夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私 のすべてのチャプター: チャプター 1111 - チャプター 1120

1482 チャプター

第1111話

西也がここまで来てしまった以上、若子としても今さら追い返すわけにはいかなかった。本当は、彼に会いたくなかったわけじゃない。ただ、離婚して間もない今、どう接すればいいのか分からないだけ。ぎこちなさは、きっとお互いに残っている。もし、あの結婚がなかったら。ただの友達だったなら、今のような気まずさもなかったかもしれない。―だから若子は、できるだけ自然に。過去のことは置いておいて、「友達として」の距離感で接しようと心に決めた。中に入った二人は、買ってきた野菜や肉、果物をダイニングテーブルに広げた。「これ、すごい量だね......食べきれないよ」「大丈夫」西也は笑いながら言う。「冷蔵庫に入れておけばいい。ゆっくり食べてくれたら、それでいいから」若子は小さくうなずいた。「......西也、最近はどう?」「俺?元気だよ」西也は変わらぬ優しい笑みを浮かべる。「心配しなくていい......今は、俺たち友達だろ?」「うん、もちろん」若子も微笑み返す。「ならよかった。今日は事前に言わずに来てしまってごめん。でも、お前に会えてよかった」そう言う彼の声には、どこか安堵が滲んでいた。「いいの。二人とも、私の大切な友達だから。いつでも来ていいよ」若子がそう言ったとき―彼女の腕の中で、暁がふいに体を動かした。もしかして、彼の匂いを感じ取ったのだろうか。どこか落ち着かないように、じたばたと動く。「......抱っこ、してもいいかな?」西也が一歩踏み出し、真っ直ぐ若子を見つめながら聞いた。「もちろん」若子は穏やかな声で応じ、暁をそっと彼に渡した。西也は、丁寧に、優しく暁を抱き上げた。その腕には、ためらいも戸惑いもない。ゆっくりと揺らしながら、その小さな体を大切そうに包み込んでいた。―その姿を見て、若子はふと思い出す。西也がこの子をどれだけ大切にしてくれていたか。彼は、修を強く憎んでいる。けれど、この子に対しては、いつだってまっすぐだった。人は複雑なものだ。誰かを完全に「良い」とも「悪い」とも言い切れない。長く一緒にいれば、きっとぶつかることもある。完璧な人間なんていない。若子は思っていた。西也と一緒に過ごす中で、たしかに彼にはたくさ
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第1112話

若子は西也の方をじっと見つめた。なんだか少し痩せた気がする。視線に気づいたのか、西也がふと振り返って言った。「若子、そこで突っ立ってないで、こっち来てちょっと座れよ」その柔らかい口調を聞いて、若子の頭に二人が初めて出会った頃のことが浮かんだ。彼は本当に変わったんだろうか。あの頃みたいな彼に戻ったんだろうか。離婚して良かったのは、彼のほうかもしれない。一緒に座っていても、なんとなく気まずい空気。若子は少し笑って言った。「西也、ちょっとの間でいいから、子ども見ててくれる?私、台所で花の手伝いしてくる」そう言って、キッチンへ向かう。「花、手伝うよ」「どうしたの?お兄ちゃんと話してこないの?」花が若子の顔を覗き込むように聞いた。若子は肩をすくめて微笑む。「話すようなこともないし......離婚したばっかりだし、なんか居心地悪いんだよね。こっちにいさせて」「そっか」花もそれ以上は何も言わず、二人で料理に取りかかる。花はしばらく若子の様子を見ていたけど、ふいにそっと寄ってきて、小声で聞いた。「どうしたの?」若子は首を横に振った。「なんでもないよ。西也、最近元気にしてる?」「うん、まあ元気そうにはしてる。でも、やっぱり離婚したばっかだし、内心は......つらいんじゃないかな」彼らが従兄妹だってことを、若子はまだ知らない。もう離婚したんだし、わざわざ言うことでもない―そう花は思っていた。今さら本当のことを言っても、きっと混乱させるだけだろう。もし若子が西也が村崎家の人間だって知ったら......きっと受け入れられない。「花、もしあの人が情緒不安定になったり、何かあったら、ちゃんと教えてね」「やっぱり、お兄ちゃんのこと心配なんだね?」花が少し優しい声で聞いた。「うん......なんだかんだ言っても、私たち、友達だし。それに、たくさん助けてもらったし」その真剣な目を見て、花はそっとため息をついた。―もしこの二人が従兄妹じゃなかったら、って何度も思ってしまう。やがて夕飯ができて、みんなで食卓を囲むことに。西也はずっと暁を抱きかかえたままで、手放そうともしなかった。暁は西也に抱かれて、すごく嬉しそうだった。長い間面倒を見てもらってたこともあって、西也にはすっかり懐いてる。その腕
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第1113話

二日後、曜のもとに、ついに検査結果が届いた。DNA鑑定の結果―桜井ノラは、彼の実の息子だった。その一文を見た瞬間、曜の足元から力が抜けた。椅子に崩れるように腰を下ろし、病院のロビーで呆然と座り込む。視界が揺れ、頭がぐらりと揺れた。額に手を当てて、背もたれに寄りかかる。まさか、本当に......あの子が、自分の息子だったなんて。里枝との間に生まれた、十九年前の子ども。よりによって、こんな形で再会するなんて―まったく想像してなかった。もし彼女が自分に妊娠のことを伝えてくれていたら、あの時はちょっと態度が悪かったかもしれない。でも、無理にでも言ってくれていたら、自分は絶対に知っていたはずだ。知らなければ逃げようもないし、放っておくような人間じゃないつもりだった。でも、あの頃の里枝の頑固な性格を思えば......きっと最後まで言わなかったんだろう。結果、自分は無責任なクズみたいに見えてる。いや、違う。そうじゃない。たしかに、クズだ。自分で蒔いた種なんだ。曜の胸の中はぐちゃぐちゃだった。でも、どう考えても、自分の責任だとしか言いようがない。どうすればいいんだろう。このこと、ノラに伝えるべきか?自分が父親だって......あの子が知ったら、受け止められるだろうか?それとも―長年放置されてたって、そう思われて、恨まれるだろうか?震える手で、曜はスマホを取り出した。連絡帳から、桜井ノラの名前を探し出す。電話をかけようとした。会って話をしたかった。けれど、鑑定結果を見つめたまま、どうしても発信ボタンを押すことができなかった。この事実をどう受け止めるか、まずは自分の中で整理しなきゃならない。ノラが自分の息子なら、放っておくなんてできない。会わなきゃいけない。それは決まってる。でも、どうやって会うか。どんな形で関係を築くか。いつ、どうやって伝えるか―そこは慎重にしなきゃならない。まさか突然、「俺が君の父親だ」なんて言うわけにはいかない。......まずは、少しずつ接していこう。十分以上も悩んだ末に、曜はついにノラの番号へ電話をかけた。二十秒ほどの沈黙のあと、電話の向こうがつながった。「もしもし、藤沢おじさん?」「桜井くん、今ちょっと忙しいかな?」「今は研究室にいるんだけど、なにかありました?」
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第1114話

「藤沢おじさん!それはいくらなんでも悪いですよ。お金持ちだからって、そんなに気を遣われたら、なんだか僕が得してるみたいで......」 「気にしなくていい。得なんて思ってないよ。君は時間を割いてくれてる。それだけで十分なんだから、さ、座って」 ノラはリュックを隣の椅子に置いて、曜の隣に腰を下ろした。 曜の視線が彼に向けられたとき、その目に浮かぶ感情の複雑さにノラはすぐ気づいた。いろんな想いが絡み合ったような、深く重たいまなざしだった。 「おじさん、どうかしたんですか?何かあった?」 「いや......」曜はぎこちなく笑った。「ただ、君はいい子だなって。おじさん、すごく好きだよ、君のこと」 「そうなんですか?へへ......そんなふうに言ってもらえるの、久しぶりです。母さんが亡くなってから、こんなふうに優しくされたこと、なかったから」 その一言が曜の胸にぐさりと刺さった。 ノラ―そう、まさに彼の息子だ。心の奥底からこみあげてくる罪悪感に、曜は耐えられなかった。 「桜井くん、お母さんのこと、教えてくれないか?」 「えっ、うちの母さんのことを?」 「うん。君みたいな素敵な子を育てた女性が、どんな人だったのか、知りたくてね」 母の話題が出た瞬間、ノラの瞳がかすかに陰った。 「覚えてるのは十歳までですけど、母さんはすごく綺麗で、強い人でした。僕を育てるために、ずっと働きづめで」 「......ということは、生活はあまり楽じゃなかったんだね?」 曜は戸惑った。あのとき、ちゃんと金銭的支援をしていたはずだった―別れ際に手渡したあの小切手。里枝はそれを使っていなかったのか? 「僕たちは小さな町で暮らしてました。母さん、ずっとお金に余裕がなかったけど、それでも僕にはいつもちゃんとしたご飯と服を用意してくれた。少しも苦労させないようにって。でも、きっと無理してたんだと思う。僕の世話が大変で、それで体を壊しちゃって......もし僕がいなければ、母さんは死ななくてすんだのかもって、時々考えるんです」 その言葉を聞いて、曜の胸は締めつけられるように痛んだ。 心臓が暴れるみたいに、ドクンと強く鳴った。 どうしてこんなことに?......まさか、あのとき渡したお金、使わなかったのか? それに、彼女には家も一軒買って
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第1115話

ノラは少し考えてから、うなずいた。「そうですね、母さんって、ほんとに頑固なんです。何度も僕が父さんのことを聞いても、絶対に教えてくれなくて......まるで、その人をかばってるみたいでした。僕が大きくなってから探しに行かないようにって、そう思ってたのかもしれません。だから今でも、父さんが誰なのか知らないんです」肘をテーブルにつき、両手で頬を支えながら、ノラはぽつりとため息をついた。「......父さん、まだ生きてるんでしょうか」その言葉に、曜はすぐに反応した。「もし生きてたとしたら―もし君が、いつかその人が誰なのか知ったら、どうする?その人のこと、憎んでるかい?」「それは......僕にもわかりません」ノラの目には迷いが浮かんでいた。「昔は、本当に憎んでました。夜寝られないときなんか、いつも思ってたんです。もし会えたら、絶対に怒鳴ってやるって。殴ってやるって。でも......でも時々、ふと思うんです。もしその人が、僕の存在を知らなかっただけだったらって。もし、悪い人じゃなかったら......って。父親の愛情って、どんなものなんだろうって、僕も感じてみたいんです。だから、自分の気持ちが本当にわからなくて、すごく揺れてます」曜の胸は、言葉のたびに締め付けられるように痛んだ。―いま、この子に真実を話したい。自分が父親なんだって、伝えたい。それでも、喉まで出かかった言葉をどうしても口にできなかった。「桜井くん」そう呼びかけると、ノラは顔を上げた。目には涙がにじんでいた。「桜井くん......」曜は優しく続けた。「もし君がよかったら......俺のことを、父親だと思ってくれないか?」ノラは一瞬、耳を疑ったように目を見開いた。「藤沢おじさん、今の......本気で言ってますか?」「もちろん本気だよ」曜はすぐにノラの手を握りしめた。「俺にも子どもがいるからね、父親って、どれだけ大事な存在か知ってるつもりだ。君と初めて会ったときから、なんだか他人とは思えなかったんだ。もし君さえよければ......俺を『父さん』だと思ってくれないか?形だけでもいい、俺に君の『義父』をやらせてくれないか?」曜の感情が高ぶっているのを見て、ノラはきょとんとした表情を浮かべた。「藤沢おじさん......本気で言って
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第1116話

侑子はまた、華のところに顔を出していた。今の華は、彼女のことを若子としか認識していない。侑子もその名前で呼ばれるのをすっかり受け入れているみたいで、まるで自分が本当に松本若子であるかのように、毎回きちんと応えていた。修は本当は彼女に別れ話をするつもりだった。でも、もし侑子と別れてしまえば、もう彼女を華のところに来させるわけにもいかなくなる。とはいえ、それを理由に先延ばしにするわけにもいかない。だから、今日はちゃんと伝えるつもりだった。侑子が華のそばで寄り添っている間、修はソファで雑誌をめくっていた。しばらくすると、彼女が小走りで近づいてきた。「修!」スマホを手に、嬉しそうに声をかけてくる。「どうした?」修が顔を上げると、「前に話した私の従妹、覚えてる?」「うん、従妹がいるって言ってたな」彼女は小さくうなずいた。「アメリカで、私が帰ったら遊びに来てねって約束してて......もうすぐ着くの。飛行機、あとちょっとで降りるって。迎えに行かなきゃ。ねえ、一緒に来てくれる?」修は口元を少し引きつらせた。「運転手に送らせるよ」その言葉に、侑子の笑顔がすっと消える。目の奥に、わずかな落胆の色が浮かんでいた。「彼女、修のことすごく憧れてるの。会わせてあげるって、約束してたのに......」修は視線を落とし、しばらく黙ってから雑誌を横に置いた。「わかった。じゃあ、俺も一緒に行こう」その瞬間、侑子の顔がぱっと明るくなる。「ありがとう!」そのまま勢いよく修の胸に飛び込んできて、ぎゅっと抱きついた。「なんだ、そんなに嬉しいことか?ちょっとは恥ずかしがれよ」「おばあさん」侑子は華の方へ歩み寄り、その腕にしっかりと自分の腕を絡めた。「私の従妹が来るの。これから修と一緒に迎えに行ってくるね」「えっ、従妹なんていたっけ?聞いたことないわよ」華が不思議そうに目を細める。「従妹はずっと地方にいて、なかなか会う機会がなかったんだ。だから聞いたことないのも無理ないかも」侑子が笑って答えると、「あら、そうなの」華はそれ以上深くは聞かず、「じゃあ、その子も連れてきなさいよ。おばあさんに顔見せて」「えっ、ほんとに?」本当は近くのホテルに泊まらせるつもりだった
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第1117話

「修さま、こんにちはっ!」安奈は修を見た瞬間、目がキラキラしだして、今にも涎が垂れそうな勢いで駆け寄ってきた。勢いよく手を差し出して握りしめると、身体全体が興奮で震えている。―好き!大好き!めちゃくちゃ大好きなんですっ!その目は完全にイッちゃってて、狂気すら感じさせるほどだった。修は、じっとりと汗ばんだその手の感触に、思わず眉をひそめた。そして、安奈の異様な視線に何かを察したように、そっと手を引っ込めると、小声で侑子にささやく。「......彼女、大丈夫か?」「修さまっ!」安奈は今度はそのまま修に抱きついてきた。修の顔がさっと曇る。すぐに腕で彼女を押し離して、怒りを含んだ声を投げた。「なにしてるんだ」ふと見下ろすと、彼の高級スーツの襟元に、安奈の涎がしっかりと染み込んでいた。侑子の顔も引きつる。すぐさま安奈の腕をぐいっと引き剥がす。「安奈、ちょっとここで待ってて。修と話があるから、すぐ戻るからね」そう言うと、侑子は修を連れて少し離れた場所へ。「......侑子、お前の従妹、ちょっと精神的にヤバいかもしれない」第一印象は、やはり最悪だった。「うん、まあ、彼女......修のことが大好きで、いわゆる『ガチ恋』ってやつなの。いわば、修の『ガチ勢』」「......は?」修が眉をひそめる。「ガチ勢?」「うん、彼女、以前言ってたんだよ。『修さまは自分の人生の主人公』だって。もう、好きすぎて日常になってるの。修のインタビュー動画は全部見てるし、コメント欄には必ず愛のメッセージを残してる」それから侑子は、安奈の背景を詳しく説明した。安奈は容姿に恵まれておらず、人生も恵まれていない。ネットの中では常に誰かに噛みついている、いわゆる「荒らし」タイプ。リアルでは会社勤めの社畜で、毎日満員電車に揉まれて、終わらない残業に追われて、生きるだけで精一杯。ただ、他の社畜と違うのは―彼女には常識がなく、教養も低い。周囲に好かれることもない。現実があまりにもしんどすぎるせいか、安奈はネットの中で人を罵ることでしか、自分を保てなかった。口から出るのは下品な言葉ばかりで、誰に対しても疑い深く、攻撃的で、揚げ足を取ったり文句を言ったりすることに全力を注いでいた。特に、嫌いだと
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第1118話

それを聞いた修は、内ポケットから一枚のカードを取り出して、侑子に差し出した。「これ、使って」「えっ、ダメだよ」侑子は慌ててカードを押し戻す。「安奈は私の従妹だよ?修にそんな負担をかけられないよ」「気にしなくていい」修は少し笑って、言葉を続ける。「お前の従妹なんだし、俺もホストとしての義理は果たしておきたい。せっかくだから、数日間ちゃんと遊ばせてやって」そう言って、無理やり侑子の手にカードを握らせた。「......ありがとう。じゃあ、なるべく節約するようにするね」「節約しなくていいよ。好きに使って」その言葉に、侑子の頬がほんのり染まる。彼女はそっとカードを自分のバッグにしまい込むと、安奈の方へ向き直った。「安奈、これから修のおばあさんのところに行くよ。安奈が私の従妹だって聞いて、お会いしたいって」「ほんと?それは嬉しい!じゃあ、早く行こう!」でも安奈の目は、すでに修の全身をロックオンしていた。その視線はまるで、長い間噛み続けたガムのようにベタついて離れない。修はその重すぎる視線に、微かに顔をしかめた。―なんだこの感じ......いや、完全にストーカーの目じゃないか。男が女をジロジロ見る時の、あのいやらしい視線にそっくりだった。とはいえ、侑子の顔を立てて、表面上は特に反応せず、終始礼儀正しくふるまった。しかも、安奈のスーツケースまで黙って引き受け、何気に紳士力を発揮している。三人で車に乗り込むと、安奈が一目散に助手席へ向かおうとしたが―「お前たちは後部座席に乗って。久しぶりの再会なんだろ?ふたりでいろいろ話せばいい」修はさりげなくその進路をブロックした。できれば、あまり近くに座りたくない。彼女の化粧品のにおいが......ちょっとキツすぎた。侑子はすぐに空気を読んで、安奈の腕にそっと手を添える。「安奈、後ろに座ろっ。ふたりでゆっくり話したいし、修には運転に集中してもらわなきゃ」......黒のSUVがスムーズに道を進む。後部座席では、侑子と安奈が終始にぎやかにしゃべりっぱなし。ふたりの声が重なって、まるで小鳥がさえずってるみたいだった。修は黙々と運転に専念していた。そんな中、安奈が修の背中をじっと見つめたあと、ふと侑子に耳打ちしてきた。
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第1119話

侑子は安奈を客室へ案内した。すると安奈は、部屋に入るなりふわっと跳ねるようにベッドへダイブ。「わあっ、このベッドふっかふか!しかも、部屋の匂いもめっちゃいい!ここに一生住みたいくらいだよ!」その言葉に、侑子の表情が一瞬ピキッと固まる。―一生住みたいって、なにそれ。どんだけ図々しいの。とはいえ、顔には一切出さずに、柔らかい笑顔で近づいた。「安奈、ここではちょっと礼儀正しくしようね。あくまでここは、うちの家じゃないんだから」「えー?でもさ、修さまは侑子姉の彼氏でしょ?ならここも、ほとんど侑子姉の家みたいなもんじゃん?将来的には完全にそうなるんだし、私は従妹だから、ちゃっかり便乗しとくね!」「......それはまだ、何にも決まってないから。だから、変なことは言わないで。特に、修の前では」「なにが?だってもう『そういう仲』なんでしょ?それならさ、ちゃっちゃと子ども作っちゃいなよ。そしたら、いよいよ決まりじゃん?......もし侑子姉が無理そうなら、私が代わりに頑張ってあげるってのもアリよ?ほら、私たち姉妹みたいなもんだし、どっちかが藤沢家に嫁げばオッケーじゃない?」全く悪気もなく、むしろ自信たっぷりにそんなことを口にする安奈。侑子の笑顔が一瞬、引きつる。―このままここに置いたら......絶対、修を狙う気だ。―いや、あの見た目じゃ無理でしょ。でも......油断は禁物。「もう、変なこと言わないでよ。ちょっとここで休んでて。私、ジュース持ってくるね」「おっけー、ありがと~!」安奈は手でハートを作って見せ、すぐにポケットからスマホを取り出した。侑子が部屋のドアに手をかけたとき、突然、背後から甲高い声が響いた。驚いて振り返る。「どうしたの?」「このクソ作者めぇ、よくも私のことを罵ったわねっ!!」安奈の叫び声が部屋中に響く。侑子はベッドのそばに寄って、首をかしげた。「どうしたの?」「ここ数ヶ月追ってた小説があるんだけど、あまりにも腹立って、ずっと作者に文句言ってたの。そしたらよ!?まさかの作者本人が私に反撃してきたのよっ!マジ信じらんない!」「そんなに怒るほどの本?フィクションなんだし、軽く読むくらいがちょうどいいんじゃないの?」侑子はやんわりと宥める。「違うのっ、これはもう
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第1120話

侑子は少し笑みを浮かべて言った。 「その話になると、ちょっと面白くてね。安奈、自分では『フィクションと現実は分けて読むべき!』って正義感ふりかざしてるんだけど、実際は本人が一番現実と混同してるの。 女主人公を罵って、作者を罵って、自分と考えが違う読者まで攻撃して......で、相手の現実の人格まで侮辱して、すぐにレッテル貼ってくる。ほんと、マナーも頭もゼロって感じ。 このダブルスタンダードぶり、まるで重度の精神分裂みたいで......マジで一回精神科に連れて行きたかったんだけど、本人がめちゃくちゃ拒否するのよね」 修は静かにため息をついた。 「......精神状態、まともとは言えないな」 フィクションのはずの小説。作り話であるにも関わらず、安奈の吐き出す言葉はリアルそのもので、生々しく、ひどく臭った。 それほどまでに、彼女の現実が荒みきっている証なのだろう。 「ほんとそう。考え方がもう、戦前なんじゃないかって思う。まるで『良妻賢母』しか女の生き方じゃないって思ってる古代の亡霊みたい。ちょっと男と目が合っただけで『ふしだら』扱いだもんね。 現代の女性が自由に振る舞うのが許せないの。『ちょっと男を見ただけで不潔!』みたいなこと平気で言うの。 ちょっとでも別の男と仲良くする描写があれば『ふしだら』だの『淫乱』だのって決めつけて。 でもさ、男のほうはどうなのって話よ。浮気するわ、他の女とイチャイチャするわ、ベッドまで行くわ......それでも安奈は『男には自由がある』とか言って、全然責めないの。 一番バカなのが、女主人公も男と同じように離婚してるってことには、まったく目が向いてないの。 しかも離婚の理由だって、男が思い人を選ぶために、女主人公を切ったんだよ?女主人公、なーんにも悪くないのに。 それでも安奈は、女主人公だけを責める。 『軽薄だ』『節操がない』『ふしだら』って延々と。作者までそういう人間だって決めつけて、デマまで流して......ほんとにもう、脳内お花畑」 修は静かに言った。 「......そういう人間、確かに救いようがないな」 安奈の作者への罵倒ぶりは、まるで一部のバカなネット民そっくりだった。 ドラマの中で悪役を演じた俳優に対して、「現実でも絶対悪い人だ」と決めつけて攻撃するような、
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