の問題がある?」そう言いながら、瑛介は彼女の腰を抱き寄せ、話題をそらすように歩き出した。彼女が昔の辛い記憶だけ思い出して、良い思い出を忘れたままだと、二人の関係に影を落としかねない。案の定、弥生の意識はすぐに別の方向へ向かい、会社のことには触れなくなった。代わりに、自分の知らないことを訊ね始めた。たとえば、二人がいつ結婚したのか、いつ知り合ったのか。自分に有利なことなら、瑛介は喜んで語っていた。話を聞いた弥生は、ようやく理解した。「じゃあ、私たちって、幼なじみだったの?」「そうだ」瑛介は彼女の後頭部を撫でながら答えた。「子どものころは、君はいつも僕の後をついてきた」弥生は思わず眉を寄せる。「そんなはずないでしょ?」「記憶がなくなったのだから。今僕が『好きか』って聞いたら、『好きじゃない』って答えるつもりだろ?」「......それ、論点すり替えてるでしょ」「すり替えだろうと何だろうと、使えるならいい。いいか?」「認めない」弥生はきっぱり反論した。「たとえ記憶を失っていても、私がそんなタイプじゃないわ」彼女は瑛介が失われた記憶をからかいの種にしていると感じていたから、そう強く思ったのだ。しかし、瑛介の話は事実だった。当時、彼女が宮崎家に頻繁に通っていた理由は、最初は瑛介ではなく祖母が好きだったからだ。回数を重ねるうちに瑛介と顔を合わ
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