All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 991 - Chapter 1000

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第991話

若子の顔から、さっと表情が消えた。 もう、礼儀なんて見せる気にもなれなかった。 冷たい目で侑子を見据え、バッサリ言い放つ。 「お互いに言い争いになる前に、さっさと出て行ってくれる?」 侑子の言葉は勘違いだらけだし、その態度も傲慢そのもの。話す価値なんてない。 「ここは公共の場所よ。私がここに立ってることの何が悪いの?―ねぇ、『遠藤夫人』」 わざとらしく強調されたその呼び名に、若子の眉がぴくりと動いた。 「旦那がいるくせに、前夫に未練たらたら。しかも失踪劇まで演じて......演技派にもほどがあるわね?」 「いい加減にして。あなた、何が起きたのか本当にわかってるの?何も知らないくせに中途半端な知識で口出すなんて―浅はかだわ」 「へぇ、『浅はか』ね?聞いた?私、浅はかですって」 侑子はあざ笑うように言葉を続ける。 「浅はかでも、少なくとも人の男に手を出したりしないから。こっちは彼の子を身ごもってるの。あんたみたいに恥知らずな真似、できないわ」 「......少しは恥を知ったら?」 「恥を?あんたが言う?笑わせないで」 拳をぎゅっと握りしめた侑子の顔には、もう以前の穏やかさなんて一片も残っていなかった。ただただ、むき出しの憎しみがそこにあった。 「松本さん、あんたって本当に手段を選ばない女よね。修を取り戻すために失踪して、探させて......でも結局失敗。可哀想にね?今回の作戦、完全に裏目に出たわけ。修はますます私を大切にしてくれるようになったの」 彼女はゆっくりと自分の唇に指を這わせた。 「昨日の夜、私たちがどうしてたか......知りたい? ねぇ、彼、ここの使い方がほんとに好きなの」 唇の端をなぞるその指先は、妙にいやらしくて― 「それからね......彼の指って長くて、ほんっとに気持ちいいの。触れられるたびに、私もう......魂まで飛んでっちゃうのよね。他のことなんて、もう言うまでもないけど」 若子の胸の中に、突如として波のような嫌悪感が押し寄せてきた。 ......聞きたくない。そんなことまで、いちいち。 気持ち悪い。吐き気がする。 「......そう。気に入ってるなら、それでいいじゃない。だったらふたりで続けてればいいわ。わざわざ私の前で見せびらかさなくていい。そう
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第992話

侑子の目には涙が浮かび、今にもこぼれ落ちそうだった。その姿はまるで、怯えた小鹿のようにか弱く、見る人の同情を誘う。 あまりにも脆くて―それだけで、何があったかなんて関係なく、守ってあげたくなってしまう。 「侑子、見せてくれ」 修はそっと彼女の手を引いて、その顔に刻まれたくっきりとした掌打の跡を目にした瞬間、怒りが爆発した。 どれだけ強く叩けば、こんな跡が残るんだ― 彼はくるりと振り返り、怒気を抑えきれない声で叫んだ。 「お前......なんで彼女を殴ったんだ?」 さっきまで「若子」「若子」と呼んでいたのに、今では「お前」呼び。まるで昔に戻ったかのようだ。 そう、かつて雅子のときも、同じだった。 若子の手は小さく震えていた。 「......だって、この女の口の利き方が汚すぎるのよ」 「なんだと?」 修は眉をひそめながら、侑子の方を見た。すると、彼女は何度も首を振って、必死に否定する。 「わ、私はただ偶然ここに来ただけ......少し話したかっただけなの。どうしてあんなに怒られたのか、わからないの......ほんとに......」 彼女はまるで世界が崩れたかのような表情で、修の胸にすがりついた。 その姿が―たまらなく痛ましく見えて、修の心は強く揺さぶられた。 「お前......そんな言いがかりはやめろ。侑子がそんな人間なわけないだろ」 修の言葉に、若子は何も返さなかった。 どうせ信じてもらえないことくらい、最初からわかっていた。 侑子があえてこんな手を使ってきたということは、彼女はよくわかっていたんだ。修がどういう人間かってことを― ―つまり、操れるってこと。 昔もそうだった。雅子が白々しい泣き真似で被害者を演じ、修はそれを全部信じていた。 何度も、何度も。 今はただ、それが雅子から侑子に変わっただけ。 修は―か弱い女に弱い。 涙を流し、怯える女の肩を抱くのが、彼の性分なんだ。 他のどんな女にでも優しくなれるくせに― 本当に愛している女の言葉だけは、なぜか信じようとしない。 かつて若子は、修のことを疑うことなんてなかった。 ―無条件で信じていた。 でも、その信頼は彼の行動で、無惨にも壊されてしまった。 藤沢修という男は、信じるに値しない―それが今の
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第993話

「侑子、どうしてそんなにバカなの......?」 修は、自分でも彼女を責めるべきかどうか分からなかった。 でも、彼女なら自分のためにそんなバカなことをやりかねない―そう信じていた。 「私はただ、修に笑ってほしかっただけ。ほかの気持ちはなかったの、ごめんなさい、修、ごめんなさい......」 侑子は修の胸の中で、ポロポロと涙をこぼした。 その泣き顔はまるで雨に濡れた花のようで、誰が見ても胸を締めつけられるような気持ちになるだろう。 修はやれやれと小さくため息をついて、彼女を強く抱きしめた。 それから、もう一度若子の方を振り返る。 「どんな理由があっても、侑子がわざとやったわけじゃない。なのに、どうして手を出したんだ?」 若子は呆れたように笑った。 ―本当に、この人は都合の悪いところだけ見ないようにするんだから。 あんなことを言われて手が出たのは、そっちが先なのに?侑子、ほんと性格悪い。 しかも、修はまるで彼女を特別扱いしてるみたい。あの発言を聞いていたはずなのに、少しも責める気配がないなんて。 若子は皮肉混じりに言った。 「悪かったわね。私が悪かった。彼女を殴るなんて、ほんとに反省してる。だって、今は彼女、あなたの赤ちゃんを抱えてる『大事な人』だもんね?」 「分かってるならそれでいい」 修は怒りをあらわにした。 「お前はもうとっくに吹っ切ったんじゃなかったのか?ならどうして手を出した?手を出すなら俺にすればいいだろ、なんで侑子を傷つける必要がある?言いたいことがあるなら俺に直接言えばいい!」 そう言い終えたあと、修はふと、昔若子が自分に言った言葉を思い出した。 ―「何かあるなら私に言って、西也には関係ないから」 ......ほんと、あの頃のふたりって、変に似てた。 でも、修は気づいていなかった。 全部の始まりは、実は彼自身だったってことを。 若子はゆっくりと修のもとへ近づき、そして思いっきり、平手打ちを食らわせた。 その一撃には、これまで溜め込んできた感情のすべてが込められていた。 「きゃあああああっ!」 侑子が怒りに震えて叫ぶ。 そして修にしがみつきながら、泣き叫んだ。 「なんで修を殴るの!?どうして!?文句があるなら私に言えばいいじゃない!修を傷つけない
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第994話

―まさか、自分はそんなにも簡単に踏みにじられる存在なのか? あいつは、そんなにも自分を苦しめるのが楽しいのか? なら、いっそみんなで一緒に地獄を味わえばいい―! 修はじっと、無言のまま若子を見つめていた。 十秒以上はそうしていただろうか。やがて口を開いた。 「侑子、離れてろ」 「修、何するつもりなの?」 侑子は不安そうに彼の服を掴み、必死に止めようとする。 「騙されないで!あの女、頭おかしいのよ!行こ、ね?一緒に帰ろう?」 侑子は修の腕を引っ張ろうとした。でも、修はびくとも動かない。 むしろ、自分から彼女をそっと押しやって、やさしく地面の方へと倒した。 「侑子、ここにいろ。動くなよ」 そう言って、修はゆっくりと若子の前へ歩み寄る。 「修っ!」 侑子は追いかけようとしたが、修が振り返り、きっぱりと告げた。 「動くな。次に動いたら、お前のこと無視するぞ」 その声に、侑子はびくっと体を震わせた。 修の真剣な顔つきに、何も言い返せず、その場で立ち尽くす。 ただ、大きく潤んだ瞳で彼の背中を見つめることしかできなかった。 そして、修は再び若子へと向き直る。 「若子、今は―」 パシンッ! その言葉が終わる前に、若子の平手が修の頬を打った。 「あなたが『文句あるなら俺に言え』って言ったんでしょ?だったら今、この怒りは......全部、教えてあげるわ!」 修は拳を握りしめ、ぐっと息を吸い込む。 それから、かすかに笑った。 「......ああ、それでいい。お前はそうやって、俺にぶつければいい。何発でも殴れ、殺したいなら殺せばいい。お前が笑えるなら、それで全部構わない」 「藤沢修!!」 若子はさらに手を振り上げ、容赦なく彼の頬をまた打った。 パシンッ、パシンッ、パシンッ―音を立てて、次々に。 修の頬は真っ赤に腫れ上がっていく。 「......これが、あなたの望んだ『俺に言え』の結果よ、分かった?」 「まだ足りねぇ、もっとだ、お前、俺に甘すぎるんだよ」 修は歯を食いしばりながら言い放つ。 「もっと強く殴れ......思いっきり来い」 その顔は真っ暗に曇っていた。怒りの炎が、瞳の奥で燃え上がっている。 握られた拳は白くなるほどに力が入り、震える手から
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第995話

若子の声にはかすかな震えが混じっていた。目元は潤んでいたけれど、それでも彼女は涙をこぼすまいと必死にこらえていた。 ―私は、あなたの前でなんて、絶対に弱さを見せない。 最初に西也と結婚した時、たしかにその関係は「本物」なんかじゃなかった。 でも、あれこれと出来事が積み重なって、気づいたらすべてがぐちゃぐちゃに絡まり合っていた。 そして今となっては、もう誰にもどうにもできないほど、取り返しがつかなくなっていた。 修はふいに手を伸ばした。若子の肩に触れようとする―その一瞬。 「触んないでッ!」 彼女は彼の手を激しく振り払って、次の瞬間、またしても彼の頬を平手で打った。 すでに腫れ上がっていた修の顔は、さらに赤く膨れ上がる。 ―なのに。 若子の胸には、少しもスッキリする感覚なんてなかった。 怒鳴り返すわけでも、手を上げるわけでもなく、ただ黙って打たれ続ける修の姿を見て、怒りと苦しさだけがますます募っていった。 「それで満足なの?これが、あなたの答えなの?」 彼女は拳を握ったまま、彼の胸元を何度も何度も打ちつけた。 「こんなの......私、もうイヤなの!大っ嫌いよ、あなたなんか......っ!なんで、なんでいつもそうなの!?なんで離れてくれないの!?どうしてよっ!!」 「もうやめてぇぇ!!」 侑子がとうとう堪えきれず、駆け寄ってきた。 そして若子の腕をつかむと、そのまま力いっぱい突き飛ばす。 若子の体は、床に叩きつけられるように倒れた。 侑子はすぐに修の前に立ちふさがり、まるで子どもを庇うように、彼を守るような姿勢になった。 「お願い......もう殴らないで。これ以上、もうやめてよ......お願いだから......」 「若子!」 修はすぐに侑子を押しのけて、若子の元へ駆け寄る。 そして倒れた彼女をそっと抱き起こした。 「若子、大丈夫か!?」 「触らないで!!」 彼女はその手を振り払い、怒りのままに叫ぶ。 侑子はその光景を、ただ呆然と立ち尽くして見ていた。 修が―迷いもなく、若子のもとへ向かったこと。 その姿に、彼女の全身から力が抜けていった。 ―どうして、こうなっちゃったの? 侑子は胸を押さえ、そのまま「ドサッ」と音を立てて倒れ込む。 息が、
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第996話

若子は、もう何も言いたくなかった。気分は最悪で、ただ西也の腕をそっと振りほどき、数歩だけ後ろに下がる。 胸の奥が苦しくて、立っているのもつらいほどだった。 「若子......」 西也はたまらず、彼女をそっと支える。 「もう戻ろう。ここにはいない方がいい。ゆっくり休もう?」 でも、若子はかすかに首を振った。 「......私は行かない。ここにいなきゃいけないの」 その視線は、沈静に包まれた一角―冴島千景が運び込まれたICUのガラス越しへ向けられていた。 修のことで胸が引き裂かれそうになったとしても、今一番大事なのは―冴島さんのことだった。 修なんてもうどうでもいい。侑子とどうなろうが、知ったことじゃない。 ―冴島さん、お願いだから、目を覚まして。お願いだから...... 若子はICUのガラスドアの前で、じっと立ち尽くしていた。 その目は不安と焦りに満ちていて、どうしようもない無力感に飲み込まれていた。 病室の中は冷たい空気が支配していて、モニターから発せられる「ピッ、ピッ」という音だけが静寂を破っていた。 千景はベッドに横たわり、まるで眠るように動かない。顔色は真っ青で、まるで命の灯が消えてしまいそうな儚さを漂わせていた。 若子は両手をぎゅっと握りしめた。爪が手のひらに食い込んで、血が滲みそうになっても、痛みなんて感じなかった。 ただただ、目の前の彼に―すべての意識が向いていた。 その時だった。 千景の身体が突然大きく痙攣し始めた。 呼吸は荒く、不規則になり、モニターから「ピーピーピーッ」と警報が鳴り響く。 「医者さん!医者さんっ!!」 若子は我を忘れて叫んだ。 医療スタッフがすぐに駆け込んでくる。 白衣を身にまとい、マスクと手袋で顔と手を覆った彼らは、迷いもなく処置を始めた。 主治医が指示を飛ばしながら、すぐさま胸部の圧迫を行う。 モニターは次々と数値を表示し、警報音が鳴り響く。 若子の目は、監視モニターから一瞬たりとも離れなかった。 恐怖、焦り、そして祈り―胸が張り裂けそうなほどに、感情が渦巻いていた。 ―今すぐ中に飛び込みたい。 そう思ったその瞬間、看護師が彼女の腕を制した。 「落ち着いてください。こちらは全力で治療しています」 看護師は若
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第997話

「分かったわ、修。次は絶対にこんなことしない。全部、私が悪かったの。あんなこと、言っちゃいけないなんて知らなかったし......こういうの、私には経験がなくて、だから修に嫌われるのが怖くて......」 修はそっと手を伸ばし、侑子の髪に優しく触れた。 「もう言うな。これからは―若子とも会わないようにしろ」 「......じゃあ、修は?修は、もう彼女と会わないの?」 その問いに、修は少しの間だけ黙り込む。 彼の沈黙が、すべてを語っていた。 侑子は、その目の奥で何かを悟る。 修ですら、自分でも分かってないんだ。もう一度、若子に会うかどうかなんて。 偶然、会うかもしれない。もしくは、修から会いに行くのかも。あるいは―若子の方から、恥知らずに近づいてくるのか。 どっちにしろ―全部若子のせい。修に非は、ひとつもない。 その時。 「藤沢」 病室の外から、低く響く声が聞こえた。 修が顔を向けると、そこには西也が立っていた。鋭い視線で、じっとこちらを見ている。 侑子は不安げに修の腕を握る。 「修......彼、どうしてここに?」 修は彼女の手を包み込むように握り返す。 「大丈夫だ、侑子。ここで待ってろ。絶対に外へ出るな」 侑子はこくんと頷いた。 修はそれから、病室を出て西也の前に立つ。 「で、遠藤。何の用だ?」 「俺の方が聞きたいね。女連れて、若子を傷つけに来たんじゃないのか?」 「考えすぎだ」 修の声は冷たく、淡々としていた。 「ただ、侑子の身体の検査に来ただけだ」 「検査する病院なんていくらでもあるだろ。よりによってここを選んだのは―わざとじゃないのか?」 「俺はここの病院に詳しいし、付き合いもある。だから便利なんだ。それの何が悪い?」 修は肩をすくめると、ニヤリと笑う。 「それより、お前がここに来てる方が不自然だな。まさかまた俺と殴り合いでもしたくて来たんじゃないだろうな?そんでまた若子に泣きつく気か?『あいつにやられた』ってな」 「ふっ......」 西也は鼻で笑った。 「安心しろ。ここで手を出すつもりなんてないよ。ただ伝えに来ただけだ。ヴィンセントが目を覚ましたってな」 修の眉がぴくりと動く。 「......目を覚ましたのか?」 そのこと
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第998話

―たぶん、この世で唯一、彼の嘘を「叶えてあげよう」と思えるのは、この女性だけかもしれない。 どんな嘘でも、どんな無茶な要求でも、疑いもせずに受け入れてくれる。 それが侑子だった。 ......どうして、こんなにいい子なんだろう。 その「良さ」が、むしろ痛ましいほどに胸に響く。 ―もしかしたら、いつか本当に彼女を愛してしまうかもしれない。 「遠藤さん、少しだけ、お話してもいいですか?」 侑子はそう言って、そっと修の手を離し、西也の方へ歩いていった。 だが、修がすぐにその手を引き留める。 「行くな」 「修、大丈夫。ほんの少し話すだけ。心配しないで。遠藤さんが、こんな場所で私を傷つけたりするような人だとは思ってないから。 ここは病院だし、監視カメラだって山ほどあるしね。彼だって、さすがに壊せないでしょ?」 ―「監視カメラ」。 それはあの日、西也が修の家に乗り込んできて、すべてのカメラを壊した件を指している。 西也はその含みをすぐに察し、鼻で笑った。 侑子は西也の前まで来ると、穏やかに口を開いた。 「遠藤さん、あなたと修の間にある因縁......その始まりは、あなたの奥さんだったと聞いています。でも、時が経てば、きっとふたりとも冷静になれる日が来ると思っています。 どんな事情があったとしても、私は―あなたに、どうかお願いしたいことがあります。 あなたの奥さんを、大切にしてあげてください。彼女は修の『前妻』であり、幼なじみであり、まるで妹のような存在なんです」 その言葉に、侑子はちらりと修へ目を向ける。 「だから、松本さんの幸せが一番大切なんです。私はそう信じています。遠藤さん、あなたなら―きっと彼女を幸せにできるって」 西也は目を細め、じっと侑子を見つめていた。 ―この女、何を言い出すつもりだ?今さら、こんなクソみたいな話をして、何を狙ってる? 「遠藤さん......修の妹は、私にとっても妹なんです。修が大切に思う人なら、私も大切にします......それが誰であろうと」 侑子は涙ぐみながら一歩前へ進むと、そっと西也の手を取った。 「遠藤さん......お願いします。松本さんのこと、あなたに託します」 西也の眉がピクリと動いた。 まさか、彼女が―いきなり自分の手を握って
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第999話

修はそっと目を閉じ、腕の中の侑子をぎゅっと抱きしめた。 大きな手で彼女の後頭部を包み込み、そして額に、静かにキスを落とす。 「侑子......いつも俺のことを考えてくれて、ほんとに......何て言ったらいいか分からない」 「じゃあ......何も言わないで」 侑子は顔を上げて、彼のあごに優しくキスした。 「修さえ望んでくれるなら、私はいつまでも『修の女』でいる。あなたのためなら、何だってする。あなたが幸せでいてくれるなら、それで全部いいの」 そのまま、侑子は照れくさそうに彼の胸元に顔をうずめ、再び彼に抱きついた。 その手はそっと修の胸に触れ―やがて、彼の頬へと撫で上げていく。 ―もう、これだけ関係が深くなっていて、他に何が必要なの? 自分はもう、完全に「修の女」なのだと。侑子の中では、それは揺るがない事実になっていた。 修はそっと彼女を横抱きにし、そのまま病室へと戻る。 ベッドへゆっくりと彼女を下ろし、慎重に寝かせた。 「侑子......さっきあいつに言った言葉、全部『俺のため』ってのは分かってる。でも、正直なところ......ちょっと無駄だったかもな」 「えっ?どうして?」 侑子は不思議そうに聞き返す。 「忘れたのか?あいつはもうすぐ『塀の中』だ」 侑子の表情が一瞬こわばる。けれどすぐに、照れ隠しのように笑みを浮かべた。 「そっか......あーあ、私ったら。そんな大事なこと、すっかり忘れてた。ごめんね、修。本当に、無駄なことしちゃった。 しかも、ちょっと感情入れて彼の手まで握っちゃって......あ〜、ほんと恥ずかしいっ」 「恥ずかしがることなんかないさ。お前は、俺のためにやったんだろ?」 修は、少し眉を下げて、優しく言った。 「でも―もう、そんなことしないで。俺、そういうの......辛いんだよ」 侑子はにっこり微笑んだ。 「たぶんね、心臓が悪いからかな。記憶力までダメになっちゃったのかも」 「構わないよ」 修は、彼女の頬に優しく手を添えて、静かに微笑んだ。 「責めたりなんかしない。あんな風に言ってくれて......俺、本当に感動したんだ。侑子、お前って......本当に優しくて、懐が深い女だよ」 彼のそばにいた女たちは、どの子もみんな―本当にいい子だ
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第1000話

彼の口から「自分を認めた」その一言。 それは―たとえ百回一緒に夜を過ごすよりも、ずっとずっと重い意味を持っていた。 心の底から「認めてくれた」。 それだけで、今までしてきたすべてのことが報われた気がした。 たとえ、修が「最初の男」じゃなかったとしても。 たとえ、さっき小さな嘘をついたとしても―あれが「初めて」なんかじゃなかった。 侑子には、それなりの経験があった。 決して、見た目どおりの「純粋な女の子」なんかじゃない。 むしろ、昔はスリルを求めて刺激的なことばかりしていた。 男の理性が壊れていく瞬間―その感覚に、快感を覚えていた。 修の前で「慣れていないフリ」をしていたのも、演技にすぎなかった。 でも。 ―今は違う。 本当に、彼を好きになってしまった。 今になって、ようやく分かった。 ―私、今までどれだけ目が節穴だったの? 昔の男たちなんて、何ひとつ価値がなかった。 金もない、顔もない、スタイルも微妙― でも、修は違う。すべてを持っている男。 だからこそ、絶対に―この男だけは離さない。 男を「落とす」ことなら、侑子にはそれなりに自信があった。 ...... 一方その頃。 西也は、人気のない場所まで歩き、そっと手を開いた。 手のひらの中には、くしゃくしゃになった一枚の紙切れがあった。 周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、そっと紙を開く。 そこには、びっしりと文字が書かれていた。 【この前、あなたが修のところに行った時の映像、全部「隠しカメラ」に撮られてたわ。修はその証拠を警察に出すつもりよ。アメリカで服役する覚悟、できてる?】 ―その瞬間、西也の脳内に「ズドン」と重い音が鳴り響いた。 目を見開き、信じられないという表情で紙を見つめる。 足がふらつき、数歩後ろへよろける。 胸の中は、まるで嵐のようだった。 混乱、恐怖、怒り、疑念―すべてが渦巻いて、顔色は真っ青になっていく。 手が震え、紙をぎゅっと握りしめた時、背筋に冷たいものが走った。 ―どうしてだ?そんなはずない。 あのとき、監視カメラは全部潰した。 隠しカメラなんて、どこにあったっていうんだ!? 西也は紙に書かれた数行の文字を、じっと見つめていた。 ―クソッ
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