若子の声には、もう怒りすら残っていなかった。 疲れきったような、力の抜けた言葉が、彼女の唇から零れ落ちる。 「一つだけ、聞きたいことがあるの。ちゃんと答えて」 「何?その前に......手を離して。こんなふうに話すのは、おかしいでしょ?」 修は彼女の腕をそっと離した。 「若子......本当のことを教えてくれ―お前が、遠藤をB国に戻らせたのか?」 その問いには、怒りも、責めるような口調もなかった。 ただ、彼は知りたかっただけ。 若子は、その言葉を聞いて、ほんの少し眉をひそめた。 言っている内容はすべて理解できた。 けれど、それが何を意味するのかが、わからなかった。 ......これは、責められているの? 「......何言ってるの?『私が彼を戻らせた』?どういう意味?」 「お前は―もうあいつが何をしたか、知ってたんじゃないか。俺が動く前に、それを察して、彼を逃がしたんじゃないかって」 若子は思わず吹き出した。 「あんた、自分が何言ってるか分かってる? その動画を見て、私は初めて知ったのよ?彼がそんなことしてたなんて。その私が、彼を逃がすって? まるで、私が彼とグルになってたみたいな言い草ね」 彼の目を見た。けれど、そこには確信も怒りもなかった。ただ、静かに彼女を見ている。 ―何を信じてるの? 「......なに、それ。自分で情報が漏れた理由が分からなくて、ぐるぐる考えた挙げ句に、『私』にたどり着いたってわけ?」 若子の声には、ほんのり皮肉が混じっていた。 「で、答えはどうなんだ?若子、本当のことを言ってくれ」 修の問いに、彼女はもう返す言葉を持っていなかった。 「あんたってほんとにバカね。そんなふうに私を見るなら、もう何も話す気になれない。勝手に思えば?」 説明する気も、もうない。 信じてくれない相手に、何を言っても―意味なんてないのだから。 若子は再び背を向け、歩き出そうとした。 しかし修は、その手首を掴んで引き留めた。 「待ってくれ」 目の前に立ちふさがり、切実な声を投げかける。 「お願いだ......本当のことを聞かせて。教えてくれ、頼むから」 「離して」 若子は強く振り払おうとした。 だが、修はどうしても手を離さなかった。
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