All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 1091 - Chapter 1099

1099 Chapters

第1091話

ビュン!振り上げられた鞭が空を裂き―バチンッ!!「―ああっ!!」鋭い音と共に、光莉の背に赤い線が走った。皮膚が裂け、血が滲む。闇の中、彼女の悲鳴が痛々しく響き渡った。......成之は今日、光莉に何度も電話をかけていた。だけど彼女は一度も出なかった。なんだか胸騒ぎがする。何か、良からぬことが起きたような―そんな直感が拭えない。そこで彼は人を使って調べさせた。調査の矛先が藤沢家に向けられたとき、ようやく手がかりを掴んだ。どうやら光莉が行方不明になったらしい。成之は即座に警戒モードに入り、人を使って彼女の行方を探させ始めた。同時に、藤沢家の動向も洗い出した。その結果、藤沢家が一つの腕時計を追っているという情報を掴んだ。その腕時計は、世界に数十本しか存在しない限定品で、国外の所有者を除けば、B国では所持者が極端に少ない。成之はその情報を元に持ち主を一人ずつ洗っていった。ところが―その中の一人が、自分の母だった。彼はすぐに母に電話をかけた。しかし、どれだけコールしても応答はなかった。メッセージもすべて既読無視。痺れを切らした成之は、自らハンドルを握り、母の元へと車を飛ばした。到着した別荘は、既に明かりが落ちていた。成之はクラクションを何度も鳴らし続けた。その音に気づいたのか、ようやく門が開いた。紀子が、寝巻きに上着を引っかけて外へ出てきた。車を降りてくる成之の顔を見て、彼女は一瞬怯んだ。「兄さん、こんな時間にどうしたの?」鉄のように冷たい顔をした成之が、一気に距離を詰めて紀子の腕を掴んだ。「母さん、家にいるのか?」「いないよ。最近はすごく忙しくしてて、ずっと外に出てる」「何で忙しいか、知ってるか?」その声には、いつもの兄とは違う重みがあった。紀子の表情に不安の色が浮かぶ。「......いったい、何があったの?兄さん」「先に答えろ。母さん、最近は何してる?」成之の声はさらに鋭くなった。紀子は思わずビクッとし、慌てて言葉を返す。「細かいことまでは知らないけど......なんか、仕事のこととか、投資とか言ってた」その「投資」という言葉を聞いた瞬間、成之の中で全てが繋がった。光莉の失踪―絶対に、母が関わってる。「本当に、何があったの?お願い、兄さん....
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第1092話

成之は、紀子の問いに答えなかった。けれど、その眼差しがすべてを語っていた―彼は、あの女性を本気で想っている。「兄さん、ほんとに......ほんとに私、お母さんに何も余計なこと言ってないの。誓ってもいい。伊藤さんの悪口なんて、ひと言だって口にしてないよ。お母さんが花に頼んで調べさせたときだって、私は花に、絶対におばあちゃんに変なこと言うなって、きつく釘を刺したの。花も口を滑らせたりしてない。だから......信じて」彼の焦りようを見るかぎり、やっぱりお母さんが関わってるに違いない。花が何も話してなかったとしても、あのお母さんのことだ。裏で手を回して、すでに何かを掴んでいた可能性は十分ある。いくら昔のこととはいえ、母さんは未だに根に持っていて......まさか、今さらこんな仕打ちをしてくるなんて。「紀子、お前も知ってるだろ。母さんが恨みを持ったら―光莉は、無事じゃ済まない。少しでも心当たりがあるなら、頼む、教えてくれ」成之は妹のことを信じていた。けれど、母のことは信じられなかった。「兄さん......私だって、今どこにいるか分からないけど......電話してみる」「......母さんは、お前の電話には出ないんだ」「じゃあ、どうすれば......?兄さん、いっそ持ってるコネ全部使って探してみてよ。見つかるよ、絶対。だから、そんなに焦らないで......」「紀子......焦るなって、どうやって言うんだよ」半生をかけて、ようやく愛せた女だ。そう簡単に落ち着いていられるはずがない。ちょうどそのとき―一台の車が静かに門の前で停まった。兄妹は同時に振り向く。車はゆっくりと門を通り抜け、彼らのすぐそばで止まった。運転手が降りて後部座席のドアを開けると、そこから現れたのは―まるで何事もなかったかのような顔で、優雅に車を降りてくる女。身にまとったオーラは冷たく、涼やかで、まさしく「あの人」だった。成之が来ていたのを目にして、弥生は驚きと嬉しさが入り混じったような顔を見せた。「成之、こんな夜更けに......どうしたの?」その瞬間、成之の表情が一変する。次の瞬間には彼女に駆け寄っていた。「母さん―!」「お母さん」紀子が一歩前に出て、成之の腕をそっと引っ張った。「ちょっと体調が悪くて、ちょうどその時に兄
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第1093話

紀子は笑顔で言った。「お母さん、そんなことおっしゃらないでください」そう言いながら、彼女はそっと母の腕に手を絡めた。まるで、寒い日にそっと寄り添ってくれる小さな湯たんぽのように、あたたかくて優しかった。「お母さんは、いつまでも若々しいです。私には、どう見てもまだ五十代にも見えません」「まあ、あんたって子は、本当に口がうまいわね」弥生は、そのお世辞交じりの言葉に目を細め、明らかに嬉しそうだった。「さあ、早く中に入りましょう。もしまたお腹が痛くなったら大変だから」「はい、じゃあ入りましょうか」そう言って紀子は成之にそっと合図を送った。目線で門の方を示しながら、「今のうちに、早く帰って」と無言で伝える。それを読み取った成之は、自然な流れで口を開いた。「母さん、紀子が大丈夫そうだから、俺はもう帰るよ。今度また顔を出す」弥生は少し名残惜しそうに眉を寄せた。「せっかく来たんだから、もう遅いし、今夜はここに泊まっていったら?」「母さん、明日朝早くから予定があるんだ。ここからだと職場が遠いから、今日は戻るよ。二人とも、早めに休んで」「......そう。じゃあ仕方ないわね。体、大事にしなさいよ。あんた、前に働きすぎて入院したことあるでしょう。なんでもかんでも自分でやらずに、部下に任せることも覚えるのよ、いい?」「今はもう、そのへんはちゃんと考えてやってるよ。見てのとおり、元気そのものだろ?」弥生は成之の手を軽く取り、優しくぽんぽんと叩いた。「ええ、本当に。うちの息子は逞しいし、娘も優しいし......ただ......長男だけは早くに逝っちゃったのが、今でも悔やまれるわ。でも......あんたたちがいてくれて、本当によかった」その瞬間、彼女の表情にかすかな悲しみが浮かんだ。すかさず紀子が話題を切り替える。「お母さん、中に入りましょう?」「そうね、入りましょう」弥生は玄関の方へ向き直ると、成之に声をかけた。「道中、気をつけてね。家に着いたら、母さんに連絡するのよ?無事着いたって」「分かった。じゃあ、行ってくる」成之は短く別れを告げて車に乗り込み、そのまま屋敷を後にした。その様子を見届けた後、紀子は母の腕にそっと手を回し、にこっと笑って言った。「お母さん、さっきの『夜のお
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第1094話

「でも、それだけ心配だったんでしょうね。だから自分で車を運転して来たんですよ。お母さん、心配しなくても大丈夫です。兄さんに何かあるわけないですから」そう言って笑いかけると、弥生も小さく頷いた。母娘ふたり、ゆっくりと屋敷の中へと入っていく。弥生は玄関で上着を脱ぎ、それをそっと使用人に手渡した。どこか疲れたような表情で、「冷たいお水を持ってきて」と一言。「お母さん、なんだかお疲れのように見えますけど?」「ちょっと踊ってきたから、体がだるくてね......紀子、あんたももう休みなさい。母さんも部屋に戻るわ」「はい。お母さんも、ゆっくりお休みください」紀子は階段を上って自室に入り、ドアを閉めてから鍵をかけた。そしてバスルームに入り、ポケットからスマホを取り出して成之に電話をかける。「紀子、どうだった?母さんの様子に変わったところは?」「兄さん、まずは落ち着いて。お母さんのことは、私の方でなんとかするから。なにか分かったらすぐに連絡するね。伊藤さんの方も、そっちで探してみて。もしそっちで見つかれば一番だし、見つからなくても、こっちでお母さんの話を引き出せるように動く。何かしらの手がかりは見つけてみせる」成之は大きく息を吐いた。「......分かった。紀子、母さんのこと、頼んだぞ」「うん、任せて」電話を切った紀子は、ゆっくりとバスルームを出た。そして静かに、待ちの時間が始まる。―夜半。紀子は冷たい水で顔を洗い、気持ちを引き締めた。そしてそっと部屋の扉を開け、音を立てないように足を運ぶ。目的地は弥生の部屋。ドアの前に立ち、慎重に隙間を開け、中を覗き込む。部屋は真っ暗だった。しかし窓の外には月光が差し込み、かすかに室内の輪郭が浮かんでいた。紀子はスマートフォンの画面をタップし、画面の微かな光だけを頼りに部屋の中へと進む。懐中電灯は使わない。あまりに明るすぎると、弥生を起こしてしまうかもしれないからだ。―そして。ベッドサイドの小さなテーブルの上、うつ伏せに置かれた一台のスマホを発見。紀子は慎重にそれを手に取り、画面を点けた。......画面には指紋認証のロックがかかっていた。ベッドの上、弥生は熟睡していた。その様子を一瞥した紀子は、静かに窓際へと移動し、膝をカーペットにつけ
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第1095話

部屋に戻った紀子の体は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。まさか母が、あんなことをしていたなんて。震える手でさっきの写真をもう一度見直す。......あの女性、あれはきっと伊藤さん。こんな扱いを受けてるなんて、一体どれだけの恐怖と痛みに晒されてるの?母は、母は一体どこまで狂ってしまったの―紀子は唾を飲み込み、すぐに自分のスマホから写真と番号のスクショを成之に送信した。【これ、お母さんのスマホから撮った怪しい番号と写真。写真の女性、多分あの伊藤さん】メッセージを送った直後。成之から、すぐに着信があった。彼女が応答しようとした、そのとき―ガチャッ。突然、ドアが開いた。弥生が、無表情でそこに立っていた。紀子は息を呑み、慌ててスマホを背中に隠す。目を見開き、恐怖がその奥に浮かんでいた。「お母さん、どうされたんです?まだお休みじゃなかったんですか?」「あんたの音で目が覚めたの......まだ起きてたの?」弥生はゆっくりと部屋に入ってくる。その一歩一歩が、まるで獣のように重く感じられる。「―さっき、母さんの部屋に入ってきたでしょ?」「えっ......な、何をおっしゃってるんです?私、行ってないですし、きっとお母さん、寝ぼけて夢でも見たんじゃないでしょうか」「......そう?」弥生は冷たい声で返した。「でもね、私のスマホ、本当は画面を下にして置いてたの。なのに、起きたら画面が上になってたのは―どう説明する?」「え、それ......もしかして、お母さんの記憶違いじゃ?そんな小さなことで、私が部屋に入る理由ないじゃないですか」その瞬間。弥生が、紀子の顔をぐっとつかんだ。「私たちは親子なのよ、あんたは絶対に裏切っちゃいけない。母さんと手を組まないと、生きていけないの......何をしたのか、正直に言いなさい!」「お母さん、ほんとに何もしてないです、私......ほんとにっ―」ビンタが飛んだ。パァンという音が、部屋に響き渡った。頬に激痛が走る。「私は母親よ!あんたが何を考えてるか、見抜けないと思ってるの?どうして母さんに、そんなことができるの......」弥生が手を伸ばして命じる。「スマホを出しなさい」紀子は、母のビンタで頭がぐらりと揺れていた。
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第1096話

紀子は泣きじゃくりながら、必死に母の手を取って懇願した。「お母さん、お願いです。もうこれ以上、無茶なことはしないで......もし伊藤さんがまだ生きてるなら、どうか解放してあげてください。まだ間に合います、お願いします......!」「ほんとに、あんたって子は......」弥生は眉をひそめ、苛立ちを隠そうともしなかった。「どうして、そんなにも弱気なの?」「弱いんじゃないんです。ただ、もう過去に縛られたくないだけ......お願いです、今ならまだ引き返せます。そうじゃないと、取り返しのつかないことになります」紀子の声は震えていた。「彼女は、ただの一般人じゃありません。もし何かあったら、お母さんだって―」「黙りなさい!」弥生が怒声で遮った。「誰が知るっていうの?あんたさえ黙ってれば、それで済む話でしょう。私がやることに、穴なんてない。で、正直に言いなさい―さっき私の部屋で何を見たの?」外の物音に気づいて目を覚ました弥生は、灯りを点けたとき、自分のスマホが画面を上にして置かれていたのを見つけた。息子が突然やってきたことも思い出され、その様子がどうにも普通じゃなかったことも頭をよぎる。一気に疑念が膨らみ、娘の部屋へと足を向けた。そして、予感は当たっていた。「......私は、何も見てません。ロックがかかってて、スマホは開けなかったんです」紀子が涙を拭いながらそう言った、瞬間―弥生は突然、彼女の背後にあるスマホを掴みにかかった。「やめて!」紀子も必死に奪い返そうとしたが、弥生は強く彼女を突き飛ばした。ちょうどそのとき、スマホが鳴った。―成之からの着信だった。弥生はすぐに応答ボタンを押した。「紀子、どうした?電話出ないから心配した。あの写真、やっぱり光莉だった。彼女は母さんの手の中にいるんだろ?他に何か―」「兄さん、言わないで!やめてっ!!」紀子の悲鳴にも似た声が、スマホの向こうに響いた。その瞬間、成之の胸に鋭い不安が走った。スマホの向こうから弥生の冷たい声が聞こえた。「成之、あんたは私の息子、紀子は私の娘。ふたりとも、母さんが産んだ我が子よ。それなのに......ふたりして、母さんを裏切るつもり?」その言葉に、成之はすべてを察した―母さんは、すでに気づいている。
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第1097話

「母さん、もし本当にそんなことしたら―俺は、一生あんたを許さない」成之の声は、低く鋭く、まるで刃のようだった。そこには、静かな怒りと、決意が滲んでいた。その一言に、弥生の心がわずかに揺らいだ。「......成之。あんた、誰が産んで育てたと思ってるの?私よ。私が苦労してここまで―」「もういい!」彼は母の言葉を鋭く断ち切った。「母親だからって、何をしても許されると思ってるのか?『母親』は、罪の盾じゃない!俺は本気で言ってる。もし光莉が死んだら―俺は一生、母さんを憎み続ける。もう会わない。俺にとって母親は、あんた一人だった。でもそれも、今日で終わりにする」言葉の一つひとつが、凍えるように冷たく、重かった。「兄さんはもう死んだ。もし母さんがそれでも『もうひとり』の息子まで失いたいなら―勝手にやればいい。だけど俺は、その代償を、命を懸けて払わせてもらう。光莉を殺せば、その瞬間から―俺は母さんの息子じゃない」弥生の手が震えていた。「......あんた、母親まで捨てる気なの?たかが、あんな女のために......!いいわよ、だったら―母親なんて、いらないって言いなさいよ!」そう言い捨てて、彼女はスマホの通話を一方的に切った。そして、紀子のスマホを床に叩きつけた。続けざまに、自分のスマホを取り出し、どこかに電話をかけようとする。「お母さん、やめてくださいっ!」紀子はすぐにその手をつかんだ。「放して!今すぐ、あの女を消してやる。まだ間に合うのよ、死体を処理してしまえば、何もかも終わるのよ!」「ダメです!お願い、そんなことしないでください!」「離しなさい!」弥生は眉をひそめ、怒鳴った。「紀子、あんたって子は、ほんとに......このこと、もっとうまくやれたはずなのよ。誰にも知られず、跡も残さずに―そうできたのに!それなのに、なんで成之に話したのよ!?事態をもっと悪化させて、どうするつもり?!あんた、母さんを裏切ったの。母さんを危険にさらしてるのよ。でも、今ならまだ間に合う。あの女、母さんが始末する。跡形も残さずに殺してやる―誰にもバレない。母さんはあんたのためにやってるのよ、紀子。母さんは、あんたの無念を晴らしてあげたいだけなのよ」「お願いです......そんな気持ちいりません......私は
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第1098話

その言葉の冷酷さとは裏腹に、彼女の目には涙が滲んでいた。「もし彼がふさわしくないというのなら......私も、そして成之兄さんも、お母さんの子どもにふさわしくないということになります。そうであれば、私たち三人とも、お母さんの子どもではなくて結構です!」「あんたたち......みんな......」弥生の手が震えながら、紀子を指差す。「親不孝者ばかり......たかが他人の女、そんな狐みたいな女のために、みんなして母親を責めて。私はこの家のためにどれだけ尽くしてきたと思ってるのに......!」紀子は静かに言葉を紡いだ。「もし『幸せ』のために人を殺すというのなら、その『尽くし』を私は受け取りたくありません。それは私にとって、喜びではなく、ただの恐怖と苦しみです。お母さんが私の母である以上、私はその過ちに胸を痛めるしかありません」弥生は目を伏せ、ベッドに腰を下ろすと、かすれた声で言った。「あんた......本当に母親にそんな態度を取るつもり?」「お母さんが、私や兄さんにこうして接してこられるなら......娘として、不孝者と呼ばれても仕方ありません」「......っ」弥生は言葉を失っていた。紀子はその場にひざまずき、静かに頭を下げた。「お母さん......私を娘だと思ってくださるなら、どうかこのお願いを聞いてください」「彼女はただの藤沢家の人間ではありません。もし何かあれば、藤沢家は必ず真相を突き止めます。お母さんが藤沢家をどう思っていようと、兄さんのことは大切なはずです。彼女は兄さんにとって、とても大切な方なのです。彼女を失えば、兄さんはきっと、一生心の傷を抱えたままになるでしょう。兄さんはその痛みに耐えきれず、自ら命を絶ちました。今、私には......兄さんしか残っていないのです」弥生は虚ろな笑みを浮かべて、壊れたように笑い出した。「その女......いったいどんな魔法をかけたの?夫も、息子も、今度はあんたまで。関わりのないあんたまで、なぜ彼女を庇うのよ」紀子は両膝でじわじわと弥生の前ににじり寄る。「お母さん......私たちは彼女を助けているのではありません。私たちは、お母さんを守りたいんです。お願いです、どうか伊藤さんを解放してください。このままでは、私は一生安らげません。夢にうな
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第1099話

そして―このことは、絶対にお母さんに知られてはならない。知られてしまえば、きっとお母さんの感情はさらに荒れて、もう光莉の件は取り返しがつかなくなってしまう。弥生は静かに目を閉じた。その様子に、少しでも心が動いたと感じた紀子は、すかさず声を重ねた。「お母さん、今すぐ飛行機のチケットを取りますから。私たち、すぐに出発しましょう。お母さんが行きたいところ、どこでもご一緒します。騒ぎが落ち着くまで、しばらく離れていましょう。その間に、兄さんが必ずすべてを処理してくださいます。お母さんには、絶対に何も起こりません。私が保証します。どうか......私のためだと思って、お願いします。たとえ最悪の事態になっても、今の段階なら『誘拐』です。事実が明るみに出たとしても、少しコネを使えば大きな問題にはなりません。でも、もし伊藤さんが......もし本当に命を落としたら、それはもう『殺人』です」「......もういい。そんなこと、私が分からないとでも?」弥生の口調は冷たいが、その声には揺らぎがあった。「お母さんがすべてを理解されていること、私は分かっています。でも、人は誰しも、自分のこととなると正しく判断できなくなるものです」紀子はその場で頭を下げ、心から懇願した。「お母さん......お願いです」弥生は長い沈黙のあと、ゆっくりと携帯電話を手に取った。......漆黒の夜が、息を詰まらせるような重苦しさを漂わせていた。ギィィ―と、大きな鉄の門がゆっくり開く音が響く。すぐさま、鋭い足音が倉庫内に踏み込んできた。パチッ。明かりがついた。光莉は冷たい床に倒れ伏し、全身を震わせながら、砕け散りそうなほどの痛みに耐えていた。そのとき、耳元で、聞き覚えのある声が響く。「光莉」うっすらと瞼を開けると、見慣れた影がこちらへ向かってくるのが見えた。「光莉!」成之が駆け寄り、彼女を抱き上げた。その身体は傷だらけで、服も裂け、無残な姿に変わり果てている。それを見た成之の瞳は、今にも血を流しそうなほどに怒りに染まった。光莉はすでに魂が半分抜けたような状態で、成之の腕に力なく身を預け、呼吸すらも聞こえないほど微かなものだった。成之は歯を食いしばり、怒りの炎をその目に宿しながら、きびすを返して言い放った。「ここを
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